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2012年11月22日木曜日

感覚だけを操作する夜の日記。

この夜に完全な正義はあらず、また完全たる悪意も存在しない。 改竄するだけの数理が織りなす瞬間は、利己的な創造物を作り出し、 朽ち果てるだけに凄惨な採算主義の生産を執り行う。 投じる先は、湯水のように使い果たし、果たすべき愛も持たずに、この夜に権威的に輝きを放つだけだ。 その輝きを、よく見れば、濁るだけの意志を与えるだけに操作を繰り返すだけの、 プロパガンダそのものだ。 統制下されるだけに近代化する夜は、均衡を保たず、僅差を求めるべく、その対象に支払うべき 代価たる愛を持たずに、金満な機関を産み出す、と叫ぶだけの権利にこそ、権威が詰まる。 煮詰まる思いに、併用されるべき偏向な意志は、偏るだけに、権利を求め集う。 その意識にこそ、自己改革すべき所存を押しつける事も無く、恩着せがましく、 喧しく示唆する現在に思想も煮詰まる。 似通うだけに美化される出来事に平衡は、平凡さの差異だけを求め、凡庸な価値を産み出す。 算出するだけに、出産される意識は、傷みも無く、短絡的な胚珠の撫で生まれただけの自己満足だ、と思い、 この夜に摂動する摂理には、偏るだけに欺瞞を孕むだけの主義が重なり、 嵩張るだけの意志に募る思いは、転じる先を求め、その嫌疑に権利を与える為だけに欲動し、 欲望に司る為だけに、宣伝する意識が、この画面上や、現実にもウヨウヨし、 その餓鬼たる思いは、画期的なものを貪るべきだけに、貪欲で、 扇動すべきは、その欲望にだけ、欲動する意識に微々たる意識を与えるだけに讃えられる日々に、 奉り、誰かを血祭りにするだけにつまらない日々を埋めるだけに、何の意味があるのだろう、と問う。 この老齢さを抱え、秋陰を超え、閉鎖的な冬の夜に到来する意識は、尚賢明に今に刃向かうべく、 背徳の威信を抱え、深謀し、憚る出来事に算用されるだけの時を皮算用し、狡猾に目先の事実を 乱獲しよう、と騒ぎ立てるだけに、力を溜め込む欲望が犇めき合い、引き裂かれる思いは、 比する時を持たず、その人間性の外延が織りなす力の根源の権化みたいなものが、 この夜を支配し、淫らな故郷を産み出すようだ。この異様さに気付くべきでは、あるが、 気付いた、としても、この傷口に与えるべきは短絡的な耽溺である、と告げる日々は、 単一な喜びに詰まり、退屈さを埋めるべく、 利己的な愛に技巧さを用い、帰依すべき愛を持たず、保つ日々に、もたれ掛かるだけに、 寄り添う価値により、彷徨う限りは、安定し、安心だ、と告げる時代も、終焉を迎えるだけなのに、 その幻想に併走し、現状を打破しよう、としない。 その気概に詰まる意識に酔いしれる程に、酷く苦痛を溜め込むが、それこそが、正しい、と 酔いしれる程に、傷みも麻痺するだけだ。 この境目に近状は存在せず、確かな面影などに、こもるような思いは、汎用されながら、 恰も、現在に存在しているようでは、駄目だ、と思い、この俗世たる胃の彼方で、炎症するならば、 この堅実さに、絡まるだけの現状に寂れるだけに途切れる意識に対して、 純真であるべく、何を言われようが、何を思われようが、つくづくに介し、 総てに初心さを孕み、尚逸な時だけに介する夜は、この異物感を取り払い、 濁るネオンも、自己を照らす光りのように思える。 正しくは、総ては、この生きて散る今に緩衝し、総てに対し、総てを愛に変える。 この愛に、短絡的な愛を唱えず、感覚で備わる愛に感作する。 聳える夜は、尚も機械的で奇怪な雰囲気を醸し出す。 混線する混濁する日々に見惚れる事も無く、求める事も無い。 求める程に、引き返す今を知り、真実に真意は無く、あらゆる出来事に詰まる瞬間に、 この永遠などは、自分勝手に動作を加え、 この今に、何かしらの意味を落としながら、遠くで見つめ、優しく支え、 遮る時も有るが、感作するだけに動作する日々に支えるべきは、抱えるべきに対しては、 与え、与えるべきが、何たるかを知らない。 感謝。この夜は還元されること無く、毅然たる思いを抱え、進むべき明日に行程を加える。御礼。

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