2013年9月29日日曜日
一生を綴る鼓動
ただ現実離れし過ぎた痛みは現実から乖離し、理解した、としても、その痛みを忘れるべく、現実性を失わせる。
複製され、飽和状態になるまで復縁を迫り、悔悟を溜め込み、恒常性を失い、向上心を無くし、
退屈を埋めるだけの日々に忙しく生きるより、復元されない今に至る軌跡を歩み、
導かれるよりも、満ち足りず、引き合う関係性に育まれる今が含ませ続々と連なる。
生きる為のデータベースを検索しながら、囀る時に重なる生活感などに現実味は無く、
過ぎ去った後の痛みや香りなどが、身心に循環し、実感させるような感覚こそが、生きた支配からの脱兎たる
今に手繰り寄せるべき思念を這いずらせながら、蔓延る悪意を掻き消し、嗅ぎ取りながら、
起因を切り取り、整合されずに促す限りに通う現在にシリアスさも、知らぬ意味なども嗜む今に、
混ざり合いながら、落ち合う感情に落ち度も無く、まさぐる今に備わる意志だけが、歪に混ざり合い、
激しく揺さぶられ、遊蕩な世界をわたりあるき、確かな今に動詞を与えていく。
数々のジレンマをまさぐりながら、運動的な支配から抜け出し、命からがら解放され、
生じる運命に出来合いの事実を重ねるよりも、超越する現在に逸脱しながら、撃鉄を加え、
穿つ程の鉄槌で現在を撃ち抜きながら、成し遂げる意味を分かちながら、仮想する現在を葬り、
未完の現在に完遂すべき理由も無ければ、始まりも終わりも無く続くからこそ、
先々は見えず、宇宙の始まりの先の光りの先は永続する空間が広がり、見据える意味だけに、
廃れ無い意味を構築させ、今に至る道を永続させていくのだ。
盛況する精神がことごとくを散りばめ、朗誦される銀河に因果を繋げては続く命を綴りながら、
卒倒する意識を何処に飛ばし、彼処に備わる意味を時に重ねながら、時間軸を破綻させ、
世界線に乗りながら、徐行する真理が叡智に基づき、自身に配され、栄光をつかんでは
永続する事業にだけ価値を用いず、斡旋されずに展開される理由を転換させる絶対性に当てつけるだけの、
執刀を終えながら、感情に注がれる情事に貧するだけの気持ちの家屋に帰依し、
叙情的な拘引を受け入れ、聖俗さを引き戻し、季節との会話にだけ、信仰心を明け渡す。
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