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2013年3月25日月曜日

喉笛で歌う夜の日記。

醸し出す夜の差異性を眺める。何かと何かが、愛し合い、加害者や被害者になる頃、 明け暮れる事態の遠因に尽き果て、或いは、跳ね返る印象が自分が支払う因子を重ねて行く。 堕落した主体性が満足を得られず、肥満化し、皮下脂肪の宇宙を突き抜けて行く。 君の妖艶な瞳の中の面影を創造し、実存する限りの時間に重ね合わせ、 円滑に突き進み、君の器官を循環し続ける。 後ろめたい気分を以下同文にして進む。 氾濫する想いが端正に靡き、淡彩に色づく。 歯痒い予感を退かせ、はるばる向かう今に完結して行く。 身近な人の死は、近代を逆流し、暇無く緩慢に円滑に作用し、抗う今に永遠の夜を与える。 世も末だ、と綿飴に隠れる君はシュルレアリスムなスカートを履いて、 純朴な世界を罵り、あらゆる血筋を否定している。 その定理に結ばれる定例化した人間性が次元が、どうだの、と呟いては、 冷めたダリ、と待つ夕食の彼方で試練を重ねている。 あばずれは、バルコニーで眠り、馬鹿な男は、未だ酒に酔っている。 或いは似通う夜の台詞を、テーブルに広げ、猥雑な内心をY座標に描き、 ガンマ線や、X線で見る僭越な時に悦楽を重ね、未だ時間からは、抜け出せないでいる。 被写体の憎悪を、こんなところにまで感じ、雁字搦めにしては、上の空で出産を続けている。 物陰は、ステレオタイプな理由を放ち、あらゆる力に配し、対する想いこそが、 多様化し、この文明を超えるのを目的に人間を超え、超人化するのだ、と履き違えた理由には、 依然として、吐き気を催すのだ。 凄まじい今の血に歪む超構造的なロジックの事実に適任された私や君や彼や彼女が時空を隔て、 惰性な夜に清濁な理論を施し、脱構築に補われる進化にこそ、論理を超える論理が、 この夜に犇いているのである。 改廃し、放熱しながら、順々に深まる夜をひけらかし、構造的な気配から抜け出し、 出し抜けな意思に介し、奇跡的な現在の俯瞰を眺め、物事を示す限りに体感し、嵩張る月日に動機を与える。 総ての俯瞰は間隔に与えた、足枷を外し、ただ歩く意味を知る者に教えだけを与え続ける。 ただ無意味に、或いは無益に与えた後に広がる運命のイメージは、ただ純粋なものを、 思念に運び、対する意味すらも、対する正さぬように俯瞰や空間に示すだけなのだ。 感冒に優しいミルクを零す。実体を光芒で照らし、今の猜疑を埋めて行く。 何処と無く雰囲気は、影を重ね、今に定理を結び完結する頃に訪れる意識には、 何時も死生観を持つべきだ。いつ来ても良いように、用意し、安直に生きないように、 実勢に行き交い、今に完結するように生きない限り、欠如は埋まらない。 それを短絡的に埋める事も無く、経絡に募る思いに被写体を紡ぎ、 あらゆる方向性に挑む形であるべく、今に彩り、不謹慎にみすぼらしくも、 ラストシーンまでは倒れず、厳格に今に立ち尽くし、保つのだ。 感謝。昇華するイメージが現実に転送され、行方も求めず、構築する限りに備わる。御礼。

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