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2012年12月30日日曜日

完成された意志にそぐう夜を削ぎ落とす日記。

倦怠しない今が、夜の内実を含み、逍遥する意識を与え、自由に瞬く。 静寂は節目を伝えるが、伏し目がちのままでは、 見つける先の高揚する光りも見えず、 現時点が昇華されず、消費する程に、解けぬ現在が、 過去に滞留するだけに拗れ留まる。 馳せる想いが兆候を流動し、 枯淡に靡きエスケープする意識が鎮座する自我の座標の上で、 何人もの自己が統合性も同一性も持たず行列を成す。 乖離した運命がスキゾフレニア、と化し、 可視化出来る筈の出来事を屈折させながら、 些細な現実に嘯き囁く自己により、寄り添う現実に利己的な理想を与え、 讃える是非も持たずに是認するだけに、認証され無い現在がメモリーを消す頃、 目張りするだけに謀る出来事が憚り、 其の場を羽交い締めに、し原因などは、印象や因子に捌けるだけに遠退き、 或いは完全に自己から離れ、フラッシュバックしないように、要因を深め、 掻き消すべきだが、海馬が処理し、見せつける過去が現在に鎮座し、 中々、退こうとはしないから、絡まり空回りする時に支払う現在に利子は与えず、 借金せず、丁度で支払いたく、連ねる夜も消え入り、印象に長ける為には、 自己を最もな形に収め、褒め称え、決して自己愛には陥らない暗示をかけるへぎた、と告げている。 何事にも比さない成因が轟き、印象に長けていく。 その余韻に犇めき閃く思いが、瞬き、いつかの場面に永遠を築いていく。 傷だらけのフォトジェニックを眺め、その近称に絶えずシンクロする思いが、 浸透し、誰かの深海を泳ぎ、廃絶された深層心理を憑依し、 今を携え、自己の語り部、と化すように、無意識の彼方の宝石や、咆哮を探り、 まさぐる。 凡ゆる定義が理想を失い、希望を見失い、絶望に酔い痴れる時こそをチャンスに思い、 飛び越えた暁に昇華された意志こそが、何よりもの笑顔で瞬く。 完成され、完璧なものほど、残酷な事は無い、と告げる夜は償いに悶え、 継ぎ接ぎだらけの身体で進み、利便性だけを抱え、 兌換される程に果敢な意識を忘れがちになり、 この忘れ形見たる、心残りに手繰り寄せられる過去などは、誰かに作用せず、 自己に効能を示し、膠着するだけに酔い痴れるから要注意な毒物である、と告げ、 つくづくは、熟考し、慎重に患いながらも、煩わしい事柄の骨格や構造を打ち倒し、 後続するものに、もう来るな、と言い放ち、懐かしむよりも、 勝ち誇り渇望する今よりも、避難するだけの未来に近接するよりも、 何処でも無く、無い事に満足はせず、設置され、接近する程に接触し、 疎ましくも感じたり、足りないものを補ったりしながら、しがない今にしがみ付かず、 何処にでも存在するような意志に次元や時間は必要性も無く、 空間さえ有れば、退屈などに厭いもし無い。 感謝。この秩序に秩序は無く、儚く散り懐かしむ程に悴む現在に自覚などは無い。御礼。

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