2013年6月6日木曜日
時間は過ぎ去る侭の資産だ、と告げる夜の平衡性を伝える日記。
悴む思いが自覚する前の核であるかのように融合される時折に高揚し、現実を手記にしながら、
心外な事実を飛び越え、乏しく躍る母子の始まりの空の購う月夜の弊害を受けとり、
緩慢な自堕落の融資を受けとり、かまける程に、感化されない現在が、展開される後から報復を伝える様に、
興じる理性が緩衝する限りに形成される時々は屠るような内面性に、リゾームが繋がり、
対する理由にこじつける理由が成層圏を突き抜け夜の童謡などを吐き出す頃には、
総てのジレンマは時代性のバターの中や、可決されるケーキの中で曖昧な差異を促しながら、
仮説された星雲などに背中合わせに語り合う限りの気配に察知されない今が無意味に過ぎ去るから、
君の笑顔が反響し、反復する内心にhappinessが広がる限りに過激派なHippieたちが躍る内容物の
余暇を散歩しながら、賛否両論の隙間風を浴び、夏場のシャワーや、原点回帰するように沸沸、とエナジーが、
沸騰し、間接的な檸檬の内情に蔓延る初恋の香りに桃源郷的な理想が氾濫し、零れ落ちる侭に、
慢心や、平行線や弧線と混ざり、時折の中心に存在する核に備わる正常なリズムがZionを目指す頃には、
殆ど価値は憧憬に比する思いに対処される限りの病理の部位をブイヨンなどで、煮込み、
同じシチューの中で同一な思想を保ち、分かつ限りの懐疑を磨り減らしたブーツの其処で
喘ぐ青春などが、入り浸る限りに屯し、頓挫しながらも挫折に喘がず、同じ道理などを持たず、
新たな主義を保つ限りに社会などは、そう社会などというものや、あらゆる物事は、
所詮、誰かが産み出した限りに続いた、たった数千年の事実に過ぎず、文明開化の音を告げるべく、
自己で設立し、成立しない物事の答えなどを自己で促し続ける限りに、拙く錆びた線路に、ビターな
思いや、裁かれるばかりに、暴かれる日々が、曖昧なナショナリズムや、偏執する節々に、
与える怪訝さを取り除き、残しもののロジカルな路地裏を荒んだ形で歩いた日々や、
後ろめたい日々を乗り越え、今がしゃんと存在するかのように、他者の君である形の中で、
形になるかのように存在するかのような存在が、みっともなく蠢くから、と卑下する暇もないから、
かさぶたを弄りながら、脆くも砕ける今が加算される限りに資産を増やすことばかりに、言葉数を
増やす悉くに蓋を、し静寂に彩る形や影でだけで、出来合いの事実の王国を設立し、
夢想や嘘が具現化しながら、求める限りに懐疑が消え去り矜持を用い、共存していくからこそ、
損する事無く、依存する理由すらも要らず、苛立つ意味すら無いから、トリップするような現実に、
聳える意味が相違し、相反しながら、拝呈される事実が成因を深め、俯瞰で見つめる限りに
訪れる平和も少しずれれば、また戦争状態に陥るチュアブルの中で、溶け合う季節が脱しながら、
奪還されない我々は始めの人間であり、終わりの事実であり続ける。
感謝。価値観などは消え去れば同じ意味に器官を与え、あらゆる血を循環させる。御礼。
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