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2012年11月20日火曜日

インモラルな私の道理。

マージン受けとる為に歌うImagineは、イメージの外側で平和を歌い、自由を危難、と叫び、 この集うだけの空白に、告げるだけの意識は未明の旋律を加え自己に規範するシナリオだ、と 妥当な野良犬が過怠する意識のカタルシスを放つ頃には、破綻した季節が、空腹を癒やしたがる。 この情念に対して、欲情する欲望は、道理も無く、観念すらも無く、数理に基づき、利己的な支配を続ける。 心肺機能が、その機能を終える頃には、この起源に溜まる思念などは、宇宙の標記になり、 担うべき粒子の定めを背負い、関する事実の場面を照らしながら、気泡のように羽化する心の讃美を 続け、連なる意識は情景に霞む程の立体性を孕み、情緒を超え、昔年に晴らすべき情理も疎ましい、 憎悪などに変わりたがるから、この互い違う意識からは、離れ、放たれる意識の放免を受けとり、 面前で執り行われる現象に対して、それは幻想であり、現実味を憶えたばかりの子供にしか過ぎない、と告げる。 この私議に、議会は無く、寛容な事実にだけ永久機関を与えるようにあてがう意識なのであり、 形は違うが、集えば、なにものにも、なにごとにも負けぬ意志を生み出す可能性だけに帯びる希望論なのであり、 競う価値に寄贈されるだけの理由も無く、内心に他動する意識に情動する事も無く、能動的に行う、 義務的強迫性のギミックであり、リミットは無いからこそ、描く事に関しては時間を持ち込まず、 無心で、無神経でありながら、この頂く有り難みは、何事にも変えられず、荷担すべき事実に、 需要と供給すら持ち込まず、持ちつ持たれつな自己に介す物事や人々に対しては、大いなる遺産を与えたく、 行う行動に雇用されるような思いであり、この意識の背面に連なる画面は、何事かを映し出しながら、 なにものにもならないものに対して可決すべき主事を与えるべく行う理念により、離反する心の 配色であり、散々な現在に抑止力は無く留めるだけに止まるだけの価値などに、価値などは持ち込まず、 揉まれる程に崩れながら、成そうが成すまいが、この意志に連なる意識が存在する限りは、 止まる結論を知らず、生存する限りは、この命に快活さを与えるべく讃えるだけに進みきるだけの 命に対しては、大差は生ま無い。 「浅はかな意識は薄命の掃き溜めの墓石に刻まれるようなものだ、と死神は告げる。首に備わる鎌を見れば、今に対し、どう生きるかを結論付ける事も無く、その論理に道理も無いだろう、と耳元で嘯く。この近日に迫る鈍痛などは、鈍磨な道理であり、そこに信ずべき意味も無く、停泊する意識を進めるべく舵取りを行う自分を褒め称え愛さない限りは、大差ない出来事の空欄で溺れるだけの始末の悪い行事を繰り返す。後先は繋がる程に、はしたなく穢い過去を潤うだけの現在を讃えぬ限りは、脆くも崩れ去る利己的な自己の支配により、芝居を続けるだけの人生で終える。恐悦を抱えながらも、この鋭く劈く意識は、冷たい運命などに、温かみを備える為に存在する自己なのだ。この個人的残像に、支配されている限りは、限りある時間に吸い取られるだけに衰亡する理性に気配を消される。理想郷に利子は無いが、代償は少なからずある、と告げる天使は、懐郷に降り注ぐ、罪を拭うべく、その豊かな思想を持つ翼で、この因子を拭う。忽ちは晴れ晴れ、と連なり、拙い今を拭う為に何度も崩れながら、聳立していて、尚逸な日々に長けるべく、勝率などは求めずに、敗者でも無く、何事でも、なにものでも無く、物音も立てずに連なる運命だけが、損なわれずに、その先々に伸びているのであり、その高貴さを保つ為だけに、この意識を死するまで使い果たし、世界の愚行を留めるべく、轟く意志で有り続けるべく続ける勉学そのものである私は正義が未だに、何たるかを知らず、足りないままで進むべく、荒んでもはにかんで、破壊されても頷いて、築き上げ、雷落とすべく、誰かの意識を控除させ、誰かの意識に媒介し、誰かの意識で有るべく、この意味合いに結論を持たずに、持たされるだけの使命に理念などは無く、利潤だけを求めるだけに欲動する機械では無くなる為に、拍動を続ける能動機関なのであり、行動は欲深くあればあるほどに、解け、何処にも介さず、自己にだけ、欲動し、亀裂を与え、軋むだけの心に黄ばんだ意志を繋げ違う。その意識にミメシスを与えるべく、リリカルな衝動を与え、讃える是非は、自然にも無く、それを正しい、と思える心が正道を歩む頃には、総ての戦争も、戦意喪失し、創造性だけに長けては、快活な今を咲き誇らせる。 嗚呼、この命は、薄命だが、永遠性を保ち、真理などは、持ち合わせず、用いるべき真実などに、答えも無く、ただ耐える事も無く、摩擦し、緩衝しながら、道理などに、動機は持ち込まず、もたらされる是非も無く、持ちつ持たれつだが、もたれることも無く、盲信のようだが、未明の事実は、ずっと、この生きている間柄だけを縫い付け、何処でも無く、此処でも無い場所で何れかの鋭利な意志を磨ぎながら、遂げるべく連なるようであり、咎めるだけに詰まるだけなのだ、と、ただ教えるようだ」 この自己の因縁は、自己の陰影にぶつかり、刹那の因果に晴らされ、時折に摂動する真実の愛に 長けては、切望を繰り返す。昇華する意識は一番の至福だ。 固結しない思いは、伸び続け、留まらない感情は、寛容な事実に広がり続ける。 晴れ続ける思いは、孕み続け、産み続ける意志に変わる。 時々は毒々しい思惟に示唆を重ね、資産繰り勘ぐりながら、感作しない物質に愛を求めたがる。 そこに真意は無いが、死にものぐるいで生きよう、とする意志だけが、集うようだが、 その幸福論は間違った書物であるから、私にそれは不必要だから、 この刹那の命は、薄命なだけに、迷惑を重ねるものであるし、その名誉を守る為のプライドも要らず、 いつ散っても良いように、情事に備わる死生観を保ち、常時に迫る死を思わぬ限りは、 この流された命に対して申し訳無く思い、この今に対して抑止する事は、決して無い、とだけ告げる。 彷徨う魂よ。単一な淡色な命よ、刹那に煌めき、私に介し、総てに返す。

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