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2012年12月1日土曜日

屍たる夜に生命を与えるべき意志。

この身に降り注ぐ後先が夜に連なる。破壊音が劈き、魅惑の現在を粉砕しながら、 縁取る今に詰まる。劈く爪先で徘徊し、憚る意味の蘇生を繰り返し、記号のような階段を登り、 呈する現在に至極を投棄する。苦節を歩むが、屈折する現在をRock'n'rollに歩み、 停泊する意思をデジタル化し、アバロンを目指し、差異性の月に緩衝し、彷徨う野良犬では無く、 孤高であるべき遠吠えを繰り返す狼の如く、サバイバルな現在を歩く。 表明する意思は標識を持たず、この表象に内容を与える。要する外観は、概要を持たず、 殆どの価値に転じる意識に連日を隠している。偽造される意識が目張りを繰り返しながら、 メモリアルな月日を打ち砕く。リアリズムが低下した現代に締め付ける寒気のようなものが、 悪寒に変わり、伸縮する後先の揺籃に隠れながら、あらゆる空、と他に消える。 忽ちは見栄張りながら、罵詈雑言を果てしなく連ねる。この意識は、影に対する語弊を繰り返し、 許し合うものだ、と昂じる現在に噴気すべき現実が、聳立し、今を立証する。 忽ちは、暇つぶしに過ぎぬ、と閃きを捨てた現代の病理が嘆く。利己的な無限性の真理が、 経済に予言を繰り返す。加算すべきは、何にでも反しながら、緩衝し、この身心に対して、 何事をも与えるべきであるが、それを受けとる心に突き刺さる槍であり、槍玉に挙げながら 列する今に徹する。関した後先は、ぼんやり、としたイメージであり、離床した瞬間に始まる宇宙である。 この万物は完結しながら、管轄たる自己の権力の意志に繋がる。理想的であるべく、 自己に利己的であるべく、弱気を押さえ付けるが、その心の防波堤は一瞬の出来事で崩れ去る出来事に 対する意思を持たない限りは、縺れ合い、解けない糸により、自分の首を絞める。 堅実な今に実勢を与えながら、あらゆる狭まる出来事の間隔を広げる。 誘致される自己は乖離しながら、忽ちの風景に蕩ける。現在は画面上に移り住みながら、 情実を保つ現在の空間を保たない現代病を抱えながら、健在な意志も操作されながら、 交差し、交錯する事を辞さぬ時代だ。短絡的に思えば、この感覚が思う出来事に全貌を隠しながら、 託すような生命の互換性を繰り返し、聳える現在に尚逸さも持たずに、その差異性に惑わされるような 結論に結束するだけの主義を用い、思想を錯綜させるだけのファシズムで溢れている。 この生きた心地にカルマは緩慢に宿る。小差を求め、大差を歩くように捌かれる意識は、 暴く程に欠如を含むだけの一存を保たず、一理あるから、と離れ合う意識をつなぎ合わせるだけの、 継ぎ接ぎの主義だ。この種子を落とすべく地上を巡るが、どの地も汚れ、穢れている、と嘆くだけの レイシズムに反するような愛こそが、この腐敗した世の定めを紡ぎ、信じ抜くべき自己を調律する。 「根底に飢餓する命は、あらゆる満足に不満足をぶつける。物欲に示される値は自由に対して差異を求めず、需要を求めるだけの市場で飢餓する。粉砕された今に後先に足枷を嵌める。嵌まりきった足では、恥を渡るだけであり、奇異の目を遮るべく、目立つ行動に対して道徳を押しつける。恩着せがましく募るだけに五月蠅く言い放つ倫理に答えなどは無く、考えた後先に募る理性こそが、規正される現在の創造性を生む。浮き沈みながら、雑務を執り行い、取りこぼすような意識に献じる。感じる程に、無気力さを含むが、抵抗する限りに、この鍵は突き刺すべき穴を求め続ける。定理に対し諦観を求めず、答えに対し、答えは求めず、その答えを超える程の意識に達する。誰かの織りなす言葉の影で笑うものは、後から笑われる者であるべく、単なる物質に介す。忽ちは徒労を続け、吐露すべき悪意を何処にぶつけたがる。不躾に飛び交う意志は、物体を求めるべく、金目当てに後ろめたく、遮る幸福に不幸を売るような事実を孕み、それを産み出すだけの為に蹴落とし、捨て去る。心こそが、リサイクルされるべきだが、このサイクルは、循環を求めるだけに簡易な現在に未来を売りつける。打ち付けるべき鉄槌は、総ての価値に含まれる既得権益を打ち砕くべく、この拳を温める。訂正されるべきは、それに縋るだけの私であり、君や過去である。原理に基づく理念などは、とっくの昔に消え去り、機影になった現在に残余するだけの金利に溺れているだけだ。残り滓を集めるだけの労働に行動は無い、と告げる今に蔓延る平等などは、最もな両道を歩まず、偏るだけの主意に移行し、偏向した意識が暴力化するだけの過信に過ぎず、この現在を夢想し、夢遊病のように彷徨い、世界から剥離するだけだ。迫害されても尚、自分を貫く意志に思想は無く、思考が低下しているだけに過ぎず、拠り所も無く、今に寄り添う価値を持たない限りは、何も保たない事を知るべきである」 或いは、明日すらも無いように突き進む。これに対する生きる価値などは求めず、 心情に信用すべき辭などを託し、囀る時の理由を知る。 申し分なく、今を行き交いし、歩いて生きた、と自負しながら、信じる後先に転じるべき 現象に今を対象させる。時折は締め付ける夜の定義に反しながら、 逸するように徘徊を続ける。印象は蕩けながら、熱情し、この目先の需要などに成り得るが、 それに誘惑されてやり、陰鬱な時を解消しても尚、消え去らぬ自己、と闘争する者こそが、 何事かの本質を拭い、真実に裂傷を与える程の正解の保持者で有る事を願い、 あらゆる光跡が照らすべき居場所に帰還し、気配を残しながら、介する今に要すべき形を取りこぼし、 外れた後先に転じる意志に興じながら、心象を携え、永遠に傍観するような、 もう一人の自己に対して、しかと見つめろ、と告げる。

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