2012年12月13日木曜日
投じた矢先に存在する夜に対する日記。
全ての根は、細胞を介し、神経辿り、血管を巡る栄養、と化す。
満ち満ちる瞬間に生命は宿り、高貴な一瞬を与える。ただ、有る限り、
地に根ざし、母なる温もりを緻密に感じる。
似合わない出来事を着飾るよりも、シンプルに生きたい今夜を彷徨う。
乗じる先は、投じるほどに、もつれはするが、縋るよりも募る今に功績残し、
対する今の残り物食すよりも、空腹のまま、空白を歩く。
通り過ぎる夜は、短絡的な物体であるかのように、原因に影を与える。
確かな今が間隔を埋めながら、堅牢な意志を辿り、未明の季節を徘徊する。
媒介する意識は、対象者を求めず、恰も対象物を捜すかのように彷徨い、泡沫に消えて行く。
凡ゆる事実は、平静を保つようだが、画す今に配色される現実は賑やかなままで、
静寂は保たず、事あるごとに、度々を弄り、機械的な危難を浴びせる。
凡ゆる出来事は、憚りながら、名ばかりの事実を暴きながら、
真実などは、善悪に基づき、性悪説を促すだけの要因に拗れながら、
動因を逢い引きし、連れ去るような妖艶さを孕む。
産み落とされた瞬間は、幸福であるが、後先は、幸福を克服すべく、
求めるだけに、合わされぬ出来事は、交錯し、行為に総じて基づかず、
疎ましく絡まるようだ、と夜は慟哭しては、見上げる意味が何で有るかを知らない。
嗚咽するジレンマが枠組みの中で嘆いている。
その窓から、飛び立てば、どんな未来が創造されるのか、と
思わぬ限りは、その起因の枠組みの中だ、と告げる彼方が、
何処かに原因を募らせている。
感覚では懸隔は埋められず、深い考えに繋がる道理に基づき、
同意されるような要因が深まり、懸隔に備わる余韻や、空白を埋めながら、
あらゆる出来事の妨げにはならぬような動機に基づき、拗れるようだ。
ほころびる要因は、起因を求めながら、その意識は、何処から来たの?と告げる。
衰亡する意識は、更迭される意識の過去を踏みつけながら、
異質の現在に存在を点在させるべく、あらゆる方角から、
考えに基づく理由を放つ。
それの受け入れ方により、絡まる事実が、一つの真実を掴むような今だけが、
生きてはいる、と告げるが、行き交うだけに擦れる意識に長じるような同意は、
進まぬ今にも、存在は確かに存在し、その思う形により、何度も変貌し、
展望を続け、俯瞰に拡がるだけに狭まるのだ、と告げる。
一見して固まる夜も、行為に基づき、気配を広げている。
あらゆる出来事の凡庸たる事実が手繰り寄せる現況に備わる現実が、
真実に介し、配する今に対象を求めながら、全容に仕り、
現在を、一つの意識に結合される。
投棄される思いが、起因を含み、同一な自己に誠意を募らせながら、
今に浸るな、と告げる夜が、永久に調和される。
高騰する意識が連なる史跡を歩むようなものであり、
屍を超えて歩くような今に資産は存在し、
今に無く、とも思えば、其処に有るかのような起因を用い、
序章に過ぎない今に助長を含ませ、絶えず行進する今にこそ、
悲哀を超える感謝が寛容さを保ち、降り注ぐ現在を煌めかせ、
はためかせる。
感謝。欣然、として死地を歩むかのように、訝らず進む今に同意は宿る。御礼。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿