2012年11月25日日曜日
交錯する夜は憐憫を持ちながら巧緻な事実に達する日記。
理想論用い、理論上の夜を飛び越える。相対的に見つめれば、どちらも同じものだ、と告げる夜は、
画期的な主義を用い、要するだけに緩衝する出来事に差異は、殆ど見当たらなく、
物事に大差を求める程に、大義を忘れがちな権利に対して純真さを明け渡す事は無い、と告げる。
意味合いは、夜風に、ただただ深まり、仕るべき今に敬虔さを与える。
それは信仰に及ばず、今に礼儀を尽くすような結論である、と無神論である私は汎神論者に告げる。
反駁する風景は、悶える程に、その欠如を埋めたがるものだ、と見た目は綺麗な蝶でよく見れば、蛾だ、と
瓦解する君に告げる。
密度は生じる先に暴利を与えながら、緊密さを用い、焦躁させるべく操作を続ける。
綿密な夜は、連理を繋げながら、対処すべき答えを用い、感銘な今に緩慢さを与える。
弛んだ今が、伸び続けだれる前に、隔てる意識に結論じみた意味合いを吐き出す。
誇張されるだけに積み上げられ、詰まるだけの今が、あくせく踊り続け、汗も出ぬような
今に加算され、危難な季節を歩んでいる。
聳える程に寂れる風景は、かまけるだけの感情を欠如させる。
時折は、詮索するだけの愛を濫立させ、行為に怠けるだけの感情に寛喜を与える。
生じる先々は、歪な症状を抱え、弔うべき自己に対象を用いず、
忙しく駆け巡っている。
時々は遙か無援な後先に困じるだけの虚像だ、と語る夜は、懐疑的な自己の静観さを保てず、
閉居な気持ちに囲われている。
忽ちは出戻りながら、戻るべきは今にあり、対する事柄に多くを用いる限りは、重荷になることを知らずに、
そのままの姿で走るから、鈍磨な感情に金満さを用いるだけだ、と告げる。
相違する賢智が我を進ぜよ、と続ける。錆びる気持ちに潤滑油を流しながら、
悉くに鎮座し、その座標に立ち尽くす錘を払いのけ、数々のジレンマに対処すべき
方法論を施す。
巧緻に蠢く切磋な事実にも今が関するかは疑問である、と告げる今にこそ、疑問を持つべきである。
その介する夜に値を持つ限りは、代償に相対するだけだ、と告げる。
壮観すべく、この全貌に巧緻さを用い無い限りは、無い物ねだりな餓鬼、と化すものだ、と語る夜は、
荷担すべき愛だけに術を用い、要する形には、存在は無いものだね、と私の耳元で呟き、
その初心な言葉が脳裏で瞬き、脳内で心の器官を織りなし、それが循環し、
数えるだけの矢先に詰まる出来事に対象するだけの物事に対するだけの苦悩を取り払う。
それが愛なのか、と知り得、リリカルに歩く街並みは、見た目は薄汚く、後ろめたいが、
よく見れば、微細な出来事は、喜びに溢れ、何を顕示する訳でも無く、如実な愛に溢れている。
それに溺れる事は無いが、憶えるべきは、この一存に対すべき愛に介するような今に対しては、
溺れるべきでもある。
愛去れば、悉くの風景は、寂寥たる由縁に絡まり、吹き付ける冬の風は、
この浮遊する心に表現すら持たず、もたれるだけに豹変する今が評議を重ね、
五月蠅く脳裏に付着しているように思われるが、
その動機は、心に浮遊するだけの自我が織りなすだけの陳腐な理由であるから、
その波風たてるだけの五月蠅い心に終止符をうつべく、なるべく執心は持たない。
生じる先に現実は連ならず、この目の前に建築されるような理由に対して
建造するものだ、と告げながら、このつくづくに使命を与え、抱えるような現状に
蔓延るだけの世界に対しては純粋で有りたくも、期限を見つめ、起源を辿る目で巡視を続け、
恰も構築されている事柄の表裏を突き抜ける。
感謝。情交犇めく夜は正否を抱えながら、謙譲されるべき愛を待っている。御礼。
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