2012年11月27日火曜日
残骸のような現在の光跡。
思いは評議を繰り返し、表面に付着する。或いは、この心の彼方が引き寄せる
派閥の深淵に触れながら携えるように手懐ける意志を剥がしながら、
今に染まる現像に対比するような感覚を覚え、溺れる程に数多の時間が、器官を持ち、
足跡を踏み躙るような現実に懐疑を憶えながら、根絶する夜に気配を悟る。
去った後は現状を打破すべき乖離的な現実に軋みながら、因果な時を有し、
外積される内情に対して、思恵を与える。
雑多な思念は、深層心理に躍動し、勘定しながら、跳梁する。
固執する現在に貸し付けられた生命は、あらゆる軌跡を踏みながら、投ずべき今に
加算される。この人間が織りなす支配の気配は、察知すればするほどに、推移を求め、
この人間であるべく進む今が織りなし誘う月日が、曇りながら、ずれるような時折に
悲傷を浴び、刹那に悶え欲動する保身の心が靡かせる現状は、察知すればするほどに、
衰弱し、考えを余しながら至難を飛び越えるべく、人間で有る事を超える。
「この有する時間は限りあるようで、限りは無い。旋律を加え、この心に感冒を与えるべく、何事か、と重ねる。重ね合わせる日々は、無償である、と告げるが、こと生きる事に関しては、鼓動の他に多大なものに還元されるべく、後ろめたく狡猾に騙し合い目配りする。時折は声望を含みながら、絶えず真理を宿すようなものだ、と告げながら、曲がりくねる常に今を歩む。行為上に散らばる、恒常的な今が即座に崩れ去りながら、臍帯たる愛が、この身に栄養を与える。緩慢たる愛が、この偲ばせる時を超えるべく、陥らない為に、操縦されない為に、自己を調律し、超域に達し、飛び交う、たった一つの生命であれ、と告げる。あらゆる風景は、醸し出す雰囲気に憐憫を落とし、聳える今に流動する。流転し、奏でる時に平衡を与えながら、毅然な今が、自己を讃える。底知れぬ恐怖の味付けが執り行い宣伝するだけの街並みは、取り損ねる今だけを火難にさせる。燃やし尽くされた心は、塵、と化し、雰囲気の粉塵、と化す。光りに生える一瞬の希望を持たずに、このもたつき、疎ましく包まれる現在は、用いるべき是非を持たず、否定的な対象により、批判的な自己に反していく。反すべきは、この生きるだけに存在する装置を破壊すべく、創造を執り行う事だ。この諸々の事実に、諸処たるものは存在しているかのように、見せるだけで、その存在などは、俯瞰的に見れば、些細な事柄の断続に過ぎず、この真偽に悟るだけに歓喜に苦悩するような日々に潤いを与えるべく、人間を超える為の所為を与える」と、最もな高みに登るべく、私が私に黎明を告げる予見を、
手渡し、宛らに訪れる総てを奇蹟と呼べ、と叫ぶ。
「懐疑的な日々に折り重なる不安が、交錯する。数多の心の削除を行う。現実は、原生林の森厳保たず、利己的な自己による気配により、その場に雰囲気により流される獣だ。遺伝子が織りなす本能的な恐怖により、不安、と化すだけの恐怖を拭い去るべく、生まれてこの方、超人である私は、永遠に個体であるべく、今に至上を託す。ごく自然な今に、混在する意識こそが、未明の安定などは、求めずに、いつ散るかも知れぬ、この命に、経緯を持たず、契約を行わない。この戦域に存在する五月蠅く募るだけに交錯する運命を遡り、この絶えず信仰する思いは、神を持たず、短絡的な愛に神を用いる。対する時は、併合され、効力を失い察知するほどに、動機を育み、高貴さを渡る。人間であるべき行為を捨て、人間を超えるべく、高貴さを用い、要する日々に徹底して、謙虚であるべく、表裏は持たず、言い放つ時に悔恨すら用い無い。誰の目も気にせず、自分の自由を本質に、誰かに常用されるべく常日頃を与える。巧緻な瞬間にこそ、この永遠は誠意も持たずに、御身に染み入る。この間柄に備わる軌跡を踏み躙りながら、現存する今に起案を与える。正否は存在せず、自己が中庸を持たぬ限り、持ち合わせる是非により、より良い結論は決して得られぬ。総じて、この愛は起算する事を知らず、困じて成す事などに、正義は存在せず、正義を用いる悪が嘯く動機により、操作したがる。従えるべきは大勢の味方よりも、誇れる自己である。そこに愛は持ち込まず、静かな愛で対象を見守る。見比べる君は、いつまでも自己愛に囚われる利己的な執念そのものだ。この命などは、代わる代わる交差し、目眩く消え去る。この今に算用すべき卑俗の価値などは、要らず、重ねる愛だけに価値は存在する。この定義に定理は無く、この答えに、理すらも無い。水域などは無く、水準を求めるだけに、衰亡する命を命、とは呼ばず、それは貪るだけの餓鬼たる亡霊である、と告げる。この命は薄命であり、拍動する限りに軋むものだが、私は一番、堅い鉱石を用い、紡績する日々に、手繰り寄せる糸は、何よりも弛み強い。関する事実は、列し徹する。この開花する実情だけに、蔓延る出来事を起算するだけに、留まるだけならば、君たちの時代は終わり、私が占拠する慈愛に瞬くべく、総ての過去を水に流す。この出来事は、存在する為に、その存在を隠し、存在したのだ。この現実を真実、と呼べる者ほど、残酷なものは無い」
対する日々は恰も、胸裏に染み入り、この事実に渇する。現実は世知辛いものだ、と言い放つが、
視点を変えれば、その曖昧な言葉に弛むだけの自己が反動するだけの事実に軋んでいる事を知り、
この現状に示すだけに死滅するだけの生命であるからこそ、この私は、私でも無く、誰かのような
感覚を放ち、敢えて乖離させる時は、自己を確たる目で傍観し、次なる今に蔓延らせるべく、
時代をはぎ取る。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿