2013年9月8日日曜日
未来を抱え吐き出す夜に不安を吐露する君の理論を調べる日記。
目の前の餌こそ偶像だ。拵えられただけに肥満し、無くなれば悲観し不安を煽るのが、
メディアであり世間で在り、其れに食わされている身近な者や家族だ。羨むべきは何にも在らず、
有する事実に堅実な意味を用いる限りにデカダンな快楽に陥らず、ニヒリストのようなけだるさや、
ペシミストの嗚咽たる終末論の臭気を嗅がずに、性差も無く道理も無く、動機に、等差すらも無い。
内に備わる者は肩書きや名前に五月蠅い。形良ければ良いが、要する理由に尺度を用いる限りに、
測る意味などは殆ど失ってしまうだけの価値などに扇動される方が正常では無い。
永遠は決して制限されず、峠を越え、臨界点を超え、信仰を打ち砕き、静謐な間隔に咎める要因が
静穏な世界に重なり、慟哭させながら、地層に変わり、地平を彩り世界に強弱を与え、対するジレンマや、
慢性的な悔恨を抑え、集合する意識に統一される意味すら持たず、退避する世界も、
体感する明日も散りばめられては褪せる物堅い雰囲気も、長じる運命に捉える明後日も遮るままに、
財布の中の小銭のじゃらじゃら鳴る外延の世界性に淫蕩な聖職を与え、欺瞞や慢心を備え、
典麗な世界に惨状を浴びせるだけの血のシャワーや、無干渉な慣性を与え、開花するだけの感化を始め、
恥じらい仄かに程良く千切る糸と糸の隙間に出るから来る前に走る意味すらも未来も現在も儚く長蛇に交わり、
始まり続ける限りに終わりも続くから永遠は深夜を越え、統合されない明日のスキゾフレニアに変わり、
離間する関係を皮切りに乾いた侭の深夜を汗だくな快楽のシーツの上に乗せ、緩和しながら、
総和し、煩わしくも交わる時に終わり始めるよりも続く限りを綴り、啜るのを進める。
欲心だけが、抑制されずに展望する世界の不死を眺め、ふしだらな節穴な穴蔵に拡散される
襞の中のフォルムや男根崇拝の世の中の制覇や派生や権力と体制を滅ぼし悪魔の歌で、
アクメを誘い、滅ぼすよりも吠え啼き晴らす狼やカラスの群れと共に倒錯した時間を交合し、
関する理由の哲学的猶予や余裕に犇めく思想的な正道や、酷使している生態系に生成変化をもたらし、
一過性の事実に何時何時までの有用な屍肉を貪るだけのハイエナやハゲタカの貪るだけの動機に
散らかる神や、戒心の唾液を溢すだけの赤子の大群が悪阻する夜に回帰しながら、行動に論理をぶつけ、
美しいまでに思惟する先々にこそ、この創造性を紡ぐ矢先の精神的乖離を理解に変え、
緩衝する世界に不感症的な論調を慈しまず打ち砕くのだ。
感謝、一々誰からも統合されずに統覚を目指し、とやかく言わず進む、と続く。御礼。
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