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2013年8月3日土曜日

単に生きるだけに費やし生きない夜の日記。

果てる意識に効能する理性こそが、新たな人間を生み、曖昧な成因を引き離し、単に生死が混ざり、 至る意味に解する理想を越え、現実に用いる楽園とは、この遊離する時世に立ちこめ、 浄瑠璃に羽化する晴天を切り取った平衡の生命を辿り、勇躍する意識を保ち、勝ち負けに馳せず、 勝ち得ても勝ち誇らず、廃れ誇れば最後朽ち果てる限りに翳り、あらゆる事実から謙虚で無ければ、 嫌忌を抱え、兼用される義務に追い込まれ、横暴な真理を宿す。単に生きて介する事が真理であり、 理性を保ち、既成の事実を打ち砕き培い、また穿つのが生きて現れる意味である。 成り立つ意味がナショナリズムを飛び越え、成し遂げる意味に対立し、組織の一切から離れる。 永劫を駆け抜ける幼子の処世術を傍観し、諦観せずに完結する自己に謝罪したがる罪と罰が、 過去に曖昧な事件を用いる。証明される意味の証跡などは、自分ですらも理解出来ず、 自分とは用いるものでは無く持つもので無く、持たされる意味に対照し、統合され、抵抗する限りの 他者との鏡像と化しながら、溶け合う微睡みにいくつかの場面を残す。 核分裂する生命が存在感をあらわにして行く。加速する運命が煌びやかさを纏い、 至る意味に関節的に混ざり勇躍しながら、惨憺たる夏を超える。寝まず生きる運命や弛まぬ身体に 促される器官が更なる愛を纏い真偽に微睡む。 死の力は、何よりも重く作用する。生命が誘う完全な日々を用い、現在を証明し、立ち向かう。 阻む者無かれ、絶えず慟哭促し一刻を争う今に立ち向かい、解する理由に真実などは要らないのであり、 矛盾すらも揺蕩う自己が軸を失い彷徨う限りの意味に重なるだけの行為が断続的に気配を包み、 倦まれる感情に膿み爛れる前に、幸を含まず、対立する運命に自己対自己を並べながら、 同時に迎え撃つ心象に絶えず身体を加速器に入れ込み、穏便なニュートリノに変わり、 贋物の身心を穿ち、対角線に伸びながら、絶対的な円に変わり、遠因に触れ、全域に解消される全貌が、 濾過しながら、運命の液体をコーヒーカップの中に溢しながら、氾濫せぬように、 逸する感情に恒常性を与えるような関係性を保つ愛こそが、巡礼を繰り返し、純利を求めず、 利益を飛び越え、自己に介して行き、決して収まらず一つで有らぬように、行くのが運命であり、 訝りながら、命を瞬時に燃やすように滾る事こそが、姑息な現在を守らず保たず、 ただ笑うよりも新しい今に燦然と輝き忽然と繰り返すのが確かな運命に規則を与え、 抵抗する意味を辿り、統括されぬように多種多様に縫うのだ。 所詮短絡的な成功などは直ぐに落胆に消え去る定めにあり、君に一代で永劫を遡るような生命にこそ、 成因は司り永遠を照らし続ける現在に馳せる想いこそが永遠である。 感謝、歩く程に解け施される我々こそが人間である。御礼。

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