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2013年8月23日金曜日

人間の始まりを告げる鐘の音。

理由などは持たぬようにする。意味すらも病むし、萎靡沈滞するから、考えに愚かさを還元するだけに 迫る誰かが扇動するだけの誰かの些細な罪などに訪れる嫉妬心がルサンチマンの怪物たる醜悪を放ち、 みすぼらしい自身を誰かに重ね、誰かを恨む行為に恍惚としているほどに解けぬ想いが、誰かに生い茂り、 生きる意味は愚かだ、と打算する自己こそが、姑息な屠殺所に収容され、自身を締め付け、総ての種目を 虐殺するのが目的だ、と促すような独裁者の恫喝や動作や、瞬く間に屈折する想いや、応用しきれない憎悪に、 悪趣味な目線が絡まり、視点は自己否定か、或いは他者への最もな好悪か、間接的に重なる意味や、 君が厭う瞬間や、拗れる想いに呈される時間などが、次元も持たずに、持ち合わせる意味を吐き出し、 配下に置き、蔓延る意味に階級制を紡ぎ、官僚制たる自己の内閣からはぐれる核を集め、 常軌を逸し、清貧な日々に携える静謐感も無く、感覚に訪れる永遠こそが支配を拭い、快活な動機に至る。 君は誰かの人形か? 褪せる思いに募る愉しみなどに溺れず、憶えも無く今を乗り越え、欺瞞を超越する。 満足は慢心を産むし、持ち用いる事は怠慢を産み、蒙昧な意味に高慢さを募らせる。 陥れるよりも、見下し、重ねるから、君は意味がない、と促し、意味も無く理由を求める。 その内積する理由に綴じる永遠を見つめず、見つける思いにこそ、ほら創造は産まれる。 あらゆる方法論などは所詮、死に汚染された既存の価値が産み出したがる資本であるし、 成長しすぎた経済は愚行を産み、構築される民衆は、卑賎な価値ばかりで詰る互いが仮死化し、 関する意味の亡霊、と化す。長じうる運命論を飛び越え、頼りない幸福論を超越する。 求める幸せなどに安定は訪れず、頽廃を産み出し、人間の終焉を告げる。 殆どは貪る獣である。周りを見渡せば確かに全員が全員、確かに貪る獣である。 或いは価値に示されるだけに訪れる事が幸せだ、と思わされている限りに飢餓する餓鬼たちが、 貪婪に貪る姿を見つめれば、何が正しいのかなどは、どちらにも無く、その中庸にすらも、 保たれる意味などは憎悪に変わる。この欺瞞から溢れる緩慢なガンマ光線や、曖昧な精神に 訪れ、少しずつずれる意味が歪曲し、自身を妨げるなら思想などは邪魔だし、 そんな思考に自己を持たせるな。偏向するなら、価値など持つな、或いは何も持つな、と 最大限に要約される悪意が愛の主観を奪い、君の中でリロードされる弾丸が、誰かを撃ち抜く原野で、 培う意味に掴む意味すらも持たせず、保つべきは概観から訪れる外からの力に屈しない、 内部で確たる自己こそが、何の侵略も受けず成長する限りに懐疑や猜疑や怒りは消え入る。 ただ私の周りに、莫迦も糞も要らない。立ちこめる意味に求める意味を知らぬものすらも無く、 問題点に考えを持たぬ阿呆すらも要らぬ。

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