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2012年11月17日土曜日

消費される夜に埋め合わせは要らぬ日記。

不完全燃焼な夜は完全性を求めるべく変貌し、繁忙する意識を蝉蛻しながら、 今の悲哀を妨げ、生きる時に有し、生死すらも飛び越え、生きた意識にだけ、可決される。 過去を思う君は、味気ない夜を食し、先々に進む余地を知らない。 寂れる今が感化し、心理に厭わしさを感じながら、 長らくの現在に点在する意識の殆どは、無意識だ、と知る。 意識から離れたい夜は、全ての静寂に微睡み、幾重にも伸びては、 旋律を深め、今にメロディ与える。 対立しては蕩けながら、今に帰参し、快活な思いになるべく、 担う意識は、数々のジレンマを飛び越え、現状を熱くする。 統廃合される夜は数々の時勢を眺め、整然な今を調律し、 一見すれば、喧しいが、構うほどに絡み合うからこそ、 今が躍動せず、疲労した意識に司る。 劈く北風が、恋しい現状にクヨクヨもするが、嘆く程に、絡み合う意識は、何処にも介さず、 また解消する為の対象を求めるべく欲動するだけに過ぎず、 読み取る真実は書き込むだけに存在し、其処に残す為には、 今に耐え、未来に、絶えず伸ばす為だけに、存在は、 恰も存在している、と無に告げている。 つけいる隙も無い夜は、一貫して色欲に悶える人並みを傍観している。 諦観するだけの月日は、つくづくに昇華はされず、 絶えず貫いた未来に昇華されるべき今を抑止し、絶えず進行を続けろ、と告げるが、 たまには歩みを留める事をしない限りは嫌いになる。 この気概に触れたくも無いが、嫌いになってしまう。 この始末には、先々は無く、置き去りにした今が、おざなりにすべきだ、と告げる流れは滞留し、 今を留める限りだ。 散々な夜にも寄り添う価値は有る、とだけ宣言する。 私は無為なものにしか、寄り添わず、聞く事も、伝える事も無い。 伝わる限りに理解はあるが、その理解は、それぞれに解釈され、 逸脱すれば、忘れ去られる限りだ。 幾重にも今を引き延ばすような、夜は時間の概念持たず、外観にもたれながら、 現在の内観に悪態をつき、客体を罵りながら、 有する時に敬虔な意識などを与える。 この定めにも期限があり、起源に備わる有徳な事実に 冷めた現実などは、要らず、確かに適度に適当に歩む時にも、 意味合いは深まり、絶えず万物、とぶつかり、流転しては、 鬩ぎ合う今に緩衝し、溌剌、と消え入り、長けては戻り、 関すべき今に生えていくべきだけで良いのだ、と夜は静かに耳元で嘯き、 感じるままに総ては無く、体感するべきに、今が産まれる。 先ず、この総てを逸脱すべく、幾重もの今を創造する。 次元は空間を生むが、私は私から生まれたのだ。 膿み爛れながらも、意味合いに深まるべき超えるべきは今に存在し、 暇を弄ぶ事も皆無であり、 この短絡的な生命に、善悪も無く、規律すら無いのだ、と。 感謝。先々は色彩に溢れ、現在に触れ合いながら、如実な今に何かを与える。御礼。

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