2013年9月27日金曜日
神経からの超脱
肉や肌や襞を神経に触れさせ、愛を全身に宿す。立場は永遠を器官に逆流させ、今を牛耳り、
円滑に物事を進め、現在を切り開き、確かに、多目的に直に触れ、介する意味に理解を含み、
利害関係から離れ、相対する資本との相克を終え、恫喝され同期されるだけの事柄から抜け出し、
窮境を徘徊する。双方を受け入れ批判し乗り越え超越し、昇華に至る。全ては循環し、
一定のリズムを刻み均一化し、均衡を保ち、規律に力を返す。満足は位置を課し、事物に重みを与え、
恰も、それを背負うべきだ、と指し示し、角度を与える。ただ名前や位置が支配する世界から脱兎する。
互いが対立しながら、近所との軋轢が、戦争に変わるのが密集した資本世界の悩みであり、怠慢であり、
倦怠である。
軽やかな高さに行き渡る重みは安定を授けるよりも、沈み込まぬように暴れる今を暴き、
全ての痛みを取り除き、昇華に至る。
人類を産出し、至る人間を出産する襞を経て、全てを包括し奪う宇宙に吐露する。
実態は歯痒くジレンマを重ね、まさぐられるままにあまねく時を携え、インタラクティブな意味の内部に帰し、
内部被曝を重ね、危ない人類学を経て、史跡にヘテロセクシャルな体制に突き刺すべきオートマティズムを重ね、
機械的な政治を行い、処刑台に上がる自分を噛むダニやアスファルトに従属する太陽光から発せられる熱が
病理を加速させ、単細胞から生成変化し、加算される数理に反し、我々は瀕死の汎神論やミリタリズムに
夥しい血が滲むようなアニミズムを硬化させ、せせらぐ真理に解毒作用を与え、怪物から超人に変化し、
シンパシーを重ね、森羅万象を我がものにしながら、萎びた記憶に淡麗な膿を施し、神罰から逃れ、
自分に食い込む罪の鉤針を取り除き、隷属せず、継続し、追従せずに、後続するのが、我々の永続化である。
禁止され、消されても尚、アイデンティティや文化は自分たちで継承し守って、伝えていき、続いて行くのだ。
恐れるは、失う不安にだけあらしめる意味が自身に司り、何かしらの欠如を生むからであり、
無くした、としても続け、微々たる痛みを抱えながらも旋律を歩き、たどたどしくも永劫を携え、
照合されぬ時の初期衝動に拵える意味からの依存性を抜き取り、触発される限りにロマンだけが加速し、
制御不能なままに不安定にカオスと仮想を重ね、誘導されずに、自身の毒気で、緩慢に乗り越え、
のらりくらりと斡旋されずに、この総てからの距離を結ぶよりも、この総ての距離を測らずして
余りある時に合わさる物事や、物語からも離れ単一な静寂にニヒリズムを持ち込まず、
平静や、平穏を願うよりも、携える意味に今が溢れる事により、精神などは変化をし続け、
編成されずに、続々と連なり、拙い限りに切磋琢磨し、慢性的な理念を掻き乱しながら、
快活な動機に変換されず、変換とは、単に欲そのものが動機を重ね変化させる事に抗うだけの
事柄への横柄さを抱えるだけに存在し、その存在すらも想定される内外から外れ、
険悪な間隔に偶像を重ねるだけにあてがわれる幻想にしか過ぎず、一切はこじ開ける為に存在し、
備わる意味からも逃れ、今を囲う社会や原理から逃れるよりも、飛び越え軽々と拵えるよりも、
超越し、超脱する。脱した記憶を加速させながら、過去などは、思い浮かべる表面の映像にしか過ぎず、
それを思わぬからといってニヒリズムに陥る訳では無い。
持たぬ事がニヒリズムに転換する、と勘違いするだけに嫌悪する精神がルサンチマンを持ち、
生じる運命に憎しみを抱えるだけの肉に変わる限りに生きている、とは言えぬだろうし、
家に帰っても癒えぬままであろう。
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