2013年1月5日土曜日
完結的な夜の気配を悟る日記。
万端な現在を凌ぐ夜が史観を食い尽くし、
現在を積み上げる。底上げされた現実が点在し、
健在な今が共感に帯びる。
乏しく熱情する意識が奇しくも今に屈折し、事実に設営され即される。
様々な理由を介し、訝る現在に存在するアダムとイブも、
真実の愛を見失い、自己が植え付けた理由の毒りんごを食す頃、
全ての緩慢なジレンマに捩れる現在が苦境を超越し、
縋るだけの感情に安易な愛を結び、
恰も、其れが幸福の論理だ、と謳い、学ぶ事を捨て、
厭わしくつらなるだけに増す簡易さに、緩慢さを繋げ、
草臥れ欠伸するだけの愛にくたばる。
智識に行き果てる場所は無く、考えの隙間に幾つもの、空間が広がり、
余りある時を食い尽くす。
朽ち果てる間も無く、機能する限りに純朴な現在が、
際限無く拡がり、感性に導かれ、自ずと解釈し、事実を薄命にし、
逡巡し、幾許かの赦しを乞い、憐憫に触れながら、崇める月日を逆撫で、
遡り、集約される流浪の月日を境目に、牽制する余韻に触れながら、
感情が揺らぐ侭に、遊蕩し、片鱗交わし、変哲な夢を見て、
辺鄙な現在を初見し、処刑しながら、初々しく軋み、凡ゆる時に蕩尽する。
反射する現在が、判然に放牧され、遠因に広がり交互し、
敢行すべき現在の屍肉を貪り、印象的な外観突き抜け、内観に迫り、
概念に外傷を与え、賜う時の寂寥に迫る差異を引き離し、対象は、飢餓する迄に、放置する。
淵源に基づき、気配を察知し、理念をもたらすべく、今に比するような
印象を含み、導引される現在に自己を対象物にする。
理性は欲動するだけに動揺し、動向に欠如を生み出しながら、
結論付けるだけに、欠乏し、膨張する程に、
同調されるだけの出来事に倒錯する。
感知する現在に苦悩はあれど、どの苦悩に対する苦境こそが、
その逆境こそが、愛する現在を最もな場所に位置づけし、
著しく低下するだけの意欲に反し、上下に交錯し、
あらゆる時の平衡を砕き、事実に無為を配りながら、燦然な現在に均一を生む。
或いは産み下される後の主観の子供の孤独のように、湖心に靡き、
判然な出来事の差異を含み、善悪を長じるよにな日々に、逸する事こそが、
我が生命のように、思う。
のさばる程に、草臥れ起因に介し、原因を追求するだけに、射幸心が、膨張し、
いつかは、と促す。逸する矢先に牽引され、除外される現在を喜び、
知恵有る限り求めぬ現在は、何事を厭わず、恐れを識らず、
探り入れる事もしない。内包される事実に虚飾は無く、分け隔てる事も、決して無い。
総じて理解される出来事などは、其の場で理解され、理解が何で有るかを識らない。
識るものは、そのものが何であるかを理解する前を飛び越え、乏しい情念などを含み、
今に引き合わされる事実などは、含まず、巧みに介し、
あらゆる出来事を控除し、妨げる日々、と抗い、あらゆる出来事に装置される機械的な
事実を蹴散らし、動機を含まず、自然に解する。
感謝。作用し続ける限りは行き交い、本質から生きる意味を問い、知る。御礼。
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