2012年11月28日水曜日
エディプスコンプレックスをコンプレッサーにかけた夜の日記。
今を平らにすべく、耕す。自己から端的な万物、と宇宙が始まりを告げる。完璧な明日ほど、
アスファルトに溶け解ける。全ての壊された童話が、良心の呵責を攻め立てる。
全てに良心を持ち込むだけの良識有るものこそ、有毒者である、と損なわれた夜が翳し数える。
風上に立ち尽くす夜は、憐憫に触れ、確かな愛にまとわり付く。私は私に終わり、
なんぴとたりとも終わらされる事は無く、失うものを持つ限りは、失うことばかりだ。
深夜のGabberに揺れる。時折は刻まれているビートに支配され、この身は姿を消す。
掻き消された存在は意識も意欲も無く、清く踊り続け、
記憶の奥底に募る憶測から来るだけのトラウマを解消する。
形骸化した夜が閉廷される月を眺め、ヘイト、と叫んでいる。
利己的な気配が離職し、冷めた現実に再就職しながら、最終電車を待つ。
この意識は電子機器であると、サイバーパンクな意識は連ねる午後を、
意欲で走る永久機関的なバイクに乗りながら、意識の果てに存在する宇宙の果てを通過し、
毅然な自己に帰還する。
それは、先祖返りのようなものだ、とノスタルジーな義眼の野良猫が負け犬に母乳を、あげながら、
カタルシスを、私の心に淹れ続け、その愛がロイヤルミルクティーになりながら、
眠らない街を描写し続ける。
フランシス・ベーコンは、何処までも不安な絵を描きながら、
リンチの映画の彼方で軽減されぬ痛みを吐き続け、この夜に集い続ける。
ケロイド化したアスファルトが映し出すロイター通信を見ながら、戦争とは、人間が人間で有る限り、
凡ゆる影を生み出しながら消え去らないものである、と告げる創造主こそが、
戦争の宣伝塔であるな、と思う夜に善悪は一行に存在せず、単に立ち並び行列を、
なすだけの愚行、と愚弄であり、その流行の流刑地たる屠殺場に並ぶような群衆心理を読み解けば、
短絡的に、どう思われ、誰か、と違う事を恐れるべきだ、と促す権威に対して疑問を持ち、
その欺瞞たる極みに対する自己に対して討論し続け、是非を知るべき、と鞍替えする夜にこそ、
たわわに実る未来が煌めくので有るが、如何せん、扇動したがい、従うべき価値を生み出すだけの情報は、
その価値が何たるかを知らずに、その価値こそが正しい、と言っているだけに破綻するだけだ。
この世は閉塞的な余話を織りなし、夜に折り重なる。
この世は、何々であり、元々である、と五月蠅く劈きながら、それこそが、正しく循環すべきだ、と
伝えるが、伝わる意識に循環すべき理論などは、無く
その総ては流転しながら、濫立する風景を実直にする事も無く、
総てに尽きる限りにまで熱情し、欲動するだけに翳るだけに巡る。
滾る命は躍動しながら、この辛酸な現状に暗澹たる差異を用い、
関する出来事に恰も対照しているかのように、照らし合わせ違うものだ。
行き交えしながら、誰かの遺物を用い、この現実をひたすらに歩むが、
この歩む事に答えを持ち込む程に、ニヒリズムに陥る。
虚空などは飛び越え、乏しい現実に対して、どう対処すべきかを考えながら、
この夜の軋む音だけに誘われ、寂れない気持ちを聳立させ続ける。
支えは総てに邂逅し、悔恨に補足されること無く、この理に対して正解などは、
無い、と告げる。
有る、とすれば、ただ有るだけに過ぎぬ、と言い放ち諦観し続ける意志に連なる
新しい思いが、交錯するだけだ。
夜はマニュアルを破り捨て、派手なマニキュア塗りながら、中指を立て続けている。
この教理にリフレインするのは、自己で考える限りに協調性だけを求める軍事主義的な教育に打算されるべく、
短絡的に一緒に並べ、と喧しい。
私が小学生の頃は、教師に反し、痛いところを突きながら、答えを鞍替えして来た。
その結果、教師から嫌われたが、御構い無しだ。権威を保つ事が嫌いで有る私は権力に対しては、容赦しない。
自己がどうなろう、とだ。革命に理由を持ち込む、と自己に利用され、暴力、と化す。
亡命すべき場所は持たず、この自由意識に存在する自己に小さな国家を保つようなものが、
心理を殺ぐからこそ、私には、国家は要らず、国境すらも要らない。
与えられるならば、ただ人間では無いものでありたい。
感謝。悔恨無き後に邂逅は訪れ、誘う月、と共に踊り続ける。御礼。
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