2013年3月29日金曜日
夜の面持ちを愛玩する日記。
数多の語尾が伸縮的な現況に炸裂する。煎じた後先に蒙る季節が魚影になりながら、
肥大する夜の代償などをひけらかし、数々のムードを資本的な流れに変え、
気配を掻き消し、配属される現在の黄道帯に新たな雰囲気を与え、其れを名付ける仕事に出かけた
デカダンスの犬たちが、夜の淫靡さに、恒久的な行動を求め、或いは配属される地平の境界線の
役目に果たされる役割に課する思いに比重するような面影も、おこがましい重荷なり、
今に不届きな印象を与え、快活な意識を失い、データを失い、過疎化した記憶に充実する
過去が、其処で輝きだしたら不安定な合図だね、と会話し、忘れた頃に降り注ぐような
俯瞰が、感覚的な意味に遠退きながら、霞む脳内の面影を口内に拡散し、沢山の面影を
吐き出すような余韻が因果な起算を終え、改竄される月日に配属され、
試みる限りに重要な場面に装置される機械的なアナタや、所謂私、と言う存在は、
数多の方法論に仕組まれた原理的な意志の表れだとか、と特価な乖離性の無形な景色は、
粉飾を掻き乱し、あらゆる想念に実感を与えず、夜の感冒に触れては返す今に、均等な意味などは、
殆どの必要性を持たず、質感を現す哀れな原理を抱え、離床するような記憶の最中に存在する、
夜の砂漠、つまり君が磔にされ裁かれるような原理に促される理由が罵りながら、
実体の均衡を拭わず、離れ合いながら緩衝する事実に、赤裸々なな面影が感動する胴体に意志を紡ぎ、
血液から循環し、脳裏を渡る頃の、過怠したリズムが、現在に、堰き止められるような
場所から場所で迄の位置、つまり君の胸の宇宙と階差を求めず、求め合う限りのモラトリアムな感情に
綜合される意志、との共通語を孕み、実践し、実証した後に認識される事だけを便りに、
其れを真実だ、と言える君こそが、無機質な対話の一つの弁証法に絡まり、
住まいを移さず、今に運ばれる理由に起算されるようなニュアンスに配属され、
卑俗な意志を紡ぐ限りに、不安感が募り、退屈さと結婚するのだ、と促す夜の補正案を受けとり、
安泰さを求めず、苦境を渡りきる両者の絆こそが、本当の絆であり、あらゆる場面に、
倒錯しながら、構築される今に築かれる理由こそが、新たな生活を産み、
加速するだけに消費し、消費した後に空虚さが襲うだけの機械的な受動性を終え、
完結的に聳える実体に与えられる現在に基づき、負う事無く、繋がれる現在に利己的な支配を終え、
或いは、支配から遠退き、短絡的な愛に配される原理にだけ、永久を与える夜は、
不安感を拭い、総てを笑い飛ばしながら、数々の心外を受けとり、受け入れ
総てを蹴散らしている。
感謝。整合される時に配される質感を便りに、生きている、と実感するような現在が駆け巡り加盟する。御礼。
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