2012年11月2日金曜日
信じる術を保つ衝動。
禁忌ばかりが犇めく。繁盛しているようで、閑散、としている心に染み入る現実は、
搬送されるだけに護送され、屠殺場か、ガス室に運ばれる。
この箱庭の運び屋である私は、正義が何たるかを知らない、し短絡的な悪意の暦には介さない。
対象を持たない改札口を超え、尚逸な権利を持ち合わせ無い階段をよじ登り、
登り詰める意識は高みの見物はせず、物を見せたがる高尚にも陥らず、楽々、と登る先は
併用されるべき事柄を持たない平衡であり、暗影に突きつける自己を持たない。
寂れる意識は、徴候を求め、求めるだけに兼ね合い渇す。
渇望する意識は、前兆だけを伸ばし、後景に反省を持たずに、割に合わない日々をリアルだ、と告げる。
償い晴れて、次なる意識に進むが、次々、と襲う嫌気のさす出来事たちに介し、対すべき対処法を持たない
日々は、歪曲し、異説を踏み躙り、現実に権利を持ち入り、倫理を押しつけ、誰かをリンチする。
忽ちは、瞬く間に混在し、寛容たる由縁を探すが、誰もが荒涼した感情を引き合いに、
霞むような愛は、傷みになり、君の傷跡を突き刺すだけの、事実だけが介し、解消されることは、
殆ど無い。総じて馬鹿者だが、馬鹿だからこそ、屈折はせずに、笑顔を繰り出す。
織りなす感情はしがない日々に奏し、還元だけを求め、閑散、とした惨状の慈悲を求める。
止めどなく、利己的で悪心連ね、猜疑心だらけで堕落しても尚、本質は愛にだけは、真実を話したがる。
汎用される意識は乱用するだけに依存し、移行すべき真実に進もう、としない。
至難ばかりが遮るが目線を変えれば、見せつけられた価値により、物事の善し悪しの判断を失っている事に、
気がつくべきだが、飢餓した意識は、形骸化し、生きる屍、と化し、生きる意味を持たずに、
彷徨うゾンビのようだが、権威的に生きるよりは、未だマシではある。
馬鹿に権力は持たさない方が良いし、圧力介し、行使したがるだけの従う力の意志に、
感情は無く、頑丈な組織の力により、総ての善悪を失い、力の抗す方に寄りかかる。
それが生き方、と示すならば、単なる機械、と呼ぼう君を。
感覚を失った短絡的な機械であるべく、利潤、という潤滑油を求め、投じる先の一人に対しては、
強みを放ち、集団を支配するだけに、一人一人はあらゆる方法を使い、独裁者、と化す。
荷担すべきは人間本来の尊厳だが、果敢に挑む程に、尊厳などは、無くなり、昏倒するほどに、
実体を失い、ただ生きる為のために、この命を磨り減らす。
それこそが、良し、とされることに、均衡は無く、起因すらも湮滅している。
霧散、と消え入る現在に、資本は無く、思考は翳り、権力に対する意志だけが、闊歩し、
利潤の為に、建前の為に水準を上げた事により、物事の是非は最もな懸隔を広げ、
拡散した意識は自由な市場を徘徊せず、既存に存在する市場に私情を持ち込む結論に留まるだけに過ぎず、
この少ない償いもつがうだけに、留まり、烏合の衆の主意は、宣言を失い、大量生産の名の下に、
廃棄した生命は、間隔を失い、彷徨うだけに終焉を求め、贋物の厭世観により、生活感を潤わし、
麗しくも思い患い、果てる思いは、一過性に破戒的で、破滅的な理想を綻ばせ、罰する程に、
達する思いは、主軸を失い、暴かれる程に、暴れ、跋扈する意識は平均を求めながら、
平気に兵器を使う結末に陥る。
「結膜炎気味な目で見つめる。妨げる意味合いは、殆どの原理を失い、理想を捏ねながら、外積され、内積はされず、表面に介す薄い意識により、流されがちだ。困ずる意識は指針を失い、慈しむ事を知らず、短絡的な自己愛により、屋上からジャンプする。字余りな日々は、余りにも悲酸で、勿体無く、諸々の価値が示す値は、飢餓しがちだ。俄然に存在する派生は、私利私欲にもといの価値を突きつけ、妄想を連ねる。金銭だけが価値だ、と促す貴賤たる由縁は持たないからこそ、与える価値を知らず、持ちつ持たれつの本質を知らず、持つだけに肥え、拵えた意識は印象を失い、自己を調律すべく調理するものだ、と促す。項垂れる弱者は、積み立てる事を知らず、罪深い、と紡ぐ。そのままでは、陥るだけに過ぎず、配られる資金により、意識を失う。翳る思いは被写体に光りを与えず、対象に対する愛を保たない。加算すべきは、この引接されない意識に介し、何処でも無い印象に靡く悠遠に存在する。遊離する意識は助長に掴まり、追加すべきに、術は存在せず、闡明に失う事により、物事の深まりも仕り、収束する事を知る。細微に瞬く日々は、頻用される事柄に重きを置かず赴くままに対峙し、昇華させる。それを知れば、流離う意識も、帰る場所を求めず、流離うままに対処し、関するべきは、この是認されないからこそ、分かち合うまで対立しながら、調律され、効率だけを求めず、兌換される意識により、果敢に挑む事も出来るからこそ、一緒に登り、この一緒、とは介さず、遠くから見守りながら、薄っぺらい関係性などは、保たず、持ち得る限りに尽くせる要理を持つ者だけに介して対して行く」
知るべきは切るべき是非であろう。要する形は、拮抗しながら、均等な価値を求める。
均衡しながら、緩衝し、対立しながら、登り詰める意識は、誰にも介し、誰にも関さず、
短絡的な理由は持たず、利用される事にあらず、抗いながら、相似し、
似通う事は無い。
見果てぬ夢を持つからこそ、凭れる事も無く孤独では無く、孤高を歩む。
怒濤に歩く事にこそ、奇蹟は降り注ぎ、歩いた軌跡を煌めかせたりする。
進むべき道筋のプロセスに視点を与え目眩く巡るべく、その視線を変える。
深浅に靡く、無くした面影などは、無くしたに過ぎず、画す為に、隠す意識すら要らず、
その数理犇めくだけに、離床し、起床するだけでは、隔てるだけで味気なく、
実景を漂うようで、幻想を歩むようだ。
今が良ければ、明日が良い、とは思わず、明日が良いから、先々の現実も寄りかかり、
最もな日々を生きる為に、今を育て介さない限りは、大差ない日々を彷徨い、いつか陥る影、となるだけであり
短絡的な現在に満足しているようでは、明日は陥る闇、と化す。ただただ満足は与えず、
あてがわれた真実には目もくれず、暮れ行くままに去り行く命にだけ、用いる真実も深まる。
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