ページ

2012年11月13日火曜日

夜の互換性を探る日記。

私は、知りもしない日々を歩み、無知であるからこそ、求める考えには、陥落せず、 単一な夜に飛来し、何を売るわけでも無く、得る為に、この夜を徘徊する。 相対する風景は、対象を忘れ、忘却の季節を彷徨い、酔いしれるだけに忘れるから、味気なく、 その苦痛に対処する理論すらも持たないから、縋るだけに遠ざかる。 拗れる意識は、五月蠅く介し、この陰影に拙い感情を捌きながら、それが、恰も正論のように促す。 この喧騒に煌めく銀河は、よく見れば綺麗だ。奇蹟などを吐き出しながら、 誘う思いは、情理などを溢し、大差ない出来事に哀感と安堵を溢し、帰宅する思いにだけ長けている。 確かな愛さえ有れば変える家などは、要らないが、この時代が誂えるプライドは五月蠅く、 それを保ち、持ち続けろ、とだけ言い伝えるが、 守るものを持ち続ける事は、死する魂のように思える私は、未だ未だ未熟なのかとも思えるが、 弔うべきが何であるかを忘れた、生と死は、捨て去るだけに、留まり、 対価を求める愛だけには貪欲で行列を成すだけに貪るだけの家畜のようにも、思えるが、 この意識に伝う意識こそが、短絡的なルサンチマンであるから、この欺瞞こそが、 捨て去るべき症状であるが、伝わる心だけには、嘘はつきたくなく、 穢いながらも、来る愛には、なるべく拒まず、自分には、素直で有りたく、 致し方なく、続ける異存ではある。 ユニゾンする風景は、オゾン層を飛び越え、宇宙に調和され、 総ての痛みや嫌味を緩和する。 こじつけるだけに、誇示し、こびりつく思いなどには、目もくれず、 なるべく威張り散らすようには、歩かずに、棘の道を歩く。 朗々と逆流する思いは、潮解されながら、零れていく。 瑞々しい思惟は、端々に謙虚な思いを拡散しながら、裏側では、狡猾に笑うものだ、と告げ、 問題点に値するような奢侈ばかりが、淫靡に轟きもするが、 その流れの対極は殆ど、同じ価値に彷徨うだけだ。 その意味合いを貪るだけの餓鬼にはならず、画期的な明日を描く為に、創造的なものに恋慕し、 短絡的に行き交いするようで、この思いは、対するものは、殆ど持たず、 総てに混ざり合い、一つは、総てに繋がり、総ては一つに繋がるだけに過ぎず、 この行いも、驕りを抱える、と思い荷物になるから、 この思いは、今日に捨て去り、明日などには、明日の事などは考えずに、 今に比する愛だけには、実直さを保ちたいが、 如何せん、ぎこちないだけに遠ざかる愛は、心の中で煩く作用し、 その殆どの理由を忘れ現状に悲酸さを持ち込み、自己に満足しろ、と五月蠅い。 簡潔な夜は愛に対しては純朴であるようにも思える。 本心では、不器用さを抱え、真実を謳う事を忘れるだけの童話のようにも思える夜は、 患う事よりも、先ず笑う事が先決、と告げている。 忽ちは、立ちこめるだけの霧であるならば、それを吹き飛ばす程の心を用い、 この意味合いが何であるかを忘れる為に、誘われる眠りに溶けるだけに過ぎず、 解けないものなど、何も無いが、蔑ろにすれば、するほどに、襲い掛かる問題を 置き去りにすれば、おざなりにした分だけ、その先に詰まるものだ。 それはそれであれはこれで、あべこべに介し、あれこれ喧しい夜も、 静かな永遠を探り、動作も近似せず、対格を包み、画する時にだけ褪せていく。 何にも値しないからこそ、あなたは美しい、と宣言し、 この厳正たる夜に、演技は不必要であり、要する日々は、近影に蕩け、 遠くに仄かな心地を残し、溶け合うだけに、入り交じる。 感謝。謹厳悟り、今に関する出来事の理に対してだけは、答えを求める。御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿