2012年11月8日木曜日
球体となる意識。
静寂は、この身を介し総てに辿り着く。無謬たる思いを重ね、閑散、とした場所に辿り着く。
場面は旋回しながら、滞る事無く、母体回帰し、正否を捨て去り、感情に辿り着く。殲滅した夢の仄かな感覚を
辿り、闡明な予見を重ね、杜撰な思いを昇華させ、感動すべき胴体から切り離され、成すために、
この身体から離れ、情況の俯瞰を見る。緩衝する意識は、意識には無く、漂う宇宙に存在するように思える。
正義は犠牲を重ねるだけで悪を昇華はさせず、せせらぎ躍る、この人生も悶える程に、不確かな状態を
辿り、判明する予感は数々の出来事の一瞬を永遠に変え、淫らな感情も、性懲りも無い行動に繋がれた
足枷嵌めた奴隷のように感じるから、このそぐわない時には、必要無く、否、時すらも関連せず、
安易な感情に染まりながら、路上に溜まる嫌気を吐き出し、代償の退屈に生きるよりは、
曖昧ながらも宛らに留まる事あらず、そこに立ち尽くしはするが、縋る程に、その場面に重なるだけだ。
静謐感漂う思いは、面影、と重なり、この未明の存在などは、消費されるだけに過ぎず、
論議では重ねられず、病跡では人間は辿れず、ましてや、一つの出来事で人間は計れず、
計った、としても謀っただけに過ぎず、この意識は情炎を行いながら、端的に拡がり、沸々、と清々しく、
示唆し、思惟し、感情は損ないながら、完璧で明瞭な月日を介し、この留まる景色には、漂わず、
重なる日々に名誉を求め、体たらくな現状を打ち砕く為に、刺激的で劇的な日々に行動理論などを持ち込み、
無遅刻無欠席で行き交いし、行き交う思いは、生きている、とただ告げ、ただ暮れて、ただ明ける夜に壮観だ、と
告げ、相姦する意識は、自己、と自己に対立し、無限の始まりを告げ、無限の終わりを告げるもので、
量子化され、矜持を保ち、微粒子、と化し原子の器官をくぐり抜け、這いつくばる、単なる愛になり、
妨げも尊く、程良く、この目の前に立ちはだかり、諦観したり、陥落したりもするが、
何度も生きよう、と目指す事が、頃合い深め、羽化し続けるのであり、この意味合いなども、
いつかは翅を広げ、豊かに幌を広げ、はためく人生などに帰依し、また瞬く間に消え去り、
温め、深まり、仕り、不安定だが、不安定だからこそ、安定などに縋らず、
寛容であり続け、購う事よりも、儚く散る者です、といつも見つめる先は食い込み、悔恨などは、
持たず、今回だからこそ、柄にも無く尽きるまで漂い、退廃しないように、生きて散る運命を、
ただただ辿る。
「ただ生きて散るのが、この運命だ、と瓦解する思いは慟哭、となり、関連する事実に慈悲を溢し、単一な愛に覚醒し、自分を追尾する。この命に、そっと寄り添い緩衝するのが、正しい愛だ、と告げるが、その合間を知らない限りは、その場に詰まり、つまらない考えに引き寄せられ思念を失い熱情する事を忘れる。地上に情熱はある、と宣言する命は、蔓延りながらも、懲り懲りだ、とは思わず、何度となく咲き続け、叫び続ける。算用される現状などに、答えなどは無く、主観的に見つめる見つけた先々が気まぐれに行いを手繰り寄せながら、解明する時を寛解させる。巡り巡り、君に辿り着いたが、違ったみたいだが、その出逢いにも、デカイ愛は有ったが、思い返せば、その場で緩衝し、監守し、攻防し、墜落しただけの事を繰り返し、また違う出逢い達は、その場で立ち尽くし、ただ立ちこめる雰囲気に、目眩く思いを与え、ただ讃える事無く、佇んだだけに過ぎず、滞る思いは、効率だけを求めるだけに過ぎない、と教え、押しつけあっただけに過ぎず、この想い出も、つまらないものにはならず、習う為に、印象を与えただけに過ぎなかったのだ。ただ対する思いは、自己に緩衝し、総てに反復しなが、反芻すべきは、自己の誤りに存在し、聡明な時を自分で知って濁しはしたものだ。滴る思いは募る程に、程良く介し、誤解を解きながら、過去などは現在に比せず、比する、としても、その場に揺らぐ現象には、比例しない。ただ、今、募る意味を解し、重なる時には、誘致されず、この体内で巡る血の面影に比する」
短絡的な思いは、五感を締め付け、使命感などに引っ張られる。妨げる時折は、時々を重ねるだけにあらず、
考えが及ぼす時間などに、答えなどは無く、次元を介し空間を辿り、専一な時を廃し、
誰もが打ち出せぬ答えを持つのが、人間の始まりだ、と告げる。
償いは、継ぎ接ぎだらけで遅疑になり、つくづくを留め、続きには、介さない。
介した、としても自分に帰る闇に気配を残し、その場の重荷、となる。
隣近所は幸せそうだが、不幸せを知らない限りは、いつかしわ寄せする思いに、いつかを失い質感を失う。
「私たちは、たまたま出逢った事を折り重ね、いつかに気配を残す。それを察知した運命が理解し、汝を包み、御身に返す。蔓延る意識は除名されながら、到達する意識などに廃され、生後に帰還し、死後に影を残すだけの事を繰り返し、自己は単一な無に帰す。駆け巡るからこそ、この世に未練など残さずに死を思う。死を思わない限りは戦き、闘う意味を忘れ逃走する。併合する意識は、景色、と形式を求めたがるが、求めたがる程に、集る思いは、晴天を知らず、掃き溜めで生まれる命に成り下がる。上がる為には、上を正し、ただし自己を糾さない限りは、現状は押しつけられ、抑制された意識は物事の軋轢にしか、ならず視点を失い時間に彷徨う。英雄的な史観を歩むが、その英雄も間違えば、独裁者になることを告げ、つくづくは、どん底を徘徊しながら、ちょうど良いところに介し、総てを紡ぎ、上に立ち尽くすこと無く、見つめる事柄の差異も求めずに行う事により、物事は深まり、季節感などに、感覚すら残さない」。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿