2012年11月20日火曜日
夜の産道くぐり抜け産まれた日記。
短い冬眠を経て、長い超越的観測に出掛ける。自己に主軸は無く、
自己を円環する出来事が、細分化し、分裂し、自己を恰も保つようだ。
一日が終わり、確かに、その時は終わる。また朝を迎え、夜に集結し、
眠れば終焉に向かい、また始まりを告げる目覚ましが鳴り、タイムカードを押す。
このタイムレースから抜け出す理論を探すが、身体を持つ限りは、利己的でいて、
軽率な時間に操作され、高圧的な上下に打ちのめされる。召されるまでは、
目覚める事は無く、理も仄か、全ては風になり、瞬く。
ジレンマを抱える夜は時代性の病理を重ね、悪態を続ける。
監視し合う愛だけが、増幅し、幸福が憎悪に寄り添う喧騒は、
自己の健康を保つ為に、起算を続け意識に利己的な意思を媒介させ、誰かに寄生する。
忽ちは枯れ果て誰かにすがり、集う。保たれない夜は朽ち果て、
エンドロールの隅で嘆いては、自己の懸隔だけを埋めよう、と必死だ。
必衰する意識は衰退するほどに夜に解け溶け合いながら、危難を乗り越え、要らない価値を捨て去る。
ただ廃れるだけの物資などに価値などは無く、そこに愛を用いない限りは廃れる結論だ。
論争に偏りが有る限りは、どちらかが正しい事も無く、
糾す意味すら馬鹿げた意味に倒錯し、多数決で補う。大多数は、考えを持たず、
自己に似通うだけの意識に倒錯しているだけに崩れている意識の均衡を保つ為だけに意識を繋げたがる。
この夜の賢人たちは、見下すだけの高い目を用い、答えを教え、自意識に縋る。
募り劈く思いは、ただ有るような夜の形に寄り添い、静寂に長けては、
結合しない意識の水面下で溺れ、誰かが手を伸ばすまで待ち続けているだけに、
過ぎ行く現在は誘う眠りにより、考えていた事の欲深さに浅はかだ、と言い放ち意識の奴隷のままでいる。
行為は稀有な夜に生え、次々と新たな物語を刻みながら、
築き、それが邪魔だ、と壊したがる者にも、夜は哀れみを与える。
忽ちは血祭りに上げるべく、古臭い道徳を語り、
恰もそれこそが、正しい、と自己を正さずに告げる。
正しくない観念に、信念は無く、単なる思念である、と償う是非を問い続ける喧騒は答えも持たずに
持ち合わせる善悪の懸隔を埋める為だけに打算し、散々な今の欲望晴らすべく、蠢く。
時々はリズミカルに動きながら、リリカルな衝動に連なる。
時既に介し、私たちは、単なる今に連なる。
この永続する風景にも終わりは来るだろうし、
今が幸せでも、皺寄せる日々は、吹雪きながら、君を凍てつかせるかも知れない。
短絡的に温め合う事にも、然り、と告げ、身を寄せ合う感情にも、
その場の至福に起伏すべきだ、とも思える。
冬は扶養すべき愛を求めるような感情に操作されるから、
困ったものだ、と告げるが、この問題点にも愛は尽き果てぬ衝動性を保ち、
総てに緩衝すべき、その最たる愛に、最もな価値を持ちたがるから、
持ち合わせるだけの愛に自己を見失い、利己的な愛に補食される。
この道理に五月蠅く付きまとい欠如する思い、とは別れる。
忽ちに降り注ぐ愛だけを受けとり、血で出来たイルミネーションを超え、
剥離する現在に至福を売るだけの価値などに、潤い求めず、
静かに待ち続ける今にだけ、蔓延る意識からはみ出すような世界観だけが、
情理になり、短絡的な条令からは抜けだし、
輝ける起源だけを彷徨う。
感謝。恩恵は深みに嵌まり、その数々の奇蹟も見つめずに、未だ受けとろう、とだけに必死だ。御礼。
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