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2012年11月30日金曜日

傷みが軽減されぬ夜は心に戒厳令を敷きながら担うべき今に達する日記。

この命に関しては年齢などは無い、と達する。この夜は、発散されるべく何かの間柄に、 何かを産み出し、そぐう。偶然か、或いは邂逅か、と悔恨に告げる。 解体される今を縫い合わせるような余韻が褪せていき、求める程に貪婪な価値が彷徨う。 求め合う愛は、育む事は知らないが、ハグすれば、知ったような感覚には陥る。 それが本質であろうが、真実で無かろうが、繋がった愛に関しては、正解も不正解も無いものであり、 この問題に中庸などは必要無いものではあるが、その永劫を重ねるべきに対しては、 この結論は間違いである。或いは感化し、感じた後先に広がる悦楽に生じる脳の動力が、 乱心を彷徨いながら、愛のスイッチを押すような瞬間に、総ての主観は開かれ、 広がるだけに誘致される思いは、誘導され、同役に比するような愛に寄り添うのだ、と夜は綺麗事を促す。 総じて無くならない愛は、拗れる事を知らぬ。同率の意識に高貴さを保つ愛は、秀麗であり、美麗である。 或いは目も付けられない愛に浸透している事が一番の幸福であり、何も無くとも、何が無くても、 その対象さえ有れば、勝ったも同然であり、何かを交わし、この愛に達した時こそが、何よりも至福であり、 あらゆる事物などに反しながら、その時を留める程の愛にこそ、本当の永遠は詰まる。 つくづくは嘆じる愛に葉隠を配りながら、逍遙するだけの愛に捕食者たる由縁だけを配る。 それは遺伝子的な本能が乖離しながら、脳裏を蔓延りながら、渦巻く欲念を歩むような動機に夜を売り、 拠り所を求めるべく、一夜に紡がれる愛の実たる自己に勘合されながら、関した愛に対して 相対性も求めず、自己に浴すだけの価値に肥大する欲望が欲動を続けるような拍動に対する 夜は感銘たる悠遠に絡まり、構われない時に育む孤独も必要である、と告げる。 その淋しさに侘びしさを売る程の心残りたちが、適度に適当な結婚に心を補わせながら、 恰も、それはそれで幸せである、と満足せざる終えない時代に対して、憤懣を募らせるが、 考え方を変えた後に、見つめる全景は、何か、と幸せは雰囲気は醸し出す。 内心は底知れぬ程に、底冷えしているかも知れないが、それから離れるよりは、 縋る事のが、幸福のように、思わせるだけの、この社会性に募るだけの普遍性に対しては、 結局は、何も思わず、考えに甘んじるだけに、募る事も無く、単一な欲を晴らす為に 結ばれる愛に対しても、欠如である、と告げたいが、聞く耳を持たぬ者に対して、 対する事はせず、遠くで見守り、なるべくは、幸も不幸も考えぬべきだ、と告げる。 低劣たる夜が耳元で囁く。高貴たる者、脱ぎ捨て枯れ果て滅び行き、身体を捨てて、唱和し、同調せよ、と。 連なる意識は、単に行列に並ぶだけだ。 其処から、抜け出さぬ限りは、打算するだけの人間、恰も人間を着込んだ者に成り下がる。 言う意味が分からぬ者、とも分かち合う私は、犠牲心などは持ち合わせず、 引っ張り上げ、昇華させるべき翅だけを用いる。 不適に笑うだけの権威に反するべき権利を主張せず、我ら一巡に捨て去る準備だけを 整え、飛び交うだけだ。 この今は、自己を超える為に存在する。 拭われた夜は、猛るだけの意識を抱え、 自由に羽ばたいて行く。 憚る事無く、募るだけに、翼を広げ、 不器用に揺らめき、永劫に消え入るまで。 感謝。考えを持つ限りに愚かは生まれるが、考えを否定する限りには、可能性は決して生まれぬ。理解者は私だ。私が理解しない限り、解釈は生まれない。御礼。

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