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2012年11月11日日曜日

均衡する夜は平衡を求めずに暴走し欠ける夜に孵化する日記。

近づく冬に心躍る夜は、煌めくイルミネーションに投影される心、と混ざり合い、 豊かな思想を生み出すようだ。 この夜が瓦解し、交差しながら、清濁併せ呑み、兼ねてからの愛に孵っていく。 総ての蘂は種子を求め開いたままに飛び交う意識のように思え、 総ての根源は痕跡辿らず、現在を踏み躙りながら、二度と無い今を重ね、 加算される思いは上等な意識を探り、手繰る思いになどには、操られず、 ずっと先々の史観を抱えながら、身心を引き裂くような思いを隠しながら、 様々な場面に幻影落とし、落とされる思いは、高揚すべき時間に器官を繋げ、巡回し、 循環しながら、様々な場面に血を流すようなものだ、と告げる人込みが、 あらゆる軌跡を交錯し、あらゆる奇蹟を折り重ねながら、荷担すべきは、 何事にも無く、なにものでも無いからこそ、無くしたままでも進めるのかな、とも思える。 この夜を弔うことはせず、蒙りながら、迸る世などには、目もくれず、 この夜が明ける事だけに関しては、答えを持ち、 求め合う価値に価値観は無く、その差異には、立証すべき真実も無い。 近似するだけの価値が、喧騒に煌めき、煩く蠢く。 透徹する思いは、更迭されず、行程を続け、 連なる思いに、淫楽を与えず、近日に果てる愛に咲き乱れ、 未収の愛にかまける。 研ぎ澄まし、この夜を静聴する。 成立する出来事は、対象を求め合いながら、愛惜絶えず交差し、 昏倒しながら、宛らに目的などを謳い、 同調されるだけに遠ざかる事柄に対しては穏便であるから、 その意識からはなるべく離れ、あらゆる功績を辿り、それには縋らずに、 凄惨に蠢き、生産的には有らず、感化されるほどに溶け合う意識に、だけ 兌換される思いに対しては、果敢に挑む。 居所は不確かようで、その場を見れば、確かな道筋は煌めく。 感情的な夜は、繁盛するだけに喧騒の嫌悪感を深める。 悪寒重ねる今は風邪気味で、感作する思いは、逍遙するほどに、常用すべきは、 愛になる、と告げる。 紡ぐ思いは自己に併走し、寛容たる思いに応用され、高揚感を託していく。 だんだん、と遠ざかる夜も、交差し、感銘たる朝に帰依し、 歯止めも無く照らす日中になり、担うべきは、損なった跡形には存在せず、 後からやっていくる日々に聡明さを与え、 讃えるべきは今にあり、抱えるべきは今にあるが、抱えたままでは 足取り重く、あこぎな自分に足枷はめ込み、抗う事を知らず、溺れるだけだ。 憶えも無いが、憶えてもいない、し、やがて忘れ童心に返るものになるならば、 尊厳求め、根源に散る勇気を用い、 たとい、飢餓しようが、その私用な人生に関しては、最大限の愛を放ち、消え入る本心は、 萎びず、たとい、何も無くなろうが、軽々、と迎える意味は、簡素な愛を生きたとは思わず、 たとい、今に散ろうが、もう満足だ、と言えるほどの日々にこそ、永遠は宿るものだ。 何を思い、引き連れ、引き摺るのか、何を満足、と呼び、何に浴すのか? 何を辿り、今を引き替えにしたら、未来、と呼べるのか? 乏しくも、よぼよぼになるが価値なのか?後で楽する事が、今に黙し、疲れ果てる事だけの 価値に仮死化し、今に爛れ、枯れ行く季節を傍観する事が価値、と呼べるのだろうか? 否、この夜は深まる程に、提示すべき自己に代償などを求めるだけに解消し、 その価値に卑しいだけに熱情するだけの病理を控除し、今を加算しろ、と伝え、 寂れる今の軌跡だけを歩め、と告げる。 感謝。高揚する思いは、晴れ間を突き抜け、暗がりを跋扈し、絶えず、忍従し、開ける今を待つ。御礼。

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