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2012年11月1日木曜日

対角線に結ばれ長ける愛。

希薄な人間関係が通り過ぎる。寄り添い縋り付く風は、しがみついているのは、自分の方だ、と告げている。 無機質な死星が後から輝きを放ち、過去に光跡を与える。あれは、光りの速さから計算して、届くような ニュアンスを捧げるが、そんなものは、人間の考えた事だから、信じる自分の感性で解きたい、と思う。 関連する事実は傷心を撫で、数々の時間に気配を残す。交信する命は、妨げられながら、 数多の時間の壁を越える。消尽する闇は、加点すべき材料、となり、短絡的な幸福などは、通り過ぎ行くだけに、 守るべき 「もの」 へ、と変わり、間接的に繋がりながら、共鳴すべき心の一部を失う。 苛烈な時間は総ての主事に司る。鮮明たる由縁も、高明たる出来事には繋がれず、ただ空間に漂う 星だけの論理に繋がる。従えるべきは、自分に忍従すべく、孤独に耐える事では無く、 孤高に生きる為に、孤独に挑む事にも無く、懇切すべき出来事に、少々の慈悲を与え、無慈悲たる顔で、 さっと行う意味により、少しの不幸も拭えるし、やがて切なる思いも、御身を離れ、空虚たる由縁に絡まる。 嵩張る思いを捨て、高ぶる夜に消えるだけに過ぎず、諦念しても、情念を尽くし、総ての業を燃やした、としても 最後は一つに結ばれて、一巡の奇蹟へ、と化しながら、溶かし愛した日々も然り、淫靡に悶える年月も、 モッズコートを着込んだ冬に比例して、寂れる夢も解けては、改竄すべき対立する点と線も、 御天道様が笑えば、一律の夢だった、と言え、癒えない凍てつく身体も、痺れを無くし、 この煩わしく貪るだけの貪欲に鍛錬すべき事柄も無く、空回りしながら、同じ月日が巡り寄せる日々にだけが、 寄り添う価値だ、と永遠回帰は告げるが、画期的に生きる為に、自己のカンバスには、色んな色を巡り合わせ、 憐れみ去れど、尊く価値を結ぶような余韻であるべく、空白を歩き、発芽する夜の経絡を歩き、 そそくさ、と消え去る者です、と償い晴れて、誰の思い出にもならぬように、と願うだけに現を抜かし、 追い抜き、追い付き、追い越す事は無く、魂胆は、寂寥たる日々に尽くしきるような渇望を除き、 汎用される出来事を控除し、闡明する要理に対しては、我が侭でありたく、その主義も誰かの退屈から、 生み出された退行しているだけの由縁であるから、私は超自由主義のように、化膿している現代、と 勘繰るよりも、感じる侭に簪差し込み、荒ぶるだけにかぶれるだけの連帯感に連理は無いから、 姑息に生きる事も無く、開花すべく無上な雨に濡れ、悉くの風邪をひきながら、数える月日に面白味も無いから、 時計を叩き割り、絶えずシンクロする世界性にだけ、咽頭を捧げ、声なき声で、煩忙しているだけに、 流れるだけに、情況を悶えさせる五月蠅いブラックボックスには、一切の情事に規範などは、残さないから、 薄っぺらい倫理観捨て、奏でるようにざわめきはためきながら、羽ばたく同志だけに、行い尽くす限りだ。 「加算すべきは一緒に上がる。果敢に挑むべきは繁盛している月日には存在しない。考えに及ぶ価値は無く、蔓延る意識に助長を残す術に価値は崇められ、思想、と思考を奪う。奪われた日々は、達観したフリをして、人の話を聞かない。総じて感覚を失った毎日からは、何も生まれず、生まれた、としても、作られただけに過ぎず、それに縋り付く餓鬼のように、むさぼり食うだけに過ぎず、推敲する思いも、雑多な意識により、そのプロセスを失う。超域に混在する意識が、一つの愛になり、イデアを生み出す。反響する意識は、無名の季節にメタ意識を与え、桁違いな意識に変わる。関すべき事実は、事象に嘯く速度などを与えるが、目線を変えれば、総てはスローに蠢き、遅効するのは、過去が未来に与える残尿感のように思え、間接的に思える事も、近接しては、離れ行き、自分に交差し、高騰するように思え、単一な物質に将来は無いが、後来する意識には、進退すべき未来を生み出す。重なり合い加算すべき日々に最小の価値を用い、ケチ臭く生きないように、この命を一日で使い切る。今は蝉の幼虫のように、深淵で眠り、鍛え続け、追考すべき意識を追跡すべく、この地に根差し、目指すは、何処までも、高みを目指すべく、使い切る命により、使い果たす使命を業火に投げ捨てるべく、総ての理由に論拠を用いず、総てのくびきを放つべく、離す意識、と対話している」 関した日々は遊離し、果然に突き刺さる。前兆は遙か毅然たる由縁に絡まり、程良く溶け合い、 導き合う程に、絡まる。渇水する意識は、重用され、中庸を保つ。 生きている限りは、一か零だ。是認すべきは嘆じる日々に、悲壮を持ち、痕跡仰ぐ日々には、存在しない 価値により、奔走する意識が、横並び、馳せる思いは、追い付き追い越すだけであり、 この現状に詰まる出来事は、総ての主事の根元に存在し、天高く羨望し、見つめながら、 見つける価値には、価値は無く、高い所に住まい見つめる価値などは、見下し、身滅ぼすだけあり、 何かを持つ事に大切さは無く、何かを用い、何かを行う事により、受けとる価値の方が、偉大であり続ける。 与え給うが、それに対して、何の未練の代償も用いず、損得だけでは判断しない、 この道は一つだが、枝分かれし、加算している数多の事実の事実に史実が繋がり、 実用すべく、この術なども縋るだけに過ぎず、媚び諂うだけに戸惑い、見果てるからこそ、 見つめる先は全容にあり、全貌に拡がる総ての情理に調律される風景を見初め無い限りは、 認め合う価値に比しない。 「徴候は五月蠅く償い求める。惨状に司る出来事は、卑賎たる価値を膿み出し、そこから溢れる事柄は、認め合う事を知らない。死する意識は、恰も生きているような余韻を放ち、孕む意識は産み出す価値を持たない。蒙るべきは、懇切する意識に存在する阻喪な過去に存在し、清逸な死生観を持たぬ現在に、生きている価値などは持たず、尊厳すべき自己を聳立させる事を知らない。何も無くとも、果てるまでが、生きて貫く動機であり、生きて拙いからこそ、吐き出す原理である。あり得るものは、あり得るだけであり、有った、としても、そこに有したものは、過去に成り得、成った、としても現在、と対立しながら、いつしか君の起因から消え去り、単一な笑顔だけに変わりますように」。

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