ページ

2013年1月21日月曜日

完成された論考を保つ夜の日記。

欠乏症を抱え、完結的な夜に比さない感情を用い、流動する風景を辿り、 恰も接近し、投棄される過去に緩衝せず、均衡する限りに備わる現在に下落しない感情を用い、 或いは脳裏が信号送る限りに、ドーパミンを操作し、或いは熱情する限りにハグした瞬間の エンドルフィンが流布される瞬間の感情をフル活用し、交差する夜のシュミレーションを終え、 実像に果てる実存たる自己が、依存しないように、この夜に投射される限りに反映される 意志にそぐわず、重なる限りに備わる自問自答に広義を持たず、持ち込まれる動機たる情報を 遮断し、際限なく続く限りに恒久的な艶麗さを保つ現状に媒介すべきだ、と告げる夜も、 刻々、と森羅万象の動機を忘れ、事務的な要因を含み、この余韻を手繰り限りに、朽ち果てる事も知らず、 姑息な現状を踏まえ、空間的に備わる次元に聳える時間に脅える限りに、備わる不安に襲われながら、 拵える自己は、損する事がないように、と原因に仕る問題に深入りしないように、 容易に備わる簡易な出来事に襲われながら、出来合いの真実に飲み込まれ、組み込まれていく。 或いは、画面上の面識などは、簡素な物語の始まりのような繋がりである、と告げる夜は、 虚空に滾る孤独などに作用せず、孤高である限りに備わる悠揚さに、勇躍するように、 緩和しながら、調和し、総和される限りに支える限りの自己が有る限りに静聴する自己が、 高調する限りに諦念しない自己が聳立させる限りに支える自己が表現を貫く限りが、 永遠性であり、或いは自己の際限ない世界性の始まりである、と告げる。 或いは、産まれた瞬間から、やっと宇宙が備わり、母体の彼方で夢見た現実が宿るような 過去現在未来に転じて行く邂逅の彼方で、初めての自己が始まるのであり、 あらゆる出来事は、拗れるべく拵えられるように、苦しむべきだ、と是非を告げるが、 画期的な自己が有る限りには、渇水せず、渇す限りに潤う事も知らず、 横領される限りに横柄な自己の役割たる他者に緩衝せず、 開眼する限りに新たな明日たる思念が削除されつつ、現存に刻まれる。 既存の出来事などは、死する為に存在する。其れは生命持たずしても、使命を保ち、 単に与えられた物質なども、単一に死する為に損害を与える。 新たな思想を持つ限りに備わる主義は、一過性の事実に善悪を持たず、懸隔に備わり、 離れ離れに緩衝する意味に動機を含ませ、中庸を求める。 或いは生動する限りに、正道などは、無く、与えられた信仰に備わる思念により、 人間性の深みを忘れ、信仰に動作を与えられ、罪の意識を持つ限りに人間的成長などは、無く、 存在する限りに翳る意味を知らない限りに、生活感は、死生観を持たず、 永劫を保つべく、保身に戦き、動機を保たず、倒壊する。 解答などは、一過性の事実の答えだけを与えるが、其れが答えである限りは、 答えを持たぬ侭に、その場で硬直し、膠着する事実に考えを持たず備わる横着な事実である、と告げる夜は、 斡旋される感情に色あせる瞬間こそが、圧壊させる自己の現れだ、と実直に紡いでいる。 あらゆる立場が倒錯する夜の喧騒に寝そべる。 のさばる感情が動機も持たず、納期される限りに動作を続ける欲望が、 横ばいに徘徊し、上下左右に流動する。 構築されるべき中間に担う核たる自己を置きながら、自己の足元に流動する座標軸を置く。 或いは遠退く現象に対さない自己を表象させ、種を持たぬ自己を製造する。 長じる矢先に具現化するだけの真実などは、総じて幻想である、と告げるネオン街のインキュバスたちが、 絶え間ない夢死の中間で、注意点と相違点を織り交ぜる。 交錯する意志に立ち尽くす標識が現す普遍性を追う限りに、徴兵されるだけの 労働機械たる自己は、その行動に本質を持たず、その場に流動する限りに翳る。 あらゆる自己は、その行動に理念を持つべきだ、と劈く夜が嬲られながらも維持する理由などは、 本質にはなく、行動に論理を持つ限りに激しい論調を促す自己が、満足する限りに諦観する 翳りに備わる自己こそが、贋物だ、と告げる。 感謝。元来、尊厳などは存在しないが、微かな愛が緩衝する限りに、その存在しない 存在に光りを与える限りに備わる理由に対して尊厳は含まれる。御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿