2013年6月17日月曜日
我何処にも無いから歌う。
私は、想像する限りの好悪を除外し、妨げる意味すらも、羽ばたいた後にばたつき、
憚るアラカルトに過ぎず、ビフォーは、原理に基づき、如実な現存在の中で偶発し、
凡ゆる事実を発芽し、孕んでは理由に有する事実などを引き剥がし、凡ゆる場面に繋いで行く。
関する私は、恰も、引き剥がされ、跡形も無く交換されるか、公開処刑の後に、
朽ち果てた肉を、打ち付けられる迄に、草臥れ寂れた肉だけを、傍観し、妨害し続ける。
アプリオリから受け取り絡める意思を咎めたソースで作られたパスタを食しながら、
バスタブで眠る記憶喪失な時間に綻ぶ自我を抱きかかえ、時間外に訪れる寛解しない、
感慨深い瞬間に煮詰まる想いをシチューにする。
全ては食され、胃の彼方で贖罪に化すまで、心身に暴かれ、内面で構造化し、理性を食い尽くし、
新しく組み込まれる息吹に快活さを失う。
完全な肉、と感化される胎盤、との合併症を乗り越え、踏まえる前に遠ざかるのが、
存在、と私の黎明期である、と明瞭な意志を組み込み、意味に追いすがり、瞬く間に凌駕する。
闇の街、其処に価値は無し。うるさく鼓膜突き破る喧騒が突き動かす衝動などは、どれも哀れなものである。
散歩する犬が夏だし、永遠に歩きたい、と告げる。仄かな世界の胎動で耽溺し暦を翻し夜泣きし、
朝帰りの君が日照るまでに叶える思いを反復させる。ただ、人が作った神が
織り成す支配や気配から抜け出せば、カラカラに乾く事は愚かだ、と言える。
出し抜ける今も覆され、靴裏で口裏ばかりを合わせ、物事を封緘している。
歩けば歩く程、ペタペタうなる月夜の晩に磔にされる選択権が、善良な現実を突き動かして行く。
いみじくも色褪せ、繋がる現在が羽ばたき、跡形も無く散らばる意思が途絶え、はした無く連なる意味が、
たどたどしい愛を穿ち、深淵を傍観し、立場を翻して行く。
怠慢な感性だけが、朽ち果て積載される。量子的な観念摘み、適応する日々に力が
位置付ける意味に氾濫する権力に反し、理解を機械的に進ませる。
人は思う程に人何も思わない。其れは関係性を踏まえる限りに、振る舞う度合いが違う。
出会った感触などで変わる。
共に生きることを学べば、生かされているなど、と考えるに至らない。
汚いままが人間である哀れだ、と交錯する原理に訪れる痛みなどに構う意味すらも無い。
どぎまぎドキドキ歌い連ねた日々がギシギシ軋み、不和を埋めるような余韻が育ての親で、
惰性に生きず、永遠性を抱える豊かさに返り咲くように理論的にリラックスしてフラクタルな意味に、
いみじくも帰依しては、悶えるエゴイズムやコギトエルゴスムを超えて、ゴシックな人間性に消え去る。
強欲はつまらない意志を剥奪しながら、最たる理由の自己に帰還する。素朴な純度を保ち、
もしもダ、と化、促す限りの影で有る絵空事を踏まえ、どれが正解だ、と促す限りに可決される理由は、
最たる意味に再来し、不完全な理由に補完され、売買される間に瞬く今も瞬きせずに、
重なる今に投函され、固執しない内心に介する意味が蕩尽し、数多の理由に惹きつけられ、
番う意味も剥奪された原野で間引きされながら、貫通した敵うべき愛に肖像を託し、
構造に培うべき種子を残し、永遠性に極まり長ける想いに配されていく。
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