2013年9月29日日曜日
成すとは一切を続け綴ること
物事の痕跡が根拠も求めずに、人類学や病跡学を飛び越え、倒錯する分析を終え、
物理的な根拠も葬るままに、我々の脳内の枠内で収まるだけの原因などは、知れた問題であり、
ほとんどが補填されるために誂えられた誤りを擦るだけの理論を重ね、それを反駁する為に、
新たな問題を生み出す。ほとんどは続ける為に存在し、その持続にこそ規律を与え、
凝固している問題を読み解き乗り越え書き換える事の経路を含ませ、回路に受難を与えるよりも、
循環を与えるべく、
統合性も持たず統一し、到達する矢先に紡いで行き、囀る時折に馳せる今に錯綜し、原因を掻い潜り、
かいつばみながら、愛した奇跡を追わず、進み続け、見透かさず見付け、当てもなく彷徨う。
革新から退廃へ、と物事は、物音も立てずに脆くも崩れ去り、もれなく徹底化した暴力を生み出す。
その力に甘んじ、はみ出た者が革命に移行し、最もな暴利を主体に与える。積み上げた価値の一切は崩れ去り、
至らぬ意味に帰依し、至る意味を穢す。やりたい事や理由などは要らぬのだ。
数千年の変わらぬ気質や規律をこすり、あたかも今にあるリアルな問題だ、と促すが、
既存に備わる出来事を超越しない限り、問題そのものは、変わりはしない。
混淆し、準ずる行き先も仄かな猥雑さを抱え、瀕する気持ちが躍動し、従属する気持ちが順繰りひしめきながら、
途絶える事無く途端に満ち満ちて行く。
規律立った細胞が反復する。身体や器官に促されることごとくが、規律を保ち、均衡を保ちながら、
物事に動作を与える。精神は弛みながら、引き合わさり、引き戻されながら、他者を介し、一定は保たれず、
資本社会に放り込まれれば最後、不安から一切の神経は磨耗し、安定などはあり得ず、規律などは保たれない。
母体を自身に移し、出される世界から離れ、一切に集約される自己に力を移し替える。世界は権力を失い、
一切を本来の自分に促し、全貌や全域に新たな力を含んだ意志を潮流に、あらゆる事柄に分離し、
分裂し、あらゆるところで統合される。別々の自分が離人的に同じ原理を突き動かし、
人間を乗り越え着替え超脱し、理性を伴い獣から、超人に変わる。果てた意味に労苦は無く、
儚く散り行くモデルを眺め、モデリングされる前のモジュールをかき乱し、整然とし生き、
理解や解釈の仕方を変え、仕組みを捉え、乗り越える。物質的表面の価値を掬い出し、出された答えに、
思考停止せず、その物の価値の本質を見極め、真実に変えるのだ。それが、交換を思い出し、
続く意志を創り上げる。ただ其処に至るだけの価値に真相や真実は無いのだ。
今見つめるものに現実性を用いなければ夢想にしか過ぎない性質を群像が統合され、
情報が一つに纏まり、あらゆる人間性を吸い込んでは吐き出される神経を社会に統合させ、
統一感を担わせ扇動する快楽に解体されるだけに傀儡と化すだけの原理に理性を紡がれ、
試みる間隔に陥落しながら、穿たれる厳正な時に帰路を放置しながら、喪心しながら、
硬質な要理を重ね、動機に慇懃な関係を結ばせ、投棄された君の意思や、失った君の素子などを集め、
抵抗する風の粒子を集め、現行される論理に証拠を残こさずに、消え去り過去になった事柄などは、
囲われるだけの装置に入れ込まれるだけの自我で破戒され、倒錯する。
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