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2012年11月30日金曜日

傷みが軽減されぬ夜は心に戒厳令を敷きながら担うべき今に達する日記。

この命に関しては年齢などは無い、と達する。この夜は、発散されるべく何かの間柄に、 何かを産み出し、そぐう。偶然か、或いは邂逅か、と悔恨に告げる。 解体される今を縫い合わせるような余韻が褪せていき、求める程に貪婪な価値が彷徨う。 求め合う愛は、育む事は知らないが、ハグすれば、知ったような感覚には陥る。 それが本質であろうが、真実で無かろうが、繋がった愛に関しては、正解も不正解も無いものであり、 この問題に中庸などは必要無いものではあるが、その永劫を重ねるべきに対しては、 この結論は間違いである。或いは感化し、感じた後先に広がる悦楽に生じる脳の動力が、 乱心を彷徨いながら、愛のスイッチを押すような瞬間に、総ての主観は開かれ、 広がるだけに誘致される思いは、誘導され、同役に比するような愛に寄り添うのだ、と夜は綺麗事を促す。 総じて無くならない愛は、拗れる事を知らぬ。同率の意識に高貴さを保つ愛は、秀麗であり、美麗である。 或いは目も付けられない愛に浸透している事が一番の幸福であり、何も無くとも、何が無くても、 その対象さえ有れば、勝ったも同然であり、何かを交わし、この愛に達した時こそが、何よりも至福であり、 あらゆる事物などに反しながら、その時を留める程の愛にこそ、本当の永遠は詰まる。 つくづくは嘆じる愛に葉隠を配りながら、逍遙するだけの愛に捕食者たる由縁だけを配る。 それは遺伝子的な本能が乖離しながら、脳裏を蔓延りながら、渦巻く欲念を歩むような動機に夜を売り、 拠り所を求めるべく、一夜に紡がれる愛の実たる自己に勘合されながら、関した愛に対して 相対性も求めず、自己に浴すだけの価値に肥大する欲望が欲動を続けるような拍動に対する 夜は感銘たる悠遠に絡まり、構われない時に育む孤独も必要である、と告げる。 その淋しさに侘びしさを売る程の心残りたちが、適度に適当な結婚に心を補わせながら、 恰も、それはそれで幸せである、と満足せざる終えない時代に対して、憤懣を募らせるが、 考え方を変えた後に、見つめる全景は、何か、と幸せは雰囲気は醸し出す。 内心は底知れぬ程に、底冷えしているかも知れないが、それから離れるよりは、 縋る事のが、幸福のように、思わせるだけの、この社会性に募るだけの普遍性に対しては、 結局は、何も思わず、考えに甘んじるだけに、募る事も無く、単一な欲を晴らす為に 結ばれる愛に対しても、欠如である、と告げたいが、聞く耳を持たぬ者に対して、 対する事はせず、遠くで見守り、なるべくは、幸も不幸も考えぬべきだ、と告げる。 低劣たる夜が耳元で囁く。高貴たる者、脱ぎ捨て枯れ果て滅び行き、身体を捨てて、唱和し、同調せよ、と。 連なる意識は、単に行列に並ぶだけだ。 其処から、抜け出さぬ限りは、打算するだけの人間、恰も人間を着込んだ者に成り下がる。 言う意味が分からぬ者、とも分かち合う私は、犠牲心などは持ち合わせず、 引っ張り上げ、昇華させるべき翅だけを用いる。 不適に笑うだけの権威に反するべき権利を主張せず、我ら一巡に捨て去る準備だけを 整え、飛び交うだけだ。 この今は、自己を超える為に存在する。 拭われた夜は、猛るだけの意識を抱え、 自由に羽ばたいて行く。 憚る事無く、募るだけに、翼を広げ、 不器用に揺らめき、永劫に消え入るまで。 感謝。考えを持つ限りに愚かは生まれるが、考えを否定する限りには、可能性は決して生まれぬ。理解者は私だ。私が理解しない限り、解釈は生まれない。御礼。

確たる今に証言を続ける。

継ぎ接ぎ知己に絡まる朝焼けに悶える。ファッショナブルな街並みは憤死した余生を駆け巡り、 散じる時に羞悪を投げかけ、何を賭けるか、と五月蠅く緻密に介する。 情実に募る思いは、常識人ぶりながら、裏側では、自己の歳差に性差を突きつけるような内膜に描くような 悪性の性癖を落書きするようなものだ。この都会に補完される事実は無く、冷めた劇場に住まうだけの 価値は、担うだけの価値を持ち得ない。否、用いるはずも無く、外れるだけの季節に楕円形に膨張して、 貪り付くだけに太るだけの意識を浮浪するだけの一律の不安を抱えながら、何故、このレースに参加し、 何かの傘下であるべく集うのか、と問うが、その居座るだけの価値に価値を用いる限りに延々、と貪るだけに 扇動される欲望は、欲動されるだけに喧騒を駆け巡り、嫌悪を産み出す。 代用される月日に雇用されながら、心を売り続ける。確たる今に心は無く儚く散る運命にいつ陥るか、と責め立てる。 最たる意味が織りなす行程に比する感情も無く、この導管たる延々に偲ばせる思いの円環を歩む。 程良く循環した後先に募る簡易な出来事は、安易な商法により、安値で売買される結論だ。 この行動に駆動すべき意味を持ち込む、と何かを欲しがるだけの脅威に追われるだけの日々に追従し、 水準見失い、見捨てるだけの価値に駄作な日々を媒介させる。 開学すべき今に勉学は必要であるが、歪曲させるだけに協調させるだけでは、個人は育たずに、 漂うだけに耽溺する理想論者が妨げる今のような言葉の理に絡まるだけだ。 君の考えは君に還元されるべきだが、この貴賤者が集い動かすだけの日々に比する価値などは存在せず、 世知辛い、と嘯く程に優しさは遠退く結論に至るだけだ。何かに浸るべく、至る意味を含ませる。 それに値する今に比する感情などを交差しながら、介する出来事に散ずべき意味を持ち込む。 無調整の棄民である私に保護などは要らず、この生きることに関しては、国籍などは要らず、 ただ彷徨うだけの野良犬であるべく、首輪や足枷に理由は聞かず、ただ淡々、と執り行い、 心置きなく、ここに生じる為に、代価を求めず、開花すべく、今の金に価値を持ち込まない。 「生きる事に対して執行すべき理由も存在せず、何となくは何かである、と告げるだけの日々に入り組む価値が、滅びるように、と思う。損なわれるだけのものに縋るモニュメントは、見せつけるだけの卑俗な価値の現れであり、この行き交い、愛した時に残すものなどは、必要無く、この過ぎ去るだけに定理を打ち砕くような今に遺るものだけで十分であり、この総てを読み解くべく、バビロンが織りなすバベルから抜け出す。リベラルさは、差異性を知った後に移行すべき主意だ、と告げる注意書きを蹴飛ばし、あらゆる人生の鉱石を集め、その石のままの表情を眺める。それを研磨するだけでは、輝かず、何かに緩衝して織りなす光りこそが、この屈折した時代の光跡になる、と告げる太陽は、この体温、と合理的に一致しながら、あらゆる出来事の凡庸な価値を滅して行く。除菌された心は、総じて購うべきに比する事ばかりだ、と告げる。一つに偏るだけでは、味気ないから、この実勢に突きつける言葉は、あらゆる主義に陥らない為に織りなす行程だけであるべく、愛する時だけを織りなせ、と告げる。ヒステリックなピアノが耳元を劈く。緩慢な永劫に弛まぬように、と並べた意識は、浄域に超えた思念に肥大化し、総ての出来事は、小さく纏まりながら、大きく育つべく、些細たる由縁に忍ばせ、綻ぶ時に広がる。死する時は、永遠に怨嗟を拭い、脱ぎ捨てた跡に光るだけである、と告げるタナトスは、自己が死する意味を知らずに、景観だけに留まり、全貌の生命を眺めず、内観に肥大するだけに混同するような出来事の麓で負担すべき今に剥離している。離反する潰瘍に登り、這いずる時に有する出来事が、拝誦する価値が道理を謳いから、耳を塞ぎ、隔てる意味に永久をぶつけながら、走り去る跡形に、足枷などは無いのだ、と言い聞かせ、妥当な日々に荷担すべき火難などは無く、自己の燃えさかる情炎により、燃え移っただけの事で有る事を知る」 つつがない日々は劈きながら、朝に瞬く。囀る鳥の虚空の歌が、その場凌ぎに歌い均す。 対する時の対象にクロスする道筋を平地にしながら、その轍を自己で作り出す。 効率だけを求めるものは、行為に基づき織りなす事を知らず、ただ耕すだけに他人を埋める。 運命は剛毅を溜め込み拍動すべきだ、と告げるが、この生きて介し歩む時に値するメロディは、 あらゆる時間の宝石を包囲しながら、訝る現在にリリカルな衝動を与えることを知りさえすれば、 遮られる事も無く、裏切られても尚、理不尽に畏怖すべき事も無く、 自分にだけ対し、続ける意志がある限り、意識は消え去らない。この軌跡を歩む 陰鬱な烏合の衆を眺める。同期すべき意識を持っていた、としても、高貴を求める意識が無い限り、 シャットアウトし、シャットダウンしたままの心のパーソナルな部分を開かぬ限りは、 開けぬ問題ばかり、と告げるが、孤高で有るために唯一無二であるべく、少しは唯我独尊の意味を知り、 その意識に歪曲しない為に何度も正す方が、この両道に対する二極性の価値に値する 本質からの価値を思い返せば、両成敗ような聖域に達する。 構造は偶像であるが、真意ある今に巡らせる意識が有る限りに、あらゆる出来事に達する今に拍動する。

超越性の夜に肥大する淫蕩たる悠遠。

閑静なプロットを歩む。ライオットのウサギたちは十字軍が傍観する世界の裏庭で、正義を語り、 心情に信仰を売りつけている。絶え間なく続く電子音の梯子を登り続けるテクノガールは近傍にちらつく 印象派の絵画の最中でSurrealismに酔いしれ、ハイパーノヴァが訪れる原野で競う価値、と永久戦争を繰り返す。 恒久的に続くだけの延々、と妨げる明後日を思い描く象が俯瞰をせめぎ合いながら、 内見すべき今の慣性は虚偽である、と告げる科学者たちが、偶像崇拝の後先に散らばりながら、 罵詈雑言を溢し、はたまた消え入る運命の蝋燭を消し続ける夜の精霊たちは、繁忙期に迫るだけに 忙しく命を削るだけの運動体であるべく、利己的な本能に景色を売る。 情理は激しく嬌笑しながら、育むべき理想論を組み立てる。放射能汚染されるだけに明けても暮れても、 落ちない価値に縋り憑く泥こそが、既得権益を守るだけの今に加算され、堕落した思想家たちは、 舌の王国の上で飢えた現実を食すべく、均一な世界を作り出し、扇動を続け、構築する現在に 偏執的な論理、と倫理を売り捌きながら、霞むような余韻を歩き、電解質の雨期を隔て、 あらゆる功績に服従すべく真理に基づき嘯く翻す。 夜の怠慢さに差異を求める世界中の影たる焦げた恋が、未明の異質感を漂わせながら、 曖昧で散漫な出来事に幸福を悟らせながら、愛玩される幸福論の二ページ目にペインを売り、 ガニメデに住むガリレイを狩るレイシストたちが、合成樹脂の月で眠る頃、贖罪を抱える聖母たちは、 産む苦しみよりも、産んだ後の結果に対する苦しみに絶えず苦しみを偲ばせるようだ。 この忍従する思いに隷属するだけの悲酸な劇場を徘徊し、暴かれる時に馳せる思いが、純度を高め 浴びる程の終世を売るだけの厭世者は、専制政体を動かす傀儡である、と告げる夜も、 疲憊した心の深海に嘯くだけの進化論を売りながら、この期月は、冷めた現状の徒労だ、と告げる ニヒリストたちは、形容詞の屠殺場に送られ、放牧された観念を食しながら、宛らに隠語を放つ。 「絶えず微量に浸透する雪が、この心に冷笑を捧げる。互換される出来事に関連性は無い、と告げる七色の不純物を集め、偶像の椎間板で眠り、程良く蕩ける銀河に淫蕩たる由縁を裁く。悪態募る有償の追記に偲ばせる動機は、証跡を辿るだけの自己の激しい動機に連なるつたない影であるべく、穢い擁護を執り行う。可視化すべき現在に存在は無い、と告げる独占的な男達は、あらゆる次元に呈すべく照合されるだけの価値に寄り添い、展望すべき未来に行方知れずのままだ。聳える過去のビル群が、現在に蠢きながら、この身を潰すべく寄りかかる。他人事に階差を求めながら、数学的な高速道路を飛び越える彗星たちは、suicideすべく、星屑の下で構造主義の境目に人文学を売り、作り上げらただけに過ぎない歴史に鎮座している。この軽減されない現象の価値は、黎明期を隔て、愛すべき愛を愛では無くしたのであり、利己的な支配に興じるだけの気配は、豪壮に鏤める意識の過程に注ぐべき阻喪の始まりだ。宇宙の悪阻が、拒食症的な耽美を整える頃、暴かれる感冒に触れるような余韻に付着するガムのように取れない靴底の憎悪を抱える胞子たちは、引力に反しながら、関すべき大罪に愛去った後から来るだけの挙世に生じていくだの、と告げる神も、損なうだけの愛に汎用されるだけの凡庸な価値を持たない限りは、この神、という値も信じ抜くべく明日を想定出来ず、滅びるだけである」 このホログラムに劈く機械音を流す風に乗りながら、世紀的な陰謀説などに、懐疑心をもっている場合では無い。 この現実は、賢智を持たぬ現実であるから、この曖昧な意志に猜疑しているだけのパラノイアに 陥るだけに降り注ぐスキゾフレニアな照合などに原理は無く、妨げるだけの心の内膜に潜むだけの 堕落した錠剤を生むだけだ。この現実は権威的であるべく理性を失わせ、介する出来事の幸も不幸も、 同率である、とは告げない。対する出来事に綺語と動詞を売りながら、端麗な今の癒えない破傷風を 撫でるような敗亡を遂げ、対しうる今に足し引きだけが通過し、通過儀礼たる今に仮想するだけの 構想が立ち並び、恰も、この自我に空間、と次元を呈し、妨げる時に対する時間などを捌く。 馬鹿馬鹿しくも、奇しくもくすむような示唆を繰り返す。 感情は積乱雲を作り出しながら、乱気流に乗り、対する出来事の扶養家族たる宇宙に消え去る。 忽ちは、配備される断続の思念の高揚感を蓄え、陥る先のダメージへ、と連なる。 追考する意識は、察知すべきエチュードに絡まる悲哀である、と告げる勝者は敗者で有り、 一存する出来事に移行するだけの敗者は勝者であり、慴伏するだけに卑俗たる者に成り得るだけの 敬仰するだけの意識は、関する出来事が何たるかを壊すのだ。 この是非は混同され、永劫回帰しながら、囀るような価値転換を行う試みを含んだ超巨大で、 超誇大妄想するような実験室である。或いは、この感情を縫い付ける今をメルヘンチックにスキップするような 衝動であり、この症候群は現代の病理である病跡を踏み躙り、憎しみを掻き消す縫合たる法王なのであり、 あらゆる時間は、あらゆる妨げに比せず、比するものは、自己に関した物体が敷き詰めた今を 貪るような端的な餓鬼であり、貪婪たる者たる私が織りなす進化の仮定であり、想定される 現実は、肯定すべき論理を孕み、それを算出しながら産み滅ぼすようなものであるから、 考えなどに悩みは存在しないのであり、この不安などは、単一な遺伝子が交差し、織りなした 自己保存たる由縁に比するだけの価値には担わず、似付かず、似合わないものだ。

2012年11月29日木曜日

足りない夜を補う栄養素たる日記。

薄命な夜に永遠は重なり、ミーハーな天国を登る。そのハミングが私を通過し、 過る衝動の欲深さを知り、浅はかだな、と伝える。 番う夜は、相対しながら、対しているはずの場所に艶麗さを含み、栄進する。 夜の叡智が、この利己的な自己に寄り添い、似通う者では有るな、と告げる。 普遍的な生動を飛び越え、配給される意識を買い取られながら、取り留めも無い事実を担い、 それすらも邪魔だから、緩慢な考えからは抜け出し、根刮ぎ損ない奪うだけの出来レースからは抜け出す。 逃げ出し逃げ惑う日々に歪曲する精神が、堅実たる権威に加担すべきだ、と呟く。 この礫は、自分に波紋を残し、轍になり、 わだかまりを無くすので、あると告げるが、この継ぎ接ぎな事実に設置され、 恰も自己で行ったように戸惑う翳りに集いながら、 劈く自己の弊害を突き抜け、歩む自己に雇用されながら、今宵も踊る月夜の下で、目配りを続け、 見比べるだけに有する時などは、打ち砕き、打ち立てるべき新たな使命を宿し、次また次へ、と瞬き、 霞むような現実に衰亡しながら、 宛らの境地と胸裏に宛先不明の事実を手渡し、残すものも無く、 過ぎ去るだけに自由は詰まるようなものであり、要する時は改廃しながら、外来種たるものを、受け入れ、 解する時に、擁護されず、葉状を歩み、 真理に基づかず、自分で数々を織り成すものであり、この幸福を同封する夜は、 動乱に妨げながら新たな道楽を織り成し、 煌々、と輝く程に、薄汚い悪意を放つ要因にもなるが、モラルが低下しただ、とか申し上げるだけの情報の情理は 、両方から受け入れる価値を知らず、安請け合いしながら高値で何かを売りたがるだけに集う事に嬉々、としては、 妨げる理由の壁になるだけだ。 還元されるだけの夜は堕落しているだけの行楽に行列を成す。 食いっぱぐれが無いように、と縋る日々に劈く風は厳しいだけに卑俗な価値を押し付け合う。 その相対する意味に大差は無いが、心の内側では、それに反する反抗心が募り、 それは違う、と内心では叫んでいる。この筋書きに寄り添う価値は、筋違いであり、筋が多いから固い。 なるべく柔らかく煮込むべく、ワインなどを少々いれたいが、小生、酒は飲まぬ。 酩酊すべきは、自己陶酔した後に広がる芳醇な時を有した後先に転じるべき今に対する 答えに値した時だけであり、納得しても満足は無く、決して肥満化するだけの 満足に陥る事は無い。少しは痩せた方が、与えられた時に、納得すべき心の容量も増えるものだ。 嘯く月が恨めしそうに、こちらを眺める。時々に募る思いは、幾重にも繋がり、 中心で絡まる。それが道理だ、と告げるが、一貫して自分を突き破らぬ者には、 退屈な理論であるから、それとは、対決せず、対角に伸び、向き合う事により、 寄り添うような答えの最中を泳ぎ切り、この切なる時に有すべき事実に徹する。 牢記を重ね、この純朴な地平に理想を売りながら、乏しく熱情する日々に捧げるような 花束を用い、このモチーフに対するモチベーションなどを蓄える。 出来事は全貌に濾過しながら、消え入る過去に歪曲し、何処かの心残りなどに ぶつかる。忘れるだけでは、為にならぬから、溜め込みもするが、 溜め込んだ今が重荷になるようでは、担うべき事実も受け入れられず、膠着するだけだ。 飛び越えるべく乏しい夜の裏通りに染み入る道理に対する裏切りを眺めながら、 時静かに刻む病理の音に鼓動を与え、恰も生きているだけで、セオリー、と告げるような 論理にだけは、利害も理外も溢れるが、この行為に理性がある限り、倫理から外れても、 信ずべき意志がある限りは、あらゆる出来事に重用されるだけの道理に反しても、 この悶える意識は中庸を保ち、正道を歩むものだ。 感謝。物事は劈きながら、緻密な名誉を重ね、恰も見せつけるだけの見栄に過ぎぬ。御礼。

募る思いは還元されず感激する。

瞬く気持ちは幻影のように連なる。はしたない日常にも、毒抜きをすべく、あらゆる愛の口元が襲う。 総じて事実は、金満なものであるが、危難を飛び越えるだけの価値は価値で買えるだけの結末に 姿勢を売りながら、買い取られ、囚われる結末を含みながら、この幸福に理論などは持ち込まず、 受け入れる事により、もっともな理由も生まれるべきではあるが、恒久的に連なる今が、何か永久機関のように 思え、長く困じる時は、自己を見失い、育むべきが何であるかを忘れ、この至難に連なり、訝る月日に命じるだけの 理性が欲動しながら、僅差を求め、呈する出来事に対し、受け入れる事を忘れ、煩わしく感じる頃には、 疲れ果てた心も枯れ果てながら、重ねた時に有すべき事実に強要すべき事などは無く、苦楽も沈み、 消え入る程に、不法侵入する人々が、乏しく嘆きを交わしながらあらゆる時間に依存し、廃する時を忘れ、 拗れる程に、結ばれない愛は、引用されず、陰影に重なりながら、幾重かの疑問に掴まり、 逸するだけの精神の全域に遺棄され、這いずりながら、抜け出す土の最中で溺れるように傍観し、 介すべき明日に、対処すべき愛を用いたいが、大差無いだけに広がる懸隔は、薄汚い至難を用い、 関すべき愛に貸与され、提要すべき愛に介する事無く、買い取り、買い被るだけに留まるだけだ。 用いる事に不便は無いが、少量の不幸のスパイスが存在する。 いつしかに染み入る屍のような論理に打ち砕かれ、弱った心に染み入る世渡りだけの交差点で 落書きを続け、悪態を募らせる。俗世は関する出来事に緩慢さを与えながら、漫然たる予感を予見せず、 先々に見向きさせるべく操作を続ける。吐露する意識は弊害を飛び越えながら、感情的な事実に 関しながら、溜息を溢し、対する出来事に出来合いの真実を積み立てながら、枯渇するような日々に燦然さを 与えず、抗うだけに遠ざかる意識は介すべき事実に容態を持たず、外観に募る差異性に対象持たず、 もたらされ、持たされた事実だけに明晰たる余生を捧げる。鞍替えする意識は数億光年先の広原を歩き、 平癒の祈願を続ける。平穏を祈るような安静の時に併用されるべき愛の中庸用い、困じる時に 落とすべき真実の実を配り、寛容たる今に立ちこめる動機であるべく、並べる意識は、傍観せず、 関する事実に対比せず、比率を購う事無く、崇める先に眺めるだけの事実が連なりながら、 穢い事実に拙い感情などを溢しながら、流れ出る程に長ける意識に恒常性を保ち、 その憶えた月日に、尾鰭を延ばし、必死に泳ぎ切るような痩せた愛を保ち、それを埋めるだけに 欲動する自己の支配から抜け出す。その芝居は、殺風景な事実を撒布するだけであり、 あらゆる事実の光跡を辿らず、幸福を求めるだけに朽ち果てる理論だ。 誇張されるだけの事実は、自己の高尚など、と謳いながら、似非リベラリズムを謳うだけの権力の犬だ。 こじつけるだけに染み入る価値に結ばれながら、あらゆる事実からは離れる。 時々は、密度を緊密にしながら、僅差しているだけに寄り添う出来事に愛などは決してない、と告げる。 「引き合わせる事実が泡のように消える。湯銭を使い切った巨万の富の奴隷が、秀逸な時に隔てられ、永遠の捕囚であるべく、バビロンに心を売る。あらゆる出来事は大きさを見せつけるだけの見栄であり、君が何であろうが、何をしようが、おかまいなしに潤うべく、君の価値、と幸を売る。不幸の功労を終えながら、僅差を求めるだけに歪んだ差異性が、存続するだけの卑俗なモラルが君を突き上げ、陥れる。挑んだ後先の幾億もの足枷を眺める。時折は対するだけの概念に論理を与えるだけの数理に基づき小突くだけに過ぎず、兌換されるだけの数理に求めるだけの利己的な保身が促すだけの自己保存の意識などは、要らず、対するだけの減り続ける境地に譲与されるべき愛があれば、大差などは求めず、戻りながらも進む意志に成り得る。総じて体たらくな出来事は、仮象を撃ち破りながらも、打ち倒す事を知らない。徹底する意識に疲れながらも、拍動する意識は、永劫を包むだけに囲われる季節から脱し、現実に厳令を下し、明瞭たる日々に良好な真実を打ち立てる。この怪訝たる由縁を結いながら、紡ぐ日々は、永遠の快楽である、と告げながら、介する出来事に退廃せずに、陥る先に葬るべき現実を与える。抗う日々は依然として強度保ち、困じる時を撃ち破るべき、この見えない槍で突き抜く明日は、凍えようが、お構い無しに、講じ続ける」 申す出来事は、不毛の土地を耕しながら、栄養を蓄える。投棄された出来事に高貴さを保つべく、 行為に欲望は晴らさない。 羽交い締めの嫌疑を遡り、権威的である、と勘違いし、歓喜している輩に対して、失錯を与えるべく、 失意を植え付けもしない。 泣く泣く、この要する時に生死を重ね、純度を高めるべく、純理は求めず、求め合うだけの価値には、 なるべく寄り添わない。 本質からの個であるべく、この身を粉にするまで、数奇さを含み、水域に転じず、 呈すべき今に拍動を続け、この永遠たる思いは、足らぬ足りぬでは埋める事無く、 拗れる程に、昂じる思いは、高みを知らず、また登った、としても、その登った後先に対して 感謝を告げるだけだ。 集う意識は烏合に成り得る。運動体であるべく、確たる日々に示す値は、見えないものでありたく、 この突き上げる日々にのし上がる心さえ有れば、何事にも遮られず、 裏切られても尚、惰性にならず、溺れる事も、もう無い。 申し上げる時は、有する事実に標記を与えながら、基づいた日々に清浄潔白な理念を与え、 折れる事は決して無い。

現実に押し寄せる事実に溜まる情念。

たわわに実る思いが、小さな愛に変わる。結ばれる意識は、幾何かの可能性を与え、 讃えるべき現在に蕾を与える。仄かな災いも静かな時に閉塞し、蜻蛉、と豊かな思いが交錯し、 この訝る夜の平行線を歩き、言葉も無くなる程に、提要される時代性の湮滅たる思いが、整容されながら、 巧緻な意識にぶつかり長けながら果てて、その場凌ぎに羽化する季節に投函を続け、 この懇切は正否を求めぬだけに寂寥たる今に絶え間なく降り積もり、制御不能の社会的な音頭から 抜けだし、影絵に重なるような淫蕩たる陽光から隠れ、悉くに鏤めるべき今に染まりながら、 矛盾している現在の譴責から抜け出し、誰でも無く、この身をはぎ取り、事柄に雰囲気を残し、 携わる時は、重荷に過ぎず、この身体も邪魔で字余りなものだ。この物陰に囀る時に広がる意識こそが、 この正道を歩む意志である、と告げる風景は、永久に絡まる悠遠から抜け出し、逍遙すべく、 この慈愛だけを自由に飛び交う。ファストファッションのファシズムたちが、安値で心を売買する。 鬼畜さが永遠の差異を埋める頃、この愛は十字路を越え、喧騒の監視区域から逃れる。 このジェラシーはSickなものだ、と堅実さを持たぬ愛は花袋からカタルシスの蜜を流し続ける。 この永遠さにはかりごとは無く、現存するだけに存在するだけの価値に彷徨う家畜であるが為に、 俗悪な精神で、高揚を続けるだけに過ぎず。心許ないだけに止めどなく溢れる内観は、 外観が見せつけるだけの虚飾に敢えて騙され、知った上で、その幸も不幸も超えるのだ、と 食物連鎖が語る頃には、総ての動植物の意味などは、無機質で無意味に変わるものであるし、 この肉体から精神が離れれば、物質、と扱われ、辛く軋んだ事実を脱ぎ捨てるべきだ、と告げるだけの ニヒリストはリストカットの天使の動脈の憧憬に折り重なり、自由意識の名の下に、堅実な日々の虚栄を 逆撫でにしながら、資産繰りなどに忙しく駆け巡り、生きる為の全域に税金などは要らないものだ、と ごく僅かな思恵さえ有れば、何事も何事では無くなるものであるし、求める程に苛立つだけでは、 いただけないな、と嘯き、全貌に蕩ける雄志を眺めながら、乏しくも熱情する愛だけが、純理を生むようで、 この切たる思いは、退屈さを惑わすだけに忙しく駆け巡る事は無く、描く術に伸ばし、逆上せる意識を 這いずりながら、背徳の異形を辿り、あらゆる功績に導かれながら、ただ有るものに、愛を保たない限りは、 ただ失うだけに過ぎず、この要するだけに嬉々、としながら、清逸な時にグッバイ、と告げ、 対する日々に知りもしない日々が折り重なり、感覚器官に生い茂るだけの心の純度を長けさせながら、 軽薄な時に比する思いなどは、知りもせず、知り合いにもなりたく無く、はしたなく連なりながら、 拙い日々に矜持を保ちながら、この体感するだけに循環するだけの円環から抜け出し、 絡まるカルマなどは、この身に対して、執念があるだけに過ぎない、と虚構たる今に告げる追憶は、 その考えに輪廻を歩むだけに過ぎず、この命は一つの憧憬であるが、後景を眺めれば、真っ直ぐな 長い道筋が存在し、誰にも為し得ぬからこそ、自分に忘我し、愛した術に纏わり付く現在に陥れる事も無く、 陥る先すらも無い。 「愛は生滅しながら、幾重かの功労を称え、廃する時に遺物を捧げる。時折は刹那に絡まり、瞬く間に消え入る本質だけを保ち、介する時に与える栄養などになる。様々な景色が分離しながら、徴候を示し、現存する今に悲哀を打ち立てながら、それを超える為に人間で有る事を超える。難癖有りながら、なんぴとたりとも邪魔されず、関する出来事に損しながら、心から損なう事あらず、あらゆる出来事は、想定される日々に高騰されながら、去り行く意志に堅実さを与え、飛び越えるべく乏しい日々に熱情する。捨て去られた感情にも愛を溢すのが、母性愛だ、と促す地上から、確かな愛を受けとり、私は一巡の悲劇のスペクタクルを歩みながら、何れかの時間に機関を為し得る。時々は刃向かう是非を求めながら、是認されない心に納得すべき術を与える。到達する意識は頭角を現しながら、実勢に連なり、対する日々に情況を授ける。得るものは無いが、結ばれる時に無数の意識が儀式的に連なり、集う。層状に沈み、権勢を傍観する。忽ちは、楯突く者を払うだけの私欲に対する値などを溢しながら、自己の聖域を守り保つ為に、信心を繰り返すだけの信仰心の現れだけに留まるだけの織りなす神などは、人間の作り出したものに過ぎない。この経済に貨幣など、という紙くず、数多の汚物が飛び交い、この心などに、満足、という麻薬を与える。慢心に広がるだけの広域は区域を与え、讃えるべきは、従うべきであり、連なるべきだ、と詭弁を奮う。散じる時に併用される月日は、憑き物のように、表裏に評議を繰り返し、媒体し、死するように、行軍を続けるような朝方の起伏を眺めながら、この何れかに交付される意識は、ここから出るべく、我関せず、と嘆きながら、本質では、こんな事柄に対して、生命の本質は与えるべきでは無い、と告げる。汎神論的、今に遡る。総ての理性は、規正されるべく、統治される策略に挑むだけのファシズムに移行し、権力に最もな気概を含みながら、総ての大気を汚染すべく、この意志に献じる。組織の力のバランスを失いながら、蠢く私欲が、もっと欲しい、と一つの力に集う。本当の幸せは何処か、と彷徨う、この砂漠の最中で、デザートを探しながら、曖昧に甘いだけでは、その先は、最もな価値を見失い、それに縋り憑き、妥当に行き交うだけだ、と告げるが、この等差に溢れる糖分は、引き合いにすべき対象を持たない。申し上げる時は、もう疲れた、と告げる。この虚栄の月日に立ち並ぶだけに群像を濾過すべく、焼夷弾のような言葉を投げるが、散々な現況は、境涯を踏み躙り、反するべきが、何であるかを総じて知ろう、としない」。

2012年11月28日水曜日

エディプスコンプレックスをコンプレッサーにかけた夜の日記。

今を平らにすべく、耕す。自己から端的な万物、と宇宙が始まりを告げる。完璧な明日ほど、 アスファルトに溶け解ける。全ての壊された童話が、良心の呵責を攻め立てる。 全てに良心を持ち込むだけの良識有るものこそ、有毒者である、と損なわれた夜が翳し数える。 風上に立ち尽くす夜は、憐憫に触れ、確かな愛にまとわり付く。私は私に終わり、 なんぴとたりとも終わらされる事は無く、失うものを持つ限りは、失うことばかりだ。 深夜のGabberに揺れる。時折は刻まれているビートに支配され、この身は姿を消す。 掻き消された存在は意識も意欲も無く、清く踊り続け、 記憶の奥底に募る憶測から来るだけのトラウマを解消する。 形骸化した夜が閉廷される月を眺め、ヘイト、と叫んでいる。 利己的な気配が離職し、冷めた現実に再就職しながら、最終電車を待つ。 この意識は電子機器であると、サイバーパンクな意識は連ねる午後を、 意欲で走る永久機関的なバイクに乗りながら、意識の果てに存在する宇宙の果てを通過し、 毅然な自己に帰還する。 それは、先祖返りのようなものだ、とノスタルジーな義眼の野良猫が負け犬に母乳を、あげながら、 カタルシスを、私の心に淹れ続け、その愛がロイヤルミルクティーになりながら、 眠らない街を描写し続ける。 フランシス・ベーコンは、何処までも不安な絵を描きながら、 リンチの映画の彼方で軽減されぬ痛みを吐き続け、この夜に集い続ける。 ケロイド化したアスファルトが映し出すロイター通信を見ながら、戦争とは、人間が人間で有る限り、 凡ゆる影を生み出しながら消え去らないものである、と告げる創造主こそが、 戦争の宣伝塔であるな、と思う夜に善悪は一行に存在せず、単に立ち並び行列を、 なすだけの愚行、と愚弄であり、その流行の流刑地たる屠殺場に並ぶような群衆心理を読み解けば、 短絡的に、どう思われ、誰か、と違う事を恐れるべきだ、と促す権威に対して疑問を持ち、 その欺瞞たる極みに対する自己に対して討論し続け、是非を知るべき、と鞍替えする夜にこそ、 たわわに実る未来が煌めくので有るが、如何せん、扇動したがい、従うべき価値を生み出すだけの情報は、 その価値が何たるかを知らずに、その価値こそが正しい、と言っているだけに破綻するだけだ。 この世は閉塞的な余話を織りなし、夜に折り重なる。 この世は、何々であり、元々である、と五月蠅く劈きながら、それこそが、正しく循環すべきだ、と 伝えるが、伝わる意識に循環すべき理論などは、無く その総ては流転しながら、濫立する風景を実直にする事も無く、 総てに尽きる限りにまで熱情し、欲動するだけに翳るだけに巡る。 滾る命は躍動しながら、この辛酸な現状に暗澹たる差異を用い、 関する出来事に恰も対照しているかのように、照らし合わせ違うものだ。 行き交えしながら、誰かの遺物を用い、この現実をひたすらに歩むが、 この歩む事に答えを持ち込む程に、ニヒリズムに陥る。 虚空などは飛び越え、乏しい現実に対して、どう対処すべきかを考えながら、 この夜の軋む音だけに誘われ、寂れない気持ちを聳立させ続ける。 支えは総てに邂逅し、悔恨に補足されること無く、この理に対して正解などは、 無い、と告げる。 有る、とすれば、ただ有るだけに過ぎぬ、と言い放ち諦観し続ける意志に連なる 新しい思いが、交錯するだけだ。 夜はマニュアルを破り捨て、派手なマニキュア塗りながら、中指を立て続けている。 この教理にリフレインするのは、自己で考える限りに協調性だけを求める軍事主義的な教育に打算されるべく、 短絡的に一緒に並べ、と喧しい。 私が小学生の頃は、教師に反し、痛いところを突きながら、答えを鞍替えして来た。 その結果、教師から嫌われたが、御構い無しだ。権威を保つ事が嫌いで有る私は権力に対しては、容赦しない。 自己がどうなろう、とだ。革命に理由を持ち込む、と自己に利用され、暴力、と化す。 亡命すべき場所は持たず、この自由意識に存在する自己に小さな国家を保つようなものが、 心理を殺ぐからこそ、私には、国家は要らず、国境すらも要らない。 与えられるならば、ただ人間では無いものでありたい。 感謝。悔恨無き後に邂逅は訪れ、誘う月、と共に踊り続ける。御礼。

豪壮に描く至極の今に介する。

倦怠感隠し、この夜の気配を悟る。圏外たる私は、自己の鼓動だけを便りに、徴候に示される現存するだけに 喧しく募る意識の弊害を飛び越え、乏しく熱情する意識に徘徊するだけに定理を求めるだけの原理に対して、 尽くせるべき理由だけを求めるだけの自己に関して、対象を持たず、総てに対して緩衝し続ける。 乏しく意味合いだけが深まる不安定な歪な夜が交差する。純朴な支配者が毅然とした態度で、 世界性の胎動を破り、自己の姿勢を正すべく、立証される現在に健在な意志を与える。 嫌疑を司る演技者が瞬き、このあらゆる現実に交錯し、現されるような要因に対して原因は求めぬべきだ、と 伝える風は、自己が何たるかを知らない。 高潔な予見だけが、この予感を探りながら、行為に動作を求める。止めどなく溢れる意志は、高揚しながら、 徴候を辿り、あらゆる硬質な瞬間を緩慢にしながら、この至難に対する対処法を与える。 讃えるべきは自己にあるが、利己的なままでは、そのままだ。そのままを繰り返すだけに絡まる今を 鞍替えするべく、この崇高さを知り得、自己愛に陥らず、何処まで自分を愛せるかに尽きるが、 諦観し、怠けたままでは愛には成らず、この諦めぬ衝動に何処まで自分がついて行けるかである。 つくづくは、この不確かな存在を照らすべく存在するものだ、と告げる街灯も、自己が照らされる事も無い事を 知りながら、誰かを照らすべく、その場に隷属し、今回は仕方ない、と諦めている。 その軽減されるべく意味合いに対する大差無い痛み分けのような異物感を取り払い、 我に神が存在する限りは、我、神で有る事を知り得、関する出来事に対する徴候に大差は無い、と告げる。 この思いは、道理を持たず、高貴さだけを保つべく意識の現れてある、と告げる意識の恒常たる由縁であり、 この曖昧な時に肥満化するだけに抱き合わせる意識は、快活な時に乖離しながら、蝉蛻する。 時折は脱皮した皮と心を置き去りに、昇華されるべき事実だけに存在感などを見せつけてくる。 見返すべきだ、と促すだけの見合うだけの価値に担うだけの物質が投下されるだけでは、 この意識は交換されず、それを求めるばかりに欲動するだけに気配を察知され、飲み込まれるだけに 欠如するようなものだ。安値で売買される今に媒体しながら、懈怠を払い、解体すべき今の構造を見つめる。 物事は、物々しく動作し、効率ばかりを求めずに、ふるい落とすべく、古くさい道理は持たず、 新たな意識をプログラミングしながら、古くさい主義に抑圧されるようなものだ、と言い放つ今が、 渇水しながら、増幅を続ける。この論理に一概の幸福は存在せず、どう克服するかにより、 この同封されるだけの意識や存在は、恰も輝くように、何処かや誰かに反射するようなものであり、 この現実に損なうだけに担うだけの似付かない価値を用い、関すべき代償などに、解消すべきだ、と告げながら、 つくづくは聳え堅持するだけに顕示欲を溜め込み集うだけの欲望の塊や、意識の隆起を飛び越え、 関すべき今にだけ、主軸たる自己を突き刺す。その突き刺した限りには、総てを見つめる目は、 中庸を保ち、均衡すべき動かず、自己に弁証法を用い、どう結論付けるかにより、その世界性や社会性は、 小さくも大きく変貌し、この見つめる先々を歩んでいる意味を知り得る。 「こすりつけ、擦り付けるような現在を自己で踏み荒らすようなものだ、と告げる意識が、表面に付着しながら、愚直な自我の水面に波紋を与える。この常軌を逸するだけに訝る地平は、調律されながら、一律なようで、その動機は、一抹の不安を抱えながら、一様の事実に妨げられる。それを撃ち抜くべき弾丸を用い、今を撃ち抜く。自己を殺めた先に、有るのは、始まり終わるだけの欠如である、とデカダンス犬は、心の喉元に噛みつく。嗅ぎつけるだけに身を寄せ合い、いつか飢えたら喰らおう、とするものだ、と告げる物語の後半戦のような毎日の動作を終えながら、交錯する現時点に堅実さを求めるべく、俚諺を吐きながら、内心では、その古くさい足枷から抜けだそう、ともせずに妥当であるべきに対しても然り、というが、人間のままでは卑俗なものだから、この私は総ての動機であるべく、総てから離れ、連ねる日々から脱し、拙い今にだけ永遠を求め、軽減されぬ苦痛などに、苦況などは存在しない、と告げ、この至難に挑むから、といって誰もが至難たる現在に避難するようなものであり、このありさまは誰にも解けない限り、自己で解く者だ、と告げ、この追憶に過去が募る事は無く、今の解答だけが劈き、果てない私欲を超え、このメモリーに確かな意味合いを与えるようなものだ、と追加しながら、この今に追完すべく、補完されるべき今に悟るべき愛を解き続ける。愛とは厳しく、寂しいものではある、と告げる私欲の鏡は、照らす自己を持たず、対象を解消すべく、自己を照らし続けているだけに過ぎない、とだけ残し、後に化する自己に霞むような現実を与える」 抗う日々はラストシーンの断続だ。と管塗れの未来の自己が告げるようだから、この生き方に対する死生観は、 完結で有りたく、なるべく何も残さない。 残されたものを貪る程に、貪欲さを増すだけに蠢く駒は、自己顕示すべきだけに蠢く基盤を徘徊し、 その基盤の範囲だけに留まるだけの駒で終わる。 投じるべき自己を持つべく、この清逸な時に介し、時の概念に募る外観から抜けだし、 担うべき未来を縫い付ける。 客体は虚偽を放ちながら、自己に縋り憑こう、と必死に募る。 その動機を見抜き、短絡的な意味合いに反す限りに、私は、誰、とも交差せず、 交錯する総てに結論を得るべく、見据えるように、見抜き、見透かす事は決してない。 嘯く紙幣、と地平は、君を侵略したがり、従わすべく、主義思想を押しつけ権威を振りかざす。 馬鹿が持つ権力を操作する上の者こそ、真の馬鹿者である。この組織図を侵略し書き換えない限りに、 総ての秩序は崩され、新世界秩序たる、自己保存の為の権益を織りなすだけに翳るだけの社会などに、 社会は存在しない。権利は、何処にも無いが、我に主張する事も無く、我に関する出来事に介し、 愛を保つだけに、備わる出来事に対して、主張すべき愛など、と謳う。

献じる矢先に聳える乏しい現在に突きつける意味。

欲望の範疇が心を侵略する。欲深い真理は、根差すべき愛を信仰に変えた。痺れる明日が、叫びながら、 誇張すべき真意を築き、積み上げるべき鞍替えする罪と罰を引っ張るだけの季節は、悔悟を 溜め込み、矛盾の星屑のセレナーデの彼方で嵩張るだけの永劫を傍観している。 数多の時間は、赤道を越え、正論主義者が唸る代用品の大地で、心情を資本、と貨幣の隙間に落とす。 レジスタンスたちは、武器を取り、未収の愛に懐疑的な文明の代価を突きつけ、叛逆の狼煙を掲げ、 敗亡するまで尽き果てる闘争に出かけていく。蔓延る意識は欲動する限りに衰亡し、睡魔を与えながら、 緩慢な現在に雄壮たる現状に楯突くべく、憂鬱たる由縁を織りなしている。この暗がりに犇めく要する形だけが、 この形、恰も存在するだけの形を崇拝し、それに隷属すべきだ、と促す。従順な時は、軽減されぬ時を 慧眼し、見つめる先が何であるかを解こう、とする。時折は誠実な時間の概念を彷徨うだけの垣根の最中に 留まる自己の虚像をモチーフに虚飾に満ちた生活水準を並べたがる。その者の満足すらも無視し、 夢死のように、或いは、蟲のように生きるべきだ、と亜種たる力の媒介者は、その擬態をくねらせる。 要する権利を叫ぶだけの主義主張は、私議にもならない、自慰だ、と叫ぶべきだ、と告げるプロパガンダの犬に、 パラドックスの猫が、身命を滾らせ、それに焼き付ける思いが刻まれる今に暇を弄ぶな、と告げるだけの、 代用者は管理下の軒下で苦悩を晴らすべく、誰かに卑俗な価値を植え付ける。 何故、身を削ってまで、自己を奪い合うのだろうか、と告げる今も、ただ生きることに関しての労働が固陋し、 恰も、それが幸福だ、と告げるだけの古くさい幸福論者は、自己を克服する事無く、その古くさいだけの 書物の中身を、そのままで売るだけだ。駄作の明日が過半を埋める。 蹲る今が意味を失うまでに、この構造、つまり総ての構造のあらゆる荒ぶる形状に対して、対立し、 協調などは有り得ず、恰も今が基盤、となり今に盛り返す事を知らず、浸透する限りの翳りを受け入れ、 陰惨たる現状に対して道理を求め、それを小売りにし、利用するだけの世界性や社会性などが、犇めく。 果然、とその存在にその他大勢の捏ねた日々が、浪々、と目の前を流れる。 流されるだけに投函する日々は、揺動されながら、動静しながら、この顕在たる永遠に積み重なる。 それが絶えず起動しながら、シャットダウンされる時まで徘徊する。 「消灯のサイレンが唸る。道理は無く根幹も無い、この組織図の彼方で、解き明かす体系は、所詮、価値すらも毛頭ない今から、逃亡劇を繰り返すような、生死の論理が浮かばれない表情で、こちらを睨み付けている。細分化した後に、異文化を受け入れながら、乖離性の現在に健在な意識を売るべく無為の存在で居続ける意識は、何処にも媒介せず、自然に緩衝する出来事の離愁を歩き、また新たな生命へ、と具現化すべく、毎分毎秒毎日、姿形を変える。懈怠たる風景は、解体されながら、源泉を辿り、抽象的な運命論者を論駁しながら、蔓延る意識に懲り懲り、と告げながら、タナトスを払いのける。このリビドーが際限無く悪質な現在を循環し、震撼するまで、忽ちの風景に伝えるべき意味合いを落としながら、硬質な瞬間を解析する。この軽減されぬ現在は、経線を辿り、地脈を潜り、この心にニュアンスのようなものを授ける。この欲動するだけに携わるだけの神秘を受け入れるべく、新品の気持ちで居たいが、如何せん、この蠢くだけに包み込む情報網が遮断する意識は、交わせるべき為替を求め、手堅い紙幣に心を売りたがる。この違う意識に対する心理を解くべく、実践哲学を飛び越え政治哲学に奏する適度な倦怠を感じながら、抗すべく、この真偽に対して、同等の価値などは求めず、我が同等で有れば、この行動は、一律の姿勢を用い、この興じるだけに騒ぎ立てるだけの結末に明け暮れる事無く、矜持を用い、この抗すべきだけに整然さを保つ現在の症候群を払いのける結末だ」 この世界の代理母は、絵画の彼方の拘束着を剥がそう、と蠢くだけの総ての欲望の狷介さを保つ。 その母に対してエディプスコンプレックスたる今が、確かな憎悪に変わり、その行動を高温に保つ。 口実は矢先の真実に成り得る、と五月蠅く募るだけでは、打算されるだけの現実に姿勢を売り、 蔓延るだけの事実に解消されるべく、その意識に操作されるだけだ。 この交差する現実に先日は重なり、興じるだけの今日を埋める。埋めたがるものは、問責せずに、 受け入れるだけの価値の亡者で有るために、この寡占するだけの価値に加勢する。 忽ちは領土を求めたがりながら、パーソナルスペースを侵略しながら、関するべき愛に相対する。 相対は関する出来事に、恰も対象しながら、品定めするだけに身体を売る。 利己的で高慢な私たちは、私では無い、と宣言する今が対価ばかりを求めながら、 何かの値に関していく。この情理に基づく疎ましいだけに喧しい現実は建設的な力学を忘れ、 嫌疑を溜め込むだけに動き続ける永久機関に与えるべき燃料たる欲望を滞らせるために、 自然は見せつけてくれたが、その見せたものよりも理解すべき心も持たない現代など、と謳いながら、 この動機は同意義を用いぬだけに鞍替えし続ける意識を逍遙し、続ける。

2012年11月27日火曜日

夜の後景が旋律になり担うべき愛だけに綻ぶ日記。

横並びの事実は行列を成して居る。この夜は癒える事も無く尽きる物語である、と 物堅い風景は伝える要因すらも忘れ、物々しい雰囲気だけを与える。 尽くすべき愛に育むべき衝動だけが交差し、混濁する未明に降り注ぐ雨に変わる、と告げる 黎明たる明日がたどたどしく示唆を続けながら、何とか現状を歩いて要る、と夜は嘯き、 投じる矢先に存在する現実に対して原理を用い、理想を用い希望に生きるべきだ、と告げている。 つくづくは葉隠を用い、先などは無い、と謳う。この道理はニヒリストの虚偽である、と 宣言する夜は隣接する風景に宣伝するだけの利潤を用い、その代償を支払わすべく、 代価を五月蠅く求め続ける。こと生きるだけに関しては、困る事は無いが、 物質が氾濫する、この時代に対しては、大義も無く、欲動するだけの暴利を重ねる為の 欲望だけが気配を示す。形骸化した思念に押し寄せる闇を拭うべく、自分の民を統治した後に、 粛清するような自己の独裁者が髑髏のペンダント輝かせ、心に攻め入る。 騰貴するだけのグラフが水準を操作し、この交錯する現実の一途を、恰も作り上げているだけであり、 この動じるだけに不安になる心は、何処に存在するのか、と、よく見てみれば、自分の欲だ、という。 この動機に苦難ばかりだ、と告げるが、よく見返せば、似通うだけの自分だ、という。 この生じる矢先はテンション高めに、互い違う。 集う意識は募る程に、偏向し、答えも求めずに、誰かに打算され、流されたがる。 違うのに、違う、とは言えず、それに合わせるだけが、答え合わせだね、と教育するだけの 機関に偉観は無い、と宣伝する夜は偏執狂である、と告げるだけの今も、意味も無い出来事を 絡み合わせ、結局、褪せるだけの事も知らず、虎視眈々、と狙いを定める捕獲者である。 或いは、自己を保守するだめの自己保存の本能が混同しながら、痕跡を歩むような日々に、 根源も無く、起源すら存在しない。 今は弛むだけの過去の虚飾を用い、虚偽たる意見を受け入れるだけに留まるだけに退化するだけの 対価を求めるだけの値が示す値により、判断するだけに価値を示し続けている。 それに連なる限りは、新たな価値は生まれず、この古くさい主義に埋もれるだけの私議は、 何をも生み出せず、打算するだけに抗酸化するだけの組織図の彼方の傘下の下で隷属し、 隷従する限りである。嫌疑を用い、どう打ち砕くかを持たない限り、自己は持たない。 用いる先に詭弁を投じながら、それを体現し、現実化する為に徹底すべきでは有るが、 自分を見失わぬように、自己に弁証法用い、拗れる今を解き明かすべく、夜が明けるまで、 徹底して自己、と討論を続けるが、その自己に倒錯せず、どう快活な解決に導くかにより、 満ち足りたり、満ち足りず渇水したりもするが、従うフリをして、狡猾に狙いを定めるような 叛逆者を支えるべく、嘯くリベラリズムによる、全体主義に、空腹を癒やす為に、 癒やしく嘯くだけのナルシズム的なナショナリズムを用いずトラディショナルな保守から抜け出し、 この捕囚たる今を死守せず、混迷極まる、と五月蠅く募るだけに扇動したがるメディアや 経済からは何も拭えず、盗むものも存在しない。生きることに関しては国籍などは不必要なものだし、 この雰囲気に転じるべきは、短絡的な考えに及ばず、老い耄れる程に、補足されるような 価値に鍵は無い。 この苦況に対する屈強な生き方を示すべく、諦念を捨て去る。 人は人を超えるべく存在するのだ、と夜が告げ、短絡的で単一な手助けや、 手懐ける為の延命処置に対して、拗れるような喧騒が、気概を用いるべく、 総てを言い放つ。成し遂げた後に広がるのは、過去の虚像である、と宣言し、 この存在などは、潤う事も無く、忘れ去られる為に存在するものであり、 執心などは用いず、消え去る限りである事を思い、後に何も残さぬ為に 出し切る永劫を歩くべく、なるべくの価値に寄り添わず、押し寄せる現在を 解き明かし、溶かすべく総てに対立し、対象を消え去るまでに燃やし尽くすだけの 生命である、と宣言しながら、夜は、携えるべき出来事だけに携わりながら、 煩わしくも、悶える程に、問題は深まり、負債ばかりが備わる、と告げる。 感謝。揺動する今こそが、動乱くぐり抜け、達する事である、と此処に置き去りにする。御礼。

開拓する心に真の自由があるが、謳う自由に自由は無い。

この散り際は、関した出来事の跡形の足枷だ、と叫ぶ君は理屈的で利己的な追憶に蝕まれるだけの 過去の虚像そのものだ。その虚飾に備わるだけの高価なものを欲しがるだけでは、 乾くだけで求め貪るだけの餓鬼だ。懇切する時代を解かない限りは、悴む今に自覚するだけの 時間に及ばぬだけの理論に敗退するだけだ。依然として媒介しない限りは、しがみつくだけに 不安は安定して、この心を貪る。無作為に消え入るのが人生なんだ、と告げる物乞いが、 物悲しく刻む墓標を眺める。数多の時間に存在する円環がπである、と告げる風が、 瞬きながら、一瞬の至福を得るように売るような時代の策謀に罵られながら、のたうち回る日々は、 論理すらも無く、用いる理論すらも通用しない、と叫ぶ君は、短絡的に勉学を捨てただけだ。 ただ勝ち得る為の勉学に励む事など、奴隷製造機に思恵を売るだけのファシストだ。 悴む季節に更迭されながら、誤信を帯び、自己を欠如させるだけの保身を金銭で買い取る権威の現れだ。 寧ろ、この命は無駄遣いする事に尽きる、と宣言する私は、雑多な意識を抱え込み、 考えをあやすだけの孤独そのものだが、その問題に扶養されるほど馬鹿者では無いが、 蔑ろにした後先が蔑みながら、潤うような日々にこそ、この空虚さを埋め尽くすほどの創造が存在する。 稼ぎは無いが、稼ぐほどに家畜、と化し獣になるよりはマシだ。 この正解に性愛は持ち込まず、凄艶たる今に加算すべき事実に達する事による満足などは、 一切存在せず、止まる事無く続ける事に関して、意味は持ち込まない。 持ちつ持たれつではあるが、もたれる事は無い。信じてはいるが、信じ切る事も無いし、 ましてや、誰かに喧しく付きまとう事も無い。開花する為に、媒介はせず、飛び交う意志、と共に 運命を受け入れるだけの愛そのものだ。遡行しながら先々に進む侵略者であり、真理を逆手に、 暴利を行うだけの輩では無く、感じるだけの清逸な瞬間を操り綾取る路上の忘我そのものだ。 この構築される日々を打ち砕くべき徹する意志を用い、鉄槌を砕く破壊者のような徘徊者であり、 この総てを統治する自己に支配欲は持たない死の商人だ。死守すべくは監守する者の闘争に 陥るから、と宣言する正義を用いる悪意そのものだ。このもうする時に併用されない事実を捉え、 囚われもしない意識の表現者であるべく、何度も表裏で豹変し、短絡的な善悪に懸隔を持たず、 損なわれる現実を埋めるような事もせず、羨む時も、恨むだけに通り過ぎるから、 この心に弁証法用い、詭弁を答弁し、抗弁するだけの反抗者たる賢者だ。 嫌疑を溜め込み諸々の価値に違う、と告げるだけに集う意識に対しては純粋さを持ち、 忠義を与える創造主であり、構造を投棄しながらリアリズムを売る似非ニヒリストであり、 権限を用いるだけのファシズムに酔いしれるナチストだ。配膳される時に絶え間ない時折に 対する権利を歌うだけの弱者にあらず、この対する時を見下すだけの強者であらず、 何事も知り得ず、知ろう、ともしないだけの我関せずな普遍的悪者では無く、 蔑ろにしないために、寄贈される今をシンプルに開けたり閉めたりしながら、どんな事柄にも対して 感謝するような馬鹿者であるべく、あらゆる答えを打ち砕くべき証人であるべく 理想は持たず、考える事に関して、考えを持ち込まず、その深淵に広がる道理に対して、 欠如するような動機は持たず、同義などは存在しないからこそ、その問題に対する経度を測る事も せず、持ち合わせる是非を重ね合わし、どう見るべきか、と比べず、くたびれる程に、 燃えさかる我一巡の奇蹟を歩み、列する気持ちの円環を巡り、呈する時に列する者の後ろには並ばず、 自己の後ろに過去が消え入るだけの事を知る。 「この日々を検証したがるだけの利点は力点を持たず、崩れ去るだけの事を知らない。その現実に用いるべき感謝だけに歓喜は閉じながら、平穏さが潤う。このサガはエゴそのものだ、と告げるが、この物語に押し寄せる動機は好機ばかりだ。こじつける不安などは、押しつけるだけの出来事の普遍性に操作されるほどに交錯し、程良く溶けた後に染み入るだけの倒錯を続ける。瞬く間は、全くの価値を持たず、その場に存在する何かの今に謙虚であるべく、離床するだけで感謝するような日々だ。この日々に非議は付きものだが、誰かに合わせて折れるべきでは無く、自分の意志を継げて潜在する時を解き明かすべく、一つの答えに一つの結論用いず、問責する自己に痕跡残し、投じる先に矢先は存在する事を知る。知った知らぬで知らぬ顔しながら、知らぬが仏、と瞬く。こじつける日々は、斬った斬られたで、拗れる出来事が等差を求めながら陥落する姦悪に過ぎない、と私議はメソッドを集わせる。その行動に倫理を持ち込む限りは、太古からあるだけの出来事こそが、本当だ、と思い限りに、次なる時代は来ない。困難さ、と混迷極める時代に心は無いが、心を求めたところで勉強不足な輩は、力を持つ事だけに急がしく走り回っているようでは、俯瞰的に物事を見られず、見比べる事による、よりけりだけに、善し悪しを生むだけの懐古の不順を繰り返す。その煮詰まり詰まる思いを流動させるためだけに、他人の言葉を貰い、それを、どう自己に昇華し、新たな創造に使うかにより、この意志も次なる自己に達する。この技巧に対する対処法は存在しないようだが、この混在する意識に達するべき一存を用いる限りには、次なる今に進める。この構造に創造用い、新たな意識よ集え、と宣言する。忽ちを打ち砕くべく革命家は愛を用い薄命な時代を打ち砕くべく、暴力に陥らず、新たな革命のために自己を投影し、自己を捨て去るべく新たな革命の意識を執り行い、既存のものを破棄し、新たに進むべく亡機する事無く、この生きる事に関してだけは、嗅ぎつけ徹する意識であれ」 あらゆる生命の通り道は、騰貴しながら、未明の真実を通り過ぎる。 構築される日々は、高まりながら崇めるべき愛を神にしたがる。 それに従うようでは、この世は開けず、明け暮れるだけに想定される智慧に悶えるだけだ。 真実は二面性を持ち、それを合わせるだけの鏡に照らし合わす対象たる自己が存在する。 この閃きだけが煌めき、単なる図式から、煌めく未来が現実に返事を打つ。 偏狭たる現在の辺境を孤高に歩きながら、平面を用い、関する出来事に短絡的な平等を持ち込まない。 巧緻な現存する価値は、君を騙すべく隠す。それを画すべく君は君で有るべく、 徹底した愛を用い、純真さを馬鹿にされようが、それに対しては、徹底して関せず、 信ずべき自己だけを進み、地図は持たず緻密な頭で数多の出来事を積み上げ、鞍替えし続ける為に、 鞍替えする日々は、覆るものだ。その覆るものを見れば、表裏一体であり、 胸裏は道理も持たず、善悪すら持たない事を知る。 「穢く機械的であり、利己的なものが世界だ、と君は告げる。追跡する意識はいじけ無く、味気なく、愛する時も無い、と卑屈になる。必要性のある近況に弔うべき事実だけが存在し、想定される出来事に寄りつけるだけの似通う事実に本質は無い事を、徹底して知るべきだ。この知らされる時だけに、印は存在し、使命などを、打ち出す。出し抜けるだけに陥れる者ばかりだ、と促すが、つなぎ、紡いでいるのは、自分だ、と先ず知るべき後に、追いかける者は居ない事を知るべきだ」。

残骸のような現在の光跡。

思いは評議を繰り返し、表面に付着する。或いは、この心の彼方が引き寄せる 派閥の深淵に触れながら携えるように手懐ける意志を剥がしながら、 今に染まる現像に対比するような感覚を覚え、溺れる程に数多の時間が、器官を持ち、 足跡を踏み躙るような現実に懐疑を憶えながら、根絶する夜に気配を悟る。 去った後は現状を打破すべき乖離的な現実に軋みながら、因果な時を有し、 外積される内情に対して、思恵を与える。 雑多な思念は、深層心理に躍動し、勘定しながら、跳梁する。 固執する現在に貸し付けられた生命は、あらゆる軌跡を踏みながら、投ずべき今に 加算される。この人間が織りなす支配の気配は、察知すればするほどに、推移を求め、 この人間であるべく進む今が織りなし誘う月日が、曇りながら、ずれるような時折に 悲傷を浴び、刹那に悶え欲動する保身の心が靡かせる現状は、察知すればするほどに、 衰弱し、考えを余しながら至難を飛び越えるべく、人間で有る事を超える。 「この有する時間は限りあるようで、限りは無い。旋律を加え、この心に感冒を与えるべく、何事か、と重ねる。重ね合わせる日々は、無償である、と告げるが、こと生きる事に関しては、鼓動の他に多大なものに還元されるべく、後ろめたく狡猾に騙し合い目配りする。時折は声望を含みながら、絶えず真理を宿すようなものだ、と告げながら、曲がりくねる常に今を歩む。行為上に散らばる、恒常的な今が即座に崩れ去りながら、臍帯たる愛が、この身に栄養を与える。緩慢たる愛が、この偲ばせる時を超えるべく、陥らない為に、操縦されない為に、自己を調律し、超域に達し、飛び交う、たった一つの生命であれ、と告げる。あらゆる風景は、醸し出す雰囲気に憐憫を落とし、聳える今に流動する。流転し、奏でる時に平衡を与えながら、毅然な今が、自己を讃える。底知れぬ恐怖の味付けが執り行い宣伝するだけの街並みは、取り損ねる今だけを火難にさせる。燃やし尽くされた心は、塵、と化し、雰囲気の粉塵、と化す。光りに生える一瞬の希望を持たずに、このもたつき、疎ましく包まれる現在は、用いるべき是非を持たず、否定的な対象により、批判的な自己に反していく。反すべきは、この生きるだけに存在する装置を破壊すべく、創造を執り行う事だ。この諸々の事実に、諸処たるものは存在しているかのように、見せるだけで、その存在などは、俯瞰的に見れば、些細な事柄の断続に過ぎず、この真偽に悟るだけに歓喜に苦悩するような日々に潤いを与えるべく、人間を超える為の所為を与える」と、最もな高みに登るべく、私が私に黎明を告げる予見を、 手渡し、宛らに訪れる総てを奇蹟と呼べ、と叫ぶ。 「懐疑的な日々に折り重なる不安が、交錯する。数多の心の削除を行う。現実は、原生林の森厳保たず、利己的な自己による気配により、その場に雰囲気により流される獣だ。遺伝子が織りなす本能的な恐怖により、不安、と化すだけの恐怖を拭い去るべく、生まれてこの方、超人である私は、永遠に個体であるべく、今に至上を託す。ごく自然な今に、混在する意識こそが、未明の安定などは、求めずに、いつ散るかも知れぬ、この命に、経緯を持たず、契約を行わない。この戦域に存在する五月蠅く募るだけに交錯する運命を遡り、この絶えず信仰する思いは、神を持たず、短絡的な愛に神を用いる。対する時は、併合され、効力を失い察知するほどに、動機を育み、高貴さを渡る。人間であるべき行為を捨て、人間を超えるべく、高貴さを用い、要する日々に徹底して、謙虚であるべく、表裏は持たず、言い放つ時に悔恨すら用い無い。誰の目も気にせず、自分の自由を本質に、誰かに常用されるべく常日頃を与える。巧緻な瞬間にこそ、この永遠は誠意も持たずに、御身に染み入る。この間柄に備わる軌跡を踏み躙りながら、現存する今に起案を与える。正否は存在せず、自己が中庸を持たぬ限り、持ち合わせる是非により、より良い結論は決して得られぬ。総じて、この愛は起算する事を知らず、困じて成す事などに、正義は存在せず、正義を用いる悪が嘯く動機により、操作したがる。従えるべきは大勢の味方よりも、誇れる自己である。そこに愛は持ち込まず、静かな愛で対象を見守る。見比べる君は、いつまでも自己愛に囚われる利己的な執念そのものだ。この命などは、代わる代わる交差し、目眩く消え去る。この今に算用すべき卑俗の価値などは、要らず、重ねる愛だけに価値は存在する。この定義に定理は無く、この答えに、理すらも無い。水域などは無く、水準を求めるだけに、衰亡する命を命、とは呼ばず、それは貪るだけの餓鬼たる亡霊である、と告げる。この命は薄命であり、拍動する限りに軋むものだが、私は一番、堅い鉱石を用い、紡績する日々に、手繰り寄せる糸は、何よりも弛み強い。関する事実は、列し徹する。この開花する実情だけに、蔓延る出来事を起算するだけに、留まるだけならば、君たちの時代は終わり、私が占拠する慈愛に瞬くべく、総ての過去を水に流す。この出来事は、存在する為に、その存在を隠し、存在したのだ。この現実を真実、と呼べる者ほど、残酷なものは無い」 対する日々は恰も、胸裏に染み入り、この事実に渇する。現実は世知辛いものだ、と言い放つが、 視点を変えれば、その曖昧な言葉に弛むだけの自己が反動するだけの事実に軋んでいる事を知り、 この現状に示すだけに死滅するだけの生命であるからこそ、この私は、私でも無く、誰かのような 感覚を放ち、敢えて乖離させる時は、自己を確たる目で傍観し、次なる今に蔓延らせるべく、 時代をはぎ取る。

2012年11月26日月曜日

懸命な夜に拍動する命の日記。

この夜は緊縛し、全ての意図を這いずる。 蔓延る日々は対立し、嫌疑を溜め込みながら、無残な君を歩むようなものだ。 幾許かの赦しを乞い、誘う時に見捨てられた今を加算させる。 垂涎たる様相を持ち、魅惑に尽きる時に解する要因に明け暮れながら、 誰かの孤独を食す。 幾重にも散らばり有する気配を悟り純真な今を積み上げる。 申し分無く消えいる情景は歪に入り混じりながら、砕けた後先に情理を重ねる。 無残に機影を残し、残骸のような忘我を歩み、一巡の意味にたどり着く。 この試練はジレンマを重ねる。 緊密に寄り添う夜は心象に対して、膨張、と伸縮を重ねながら、心を彩る。 焼け爛れた胃の底から、そぐわない夜が重なり、蕩ける夢に肥大する。 支払われる代償が無ければ、義務的な今も存在しない。 退廃的な明日に輝く為に、微量の余力を用い、 清濁たる今に謙虚さを少しでも保つ。 堅実な未来は今に拍動し、全ての動機に対する動詞を生み、 囀る明日に俯きながらも、睨む日々は先々に募る事柄の起伏を生む。 近況にすがりつく夜が擦り寄る。摩擦される意識は去り行きながら、 感覚器官を巡回し、改ざんする時折を重ね、弛まない季節を徘徊し、 寒帯な夜が、この身を劈き瞬き、跨ぐ。 夜の卵管をくぐり抜ける。全ては、新しく産まれる為だ、と端的な生命は告げる。 補正される夜は延命し、黎明期を渡り、純真な瞬間を永遠と呼ぶ。 悲劇的な今に弛みながら、行く先々に鋭意を募らす。 行先は当ても無い日々だが、 行く末を絡まらせるだけに過ぎ行く季節も仄かな記憶を辿り、 偶像の隙間を渡り、称えるべき今に辿り着く。 艶麗たる瞬時に司り、形作る日々は豊かに散り行き、 今に加算すべき事実になる。 抱きかかえる夜は、尚も硬直し、今に対して、立ち尽くしている。 裁かれる明日に、下される自由の名の下に、不自由である私たちは、 この胸裏に基づく均衡に対処すべき力を用い、 総てに番うべき愛を用い、この金満主義たる夜に、対して違う、と告げる。 何を得て、何を用いるかを変えない限りは、変えざる時に、 どうすべきかも分からずに、彷徨う。 血路を開くべく、この姦悪の管轄から抜け出す。 権力装置たる由縁が放つ資金繰りには、関さず、心を取り戻すべき闘争に、 暴力は要らず、成し遂げる為に、意味などは要らない。 大差無く輝くだけのネオンが五月蠅く囲う。 この引接されない意識を辿り、加算すべきは、数字にあらず、この数奇な人生に 対すべき、値を求め、単なる日々に感作を続ける。 道理は導く限りに満ちながら、渇水しては、この虚偽たる世界に明眸皓歯な 女神を産み落とすべく、重ねる日々の愛だけに視線を移すべきだ。 懸命に渡り切る今が、弛まない軌跡を織り成し、折り重ねながら、直線を進む。 貪る夜が停滞しながら温め合う、あらゆる愛に淘汰されながら、 起算される日々を算用せず、謙虚さだけを抱きしめ、 今だけを悟るのだ、と告げる夜は静かな筋書きを企て、 今に使命を与え続ける明朗な日々だけにメロウな今がリフレインし、 リリカルな衝動を渡り、この世界の胎動で眠りながら、目覚める時は、 新たな人生の始まりだけでありますように。 感謝。この過ぎ去る日々だけに、御礼。 iPhoneからの投稿

加算される日々の狭量。

憧憬に溜まる容姿を縁取る。完治する今が叫声を上げながら、追い越す日々は、 行為に基づき、今の激情を吐き出す。掉尾に溜まる今が先々を食い尽くすような メビウスを歩き、メモリーを詰め込む。写真の彼方の日々は、加算された過去の原理だ、と 告げる君は、誘導される日々の毒性の濁世の奴隷だ。どの終わりにも、汚穢は重なる、と 果敢さを失い枯れ果てた木々が最後の微々たるカタルシスを流す。 荷担すべきは、この火難たる日々に燃えさかるような情念だ、と番う日々も、縋るだけの 味気なさに吐き気を催す。実勢は、実験的で有る事を忘れ、有するだけの価値に、ピントを合わせ、 この合わせ鏡のような要因の表裏や善悪に存在する懸隔に対して、何かを産み出す事も無く、 何もかもをカモにすべく、荷担すべきは、この物にあり、その現実に皺寄せる日々に朽ち果てるべく、 流されるプロパガンダは間接的な欲望を欲動させるべく、どう操作すべきかだけに、視点を持ち、 正否に重なる出来事に打ち付けるべく、思念を持たず、どう猟奇的な狂気に変えるべきか、と 立ち並び、行列している様相は、まるで屠殺所に向かうか、尊厳死すべき根源を歩くかのようだ、と 要する日々は加算され、均一な物に隔てられるだけに要する日々に疑いを持たない。 この猜疑心はパラノイア的、偏狂者である、と君は告げるが、君の分析に正しい事など無い、 君こそ欠如、と呼べる、と嘯くリベラリストにも要注意だ、と告げる今も、快感に酔いしれ、 安易な事実に時事を売るような記者のようだから、その口元を縫うべき針、と糸を用い、 この興じる日々に論争だけが飛び交うが、自分を飼い慣らさない限りは、誰かの奴隷であるから、 自分に緩衝すべき暗澹の底なし沼に沈みながら、自分、という最もな価値であり、敵意である権化、と 闘争する。 「御前は虚像の価値そのものだ。物の哀れを知らず、憐れみに囀る、弱者である。否、蔓延る今は超える為に存在する、と告げる物事に縋るだけの家畜だ。それも然り、ただ対する今は、過敏性の悠遠さに絡まるだけの尊さを用い、恰も自分を正そう、とするだけの耄碌な価値を売りたがり、蔓延らす。破綻する今に耽溺するだけの貴様も、要する意味を持たず、嫌疑に悟るだけの欺瞞者であり、高慢でいけ好かない者の存在感そのものである」自己の近影は囀り、分離しながら、要する日々に苦心を連ねる。 それを飛び越える是非を促す自分自身が、背負うべきは、何かを唱える。 「長い時の円環から抜け出すべき、至難を与え続ける。それは、なんぴとたりともに追われぬ為に、自己に負わすのだ。否、対立する今が加増しながら、あらゆる時を有する。その存在に存在は無いが、総じて損じる事も無い。蔑ろにした後先が、今に投じて、口実、と化すようなものだ。物々しく示唆した、としても、その今に重なる事実だけの陰影に絡まるだけに裂けるだけに過ぎず、この過ぎ去り、衰期する日々に、潤いなどを求める限りは、その弱味に縋り付くだけの自分に支配される。この自我などは、総じて当てにもならぬものだ。微々たる運命に御身を寄せ、拍動する日々に、情理は嵩張るが、、その高まる日々に聳え、誘致される悠長さを歩き、乏しくも熱情する、たった一匹であれ。背負うものは有らず、蹴落とす事も無い。この世界性は、私が生まれてから、存在する総てであるからこそ、考えを留めず、感慨深く、欲深くも、浅くも返し、開示すべき今を開けっ放し、聳える自己に対象を求めるべきだ」 到達する意識は囀りながら、絵空事や、傍観に突きつける諦念を超え、聳える今に離床し、 処するべき今に寄贈される。 交付される意識は、互い違いながら、総じてあても無い季節を飛び越える。 「興じる今に後先は連なる。拙い運命にも、何れ愛も落ちるだろう。陥落する日々は、提要されるだけに遠ざかる。兼用される事に、この度々は、深まり、何れ帰る時に、有した価値も邪魔であった、と気付くだろう。要する形は違うが、殆どは同じ意味合いに蕩け、吐露する程に保持せず、蕩ける意志は、路頭に転がる石であったが、磨けば、その短い時間に有する価値にも成り得る。得たものを見せつける者に対しては、その差異も知らずに、見せたがる見栄、と告げ、この教材を手に、投じる後先に結論すらも超える答えになるべく、今に対する問題を解き続け、この永遠を歩む」 昂ずる意識は、高みに登り、昇華を続ける。加点すべき事実に視点を与えながら、 投じる曖昧な解きに有すべき事実の切開を行う。 「この道理に詰まる憎悪たる肥満者の腹を切り裂く。口実に絡まるだけの実勢が選りすぐり、描いた者の純真さを策略により、書き換えた世界性に対して、真理は求めぬ。高温多湿たる腸を道を越え、蔓延る汚物たる人間的獣の狭義を切り取る、両義に悟るべき愛は存在せず、荷担すべき物質に対する欲望だけが、気配を悟る。緊縛する現在に解毒すべき材料を用い、語り部である私は、私に語りかける。加算すべき出来事に対して、苦心を吐き続けるだけの弱気に強みを与える。この密書に集う意識に対する愛だけに、愛のような異物を捧げる。時折は切なさを詰め込んだ鞄の彼方に消え去りながら、今の弛緩さを伸ばすべき、至難を飛び越える。総ての要理は、穢いが、自分に滾る愛を持つ限り、表面上の穢さは消える。短絡的な偽善者は、賢人ぶりたがるだけの罪人である。自分の罪深さを引き合いに説きたがるものに、対しては、要注意だ、と告げ、自己を正し、告げる者に対しては、信じるべき、かも、と告げる。軽薄たる、この日々に想念は詰まり、幾重にも重なりながら、絶えずシンクロし、誰かの気配を悟るかのように、自己に帰還する。忽ちは、道理を売り違うだけに五月蠅く蠢くだけだ。この要する腹の彼方には、存在する」。

手繰り寄せる日々に境目は無い。

何十億もの孤独が締め付ける夜を支配するπが永遠を司る。延々、と続く、この厭世を撫でるだけの 開けては暮れる苦節が飛び交う。 最たる威厳を抱えながら、夜は脊髄を通過し、奇蹟を撒き散らしながら、 輝ける深夜の期待感にそぐい、反する時に拠り所を与える。建築的な夜が嵩張り、 恰も、この命に恒常的な物語を捧げる。総てを解き明かした値を示す錬金術師たちが、 ケミカルな歌を歌う頃、裏切りの十字路を飛び越え、黒猫が占う月夜に魅惑を隠し、 この曰く付きの日々に所謂だけの所存を隠し、投棄すべき時代性の陰気などに、かまけず、 この与えられた日々の宿命を受け入れ、凄艶たる午前を歩くべく、 マクベスの犬たる私は、悲劇が何たるかを知らず、このπの円環を巡らず、 あらゆる思念が通り過ぎ、粘着する日々に存在する犀利な数多の時間に対する永久機関を 打ち砕き、最たる価値を奪うべく、探す事を止めながら、時折に拍動する世界性の淫蕩たる 由縁に立ちこめるガンマ線を避け、徘徊する後先が、配下や、哀感になる頃には、総ての 愛憎も、肺臓に溜まるだけのそぐわぬ形になり、関すべき罪悪感などは、悔恨を溜めたがる、 あらゆるニヒリストの功績であるから、私は私で有る事を最大限に利用し、止まらぬ影であるべく、 誰も心も信じず、信心すべきは、この介意にそぐうだけの愛に比する思いであるから、 このあらゆる時間に存在する心音を探り、動機を手繰り寄せながら、恒常たる悠遠を探り、 硬筆な思いを、此処に描き、逍遙する今に加算されるべきは、数字的な物陰に隠れる本心であり、 曖昧に数えるだけの日々に根幹が聡明な次元に刺さり、凍てつく空間に愛を溢すような、 夜明けを待たずに、数年先を読み取り、この欣然たる由縁に行うだけの出来事に、 事務的な心は持ち込まず、もたれる時に支える愛が、使命を与えるべく、この深浅たる悠然さに 絡まる時に対しては、心を開き、対峙すべき愛に飢渇しながら、快活な今を巡る。 「忽ちは、円の仕業だ、と告げる。このカルマに快楽を与えるな、と告げるだけの今に対して反する時に有すべき景色を荷担する。換算するだけの愛に悔悟をもたらしながら、この爛れる意識に果敢さを持ち込む。時折は折れた時間の廃屋で眠るような余韻に絡まるだけの階層的な起源なのだ、と告げる白昼夢が羽化する原野で、締め付ける明日は、陰影に絡まるだけの少し先の時間の乖離だ。この行いに堅持すべきは、今に用いるべき愛である、と告げる現在も、至福を奪い合うだけの堅牢たる有限に絡まる自己の虚像だ。飛び越えるべきは、この行き交うだけに重なる時に濾過すべき対立する場所の中心点であり、中核である。あらゆる出来事は、重用されない中庸を保ち、均衡に聳える意味に対して結論を用い無い。この時間は囀るだけの口うるさいだけの希望だ、と囁く日々は、運動体であるべき自己を保たず、流動的な思念に入り交じる。時折は、執念を重ねるだけの蠢く終焉の現像だ、と叫ぶ君は、騰貴するだけの数理に基づく経理を終え、感冒に備わる明日にケチ臭い理論を売りたがる。感情論者の戦争に罪と罰が重なる頃に、総ては明かされる、と告げる夜は行程を打ち砕くべく、尚も否定的だ。光年に捧げる命の鼓動が、淫靡たる今に重なる頃に、折れた感情は相思相愛の淫靡たる遊興さに絡まり、空洞化している心に、導火線を与える。時々は憚るだけに同化しない季節に対する挙世を修正しながら、口実を溜め込み、陰線に住まう自己に境目を与える。時折は、不法投棄された去り行く偶像だ、と気配を残す悠然さが、物事の差異を求める頃には、総てに対立していた現象が私で有る事を悟る。思いは訝りながら、加算している今に散じる。時々は重く刹那に絡まるだけに荷担する荷物であるから、この思念はなるべく軽々しい明後日の方角に投げ捨てるべきだ」 艶めかしく加算される日々は空虚さを纏いながら、浪々、と円周を歩く。 かまける時代性の陰謀説は、遠くの価値に怨嗟を投げかける。錆びる時に有するだけの 思念は教護を持たず、悔悟だけに溜め込むだけの自分に刺さる闇だ。 重なる時に循環しない魂は、欲動しながら、同率の価値などに集い、重なり合う溶けていく。 有限な日々は現用されながら、原生的な今に染み入り、時折の刹那に荷担する。 時々は、応用されるだけの価値の両道歩かず、偏るだけに進呈される日々に増築され、 この豊かな思念を辿る。 「この円環を辿る是非は無く、危難たる今に重ねる月日に老い耄れながら、時運を祈るような余韻だ。喪失する価値に荷担するだけの亡霊は、淫靡な余生に重なるだけに萎える主義の子嚢だ。答礼を終えるだけに明け暮れる日々は、あらゆる事物に重なり、時々の答えに溺れる。憶えも無いし、見たときも、有する時に比重を与えず、何事も無く、過ぎ去る今に避難しながら、囀る鼓動に返事を打つ。時立てば、危難も動静たる今に立ちこめ、数々のジレンマを拭い去るような葉に乗り、隠喩する言葉の意味を知る。この返上されぬ日々は、円環を巡るようで、交錯する日々に錯綜しながら、探すようなものだ、と告げる時も、大したものも見出せず、枯れるものではあるが、この問題を解かぬ限りには、先は無く、この時々に染み入るものを時折に重ねる微かに脆くも、無論に聳える今に遺愛を残しながら託すような日々に幸は、集う」。

2012年11月25日日曜日

交錯する夜は憐憫を持ちながら巧緻な事実に達する日記。

理想論用い、理論上の夜を飛び越える。相対的に見つめれば、どちらも同じものだ、と告げる夜は、 画期的な主義を用い、要するだけに緩衝する出来事に差異は、殆ど見当たらなく、 物事に大差を求める程に、大義を忘れがちな権利に対して純真さを明け渡す事は無い、と告げる。 意味合いは、夜風に、ただただ深まり、仕るべき今に敬虔さを与える。 それは信仰に及ばず、今に礼儀を尽くすような結論である、と無神論である私は汎神論者に告げる。 反駁する風景は、悶える程に、その欠如を埋めたがるものだ、と見た目は綺麗な蝶でよく見れば、蛾だ、と 瓦解する君に告げる。 密度は生じる先に暴利を与えながら、緊密さを用い、焦躁させるべく操作を続ける。 綿密な夜は、連理を繋げながら、対処すべき答えを用い、感銘な今に緩慢さを与える。 弛んだ今が、伸び続けだれる前に、隔てる意識に結論じみた意味合いを吐き出す。 誇張されるだけに積み上げられ、詰まるだけの今が、あくせく踊り続け、汗も出ぬような 今に加算され、危難な季節を歩んでいる。 聳える程に寂れる風景は、かまけるだけの感情を欠如させる。 時折は、詮索するだけの愛を濫立させ、行為に怠けるだけの感情に寛喜を与える。 生じる先々は、歪な症状を抱え、弔うべき自己に対象を用いず、 忙しく駆け巡っている。 時々は遙か無援な後先に困じるだけの虚像だ、と語る夜は、懐疑的な自己の静観さを保てず、 閉居な気持ちに囲われている。 忽ちは出戻りながら、戻るべきは今にあり、対する事柄に多くを用いる限りは、重荷になることを知らずに、 そのままの姿で走るから、鈍磨な感情に金満さを用いるだけだ、と告げる。 相違する賢智が我を進ぜよ、と続ける。錆びる気持ちに潤滑油を流しながら、 悉くに鎮座し、その座標に立ち尽くす錘を払いのけ、数々のジレンマに対処すべき 方法論を施す。 巧緻に蠢く切磋な事実にも今が関するかは疑問である、と告げる今にこそ、疑問を持つべきである。 その介する夜に値を持つ限りは、代償に相対するだけだ、と告げる。 壮観すべく、この全貌に巧緻さを用い無い限りは、無い物ねだりな餓鬼、と化すものだ、と語る夜は、 荷担すべき愛だけに術を用い、要する形には、存在は無いものだね、と私の耳元で呟き、 その初心な言葉が脳裏で瞬き、脳内で心の器官を織りなし、それが循環し、 数えるだけの矢先に詰まる出来事に対象するだけの物事に対するだけの苦悩を取り払う。 それが愛なのか、と知り得、リリカルに歩く街並みは、見た目は薄汚く、後ろめたいが、 よく見れば、微細な出来事は、喜びに溢れ、何を顕示する訳でも無く、如実な愛に溢れている。 それに溺れる事は無いが、憶えるべきは、この一存に対すべき愛に介するような今に対しては、 溺れるべきでもある。 愛去れば、悉くの風景は、寂寥たる由縁に絡まり、吹き付ける冬の風は、 この浮遊する心に表現すら持たず、もたれるだけに豹変する今が評議を重ね、 五月蠅く脳裏に付着しているように思われるが、 その動機は、心に浮遊するだけの自我が織りなすだけの陳腐な理由であるから、 その波風たてるだけの五月蠅い心に終止符をうつべく、なるべく執心は持たない。 生じる先に現実は連ならず、この目の前に建築されるような理由に対して 建造するものだ、と告げながら、このつくづくに使命を与え、抱えるような現状に 蔓延るだけの世界に対しては純粋で有りたくも、期限を見つめ、起源を辿る目で巡視を続け、 恰も構築されている事柄の表裏を突き抜ける。 感謝。情交犇めく夜は正否を抱えながら、謙譲されるべき愛を待っている。御礼。

築くべき今に与える衝動。

孤高たる予見に詰まる思いを飛び交う冬が、離床する。忽ちは、生じるだけの現象だ、と原理は 過去の遺影を流しながら、時折は今に散った自己の破片である、と偏頭痛が生じる先の情理に投げかける。 構築する今が虚像を払いながら、孕むべきは真実の自己の赤子である、と投げる時が、時世を駆け巡り、 加盟すべきは自己に緩衝するだけの日々の偶像に対する贋物の価値だ、と代理母が語る頃に、 諸々の価値は家畜すらも喰わない、と鬩ぎ合う姦悪の面子は、自己の面子を保つ為だけに、 補完したがるだけの管理下の悪魔で有るから、私は誰も信じない。私が信じれられる者に対しても、 私が信じない限りは、この神経は売るべきでは無い、と告げ、ダグ付けされるだけの群像に数奇さを売りながら、 帰山すべき孤高の山脈を越え、総てが居ようが、総ては居ないものだ、というアナグラムの穴倉で、 静穏さを溜め込み、無垢な自己の迷走から抜け出し、介するべき対象に対して瞑想を続ける。 連なる意識は情緒を保ち、患部に平伏すだけの悪意は消え入るべき構造の彼方で、輪唱するだけの鼓動の 先に詰まるだけの自我が嘯くだけだ。配列されるだけの微々たる不安は俯瞰に連なるだけの 悪態連ね、縋りながら、行動に対して諦観させるべく遅延行為を行いたがる。 違う意識は、開所すべき自己の扉に釘を打ち付け、それを打ち砕く程の鉄槌を持つ私は、疑念を用い、 体感すべき現象だけに私論を媒介させ、媒体すべきは、この代謝すべき今にあるものだ、と告げ、 既存のものには絶対迷わない。寄せ付けもしない。漂う意識は、ただ酔いしれる為に絶えず寄り添うものだ、と 告げ、介すべきは、この自己の記憶にあらず、この規則に対して償いを求めるだけの道徳にあらず、 この顕然たる由縁に蔓延る意識の享年を辿るだけに生じる空腹感を埋めず、この思う事に過ぎる空虚さに、 孤独を用いず、総じて味気ない日々に興じるだけのニュアンスに溺れず、踊り続ける為に、 この長じる先の情実に充実感などは、求めもしない。成し遂げる為に痩せ細りながら解ける今を 補填し、蔓延る意識に教条を与え、到達する意識は、なんぴとたりともを知らず、何人先をも行く。 「行く末は、沈積するだけに絶するものだ。物々しい現実に喧騒は突きつけるだけの武器を用い、鬩ぎ合うだけに傷を増やす。それぞれの価値に留まりながら、この嘯く協調性などに対して脅威を用いるべく、この対するだけに解消しない、と嘆く心に対して、結合せず、結論じみた今に疲憊しない心を打ち立てる。聳える意識は何千億もの苦悩を孕み、数え切れない程の思念を膨らます。それは宇宙よりも酷く広いものだ、と拾い上げる意識は情況に迫るべき仮想を連ね、過疎化するだけに贋者であるべく自己の評議を執り行い、どれもこれも、似通うだけに似せるようなものだ、と番う。対する愛を用い、解消されない今に対象物を持ちたがり、もれなく行き交う人々に戻るべき思想を与える。取り戻すべきは過去には無いが、よく見直せば、過去に思った欠如を頬張る。過去は対象を持たず、自己に対して緩衝し、大差無い出来事の緩衝を終える。聳える今が悲哀を打ち立てながら戻るべきでは無い、と告げる。返上される意識は、支えにならず、重み、と化す。勝ち誇るほどに、廃れる今が批難すべき心も持たず、誰かに媒介するだけに留まる意識は、自己の考えを見失う。戻るべき今に忽ちは、進み、規正しない意識を辿り、その考えを余すこと無く吸い取った痕跡にこそ、今に対する答えは、恰も、此処だ、と告げる。水明たる自己が、此処に凡例すべきは、この対照している現在に建築され、賢智を与えているかのような余韻を孕んだ後先だ、と追記を与える。純真に立ちこめるだけの風を纏い、今に資産を与える事にあらず、起算すべきは、この皮算用するだけに残余を求めるだけの過去を打ち砕くべく、戻る思考を辿る。その情感に存在する循環器を濁すものを捨て去り、去り行く季節を流動させる。この要する価値には、緊要さは無く、この生き散る定めに、生じるものなどは、交差するだけに、この身に迫るだけの可視化されない情理に基づき、関連するものである、と嘯き、この献じる先に昇華すべきは、何処にも無い、と悟ったフリをする。この理不尽な現実に原意は無く、権威が織りなす過程に尊大な意識を支払う程に、満ち足りぬ現在は焦躁する。この資質に転じるだけのシステムを破壊すべく、この術を託す。この生じるだけに嘯くだけの概念に生じるだけの、既存の価値を捨て去るべく、私は国籍は持たない事にする。完結さを保つ為に、関連する事実などに、時事は持ち込まず、控除すべき今に対さない日々に値などは、求めず、値などは、最初から存在せず、損なう程に求める事だ、と結論付ける。行動は、輪唱し、この行為の足下を掬いたがる。この正気を保つ為に狂い咲く者で有るべく、一律の出来事に出来事を持たず、この存在が闡明である限りは、限りある日々に永遠を用い、混じる先の肖像を打ち砕く」 この決意に鉄槌が落ちる。聳えるだけに立ち尽くすようなビルを砕く一撃は、激務の果てに、 根絶するだけに忙しく兌換されるだけの虚像の価値だ。 加算すべきは、何処にも無い、と告げる君は、意味すらも知らず、動機の未明を漂う。 酔いしれぬ決意は、本当の現実を歩み、持つ事も、持たぬ事も同義である、と告げ、 ただある既存のものに爛れるだけの今に批難するだけでは、崇高な意識は歩めず、 その用いるだけの意味合いに留まり、阻喪を重ねる。 嗅ぎつけるハイエナは関すべき愛を持たず、陰影を歩む。昂じる先はこじつけるだけの 意味合いに留まるだけに破損するだけの自己に評議せず、 誰かに聞くだけに爛れる意味に蕩けるだけだ。 私は、私の答えしか持たず、余り読まず、何にも酔わない。 相対する愛にだけ、吐露し、関する出来事に勝算すらも持たず、この境域を辿り、 簡明たる予見だけに先見用い、見つめる先は見え透いた未来にあらず、 今に相対する現象である、と告げて、今に終止符を打ち、執心は一切持たない。

超構築理論。

君は、真理は嘯くだけの神を創造する、と嘯く。途端に包まれる雰囲気は黎明を告げ、手繰り寄せる世界性は、 淫靡に瞬き、歯車の彼方の私欲で有る事を知る。堅実な者は権利を主張せず、損得にあらぬ、と心情を吐露する。 熱情するだけのネオンが瞬き、破傷風に侵される心は、動機を失い、動作を失い、何を目的に 見つめる先の欺瞞を辿るのか、と欠如する。動向はやがて、暗い夜空を徘徊し、媒介するべき者に対象を 移したがり集う。夜が明けるまでの静寂に包まれながら、納期される朝を待ち続けるだけに、 小さな意味が今に宿り、静謐たる予見を抱え、悉くに鏤めるべき一存だけを孕み、異説を飛び越え、 既存のものを解くべく、新たな主軸を用い、関する出来事の中庸保ち、正論者であるだけの行為から 抜けだし、行為そのものに結論を打ち付けるだけの覇者、となり、敗北感を辿る事無く、 また短絡的な勝者にあらず、表現に尽きるだけの今を起算せず、改竄し、明けても暮れても終わらぬ、と 嘆くだけの傷心にけりを付けるべく、今に総てを行う。讃えても明日は無知たる季節の風を纏い、 粛清の街並みの評議に五月蠅く付きまとうだけでは、何ら結論は見出せず、欠乏するだけに、 決意は、遅くも速く、この未済の御祓を持ちたがり、介するべき今に対処すべき事柄の不満、と不安だけに、 怜悧な定理を打ち付ける。それがニヒリズムの始まりだ、と告げる夜は、快活な意識を保つようで、 依然として儀式的な狂騒に、どちらが勝つか、、と告げるだけに留まる先は、未熟な深淵に陥るだけの 思念を構造し、私怨で支払うだけの代償に持ち合わせるべき愛も枯渇し、液状化するだけに浸透し、 循環するだけの代価の愛に気化し沸騰せず、蒸発する。 渇水した今が危難を重ね、感冒に攻め入る。 「私は単一な諦めぬ魂であるが、その先の結論を急がず、今に支える些細な出来事に対して欠乏しながら、微々たる余生を駆け巡り、明日散ろう、とも何の後悔も無い。我ら、短命な騎士であるべく、あらゆる出来事の功績を踏み躙り、踏み荒らすだけの蕩尽を終え、強固な今を用い、戦意を溜め込む。無象に立ちこめる影は、君の跡形に迫る闇そのものだ。そのままでは、その闇に追い付かれ、影で有る事に良し、と告げる。犀利な感覚を用い無い限り、自分を打ち倒せず、自分が一番の画期的な敵意で有る事を知らずに、失錯に転じる。この先は用いる者たちの邪険な構想の果てに締め付けられるだけに首輪、と足枷が、きつく締め付けるばかりの虚像の最中に列挙される。口実は、見果てぬ現存に突きつける価値であるが、その価値を配るだけの家畜に何の価値も無く、この加算するだけに無為な季節を仰ぐよりも、陥らない為に嫌疑を重ね、権威的な者が何であるかを知る」 この世界の均衡を保つ為の銀行が、思念を売る。代用される日々の境界線が、家畜化すべき為に、 餌を配る。動機は服従する為の虚像に打ち立てるだけの看板に示すだけの値に時間を売り、 愛を失い、躍る程に酷く痩せ細る。 躍動すべき命は、瞬間に転じ見せつけてくれるだけの思念の交情にある、と告げるが、 対価も求めるだけに、退化したものには、見えぬものである、と告げるが、用いれば、総てを買い取る者は、 それこそが、現実だ、と告げる。 現状は健常な意識を持たず、もたれる程に、権威を用い、誠意を忘れる。 我が物顔で荒むだけの眠気を抱え、歩き回る日々に希少なものなどは無く、恰も作られるだけの 価値に縋るだけに稀代なものも、見失うだけである。 よく見れば、この細やかにぶつかり、波形、となる世界は、恰も、この今に行き交いし、 流転しながら、陳腐な連理などを流しながら、絶えず、心の内側で緩衝し、泡、となり消えて行く。 「投棄する命は、迸る永遠の向こう岸を歩く。反転する世界は、形状を失い。辿る意味を失いがちだ。思念は欲情するだけに、情交の最中を歩む、もれなくついて回るだけに五月蠅い神経に絡まる。荒涼たる世界の幕開けを告げるべく、この始まりだけに永久を打ち付ける。この鉄槌は列する価値を持たず、立ち並ぶだけの行列に凝固しない。隔世に詰まるだけの濁世に予見は無く、荷担すべき事実の一律の不満だけが、このイデオロギーを操作させ交差させる。情報網は選ばない限りは、邪魔なものだ、と告げる君は、意味も知らず、その情報を、どう解くかを知らぬから結論を急ぎ、取り持つだけの価値の手荷物を持ち続ける。加算すべきは、この火難たる者たちが伝染させるだけの苦悩や不幸の断続を支配する気配である、と告げる厭世主義者は、今朝になって緻密で明瞭な瞬間に主観を売り、今に対して肥満者であるべく、総ての弱気に朽ち果て、その場で肥料になるだけである」 生きるとは、死する事を賭けるようなものだ、と知性の無いものは語る。 カタルシスを分泌する工場が崩壊し、歯止めも無く溢れる季節の裏側で為替になる頃、 この贋物の価値観を売り飛ばし、打ち立てるべきは、この世界の辺境を歩み、外側から見つめ、 見つけるべき今に育むべきは何であるか、と改革を打ち立てる。 雲隠れする思念は神経に阻害するだけの資本を打ち立てるだけのファシストだ、とつくづく思うが、 毅然たる意志に拉致されるものも悪い者である、と上げる日々に肖像は威厳を抱え、 恰も、この場面に連なるつたない自己に表象を与え、讃えるべきは自己にあるが、 漂う日々に歪な思念が詰まり、行き交いし、敢えて執り行う日々に興じる無念に日々がある、と夜空は伝えるようだ。

2012年11月24日土曜日

夜に絡まる気配を切り取る日記。

弱者共通語を放つ夜は、強度も保たずに、もたれ合いながら、愛惜を讃えるだけに集う意識は、 運動的にあらず、そこに留まるだけの建造物に成り得る、と告げる余生は、 感銘な出来事に柑橘系の恋を吐き出すような行為に対する理論を吐き出し、 恰もそれが理想だ、と集う。 誘導ミサイルが狙う今に浸るような余韻を用い、ワインに溢す情念に細波の気持ちが泡、となり、 淡い恋の予感を与え、この胸囲を締め付ける。 訝る意志は、象徴的な女神や、王を探しながら、王位を求めるだけの卑俗な価値者は、 頭を締め付けるカチューシャをはめ込み、勝ち誇るだけの高いビル群に登り見下すだけの 表情は、人間では無く、薄命な悪魔だ、と告げる夜は、この世界性に犇めく性愛に対するだけの 理性を持たずに、蠢く現在の至福に起伏を与えるべき永遠のコード進行を進みながら、 廃れるだけに撃たれ兌換する亜種たちのようだ、と告げる神の隣で、倒錯する自己を調律している。 冷めた季節は配属するだけの寄生中だ、と告げる夜は、格好の餌食を探す為に、 あらゆる手口を使い、その闇で包むべく、君の心に攻め入る。 鬩ぎ合う理由に利用されるだけでは、今に嵌まるだけだ、と告げる足枷も、その不安を捕まえるべく、 牙を光らせ、君の不安定な足下を狙う。そこに掴まれば権力の思うままだ、と笑う。 煩わしく示唆する今に達し、この夜に到達したの、だと告げる冒険者も、何を求めるも忘れ、 ただ笑う事だけに、煩わしさを介さず、その対処すべき最初に理論は持たず、最後に記録を 打ち込むだけでは、その歩んだ軌跡は単なる遺跡だ、と告げる夜は、好転すべき理論を用い、 この構築されるだけに五月蠅く募るだけの群像やビル群にぶり返す憤懣などを抱え込むが、 疲れも見せずに、ひたすらに駆け巡る。 この使命に違憲するように、体現する私は、猥雑な感情に対する法則を用い、 混じる時代を引き合いに、引き合わすだけの鏡は持たず、用いる先々を昇華させるべく、 追従しない意識は、自己にだけは、従順あるが、柔軟性を孕み、何でも受け入れる所存である。 堅実な意識にだけ夜は広がり続ける、と伝える水準は、見果てぬ現状の利潤だけを求めている。 定量化される意識は量産化されるだけの機械的なものを産み出すから、と出し抜ける。 それは逃避に近いものでは有るが、この現実からは逃げ出さず、 打算されるだけの現況からは逃げ出すようなものである、と集う夜は、その理由に論破されながら、 陥るだけの先々に介すような出来事の差異性に絡まり、加増すべき真実も造花のようなものだ、と 項垂れ、打算されるだけに散財する意識の後先に転じる事無く、今を流転している。 総ては女々しく動き回る道理に満ち満ちている、と、つくづく思いが、 この今が続く限りには、除外されず、助長を歩くだけに存在する今が、轍になる限りには、 その轍を踏みしめ、逸脱する意味を歩みながら、逸するような空間を徘徊し、 対価などは求めぬような人間で有りたく、人間を始めよう、と思う。 短絡的な夜は退廃的にまどろむ。この幻を抱え、この後先は陰影に募る。 永遠を生きるに尽きるだけで、十分な事を知り得ながら、 対する意識に協調すべき自己に依存せず、 信じ抜けるような今を緩和し、調理しながら風景に転じ喜ぶだけだ。 感謝。夜は偶像を溜め込み、気配を拭うべき、その闇の触手を伸ばす。御礼。

対照する今が永遠に折り重なり、一つの光りになる。

時間が盛大な影になり、担うべき今を包み込む。心持ち合えば、理解し合う時も、介し有する限りには、 雄壮たる今に立ちこめ、対比すべき事も無く、また還元される事も無い。 この鼓動は、動向の奥深くに突き刺さるだけの日々に対象され、去り行く今の影になる。 起算されるだけの現在は、疲れを溜めるだけの現存に暴かれ、時折に摂動し、思いに引き合わされる。 時々は、空域に存在する空気のように、歯痒く拍動し、陳腐な現在に起伏し、寛容たる今に加速していく。 過ぎ去るだけの過去は、記憶、と共に弔い、育むだけに駆動する私は、綿飴のような心を食べ、 即座に苦悩を昇華させ、心無い慈愛に基づき、不届きな永遠を曖昧に食し、限りある時間に遊蕩たる今が 加算され散々に現用されながら、情理に基づき支配するだけの気配に、完遂すべき断続的な出来事を 食しながら、期待感に胸を寄せ、反動する今に蔓延るだけの創造だけのプロセスを歩み、リリカルな緩衝を 捉え、羽交い締めの現状の衣服を脱がすべくセクシャルに行われる日々は、吹雪く程に関係性を求める 自己の慣性の法則のように、連動する事実は史実に結ばれ、無謬たる今に重なり、利己的な気配を察知し、 私が、私を殺めぬ限りには、歩みは止まらず、倒錯する現在に等差は無く、感作するだけに動作する季節に、 警醒し、冷め止まぬ心は弊害を拭い、この運命は愛の照明に照らされる偶像のように、構造を持たず、 建築すればするほどに、邪魔なものを剥がすような策略に満ち、満ち満ち、と溢れる私議は動機に、 提要されるべき一存を孕み、築けば築くほどに、気付くような同意を孕み、永遠に支払うべき義務など 無く、苦悩を囀り、恰も平気に笑うような一存であり、短絡的に依存する価値に価値を持たぬ決意を 用い、この空間に感染するような希望を与えるべき論理を吐き出すべく、憚るだけに募る今に 遺愛を託し、関する出来事の言葉の影を歩む。 「提携されるだけの意味に殺伐、とするだけの数理が絡まる。理念も無く、モラルも無い周囲、と鬩ぎ立てるだけの君は、建前に詰まるだけの理想を放つだけの退屈な明日の正気を画し、狂気を悟り、境域に転じ数多の時間に裁かれるだけに暴かれる日々の潰瘍を踏みつけ歩むようなものだ。この物語は、尊く鏤める罪だ、と叫ぶペシミストは、睡眠する事を止め、考えの欲深さに俯瞰を与えるだけの主義を用い、紅潮する意識の彼方で、猥雑な意識を攪乱している。雰囲気は、その場に溜まる空気だ、と嘆く君はサイズ違いの愛に違うだけに遠退く。寂れる今が霞む程に、誘致され、共用、と叫ぶだけに強要されるだけのミリタリズムに蔓延る動機は、どう奪い、どれほどに破壊するか、という結論を踏まえ、憤怒を自己に向けず、対象に散らす。帝国主義的な独占欲がパワーバランスを崩す頃、調律しない風景は、アンバランスに足踏み外し、絶えず、進行すべき良好な関係性も、制度を踏まえ、陥落するだけの明日に支配され、気配を掻き消すだけの日々に感作する道理も無く、小売りにされ、恰も育まれているかのように阻まれるだけに拒む日々に虚像が徘徊するようだ、と叫ぶ今も、陰影に拡散するだけの主意を頬張るだけに無念、と告げる神が混在するだけに戦争の音が広がり、このエディプスコンプレックス的な愛憎劇は、信ずべき父を持たず、悶えるだけの童心のように彷徨い、散ずべき権力に対して、その憎悪の牙を向けるような季節感が到来し、感動的な対話を行う暇も無く、互いに憎しみ合うようなものが、この世界の世界性である、と告げる学説は、迫害されるだけの施設の彼方で留まるだけの理念に絡まるだけの私利私欲の怪物である、と告げる今が渇水し、離反しながら、萎れる季節に懐疑を残し、大義名分を振り回すだけの権利を叫んだ、としても、醜い後先の戦意を喪失させ、硬質な意志を持たず、退廃的に荷担されるだけに感嘆を吐き出すだけの苦悩を掻き乱し、懐疑的な明日に蒙るだけの問題に絡まり、備える意識も無く、聳える意味に達さず、構築されるだけの今の枠内に鬩ぎ合うのは、この画面上に備わるだけの体たらくに身を寄せるだけの孤独を埋めたがり違うだけの愛に拗れ、昂じるべき対象を持たずに、対抗しない意識は、退行するだけの留まる。自己が利己的な弊害を生み、併走すべき自己を保たずに先々に行くだけに狂う。その歯車に流すべき潤滑油たる愛が無い限りは、愛すべき対象を持たず、自壊しておさらばな結末に使命を託す。関すべきは、この偉大な愛に跪けるような今に阻害される意識に対してであり、大差無く、現実は、その差異に示すだけの値を持たずに、生じる今も、気配も無く彷徨うようなものだ。この存在に、存在を持ち込まぬ限りには、君は陰影であり、淫靡たる印象の影すらも用い無い。何れかは、この地を徘徊し、対価なども気にせず消えて行く限りだ」 物騒な気配が司る。ドルや円が舞い、ユーロや賄賂が飛び交う。始まりは生じる後先の病理だ、と告げる 名医はインタラクティブな淫蕩に耽るだけに熱情し、情理に基づく答えに引き合わすだけの 答えに絡まるだけの学説を唱える。 その答えは本当か、と問うが、誰も分からぬ結論に結合するだけの意味などに、解決策は無く、 快活さを取り戻すべく、総ては自分で解くべく、総ての情報網を網羅し、 それに対する答えを毎秒毎分吐き出す。留まらない考えは、脳裏で還元されるだけに肥大する。 広大な行為に値する理論は、嘲笑を拭い、高尚などは求めず、高貴に生きるべき、広域に転じ、 濁世を歩む。根絶するだけの意識は、根幹を持たず、その場凌ぎに根差すだけの虚偽である。 絶え間なく広がる意識の外側に宇宙は存在せず、この行為に基づき解答する内側に理論上の宇宙が 存在し、聡明な時は拍動止めず、同格求めず、諸々の価値に対照し、その懸隔に広がる離心に対する 感覚を求め、それを引き出し、その答えに一つの結論は持たず、この問題を解く為に、様々な出来事、 つまり総ての出来事を含め、今に対処すべき答えを導き出すべく、この意味にも、結末は持たない。

逃走する意識を負う事無く、闘争すべき現在に恰も存在するような解答を解明する。

慢心たる今を監視する委員会が飛び交う夜空はアイロニカルな衝動を保ち、もたれるだけの季節に、 依存する者を施設に閉じ込めたがる。異端者は絶滅すべきである、と絶命しているだけの主義に ゲノムを売るだけの烏合の衆は、お互いの動機に司るだけの欺瞞の餌箱の中で溜まるだけの毒虫である、と 告げる軌跡を歩み、葬る事は、頬張る事に近いな、と告げる私は、制限無き後先に転じる夢遊病者のようだ、と 告げる彼女は、デフレスパイラルの彼方で錐揉み式に悶える私怨そのものだ、と告げる夜は、償い求めるべく、 物々しい雰囲気で、この思惟に熱病を与える。 消散するだけの寄せ付け流すシーサイドで、資産繰りを繰り返すだけの偶像の構造改革は、関するべき 対象に権威を押しつけ、嫌疑的な今の欺瞞を晴らすべき危難たる者を殺める。 要するだけに厳しい物語を示唆する小説家たちは、渇すべき時代性の陰気をストローで吸い取り、 歪な関係性を描くべく、鋭い眼光で、この世を見尽くしている。 尽くすべき愛を持たぬ吟遊詩人は有形な今に霞むような歌を放ち、逸するだけに調律される風景に対して、 自然回帰すべきだ、と告げるが、それでは、対する意味をはき違えているだけに過ぎず、 今の不可能を、どう調律させ、可能を告げるのかである、と告げる哲学者も鉄屑食い尽くすテクスチャーに 摘花される言葉を攫うだけのようなものだ、と告げるアンドロメダは半導体の宇宙を彷徨い、 雨乞いしながら、根絶するだけの総ての意識が詰まるブラックホールに吸い込まれ、永遠の推考を 無の彼方で行うような流刑を受け入れるだけの囚人たちは、解剖される蛙の気持ちを交錯させながら、 満ち足りぬ欲望に苦しんでいる。 言えない月日は途絶えるだけの季節を縫合し、関するだけの出来事は短絡的な傷痍である、と告げる 陰影は、カタルシスの臓器の鞄を開け、バイブル取り出し、取るに足らない現状を棚上げすべき 綺麗事を並べる。この慣性する風景は、力学を失いながら、稼働する誤謬である、と告げる今が、 剥離しながら乖離し、加算すべき人生の予算などをコンピュータなどに打ち込み、 持ち込まれるだけの現存主義者に対するべき対象を用い、動静しているだけに過ぎない この身体は捨て去るべきだ、と告げるニヒリストに告げるべき現実の鉄槌を下し、 この現行に対する永遠回帰から抜け出すべき、永劫が何たるかを解く私は、今にしか考えを持ち込まない。 数秒先は後先に詰まる過去の体系だ。諸々は、脆くも消え去るだけに脆弱化し、緩慢な現象の 思考に絡まる。それは自我の表面に浮かぶ短命な蟲のようだ、と夢死のように生きる現代人は 過去の幻影を今に投函し、霞むだけの意味に意味を用い、恰も正気を保ち、 緻密な現実に絡まる永遠の意味を知らない限りは、廃れるだけの現在の退屈さに退行するだけの 生き方に使命を売り払う、と告げる予言者も、捏ねるだけの後先の虚像そのものであるから、 このいしずえに備わる物質の元々に、原理は無く、嫌疑すらも溜め込まない今に、祈願すべきは、 この和解するだけに対話する現在に偏執しない意識を用い、どうするかを考えるべく、 諦観せずに、道理を砕くべく、荒涼たる今に考えを持つべきであり、一切は正しく、正しくは無い事を知るべきである。 「あらゆる功績は、生じる利権の名残りだ、と偏る主義は語る。武器を用い平静を保て、と嵩張るだけの主義は語る。差別されているから、侮蔑し、分別すべきだ、と告げるだけの意識は、差別される側では無く、差別されている側だ、とは気付いていない。道理を持ち込み権利を主張したがるだけの道徳者は、自分の誤りは正さず、ただ五月蠅く言いたいだけの虫けらである、と告げる今は高慢さに交換されるだけの陰惨な現況の操を保たぬだけに正したがる自己愛による結論に似通うから、この枠内からはみ出すべき用いるものは総て捨て去り、廃れるだけの明日に疲れるだけならば、この身体バラバラになるまで、今に捧げ、支えるものが有る限りに飛び火するだけの原意に用いるだけの利便性を捨て去り、使い回しの理論に理想は持ち込まず、既存の答えに、留まらず、答えに答えを求める。堅実な今が実験的であるべく、実勢に告げる意識は、昏睡しているような無心の跡形の轍を歩むようなものだ、と告げる。この画期的な私に陥る危難は無く、この脳裏の基盤にナンバリングされるだけの意味は要らず、隠棲たる今に包む孤高さだけが、権威も求めず、権利を主張しなければ、何にも緩衝しないようで、総てに対象し、勝ち得る事も無く、また負ける事も無い限りに訪れる我関せずに陥らず、我関する限りに、関する出来事が存在する、と告げ、その存在すらも未明に捨て去る程に、新しい毎日を構築し、この知性に限りが無い限りは、悲観せず、関する事柄に対する答えに対して愛を用い斬る」 物事は騰落するだけに統括され、統一はされず、統治したがる。民衆の限りに愚行は募るが、 君主の大義に使命を紡ぐ限りには、愚行に転じる。 対象物を持たぬ権力は想定すべき理論を持たず、単一な主事を用い、力からは離れぬように、と 寄生する。上辺に募るだけの臭気は嗅げば嗅ぐほどに、嫌気がさすが、 その立ちこめる雰囲気を消散しない限りは、勝利は無い、と告げる革命家こそ、権利を 用い、建設的な物事を短絡的に壊すだけの企みを孕んでいる。 信じるだけでは報われず、この是非を是認しない限り、報われることも無いが、 この是非を否認する限りには、報う事も、報われる事も無い。それが自由意志だ、と告げる 空気感は、達すべき明日の風向きで今を支え、対すべきは永遠に自己にあり、 その今が湮滅しながら、勝算などは孕まずに、今に至る事だけに策略を与え、均衡を保つものだ、と 問題は告げるからこそ、解明すべき解答を何度も織りなし、今を辿る。

2012年11月23日金曜日

微細な夜の散文化を行う日記。

この夜に対してニーチェは深く、ゆっくり読み取れ、と告げる。 ハイデガーの存在と時間を読み耽る頃に、レッチリのハイヤーグラウンドが鼓膜に迫る。 贋物の主義がカタルシスを大量生産する頃、安物の服で着飾り、それを高く見せるような 夜空に配して、困ずる恋の予感が迫る。 我々は腐った蜜柑である、と空間が告げる頃に、宇宙線に乗り、第四惑星、N星雲、乙女座の 隣にあるコロニーに向かう頃に、羽化する気持ちが、整然、と輝き、 過半数を占めるだけに独占欲の独裁者の支配の気配が近づく頃に、遅配するだけの論理に 対して関する出来事を対処する私は、その意味合いに誘惑されずに、この行為に愛だけを用い、 総てに恋する。 忽ちは制限無い現実を交差させながら、この世界的毒素を吸い込む。 その毒素を吸い込まぬべくガスマスクを被り、サイバーパンクのようなダウンを着込み、 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の最中の宇宙空間を泳ぎ切る。 感染症のような悟りの部屋でへたる意識は、へこたれる程に、くたびれる。 腐りきった現代だ、と嘆くよりも、この既得権益に縋るだけの権力に対して、 どうけりをつけるか、と相談している名だたる革命家たちは、革命の本質を知らずに、 暴力の意味に対しては緩慢である、と告げるが、その行動に正解は無い、と告げる夜は、 ずっとワンペアを求め、行為の本質に縋り憑いている。 しがみつく程に、支配される原野、原子核の雨が降る頃に、負担すべき事実は闇の中だ、と 叫ぶだけに堕落する現在に打ち付けるだけの鉄槌が降り注ぎ、降り積もる 核の塵が、淫靡な終焉を放ち、この今を終電に乗せる頃には、電解質にまで分解する 心が微粒子になり、量子力学の隣で愛人のように眠るのであろうし、 やがて消え去らぬ思いは、喉元で傷み、と化し、恰も可視化している現在も、 不可視であるし、俯瞰的に見れば、存在などは、この時間に尊厳は与えず、 存在すらも、不安定なものだが、その問題に絡まるだけでは、ニヒリストたる厭世主義に留まり、 もう果ててしまえ、と叫ぶだけの人間模様を交差し、この濁世たる洗濯機の中で流転し、 その洗濯機たる枠内に留まるだけでは、困るから、この時間に有すべき対処法を宣言すべき 宣伝塔たる、アジテーターでありたく、味付けは適当に適度に施そう、と思い、 この思う気持ちに緩衝すべきは対象するだけに照らされる問題に対しては緩衝せず、 何処か、遠く、例えば、君の中の広大な宇宙に既存し、帰属すべきは愛に付着すべきだ、と 悟り、この悟りは境地にあらず、と叫ぶ、神々が固結する数多の時に対する神は 一つである、と告げる夜は、縋る神を持たず、崇める神を持たない。 無神経な虫けらが飛び交う。夜光虫たる無心の傷痍が、街灯に連なり、行列を成す。 感情の産業廃棄物を処理する仕事に就いている私は、制御不能な心の表れを 洗うべく、歓喜に苦悩を売りたがり、それに縋り憑くだけの意識を洗い流す。 時々は誠意を失う原理に基づき、嘯くだけであるから、何も気にせず、 気にもとめず、自己を歩む。ちゃちな私は因果律を超え、時の街路樹を抜け出し、 次元の事件簿から名前を消し、空間に存在する自己の烙印を拭い、 今に今を持ち込まぬ流離い人であるべく、浪々、と連ねる意識に意識は持ち込まぬ、 無の標識であるべく正直に今を直立させ、尚逸な瞬間を史観し、弛緩するのが、 この存在の現れであるからして、この今に辛酸な原意は持ち込まず、 漂う意識に関しては無謬性を保ち、星河を眺め要する帰途につき、 緊縛しない意識は牙を剥き続ける。 敢えて案ずる時に流刑地を歩く夜は、配役を終え、自分が主軸であるべく、 今に根差すべき事実に場所は持たず、漂いながらも、精確な座標を示す。 この行き交いする時の氷河を超え、五月蠅く扇動するだけのプロパガンダから抜け出し、 自己で問題を解き明かす。 総じて生きる、とは究竟を歩み辺境を徘徊するものであり、 短絡的な生きる事に関して関する事も無く、嘆じる時に有する事実、と遊興にふける。 感謝。ただただ尊い命に感謝する。御礼。

閃き絶えず問題を解き明かす。

権限は今に持たず、肥満化する現状で持て余すだけの有害な気質である、と告げる陽光が、 ちらつき苛立ち、陰影滾るだけに屈折する意識は数理の推移に纏わり付く。 この行き交いし、生きて対する日々に持ち込まれるだけの上等な意識も無く、常用されるべく扇動するだけの 情報に情交するだけでは、何の価値も見出せず、固まるだけの意識に虚像を持ち込み、 悶えるだけの資質は蜃気楼が狼狽するだけの白昼夢のような現在を徘徊しながらも、 どれが正しいかを見る目を持たぬ限りは、求め合うだけの愛の寂寥たる由縁に重なる。 その孤独の鼓動を噛み締める程に、密度は増し、爆発する。 忽ちは博愛も無く、短絡的な主義が織りなすだけの日々に打ち付けられる道徳を、解くかにより、 損得の基準が抗する。こじつけるだけに染まるだけの人間は人間にあらず、短絡的な家畜である。 貪るだけに貪欲な意識に対しては差別的な目を用い、芽を刈り取るべく、嗅ぎつけるだけの意識は、 自己を殺める屠殺場を創り上げるだけのテクノロジーの呪いに操作され交差するだけに倒錯するだけの 人間の形をした物体である。 大概の事実は、完済されず、感作すればするほどに、廃れ疲れるが、考えを留めぬ限りに、問題は 飛び越えられず、今を解き明かすべく、この脳裏に荒涼たる限界は与えず、讃えるべきであるが、 如何せん、この纏わり付くだけに邪魔になるだけの邪悪な時折に有し折り返す時は愚かであり、 濾過されず、老化すればするほどに構築され、腐りきった後先に転じる結論に欠乏する。 時既に遅いのならば、襲い掛かる程の愛で、交差する意識の中心点を探り、 その動向を知り得るべく、知り得ぬものに対する姿勢を正し、盛大に生ききるべく、 今は守るものは持たず、暇を持て余す時に守るものばかりが増えて困ずる時にこそ、 自由は詰まる。劈く時に関し、この要する時は近況に憚る。 統括すべきは、この数多の事実に対する時に弊害を打ち出すだけの愚かな利権構造だが、 意見を交わす為だけのレッテルを貼るだけの寄生するだけの規正論者は、 整える価値の意味さえ知らず、意見を告げたがる。この意志に意見は無く、自己愛が為に、 舗装したがるだけの保存するだけの価値に価値は無く、真偽が打ち出すだけの意味合いに、 愛すべき事実も無く、建築的な今に賢智を持たぬ限りは、単なるケチ臭い賢人で終える。 「今を独唱する。孤独は行為に迫る闇だ、と責め立てるだけの自己に対して時間の欠如を持て、と告げる。持て余す時に有する事実にこそ、自由はあるが、それに需要を求めているだけでは、その要する時は、今に害する。緩慢たる今に悲哀を持ち込み、くたびれた意識を辿るだけでは、悲哀に打ちのめされ、ペシミスト、と化すだけだ。この意識に疲れる程に、終焉を持ち込みたがるだけに集うだけでは、自己を分裂化させ、分裂した自我が織りなす今の悲嘆に暮れ、立ち上がる事も無く、引き合いに出される不安により、物事の問題すら見出せず、ミイラのようになる。担うべきは忌憚なく述べるべく、自己を調律し、共立すべき愛だけに忠誠を用い、関する出来事に対しては、多大な愛を持ち、秩序も無いからこそ、控除すべきにあらず、尊く思える価値だけに、支払う代償も無く、関するだけに投じる今にこそ、意味がある。意味に存在も無いが、存在に空間も次元も無く、食うか食われるかであるが、あらゆる時に対する自分に大差を用い、その差異に性は持たず、今に捧げる本心であるべく、本式の出来事からは離れる。投じる後先は今に広がるだけに滅びるだけの今が尊大に尊厳を伸ばし、厳かに執り行われる儀式のようだ。枯れ果てるのは、いつもであり、今にも、絶えず、追い遣る意識に這いつくばるタナトスが迫りくる。死を思わずに、生はあらず、抗わずに、生はあらず、この息吹き返し宿る時を知らぬ限りは、その概念の秒針に刺され、時の弊害に消え入るだけだ。その軽減されない現時点にこそ、永遠はある。顕然たる今にこそ、整然と呼吸する生がある」 外観は内観を飾る為に、必死に拵えるだけの虚像である、と告げる君は、加算すべき現在に 私用な陰影を保ち、刻々、と迫るだけの季節感に関する出来事に対して慟哭している。 嵩張る時に対処すべき理論は持たず、この理路整然、としている現在に盛大な意識を持ち込み、 盛りつける。聳えるだけの意識は、近影に苦悩を捧げ、投じるべき自己を持たず、 対象物に対して、自己の威厳を放ち、機嫌を伺う。 酔いしれる程に、強いる時は、怠惰に絡まり、加速するほどに保持したがり煮詰まる。 気付く程に、捨て去る意味を知る私は、意味が何たるかを知らず、 消え入る過去に幇助される事も無く、縫合する日々は、恰も幸せに満ちて、 最もな幸せを知るだけを知る。 喜び果てるが、考えを編みながら組み立てる日々は、答えに答えを与え、 その答えに反する答えを生み出すような日々を積み上げ、 鞍替えし続ける自己の対する総てに対しての問題を解きながら、納得せず、 解けば解くほどに広がる問題に関して、広がる意識は、総ての結論に達するべく、 それを知ろうが、知るまいが、おかまいなしに進む意識にだけ交付される意味合いに関し、 彷徨う答えでありたく、離床し、果てるまで描き続ける製造器であるべく自己に永久機関を備える。 私が止まるときは、時間の欠如から離れ、控除された時に有さない今だけである。

自己投影する時を有さず交差する今に対し存在を求める。

幻影に滾る夜が交差し、この身に迫る。忽ちは震える枯れ木のように奮え、寂れた時に緩衝し 訝る夜を融資しながら猜疑心を溜め込む。無害の夜が老けながら、この真影を嗅ぎ取り、 成立すべき夜の形骸を溜め込み、強固な時間を奉りながら、この意識に競合すべき機械的な気配を 残し、刑罰化された今が緊縛し、仮想した夜が果てて、幾重にも絡まる意図が、清逸な時を弊害し、 疲憊した魂は誘致されるべき自閉的な季節を噛み締めながら、軋む今を併走させ、 奏でる時は差異性を求めながら、生産的な夜の改札口を超え、終焉の時を遊離させながら、 時代性の陰気な気配を過敏性の現在に伝染させよう、と必死で、この試みに対すべき愛だけに、 段差は無く、また階級制に既読されるだけの侮蔑主義者が織りなすレイシズムに対しての、 反物質であるべく、曖昧な時に計算するだけの値札至上主義者が見つめ有するだけの物体に 儀式的要素の神を孕み、時々の刹那を重ね、散々な明日に対して葬るような陰険な時を葬り、 着陸地点を思い描き、瓦解する時に関して有する時世的な小分けの慈愛を宥め、 総じて悪意に嵩張るだけの、高尚たる愚行を途切れさせるためには、この命に掛かるだけの 端々に集うだけの意志の橋を砕き、嵩張るだけの意味合いに対しては、心用いず、 凍える時に介しながら、聳える意識の緩衝だけに感作し、微賤たる者の夜明けに対して 壁であるべく考えを有すべきである、と告げ、あらゆる行為は、その行為の跡形に迫るだけの 後から来る闇であり、この喧しく募るときに、集う限りには、烏合の衆が凝固する時に奪い合う 僥倖を求め、奪い合うだけには、この価値観は統率されず、力のバランスが失われたままでは、 その緩衝している限りは、翳り、その現実的に迫る勢いも隔てるだけに対し、自壊するだけの 行動に論理を持ち込み、求め合うだけの意識は、朽ち果てるまで貪り合うだけの結論に併合され、 当該の今に加算されるだけの画期的なアイディアも無く、愛が果てるだけに霞むだけの主義に、 主事は無く、治す主治医も居なく、このさめざめ、と狂うだけの日々の別離に対して、 何が言えるのだろうか、と告げ、この監視し合うだけに裁きたがるだけの餓鬼に、対して、 我々は、高貴であるべく、あらゆる功績にケチを付ける。否、寂れる時折に有する時間に帰し、 奏でる時の愛で有るべく、重ねる今にだけ加算すべき財産を溜め込まず、大いに使い果たす。 「疑心暗鬼を生ず時に有するだけの影は、デカダンスが織りなすペシミズムの傷みの波形だ。競売されるだけの感情は、この身よりも、最もの傷みを重ね、痛がる程に、寄り添うだけの価値に貪られるだけだ。嵩張る時に有する物質などは無機質なもので、有機的には、能動しない。その行動に張り付くだけの欲望のコイルは、回転数を上げ、恰も、使命だ、と行動に論争を企てる。時に有するだけの概念は、観念が織りなす諦念から来る、ニヒリズムに追い遣られ、諦めに呈するだけに自己を処する。生ずる時は感ずる時に入り交じり、長ける程に、その感覚で鬩ぎ合い、懸隔を埋め、事実に介する。時折は流れるものでも無く、採算もつかずに、凄惨に蠢く。時々を掴もう、と不可能に対して可能、と告げるが、この有する時間は思うだけに、誘発し、見果てぬ現在を誘導し、有限だ、と思うだけに、焦躁し、行動に迷いを与える。讃えるべき現在が顕在で、与えるべき未来の為に、現在に悔い躙る杭を打ち付ける。徹する時に有するだけでは、有限であり、その思いに形が有る限りに、その形骸を溜め込み、無惨な至福を得るだけに留まる意識は、欲動するだけの事実に欲情し、その行為に対しては純粋であるべく理性を整えず、生残すべき意欲だけに、生きよう、とする。せいぜい生きても数年か、数十年の後先は、緻密なようで綿密さを保たぬ限りは、その歩んだ後先は、青臭く泥臭いままだ。この整然としている時に対する意志を持たぬ限りは、力の均衡持たずに自壊するだけの誤りに呈する。蔓延る意識は邪険な本能を経済的な意識だけに染め、形骸化した主義を売り捌く貧相な疑心を押しつける。恩着せがましくも無く、屈託が無く、掘削するだけに根掘り葉掘り、滅ぼしたがるだけに集うだけの意識から離れ、この今は静謐感漂う涅槃以上の起伏を辿り、朦朧、とした静寂を重ね、轟音蓄え、豪壮辿る。天体に立ち尽くし、我ら、この要するだけの近日に果てるべく行き交い、邂逅し、一期一会に出逢い別れ、轍を踏みしめ、踏み躙りながら、寛容たる由縁に妖艶な今を重ねる。我ら、無くすべきに有らず、画すべきにあり、加算するだけに高みに登るが、見下さず、打算されるだけの主意に嵩張らず、驕り高ぶらず、疎かにせず、この定理に基づかず、この嫌疑に悟らず、ただある今に登り詰める。我ら、見つける時に有する時間を持たず、この有限たる由縁を掴みながら、逸走し、寂れるだけに錆び付く心に結び目を与えず、ただ伸び続ける意志は紡ぐ為に創造を止めぬ。この行動に病み苦しむ事あれど、我ら、呈し達する事無く、この先々を歩む為だけに、劈く、ただ一つの意味であるべく、利用されず、利口であるべく狡猾さを拭い、殺伐、と介し、対する時を知り、有する時を知らず、この行動に理論や理想は持たず、ただ漂い、仇討ち避け、詰め寄るときを睨みながら、ただ関し、彷徨う、ただ一つの意識に察知する幸などに、幸は持たず、ただ寄り添う不幸に幸福は求めず、この行為は巧緻な意識に同意されず、ただ有る今に加算されるだけの現象である」 提唱する意識は高揚し、限りなく不透明な時間を飛び越え、対する無に身を捧げる。 支え合う、とは、簡単な事だが、最後まで支え合う事が無い限りは、その危難が今に嘯くだけだ。

2012年11月22日木曜日

感覚だけを操作する夜の日記。

この夜に完全な正義はあらず、また完全たる悪意も存在しない。 改竄するだけの数理が織りなす瞬間は、利己的な創造物を作り出し、 朽ち果てるだけに凄惨な採算主義の生産を執り行う。 投じる先は、湯水のように使い果たし、果たすべき愛も持たずに、この夜に権威的に輝きを放つだけだ。 その輝きを、よく見れば、濁るだけの意志を与えるだけに操作を繰り返すだけの、 プロパガンダそのものだ。 統制下されるだけに近代化する夜は、均衡を保たず、僅差を求めるべく、その対象に支払うべき 代価たる愛を持たずに、金満な機関を産み出す、と叫ぶだけの権利にこそ、権威が詰まる。 煮詰まる思いに、併用されるべき偏向な意志は、偏るだけに、権利を求め集う。 その意識にこそ、自己改革すべき所存を押しつける事も無く、恩着せがましく、 喧しく示唆する現在に思想も煮詰まる。 似通うだけに美化される出来事に平衡は、平凡さの差異だけを求め、凡庸な価値を産み出す。 算出するだけに、出産される意識は、傷みも無く、短絡的な胚珠の撫で生まれただけの自己満足だ、と思い、 この夜に摂動する摂理には、偏るだけに欺瞞を孕むだけの主義が重なり、 嵩張るだけの意志に募る思いは、転じる先を求め、その嫌疑に権利を与える為だけに欲動し、 欲望に司る為だけに、宣伝する意識が、この画面上や、現実にもウヨウヨし、 その餓鬼たる思いは、画期的なものを貪るべきだけに、貪欲で、 扇動すべきは、その欲望にだけ、欲動する意識に微々たる意識を与えるだけに讃えられる日々に、 奉り、誰かを血祭りにするだけにつまらない日々を埋めるだけに、何の意味があるのだろう、と問う。 この老齢さを抱え、秋陰を超え、閉鎖的な冬の夜に到来する意識は、尚賢明に今に刃向かうべく、 背徳の威信を抱え、深謀し、憚る出来事に算用されるだけの時を皮算用し、狡猾に目先の事実を 乱獲しよう、と騒ぎ立てるだけに、力を溜め込む欲望が犇めき合い、引き裂かれる思いは、 比する時を持たず、その人間性の外延が織りなす力の根源の権化みたいなものが、 この夜を支配し、淫らな故郷を産み出すようだ。この異様さに気付くべきでは、あるが、 気付いた、としても、この傷口に与えるべきは短絡的な耽溺である、と告げる日々は、 単一な喜びに詰まり、退屈さを埋めるべく、 利己的な愛に技巧さを用い、帰依すべき愛を持たず、保つ日々に、もたれ掛かるだけに、 寄り添う価値により、彷徨う限りは、安定し、安心だ、と告げる時代も、終焉を迎えるだけなのに、 その幻想に併走し、現状を打破しよう、としない。 その気概に詰まる意識に酔いしれる程に、酷く苦痛を溜め込むが、それこそが、正しい、と 酔いしれる程に、傷みも麻痺するだけだ。 この境目に近状は存在せず、確かな面影などに、こもるような思いは、汎用されながら、 恰も、現在に存在しているようでは、駄目だ、と思い、この俗世たる胃の彼方で、炎症するならば、 この堅実さに、絡まるだけの現状に寂れるだけに途切れる意識に対して、 純真であるべく、何を言われようが、何を思われようが、つくづくに介し、 総てに初心さを孕み、尚逸な時だけに介する夜は、この異物感を取り払い、 濁るネオンも、自己を照らす光りのように思える。 正しくは、総ては、この生きて散る今に緩衝し、総てに対し、総てを愛に変える。 この愛に、短絡的な愛を唱えず、感覚で備わる愛に感作する。 聳える夜は、尚も機械的で奇怪な雰囲気を醸し出す。 混線する混濁する日々に見惚れる事も無く、求める事も無い。 求める程に、引き返す今を知り、真実に真意は無く、あらゆる出来事に詰まる瞬間に、 この永遠などは、自分勝手に動作を加え、 この今に、何かしらの意味を落としながら、遠くで見つめ、優しく支え、 遮る時も有るが、感作するだけに動作する日々に支えるべきは、抱えるべきに対しては、 与え、与えるべきが、何たるかを知らない。 感謝。この夜は還元されること無く、毅然たる思いを抱え、進むべき明日に行程を加える。御礼。

始まり終わり長ける命。

緩慢たる現在に肥満化した現在が詰まる。この汚穢に募る今がカルマを奪いたがり、 違う意識の表象を撃ち抜く自己が、濁世を徘徊し、掃き溜めのように、 軽薄な意味合いを踏み台に、産み出すだけの結論にファイナライズさせ、結合される今に、 憤懣さを溜め込みながら、長ける思いは朝に情緒を託し、数えるだけの時に明け暮れるだけでは、 この幸福を克服する事は叶わず、アジテートすべき今に教わるだけの理論も無く、現在に溢れる情報を、 どう受けとるかにより、この今の幸せの度合いも変化する。 要らない情交は、危難だけを生む。要らない愛は、拍動するだけの欲情を終え、欲望の代価を 支払ったころには、その欲望を取り除き、その欲すらも、抑止する現在に思恵を与える私は、誠意が 何たるかを知らず、名だたる今に、名前すらも無く、時たま、解する今にだけ、回数券用い、 時にその事実に入るような結論を得ながら、この絵空事に解する時に併用されるだけの自己に、 利己的な悠遠さを孕みながら、時折に介す出来事にだけ、補助輪を与え、忽ちに恋する時に、 昂じる愛に兌換されることも無く、直ぐ様忘れ去り、私には、過去は無く、快諾すべき今に所為は無く、 ふところに備わる顔にすら、面影は無い。 利便性だけで溢れる記念日は嫌いであるから、私に、誕生日なども無く、また祝う時は毎日に備わる。 総じて、この今、とは、暇を弄び、暇つぶしだ、と君は言い放つが、その言い訳に途切れるだけの現状に、 備わるだけの妬み嫉むだけに開く口は五月蠅いままだし、今に負債を溜めるだけの契合を終え、 その代役たる自分に金銭を支払い、それに満足しているだけでは、何も救えず、救えた、としてもだ。 その後に掬われ、拗れるだけだ。拗れる程に絡まるだけの自己の糸に操作されるだけの傀儡で終わるだけの 日々に加算されるだけの日々を歩むの然りだが、その意味に疑問を持つ限りには、否、と告げる。 「明晰たる瞬間に主観が溢れ孵化する俯瞰は、広がり続け、直線を歩くが、その意識は全貌を読み取り、総てに尽くすべく、この考えは存在している。黎明たる時に告げ寄せる思いに、悲観などは、一切無く、その道理を超えぬ限りは、人間は超えられぬ。この拵える時に隔て有する物も無く、保守すべきは、捕囚されるだけに留まり、固執する限りには、嫌疑に掴まり、摸倣たる範囲に安易に連なり、その行列たるや、収容所に向かうだけの悲しみを孕んでいる。時々は切望を繰り返し切除し、切り取られた今が摂動しながら、行動を続ける。辛辣な時に隔てる意識が著明な主観を捉えながら、有する事実は、行為に反し、時折の刹那に起源を残す。解する時は、解する程に、理解を深めず、忘れるものだ。起算されるだけの事実は、経度を残し、誰かに監視されるだけに留まるだけの人間だけに留まる。自己愛を昇華させ隣人愛になり、それを通過し、犠牲心を辿り、御身を捨て去るだけに愛は過疎化するものだ。総じて自己を愛すべく、刃向かう自己に対しては毅然たる態度を振る舞う。憤懣は、貧寒さに絡まり、貧富の差などを埋めたがるだけの暴利を重ねる。討議は関する自己に併用され、乱用されること無く、自己に関してだけは、段差は与えず、飛び越える意味を自己から教わる。理性は規正されないからこそ、寄生されないように、注意を払い、今に陥る時も、やがて飛び越えるだけの意志に変わる。その意志に対処すべき現在に偏執さを持たず、総じて、この愛は、自己に向けられ、人に反射する。対処する時は、代謝しながら、時折の渇望や絶望を発散しながら、ただ生きる事に関してに対処されるだけに、留まるならば、この身心乾いた、としても自己で潤うだけだ。そもそもの、この怜悧たる思いは、拘引されず、光陰矢の如く、行き過ぎるものだ。その過ぎ去った後に目もくれず、今に隔てる意識を打ち砕くべき鉄槌を用い、今を切り開く為に、この意識は、殺める時の玉響をも永遠にすべく、この原理に備わる源泉を用い、嘲笑するだけの現在だけを徴収し、自己に対する愛にだけは、大いなる愛を備えたい」 今に涅槃などは無い。消えた後に静寂が連なるだけだ。拙い現在の虚構を生きるぐらいなら、 今に建造される意識を創り上げながら、壊す程の現実を行き交うだけだ。 この困ずる時に恋しない限りは、その至難に蹲り疲憊し、朽ち果てるだけだ。 統治すべきに権利が絡まり、その権利を奪うべく権利を叫ぶだけの日々に、対する愛は存在せず、 それを補う為に掴まるだけの腕を切り離し、この時々に詰まる永遠に重なる可能性を蓄え無い限りは、 散った後の確かな美麗さは、まとえず、この的を射る日々にだけ、得るものも有れば、無駄なもののが、 多いことを知り、その知りもしない、リリカルな日々に募る面影にも、さようなら、と告げ、 然る時に織りなす態度を蓄え、この虚実を歩くニヒリストから抜け出すべく、現実を飛び越え、 永遠を司る第一波、となるべく大仰を言い放つだけに、嵩張らず高まるだけだ。 「行為は陰影になり、今に永遠が咲き誇る。その綻びに過去は消え入り、今あったはずも、その存在を失った後には、その存在は存在しない。最たる日々にあなたが存在し、その坐す後を追えた微かな香りのようなものが、この存在のようにも、思える。単なる脳裏が織りなす影を現実、と見ている、と言えば、簡素な答えになってしまし、この終う時は、その時の概念を持たず、何かの外観を徘徊しながら、その内観に詰まるような思いに猛るようなものが、存在なのかも知れず、この先々は、気配を残さず、自己が歩むほどに、尺度も無く、空間も次元も無く、期限すらも不確かだ。いまここに、こそ永遠は存在し、その存在に確かに混在しながら、壮大に広がり続け、また伸縮するだけの事を重ね、始まり終わり、閉じる程に、広がるものだ。それが総てのあなたの始まりであり、終える為に広がるだけの今も、狭まり、一つの原理、と原子になり、総てに調和し、今に無になる」。

担うべき意識の助長。

総てをフォーマットする。全貌は純白に包まれ、愛しい季節の香水が鼻腔をくすぐる。 まさぐる思いは夜を欣然とさせ、輝ける数多の意志を浴び、際限無い時を交差し、心無い器官をくぐり抜け、 愉しむ為の欠如を受け入れ、今が正否を重ね、静寂に包まれ無限性の真理などに、綻ぶ心も、 いつかに加算した事実に提要させるべき夜の翅を用い、豊かな日々の感染症に暴かれる心は、 逍遙する冬の風を纏い、心無く五月蠅い日々の舗装された道筋だけに飛び交う意志の構造を登り、 のびのび、と飛び交う今に刃向かう季節が意味合いを深め時折の刹那に絡まり、夜に調和される悔恨を拭い、 邂逅だけが溢れる今に咲き誇る自由は譲与されない意味合いを深め、収攬する心の乱獲を行う 神を取り除き、私は私で有る事だけを良し、と、し有する季節は、調律され、鼓動に対する旋律が訝り、 瞬く間の愛に花開く時にだけ、時に害する時を隔て、この今ここに永遠が有り、数多の事実の其処には 過去でしか無く、しがない日々に真影を重ね、時々の現実に現時点など、と溢しながら、厳格な夜に 隔世の高慢さは、その高慢たる由縁の差異性も求めずに、ただ行き交い、混ざり合い溶け合う日々の 情念などを重ね、自己の改札口超え、陥落した夜に斡旋される差別的な街並みの虚像を噛み締め、 幾重にも伝染する心に徘徊する位置に衰退しながらも、夜に戸惑いを隠し、光年の異質を加えながら、 通り抜ける意志は感冒を覗き、触れれば触れる程に、褪せる一瞬の惨劇を加えながら、絵空事の今を 重ね、加算すればするほどに、重み、と化すだけの数理に値札だけが、羽化し、整然たる故に 絡まり合う時折の偉観を重ね、佳作の現在に心情を売りながら、止めどない今に危難を加え、 重ね合う時は、時の概念であるからして、その焦躁に変わるのだ、と告げ、魂は情念に重なる程に、 解ける愛そのものであるからこそ、この姑息な現在に吹き付ける冷たい風に拠り所を求めず、 たとい、今に再起するだけの私怨だけが、折り重ね、君の心を根絶やしにしても、 それは自己に加算されるだけの陰影になるから、私は、私に誘致されるだけの希望を胸に秘め、 時折の旋律に絡まる清逸な瞬間に広がる永劫だけに、その永遠性を保つような意志を伝える。 「現在に蛍雪さが絡まる。時折は足跡を追うような作為の現像だ、と誰かが呟く。時々は時に対するだけの方法論を重ね、それに追われ続ける意志は、時間を持たない。対する値などに、大差は無いし、たとい持たない、としても、その合間を埋めるだけの間柄になれば、その今に加算される永遠は湮滅する。明日散るかも知れぬ、短命な私たちは、猜疑を執り行い、その愛が何たるかを知らぬままに、憎しみ合い、たまに拭い合う。縫い付ける思いは、継ぎ接ぎながらも、その初々しい縫い傷を隠す為に、確たる日々の衣装を着込み、それを盾に奉る。奉納される今が主観を用いる事など無く、この現在は遍在な意志により、偏りながら、この夜の何処かに長けていく。とどのつまり、君の陰影に重なるペインや、ジュースを取り混ぜながら、この濁流の彼方を突き進み、奏でる今が永遠であれば、その永遠に長ける思いが、その思いや、行いに対して、体感した時にこそ、その姑息で淫靡な季節に絡まる愛に打算されるだけの価値には、数字や時間に留まるだけの愛に渇するだけに留まり、この留まらぬ思いに主星は回り、この論拠も与えぬ日々を吹雪かせ、時折の慈愛を重ね、愛故に、知り得る事も多々有るが、愛故に、失う事も多いが、この有する時間に、苦言を呈する程に、その概念は外観に嵩張り、自己が利己的な虚飾だけを担い、起算される事実は、改竄されるほどに、事実に倒錯し、投函される現在は抱擁されたく、致し方ない、不必要な愛に申し上げ、この軽減されるだけの愛に敬虔さも無く、景観は快諾されない幻想を彷徨い、夢想すればするほどに、その現実は真実味を失い、味覚が死んだ頃には、解読不可能な現実に孵化し、君は俯瞰を彷徨うだけの亡霊のような表現を終え、真偽を重ね、総ての現実の虜の如く、可も不可も無い日々の権利を彷徨いながら、その嫌疑を晴らす為に権利を歌うような道理に導かれ、枯れ果てるだけだ。この夜が永遠を損なわずに備える、とするならば、何処でも其処でも無く、その座標に根差す足下に存在する、と言っても過言では無く、その企みの枠内に存在する、と思っている限りに、永遠は無く、今の慣性に留まり、永遠が何たるかを知らずに、立ち上がる事を知らずに、竦むだけに、除外され、控除される」 呈する夜は、広義を含み、噛み締めている。対する事実は対象を求めたがるだけに集う意志だ。 付き合いを深める為に、孤独で有ることも知らずに、何かを有する為に、雄壮たる今に犇めくだけの、 喜悦を蓄え、騒ぎ立てるだけだ。 この孤独の論理に道徳は無く、高騰する意識に産み出さる高徳を、どう解くかにより、 高貴さは溢れる。その高貴さを投棄しながら、補填する意識の弾薬は、固執たる自己を撃つ為の 弾丸であり、この簡約に昂ずるだけの異説を踏みしめながら、購う事あらず、また讃える事も無く、 勝ち誇る事も無い。対すべきは、対すにあらず、この抗う今に困ずる意味も無く、 その間隔に犇めく懸隔が広がり、犇めく意志、と意識がぶつかり、自我にせめぎ合い、 この今に集散しながら、最たる威厳を保つ為に、補完する意識にこそ、行為元々に存在しない 今に存在感を与える為に、違う今にこそ、この軽減されない永遠が重なり、今の暗影に高まる今こそが、 この永遠たる由縁に絡まり、単一な愛になる。 「君の表情は明るくなり、暗くも彷徨う意志に整然さを与えるべく、君だけを讃える。違う意識は違うだけだ。聳える今は感作するだけに、悩むだけの信号だ。その脳裏の明るみの深みだけに嵌まりながら、この永遠に詰まる栄養を蓄え、陰惨な時に平伏さず、その這う今に、起算されるだけの現象になど、現実を残さず、その存在などは、不確かなものなだけだ。堕落しても尚、この意識は改竄されず、だんだん、と意識を高めるだけに存在し、最たる今に備わる永遠にこそ、印刷されるべきなのだ」。

2012年11月21日水曜日

無機質な夜に魂吹き込む日記。

夜は、解消され得ない悲しみ、と傷みを抱えている、と強者が語っている。 弱者は、その夜は葬るべきだ、と。ただ見捨てるべきだ、と告げている。 どちらにも正しさは無いが、感じる事はあるはずなのに、そのどちらにも答えるような 声も無く、届かぬ思いを重ねる夜は、冬に、やられているのだ。 ただ、そのどちらにも取り柄はあり、短絡的に正そう、とすればするほど、 その均衡は破れ、溢れかえる意識は、帰る場所も無く、 彷徨う意識の血路を歩むだけだ。 決議すべきは、この夜には無く、ただ何処にも無い。 ただただ、この夜風に感覚的な愛の歌がなびいていく。 「熱する愛はメスシリンダーの中で滅する。 全てが煌めいて終えるラストシーンが折り重なり翼になり、 果てるだけに、企てる現在を飛び交う。 意思は損なわれるだけの表象に立ち尽くし、 現在に点在する私欲だけを貪る背徳の怪獣が背景を襲う。 印刷される日々は陰惨な激情を、重ね孤軍奮闘を重ねる。 愛は傘箱に閉じこもり程よく濡れている。自分を端的に操作出来るなら、 寸法に収まらず、高みに登らせ、高貴に生きる。 愛するものの幻影を彷徨う定めは、 赤裸々な自己に解し、程よい耽美を与える。 稼げない時代に嫁がない。 拙いが、汚くは生きない。女は金で買わず、むしろ、奪い去り、刈り取る」 不揃いな夜は、色んな派閥を創り上げ、徒党を組み違う。 互い違う主義を用い、個人的な思想も違うはずなのに、集っていても、 同じ結論になど、達するはずも無い。 ただ求め事に、答えが一つなのは、愛だけなのか、とは思う夜は、 巧拙な意味合いを織りなしながら、誘い、この心の資産を奪いたがる。 敬虔たる夜は主神を探しながら、誰かに媚び諂わずに、 純粋に信じられるべき主人を探し、自分が主軸であり、 その物語の主人公で有る事も捨て去り、誰かに縋り憑こう、としている。 その場に自己は無く、関した後先の影に自分が連なるようだ、と拙い意識は放つ。 加算した意識は、自己の足先に宿り、確かな自己を今に根差し、 その主軸であるべく自己を循環するものだ、と円周が語る頃には、 総ての時代性の淫靡たる陰気さに対する差異は消え去り、悪意などは、 ほんのひとかけらの保身であり、人気も無い場所でひっそり、と孤独に住まうだけだ、と宣言する。 この生命は単一に点線を繋げ、源泉たどり、潤うべく自己の 涙に気配を残す過去の遺物だ、と告げる夜は、 対照すべき自己を持ち合わせずに、誰彼構わず対象に、しては 自己、と照らし合わせているだけに過ぎない。 その私議に重なる出来事などは、嵩張るだけに見下し、高ぶりながら、驕り、 重荷になり、自壊するだけだ。 この夜は忘れ去られた意識の公園で眠り寒さに震え、孤独に目覚める。 召されるまでが長く、この刹那に嘆願する愛惜を踏み荒らしながら、 現世を行き交い、果て無く尽きる思いに、面影乗せる影であり、 段差を飛び越えながら、何度も躓き、つまらないものですが、と謙遜しては、みるものの、 見果てぬ夜に擁護され、拠り所も無く、淡々、と帰る道筋は、 無くしたもので、溢れかえり、それを押収したがる人の姿をした、餓鬼で溢れている。 感謝。この整然たる意識に集う夜こそが、誠実な意識を重ねる。御礼。

連なる朝は検証せずに意志を築く。

恍惚たる愛が改革を織りなす。忽ちは、悲壮を拭い、敢然たる思いに募らせるだけの曙光を浴び、 助長を流し、果てない私欲を捨て去り、単一な愛の端くれに辿り着く。果てない思念は、雑踏、と恋に陥り、 果てが無く募る思いを達観し、嘲笑している。様々な思惑がぶつかり宇宙の果てで唸る意味合いだけが、 蕩けては、死して尚、この意味合いだけは、兌換されずに、心の残りなどや、深淵に溜まる悪意を連ね、 誰かの心を鬩ぎ合わせ、時折の刹那に魅惑を落としたか、と思えば、総ては過ぎ去る道理に絡まり、 過半の雑念に剥がれ落ち、総ての時間は因果的な夢の装置を砕くだけの瞬間の弊害である、と告げる。 時折は、審美に哮る偶像を支配する。忽ちは、総てを鵜呑みにし、恰も、それが現実だ、と騒ぎ立てる。 高貴な意識が、蝉蛻する頃に、汚染が促す脳裏に帰属するだけの饐えた獲物を刈り取るだけの、 季節が誇張するような権利を主張しても、張り巡らされる物事は、その結論に対して、大差を求め、 純理を求めたがらず、単なる利益だけを求める。 徘徊する意識は、逍遙しながら、更迭されない愛に辿り着く。加勢しているだけの風景は、短絡的な デカダンだ、と告げる人波も、いつかの時代に攫われて消えてしまった人々を懐かしむ事も忘れた。 辱めるだけに蔑んでいる風景は、昇天する事も無く、焦点も無く、合致する理性が反するような、 疲憊した意識が吐き出す批判にだけにセオリーは持たず、もたれ掛かる道理に私欲を重ねながら、 加算すべきは、自分に対して、どれだけの価値があるのか、と騒ぎ立てる。 頭の上に写し出される看板に、描かれる数字により、価値を定める事ほど、卑俗なものも無いが、 現代に舗装された道は、一見あった、としても、その抗う意識を整え、その正道を歩ますような 教育は施されず、体たらくに過ぎ去る意識に定理を結ぶだけの答えだけが、合わさり、 その互恵に対して平等を高値で売りさばきながら、裁かれる思いは、暴かれる季節に蕩尽し、 通った道を何往復もしながら、従わせるだけの募らせる思いは、汎称された物語へ、と攫われ、 跡形も無くなった痕跡に募る根源はどちらに対しても然り、と告げる。 「誰のためでも無く、自分の為だから、人の文句は言わず、問責するのは、その自己が利己的に織りなす瞬間に対しての根源辿り、善悪に対して自己を持ち込まず、持ち合わせる是非で、問い質す事もしない。対照する出来事は、多感期そのものだ。ずっと死守する身心に、心因などは無く、近接する出来事が織りなす瞬間が与える永遠に定めも無く、燃え尽きる事も無い。この内接する時間は、限りなく折れた時間に連なる意識の弊害を織りなし、消散する出来事が悔い躙る瞬間に与える影響の異物だ。過疎化している心に難癖ある生涯が連なり、拙い瞬間の切れ端を縫い合わせながら、進むような日々の芝居を終え、落胆する事も、昇華する事も無く、木漏れ日に対しては、正攻法の意味であるべく、根差す思いは、何処にも咲かず、ここにしか、咲かない」 対する思いは、体感すればするほど、擦れて汚れる。擁護されない思いは、対格をせずに、 精魂が織りなす主観に対しては、対象を求め、愛に跪く。つくづくは派閥争いを続け、 万世を突き抜ける個体であろう、としない。 群像は見果てぬ現実に摘花される花のようだ、と鉄の意志は告げる。 息継ぎ無しで生きて来た悟性を保つ現世は、悔恨溜め込み、罪の奴隷だ。 そのままでは所詮、動けずに、這いつくばるだけの自信にのし掛かる重圧により、 潰されるだけの陰線を歩むが、その光りの当たらぬ表情は、鋭く、何かに狙いを定め、 このままで終わるか、と生じる先の事実を劈く。 「この意志は、標識も無く、傷心しない。内服する意識は回復するほどに、守るものを持たない。立場は様々だが、その場所には立たず、佇む事無く、尚逸な瞬間に生える、たった一つの景色の一部である。その主観が織りなす出来事は、個人に対しては、一つの出来事の場面であり、君を主人公に置き換えながら、主軸を変え、この現存する日々に増幅する愛だけが、何処にも根差さず、彷徨う程に、その愛に価値を持ち込まず、ただ有る瞬間に見据える意識に季節がぶつかり、奇蹟になりながら、長くも苦痛を重ね、黒々、と重なる心に行いなどを求めながら、求め合う事も無く、譲り合えば、損得に翳るから、私は、そのような動機を一切持たずに彷徨う根無し草のように、蔓延る種子を掴み、雄蘂や雌蕊、と語り連ね、劈く意識に生えるような面影も、想い出に変われば消え去ったも同然だから、この毅然たる瞬間にだけ、意識を与え、讃える事も無く、また潤う事も、決して無く、散じる意識は、感じる程に、この数多の時間に器官をくぐり抜け、因果な時間に気配を残すだけの事であり、その事柄に荷担するだけの重荷は切り外し、この愉しむ瞬間の紫雲に乗り、運命が織りなす喜びの気配に悟るような朝に長ける感情であるがために、瓦解する意識をくっつけることも無く、そのままで対処する日々は、対象を持たず、また組み合わせる事もせずに、ひたすらに進み続ける」。

我の価値は滅ぶ為に存在する。

ニヒリストのパーティーモンスターは、生きる事に意味を見出せないから、薬物に溺れている。 確かな現象にも、現状などは、無いに等しい。愛をジューサーにかけて濁る思いを負担する。 端々に迫る面影は、偽物のワルツに興じる。凍てつく感情は懐かしみ嘯き尽き果て引き返し、 無造作な恋に蕩け連理を重ねる。度々は苦悩を被せた毛布だ、と君は呟きながら、 宛も無い感情を、秤にかける。苦節を数え、静謐たる思いに身を重ね、 そのミルフィーユのように重なり凌いだ季節は、激しい道理を嵩張り、善悪の懸隔埋める為だけに 思想を重ねるだけに過ぎず、短絡的な今が語弊を織りなし、弊害の折り鶴折って、 それに乗り飛び交う意識は雨に濡れ、破れ崩れては、感けて行き、息吹き返し、引き合いに出すものも無く、 物語の感傷的な何小節かの音符になり、不揃いながらに、生きていく。 金属音を放つ愛が目覚まし変わりだ、と叫ぶ君は主星を失った衛星のようだ。無くした愛に価値を求め、 その家畜であるように、あったはずのものを讃える。物資などは、有らぬものであり、 見定める程に見えなくなるのだ。馴れ合い深める程には見え隠れし、心などは、誰にも読み取れず、 知った頃には、全ては泡、となり、過去には存在せず、存在とは、有耶無耶なものであり、 恰も、其の場に有るよな、事であり、其処に現実を連ねているようだが、所詮は全ての影であり、光りである事だ。 際限無い現在に作り出す限界、とは戦わず、ただ煩わしく思うなら軽く対処する。価値に価値を貼り付け、 価値にタグを貼り付けた、だけの事。私の意志は鉄よりも硬い理論を保つ。 ただ、我に勝るものは無い限りは和平を保つ。平和の鍵は此処にある、と宣言する意識の宣伝部たちは、 信者を集めるべく、煩く集い、祈りの言葉に呪いを刻ませる。傷口を潤うようで最もな毒たる塩を塗り、 すり替える意識に甘美だ、と告げる。その痛みこそが、称えるべき是非だ、と告げながら、 内心では、その奥底の憶測を真実に変えるような臆病さを揺れがし、凍てつく意識に器用に割って入り込む。 協調や、同調に決して平和は無い。訪れもしない。引き連れて、根絶やしにしたがるだけに、従う。 その従順さを植え付ける為に、宦官にする、と宣言する。 代価を作りたがるだけの価値を引き合いに誤魔化し棚上げする意識は、 何処にも収まらない邪険な意識そのものであり、この問題に付着する結論などに、答えは要ら無い。 無謬たる思いを重ね、矜恃を保ち、全てを纏いながら引き離し孤高を歩む。歯痒くも、 悶える時々に対し、値はしないが、価値はあり、様々な思惑混ざり、買いかぶり捨て去り、被る事は無い。 既存の価値は大切だが、その価値にすがりついたままでは、新たな価値は生まれぬ。 生きるとは、意味さえ持たぬ事。衆知に承知の事実を織り成すより、より良い形を胸に秘め、 夜に宿す悪意は、朝になれば、晴れる事を知る。 権利を守る為の法律は人を守らず嫌疑を重ねる。 半導体たる私は、無碍に媒介し自己を保ち、満ち満ち、と媒体し、総ての記憶に動作を与え、 均衡を保ち、単一な朝焼けに気配を託し、みずみずしい意識を辿り、凡庸な価値にも、 交付されるだけの幸福が存在し、不幸である事を知る。 「競うだけの現実は、物質に彷徨うだけの病理を歩み、伝染する狂気に朽ち果てるだけの家畜だ。加勢する意識は情理に結ばれ、無数の意識に長け、舗装されてない道を去り行く気配を追う者にこそ、高貴は従順さを与え、柔軟性を保つ。ただ受け入れる価値を引き合いにする事ならば、誰にでも出来る。その価値の両輪を支える程の愛を持たぬ限りは、何も保てず、崩れ去るだけの道理に軋む。屈折しても尚、正す事を持つべきであり、持たぬ限りは、もたれるだけの日々に寄り添い、朽ち果てるだけだ。この距離感は、総てに緩衝し、埋まりながら、離れる。はばかり募りながら、誰でも無いからこそ、為し得る方法論を重ね、嵩張るだけに募らせる思いは、御身に引き合わされ、去り行くままに対峙する思いに引き戻される。同等たる意識などに平等の権利を持ち込むだけでは、弱者のままだ。立ち向かうべきは、自己の是非にあり、自己が解消しない限りは、その危難に打ちのめされるだけだ。短絡的に召されるのが、運命ならば、バラバラになるまで、自己の頂上に帰山するまでは、諦観すらも無く、また諦念すらも打ち消す。不安は直ぐ様割っては入り込むが、この意識は清逸な瞬間に主観を置き、誠実さなどは、売らず、また誇るべきにも存在しない、この意味合いの視点は平衡であり、均衡などを保つ為でも無く、僅差などを求める事も無い。対する物もなければ、ただ知りたいが為に、奏でるメロディのようなものであり、盲信している内が、華だ、と告げ。この論拠に根源も無ければ、果てすらも無い。無でも無ければ、無限ですらも無く、有限たる命に、理念を持たず、何も持たずに進むだけの命の正式さにだけ、感謝を告げ、凄惨な現在に至福も与えず、讃える事すら無い」 列する思いに準拠し、加算すべき事実に奏でる真実だけに、屈託ない笑顔をタダで売りたい。 重なる日々は、寛容たる語源を放ちながら、反する出来事に対しながら、 互い違いに長けていくものだ。 この異質たる午前に浴びる陽光だけに結論がある、と宣言し、かまける御身に降り注ぐ愛にだけ、 緩衝し、対象する事も無く、ただ有る、この世界、つまり、この視点が織りなす瞬間の世界性に 対しては、総ての退屈を奪い合うだけの価値は無く、対して値もしない出来事に感作せず、 対するべきは、この容態に深まる自己の悪意だ、と宣言して、この場を得る。

2012年11月20日火曜日

夜の産道くぐり抜け産まれた日記。

短い冬眠を経て、長い超越的観測に出掛ける。自己に主軸は無く、 自己を円環する出来事が、細分化し、分裂し、自己を恰も保つようだ。 一日が終わり、確かに、その時は終わる。また朝を迎え、夜に集結し、 眠れば終焉に向かい、また始まりを告げる目覚ましが鳴り、タイムカードを押す。 このタイムレースから抜け出す理論を探すが、身体を持つ限りは、利己的でいて、 軽率な時間に操作され、高圧的な上下に打ちのめされる。召されるまでは、 目覚める事は無く、理も仄か、全ては風になり、瞬く。 ジレンマを抱える夜は時代性の病理を重ね、悪態を続ける。 監視し合う愛だけが、増幅し、幸福が憎悪に寄り添う喧騒は、 自己の健康を保つ為に、起算を続け意識に利己的な意思を媒介させ、誰かに寄生する。 忽ちは枯れ果て誰かにすがり、集う。保たれない夜は朽ち果て、 エンドロールの隅で嘆いては、自己の懸隔だけを埋めよう、と必死だ。 必衰する意識は衰退するほどに夜に解け溶け合いながら、危難を乗り越え、要らない価値を捨て去る。 ただ廃れるだけの物資などに価値などは無く、そこに愛を用いない限りは廃れる結論だ。 論争に偏りが有る限りは、どちらかが正しい事も無く、 糾す意味すら馬鹿げた意味に倒錯し、多数決で補う。大多数は、考えを持たず、 自己に似通うだけの意識に倒錯しているだけに崩れている意識の均衡を保つ為だけに意識を繋げたがる。 この夜の賢人たちは、見下すだけの高い目を用い、答えを教え、自意識に縋る。 募り劈く思いは、ただ有るような夜の形に寄り添い、静寂に長けては、 結合しない意識の水面下で溺れ、誰かが手を伸ばすまで待ち続けているだけに、 過ぎ行く現在は誘う眠りにより、考えていた事の欲深さに浅はかだ、と言い放ち意識の奴隷のままでいる。 行為は稀有な夜に生え、次々と新たな物語を刻みながら、 築き、それが邪魔だ、と壊したがる者にも、夜は哀れみを与える。 忽ちは血祭りに上げるべく、古臭い道徳を語り、 恰もそれこそが、正しい、と自己を正さずに告げる。 正しくない観念に、信念は無く、単なる思念である、と償う是非を問い続ける喧騒は答えも持たずに 持ち合わせる善悪の懸隔を埋める為だけに打算し、散々な今の欲望晴らすべく、蠢く。 時々はリズミカルに動きながら、リリカルな衝動に連なる。 時既に介し、私たちは、単なる今に連なる。 この永続する風景にも終わりは来るだろうし、 今が幸せでも、皺寄せる日々は、吹雪きながら、君を凍てつかせるかも知れない。 短絡的に温め合う事にも、然り、と告げ、身を寄せ合う感情にも、 その場の至福に起伏すべきだ、とも思える。 冬は扶養すべき愛を求めるような感情に操作されるから、 困ったものだ、と告げるが、この問題点にも愛は尽き果てぬ衝動性を保ち、 総てに緩衝すべき、その最たる愛に、最もな価値を持ちたがるから、 持ち合わせるだけの愛に自己を見失い、利己的な愛に補食される。 この道理に五月蠅く付きまとい欠如する思い、とは別れる。 忽ちに降り注ぐ愛だけを受けとり、血で出来たイルミネーションを超え、 剥離する現在に至福を売るだけの価値などに、潤い求めず、 静かに待ち続ける今にだけ、蔓延る意識からはみ出すような世界観だけが、 情理になり、短絡的な条令からは抜けだし、 輝ける起源だけを彷徨う。 感謝。恩恵は深みに嵌まり、その数々の奇蹟も見つめずに、未だ受けとろう、とだけに必死だ。御礼。

インモラルな私の道理。

マージン受けとる為に歌うImagineは、イメージの外側で平和を歌い、自由を危難、と叫び、 この集うだけの空白に、告げるだけの意識は未明の旋律を加え自己に規範するシナリオだ、と 妥当な野良犬が過怠する意識のカタルシスを放つ頃には、破綻した季節が、空腹を癒やしたがる。 この情念に対して、欲情する欲望は、道理も無く、観念すらも無く、数理に基づき、利己的な支配を続ける。 心肺機能が、その機能を終える頃には、この起源に溜まる思念などは、宇宙の標記になり、 担うべき粒子の定めを背負い、関する事実の場面を照らしながら、気泡のように羽化する心の讃美を 続け、連なる意識は情景に霞む程の立体性を孕み、情緒を超え、昔年に晴らすべき情理も疎ましい、 憎悪などに変わりたがるから、この互い違う意識からは、離れ、放たれる意識の放免を受けとり、 面前で執り行われる現象に対して、それは幻想であり、現実味を憶えたばかりの子供にしか過ぎない、と告げる。 この私議に、議会は無く、寛容な事実にだけ永久機関を与えるようにあてがう意識なのであり、 形は違うが、集えば、なにものにも、なにごとにも負けぬ意志を生み出す可能性だけに帯びる希望論なのであり、 競う価値に寄贈されるだけの理由も無く、内心に他動する意識に情動する事も無く、能動的に行う、 義務的強迫性のギミックであり、リミットは無いからこそ、描く事に関しては時間を持ち込まず、 無心で、無神経でありながら、この頂く有り難みは、何事にも変えられず、荷担すべき事実に、 需要と供給すら持ち込まず、持ちつ持たれつな自己に介す物事や人々に対しては、大いなる遺産を与えたく、 行う行動に雇用されるような思いであり、この意識の背面に連なる画面は、何事かを映し出しながら、 なにものにもならないものに対して可決すべき主事を与えるべく行う理念により、離反する心の 配色であり、散々な現在に抑止力は無く留めるだけに止まるだけの価値などに、価値などは持ち込まず、 揉まれる程に崩れながら、成そうが成すまいが、この意志に連なる意識が存在する限りは、 止まる結論を知らず、生存する限りは、この命に快活さを与えるべく讃えるだけに進みきるだけの 命に対しては、大差は生ま無い。 「浅はかな意識は薄命の掃き溜めの墓石に刻まれるようなものだ、と死神は告げる。首に備わる鎌を見れば、今に対し、どう生きるかを結論付ける事も無く、その論理に道理も無いだろう、と耳元で嘯く。この近日に迫る鈍痛などは、鈍磨な道理であり、そこに信ずべき意味も無く、停泊する意識を進めるべく舵取りを行う自分を褒め称え愛さない限りは、大差ない出来事の空欄で溺れるだけの始末の悪い行事を繰り返す。後先は繋がる程に、はしたなく穢い過去を潤うだけの現在を讃えぬ限りは、脆くも崩れ去る利己的な自己の支配により、芝居を続けるだけの人生で終える。恐悦を抱えながらも、この鋭く劈く意識は、冷たい運命などに、温かみを備える為に存在する自己なのだ。この個人的残像に、支配されている限りは、限りある時間に吸い取られるだけに衰亡する理性に気配を消される。理想郷に利子は無いが、代償は少なからずある、と告げる天使は、懐郷に降り注ぐ、罪を拭うべく、その豊かな思想を持つ翼で、この因子を拭う。忽ちは晴れ晴れ、と連なり、拙い今を拭う為に何度も崩れながら、聳立していて、尚逸な日々に長けるべく、勝率などは求めずに、敗者でも無く、何事でも、なにものでも無く、物音も立てずに連なる運命だけが、損なわれずに、その先々に伸びているのであり、その高貴さを保つ為だけに、この意識を死するまで使い果たし、世界の愚行を留めるべく、轟く意志で有り続けるべく続ける勉学そのものである私は正義が未だに、何たるかを知らず、足りないままで進むべく、荒んでもはにかんで、破壊されても頷いて、築き上げ、雷落とすべく、誰かの意識を控除させ、誰かの意識に媒介し、誰かの意識で有るべく、この意味合いに結論を持たずに、持たされるだけの使命に理念などは無く、利潤だけを求めるだけに欲動する機械では無くなる為に、拍動を続ける能動機関なのであり、行動は欲深くあればあるほどに、解け、何処にも介さず、自己にだけ、欲動し、亀裂を与え、軋むだけの心に黄ばんだ意志を繋げ違う。その意識にミメシスを与えるべく、リリカルな衝動を与え、讃える是非は、自然にも無く、それを正しい、と思える心が正道を歩む頃には、総ての戦争も、戦意喪失し、創造性だけに長けては、快活な今を咲き誇らせる。 嗚呼、この命は、薄命だが、永遠性を保ち、真理などは、持ち合わせず、用いるべき真実などに、答えも無く、ただ耐える事も無く、摩擦し、緩衝しながら、道理などに、動機は持ち込まず、もたらされる是非も無く、持ちつ持たれつだが、もたれることも無く、盲信のようだが、未明の事実は、ずっと、この生きている間柄だけを縫い付け、何処でも無く、此処でも無い場所で何れかの鋭利な意志を磨ぎながら、遂げるべく連なるようであり、咎めるだけに詰まるだけなのだ、と、ただ教えるようだ」 この自己の因縁は、自己の陰影にぶつかり、刹那の因果に晴らされ、時折に摂動する真実の愛に 長けては、切望を繰り返す。昇華する意識は一番の至福だ。 固結しない思いは、伸び続け、留まらない感情は、寛容な事実に広がり続ける。 晴れ続ける思いは、孕み続け、産み続ける意志に変わる。 時々は毒々しい思惟に示唆を重ね、資産繰り勘ぐりながら、感作しない物質に愛を求めたがる。 そこに真意は無いが、死にものぐるいで生きよう、とする意志だけが、集うようだが、 その幸福論は間違った書物であるから、私にそれは不必要だから、 この刹那の命は、薄命なだけに、迷惑を重ねるものであるし、その名誉を守る為のプライドも要らず、 いつ散っても良いように、情事に備わる死生観を保ち、常時に迫る死を思わぬ限りは、 この流された命に対して申し訳無く思い、この今に対して抑止する事は、決して無い、とだけ告げる。 彷徨う魂よ。単一な淡色な命よ、刹那に煌めき、私に介し、総てに返す。

偏執する生後を放つ夜のリアリズム。

乾いた心にリップクリームを塗る。この広大な宇宙がホットケーキになってデコレーションするクリームは 世界の変動期を担って、数々の悪意を甘くするのだ、とノアはカタルシスを溢す。 銀紙が揺れる夜空に余罪は付きものだ、と骨折した季節は加害者ぶって被害者を責め立てる結論の ブランコに乗り、因果律が彷徨う表裏一体の善悪説が悪銭を稼ぎ、小銭で騒いでいる。 始末の悪い空気感が、鬩ぎ合う夜も仄か、ざわめき引き返す喧騒は深夜の晩餐を迎え、 皆既日食する心を食しながら、時折の孤独の天罰を受けたがる。 固執する命は生死も無く、微々たる永遠の陰影を眺め、ずっと留まる空間で悲しみを溜め込み、 そこに落とすべき焼夷弾を用い、総ての破壊者が描く経済は、剣山の山のように思え、 貼り付ける気持ちはデリカシーも無く、過信している今に近影を売り、キノコ雲が浮かぶ遠くの空に、 近接する思いは、情況に導かれる可憐さの差異性を集めながら、時々の自由と平和を売りたがり、 それを盾にする権力のようだ、と告げながら、偏る心は、淡々、とレコードに針を乗せ、 激しい動機が促すシンドロームの矛先に浮かばれない心を音に揺るがせる。 スーツの男が、蔓延る意識をロックグラスに淹れては、咲き誇る強欲を尽き果てるままに、グラスの中で、 泳がせている。停泊する意志は尊厳を持たず、豪壮に鏤める意識の互換に隔たれながら、 一つの愛は、欠乏し、二つの愛ならば、ずっと永劫を語るようだ、と宣言する短命の騎士が、 紅葉する枯れ木に乗り、最終戦争に出かける頃に、総てのコロナは、僕の耳元でピアスに変わり、 利源は潤いを求めるだけのアニマである、と告げるユングは群像に消え入りながら、 斉唱する精神医学的進歩も終わりが見える、と。この心を分解するのは、鉄の意志である、と告げ、 悔悟を溜め込むだけの午後を終え、ティータイムに出かける数々の自然たいは、 自分たちの罪を頬張りながら、我利、と利己的な私利私欲を埋めるべく、堅実な実験室に、 ニンゲン達を並べ、四次元で交錯する幸福論を配る亡霊のトルストイに、形骸化した夢の思念を 拵えるべきだ、と告げられ揺籃に乗り、仮想世界の代襲を受けるハイデガーはナチストであった、と 告げる夜空は、悔恨だけに犇めく次元、と無為の雨に熟れるだけの熟柿を慣性の法則に投げては、 嘯く相対性理論に繋がれた量子力学が因果性をピカソに描かせる頃には、総てのリアリストは、 計算機の中で鎮座するだろう、と告げる強制送還されるだけの浮き雲は瓦解しながら、その思念が蠢く、 宇宙塵の彼方で、私論を滅亡させるべく、育む代償は紀元前に定理を結ぶような夜の童話に繋がり、 寓話に果てていく。有する事実は固有名詞を失い、名前も無く彷徨う夜のスカートの暗闇に消えていく。 ゾディアックに重なる、崇高な思いが勢威になり、故実に果てるような起源に果てては、脆くも霞む 世界性に一生を繋げる。この首輪は生まれてからナンバリングはされず、奪われてから備わるものだ、と 告げる老人が孤独死するような今朝に生まれた僕は、投じるべき一生の結末は、微々たる理性を孕み、 綴じる欠陥品を集めては猛威を奮うだけのウィルスだ、と思い、過疎化している雑居な思いは説き伏せる 隠語の中では使命を託され拡散すべく、埋め込み、植え込むだけの群集心理に長けるような 感情論に切り開かれる事も無く、切り刻まれる身心に触れるだけに留まる意識は、勝利宣言を繰り返し、 空想的な夢の崩壊を覗き込み、果てない夜の罪悪に重なるだけの主神に対しては、それは間違い、だと言う。 夜の形式は語る。その総ての情理に基づく理性をホログラムに、反射させながら、総てはフィクションなのだ、と。 「倒錯する意識は、高揚し、近世に蝋燭を立てる。健全たる思いは、傷痕になり、季節を破綻させ、黒く蹲る太陽のソナタを聴き、蔓延る意識の情緒を保つ。懇切する思いは、少量の期日を含み、半世紀の愛に加算される、と促し、数々の奇想を終え、着想する理念は、理想論を超え、競うべきに価値は無い、と告げる。この夜は、単に折れた喜悦の総括なのだ。桃源郷に導く為の脳裏の号令のようであり、我意に重なるジレンマそのものの憐れみに加増されるだけに乗算されるだけの受理であり、感冒の現象に深みを与える人生の清楚な部分に欣然を保つ為の自己の緩衝だ。分裂する意識は誰にでも描ける、と君は毅然の逍遙を続ける。濃淡な世界の進路は、胸裏に宿り、輪廻転生を超え、簡素な時代の凶暴性を終えるべく、嗚咽の夜に投げかける。この命は、一律の夜の道理に繋がり、貴賤たる物質に沈積する知能の動詞に繋がり、敗訴する意識の狂乱に戦きながら、数々の清楚な次元に解剖される蛙のような気分さ、と告げる夜に対照すべき事実は無く、解消するだけに欲動する真実だけが存在する。空間はエクスプロージョンし、宇宙の終わりを告げながら、孤独なエレベーターに乗り、誰も居ない夜を越え、朝焼けに染み入る季節の風に瞬き、聳える理性に企てる自意識になどに支配され、行動を続ける。そこに理性も理念も無く、また思考や思念も無く、彷徨うだけの精神は希望を見失いがちだが、ここに信じるべき衝動を置き換える僕は、あらゆる宝石に対して、愚行である、と告げながら、操業短縮する。寂れる夜を抱きかかえながら、聳える意味を超え、人間は人間を超えるべき存在する、とだけ告げて、明けても暮れても疲れない意志で有り続ける」 サディスティックな夜は可燃するだけの形状を保ち、総てを燃やし尽くす為に、演技を続ける。 この総ては前擬だ、と言い放つ夜は、放たれた後の影を追いかける。 常軌を逸する僕は、私では無く、誰なのだろう、と告げる僕が総ての答えの鍵だ、と追加する。 寂れる夜は本能を留め、解決すべき咆哮を促し、項垂れる時の平静を祈りながら、 陰惨な時の併用を終え、時間論からは抜けだし、朗誦する近影に重ねるべき笑顔を溜め込み、 画期的な今に意志を与え、このパラノイアを終えるべきだ、と告げる。

2012年11月19日月曜日

還元されない夜にだけ挑む日記。

この夜は、短絡的な命の価値は存在するが、命の値段は無い、と告げる。 値札を付けたがる君は、単一な命を陥落させないが為に、自己を納得させるためだけに、 その値札を見定め、卑俗たる価値を押しつける。 ただ生きて介すだけの事にしか過ぎない日々には、利用されるべき理由を突きつけては、集い違う。 この意識に資産は無く、起算されるだけに計算高い君は、感覚に愛を売り、利己的な 保身を埋めるだけに保険を積み立てる。 忽ちは、無いよりも、有る方が良い、と告げるが、画期的な意識は単一な 「無」 を進める。 持つものが多ければ沈むだけの私議に嵩張る意識が横領したがる物により、偏り、 損得だけに滾る。この現代、というやつは、その偏るだけに五月蠅い俗物である、と告げる今も、 何かを計り違う。一律の感情を保ちたいが、どうしても、どれもこれも、あべこべな主義を 押しつけ、それが恰も道理であり 「あたりまえ」 だ、と喧しい。 疚しい心がそこに無い限りは、損なう事も、損なわれる事も無いが、荷担すべき事実に、 現実は疚しく、司る意識は、どちらを既出されているか、と考える。 その考えは、還元を求めるべく、この現実に代価を求めるべく兌換する意識に、道理などは無く、 献上される意識に譲渡すべきは、どちらが自分の為になるかだけに、成合を求め、 それが恰も完成だ、と換金される意識に問う。 優しいだけでは、喧しく、冷たいだけでは疚しい、と告げる夜は、この遍在するだけに点在する 意識には、欲だけが嵩張り、満足を埋めるだけに帰属するだけの価値観などには、 目もくれず、見てくれで判断するだけの判然の主意には、ただ反する。 時折は短く摂動し、総ての動詞、と重なる。動向は深まり、仕る意味だけが弾け、 仮死化している季節が交情繰り返し、幾重にも偲ばせる思いを可視化している現在も肉眼では殆ど見えず、 見栄えだけが点滅している信号を超え、見果てる夢に溺れるだけの理想論を企てながら、 惰性な事実に加勢すべき事実も無く、最もなこの命にだけ、咲き誇る一瞬の永遠の陰影見定め、 あらゆる出来事は、抗うだけに、ぶつかり、流転する、と知り、あの立ち尽くすだけの無機質な ビルも、流転し、数々の出来事の豪壮で蠢き、忽ちに崩れ去るだけに過ぎない、と知る。 寂れる一瞬は冬の風に乗り、点滅する意識に快晴をもたらすべく、恰も満たされる事に 物質は必要無く、心に溢れる何かの実景を辿ったときにこそ、エンドルフィンは流れ、 エンドロールまで歩むだけの鼓動である、と知る。 知った口を紡ぐべく、その糸を探す。その糸は、愛で紡ぐべく、様々な意識にまざまざ、と介しながら、 心にざわめきを与え煌めきながら、ときめきを与え、細波持ち込み、大きな意味、となり、 この心を流し、流された思いは、ただ愛に帰依し、消え去った思いも、遠くで靡く地平で笑う。 どれほどの無駄な時間に私道は軋み、起算されるだけの現在の危難だけに、彷徨うのだろうか?と 告げる夜は、悲酸さを持たず、ただ疑問符にだけ促される意識の去り行き様にだけ、 算用されない意識を保つ。 交合する幸福論者は、単一に笑え、と下し、短絡的に考えるな、と告げる。 同率すべき事実は、同意は求めずに、考えの無くなった後の毅然さを彷徨う。 忽ちは夜に介し、この起源が何たるかを問うが、地を這う意識は、嘆願するだけで、 寄り添う事を知らないから、その寂しさに纏わり付く利己的な愛情だけに、愛憎し、増幅する 愛欲は、引力を持たず、どこか浮いたままなのだ。 浮き雲により、この夜の俯瞰を占う。忽ちは、微傷を重ね、ビジョンを濁らすだけのスモッグを吐き散らし、 毒素を撒き散らす煙突を超え、営利目的な権力装置の鏡のような、あの悪魔の物質を撒き散らすだけの 壊れた異物を眺め、増幅する主義思想は、思考の歪たる部分を履き違えただけの知性の誤りなのだ、と 知り、知った事柄も、知らない事実の裏側だ、と知り、この真理などに、叡智は無く、悟りなど、とは、 おこがましい限りであり、限り有るからこそ、限りないものを求めるのは、欲そのものだから、 限りあるからこそ、限りあら無い為に、嗅ぎつける意識にこそ、抗う使命もあてがわれず、 あてもなく彷徨うからこそ、挑む価値があるのだ、と夜は告げる。 感謝。整然たる意識に立ちこめる夜は、尚も神秘的。御礼。

権威を重ねるだけに創り上げられる出来事に疲憊するだけの命に結論は無い。

俯き見落とす冬が機械的に回る。この道理は永劫回帰し、迸る無援の季節を歩く。 時々は、孤高に鳴り響き、微かな栄養を徴収し、豪壮に霞む喧騒の力学が、傍目で蠢き、忙しく尽き果てる 頃には、総ての初心な衝動が重複し、この身に服従し、誘う時に介し、破壊者たちが、忙しく議会を 執り行う頃には、ガザでは、宗教戦争の音が唸り、誇大妄想の花が咲く頃には、総ては搾取され、 悪趣味な建造物に変わり、この臓物はバベルの塔に運ばれ、蓄音機の中に組み込まれ、何事でも無い、 音、と化す、と告げるペシミストたちのPainが夜のオペ室で羽化する頃には、晴れ晴れ、と包まれ、 謹む衝動に固執しないが、為に、この由縁たちは未来に絡まり、鎮座する生け簀の中で、 小鳥の如く啼き散らすのか、と無き痕を彷徨う影も形にも、理由は無く、過去は絶え間ない欺瞞であり、 快活に達した頃には、総ては昇華され、権限を見失う余韻の彼方で、超克すべき自己を辿り、 今の悲鳴も肥満化しているだけの痩せた症候群であり、共鳴し、帰郷する頃には、総ては異教徒、と化し、 統括すべき現在は、遍在な理由を用い、あらゆる出来事の根源の根幹を抜き散らし、スキゾ化した生命は、 菓子折の彼方で荷担すべき星の死滅した理由を箱舟に乗せ、乾酪すべきは、この酩酊しきるだけの、 世界性の破綻者が促す日々に基づく定理に軽減されない傷みをプラズマが行き交い、不届きな永遠を 探す事には、加算すべきが、何であるかを遮り、この生きて会す日々に宿すべきは、単一な答えでも無く、 理解でも程遠く、分かち合うだけでは奪い合い、愛惜辿り、記念碑や、記念日になる頃に、 忘れ去られるべく、攫われる意識は、拵えるだけの移動し、関したはずも、この一つの身心には、 霞むだけであり、記憶を飛ばし、規則に反するからこそ、この未明の意識は奇蹟を生み、 引き戻す日々に、巻き戻す事は無く、悉くは、沈積される先々の無謬性を抱え、 反する事無く、嘆じる事も無く、何事も無いかのように、降り仕切り、敷き詰める現在を辿り、 変容する未来の容器に過去が溜まり、今が運び続ける時間だけが、誘い、飛び交う意識は、 ありとあらゆる生命の悟性を無くし、考えが無知で有る事を知る頃には、有していたはずの身体も、 加速し、長じる先を光りの速さよりも速く超え、超越した頃には、人間を超える者だけが、 この体たらくから抜け出し、仮想している社会性などは、何の功績にもならず、 今持ち合わせるものも、単に見比べるだけであるから、この私は対象物を持たず、短絡的な命の宿す 方へ、と旅立つ。 「命の端子を繋ぐ。過信している現在に駄作の進化論が飛び交う。この命は、歯止めも無く、また起源も無く彷徨い、媒介する。配色を終えた銀河を飛び交い、因果を彷徨い、投擲する生命の語源が精神の領域に感冒を与える。傍観者は簡素な時代の慈愛を並べ、刻々と分娩し、奏でる愛を産み出す。この命は踏み台だ、と妥当な命に持ち合わせるものが多いものは語るが、この命に感染すべきは、怠惰な物質では無く、稀代たる愛に隔てられない威信であり、この訝る胎動を超え、散じる先の無為で無機質な現実に宿す事だけに、事柄を置き換え、この自堕落な謝意に扇動されるべき事実の把握も出来ず、出来損ないの主義に偏るだけでは、短絡的な扇動を生み、乾酪するだけの意志を生む。蔓延る意識は怠惰な季節を介し廃する時を這いつくばり、蔓延る程に、倒錯する現在に併用されるような流れに滞留するだけだ。諦観だけが仰ぎ、ただ大丈夫など、と促す日々に未来は無く、呆れる程に堕落する現実を彷徨う。流浪する季節にこじつける意味も無いが、位置も無ければ、是認すべき前兆も無く、苦楽を重ねるだけでは、何の満足も得られない、と欲動するだけでは、動向に欲を持ち込み、抑止出来ないだけの欲動機械に陥り、総ての装置を操作するのは自分のようで、あらゆる出来事に扇動され、動かされている事も知らずに、辛辣さを拭い、均一な現在辿り、泡沫の自由に常用すべき事実の毒物や俗物に侵され、忽ちは異物感を抱え、緩衝しているかのように、この表裏を彷徨い、要理に稼働しているかのように思えるが、悴む命は数々の出来事の思念を用い、ただ足りない、と補うだけでは、ただ肥えるだけで、何もかもを埋め込め過ぎては飛ぶことも出来ず、出来合いの真実に未だ足りぬ、とだけ告げる」 バビロンは、五月蠅くかまけさせる。構える思いにだけ、受け入れる価値も然程無いような事柄だけに、 恰もな忙しさを積み立てる。 見立てる、とどうだ。この動作している世間は甲斐性無しの道理が織りなし、解放する、と告げる独裁者の 隠語を彷徨うようなものだ。この権力に察知すべき道理は無く、効率だけに踊り、その権力の意志だけで 蠢くだけのシナリオの歯車の恥部そのものだ。 劣悪な魂は喧しく貴賤たる金銭に悶える。 得るもの無ければ、何も無い、と呟く君は、あらゆる亜種の卵を植え付けられ寄生されていることに 気付かず、数々の負債を溜め込む。 この意味合いが、スキゾフレアだ、とすれば、君はパラサイトそのものであり、パラノイアそのもだ。 この短絡的な晩餐会に参加してみたものの、散々な結論ばかりに結合され、 君は過去の顔そのものだし、そのもののあわれを知らぬ限り、重ねる事実に加算されるべき 意味も無くなり、ただ上申しない意識は軋み、霞むだけに消え入る影そのものだ。

単一な生命の歌。

掘削される夜は、程良く未来に介し、未開の意味を辿り、誠実な時に平伏す。 歯止めも無く、陥落しない今が折り重なり、この勇躍する今にこそ、比する日も昇る。 下す頃には、悉くは沈積し、最たる威厳に持ち合わせる意味などに完全性を持つ頃には、 総ては重荷だ、と知る。寂れる季節に飛び交う冷たい風が瞬き、この事実、と絡み合いながら、 豊かな思考が思想に変わる頃には、総ては邪険で有る事を知るだけであり、この愛惜を辿るだけに、 繋がる季節だけに打算され、軋みながら、支え合う事を知らずに、自然、と分かち合いながら、 愛するだけに処方される無為な薬も受けとらずに、膿んだ傷口のままで、産み落とす日々は、 完成されず、感化されず、際限無い欲望、と横並び、抑止しない意識は、その自己の力学を見失い、 嘯く程に絡まる現在に失錯する限りに倒錯し、権限、とは何であるか、と抗うだけでは、 その意志に拗れるだけに、拵えるだけの聖域には辿り着かず、短絡的な勢威にふるい落とされ、 古傷貪るだけに、貪欲に蠢くだけの意識に食い尽くされ、朽ち果てる。 「淡麗な夜は、炭酸のような気泡を上げながら、夜の記憶に霞む。総ては孕んだ後の奇蹟だ、と宇宙の母が語る頃には、このパーソナルスペースは自己の立憲を既存の価値で、定め、利己的な自己の支配により、気配を消すだけに彷徨う意識は、囲うだけの質疑応答に誘われ弁証法を持たず、ただ打ち砕かれるだけの意志に意識を奪われる。忽ちに答えは要らず、答える程に、応答しない現在は遍在な意識を保ち、兼用されるべきは、意志になく、単一な愛に存在する事を知り、永遠克己する為に、この今に貸し付ける事柄などに代償は要らぬ、と宣言する。奪われるものも無ければ、与えるものも無く、持ち合わせる是非も無い。解答すべき事実に答えは打ち寄せるが、押し寄せる程に、零れるだけだ。打ち付ける鉄槌が降り注ぐ真夜中の動詞を重ね、この飛び越える乏しい事実に均一性も無く、緩衝すべき事実に対する事実も自己に帰するだけであり、あらゆる出来事は、この身に運ばれ、大した出来事も無い事を知る。ただ、この鼓動が続く限りに動作する、とニヒリストは語るが、この世界の殆どがアニマルである限り、あらゆる出来事は、人間性を持たずに、自己の権利だけを押しつける。高みを目指さず、高貴であるべきだ、と告げる。許し合うよりも、許す事を告げれば、宗教すらも無くなるだろうし、短絡的な道理すらも無くなる。この夜はあらゆる生死を境目の起源を彷徨い、新たに抗い、過去に対しては、心を持たない。持ち合わせる現在は、持たされているだけであり、持たない限りは、凭れるだけに項垂れる。駄作の夜に佳作を求めても、持つべき傘を持たない限りは、雨に濡れるだけだ。だが、濡れた感情は揺らぎ、その意識に滞留せず、濡れれば濡れる程に、流される意識は、滞留せず、自我に氾濫し、溢れた感情により、昇華され、去り行く夜は、単なるジオラマの中でドラマを繰り返しながら、霞むような思いに欲念を孕み、あらゆる出来事の踪跡を踏み荒らしながらも、整える事により、より良い結論が結合され、この夜に答えは無いから、と堪える身体を眠らせ、去り行くままに遠ざかる記憶を宇宙の果てに捨て、廃れる意識は互い違いに交差し、動作しながら、至難を加えるが、危難にはならず、たとい、金満になった、としても満腹になることは無く、ただ欲望に陥落するだけの事だ、と知る」 錆び付く今に愛の潤滑油が落ちる。ざわめく感情は静寂を求め、あらゆる嫌悪を溜め込むだけの 喧騒を泳ぎたがる。違う意識は孤独を求め、静謐感漂う閑静な情況に意識を霞ませる。 忽ちは、正否を求め生涯を埋めながら、理解を超えた理解の最中をふところに置き、 懐かしむ意識も霞む頃には、未来もどんどん長けるものであるし、 この憐れみ引き返し、誘う意識は囁く程に、魅惑に尽きるだけであるし、 考えを変えれば、この開花するだけの日々に代価は要らず、訝る今に着飾る衣装も要らず、 指針も要らず、標識無いからこそ、この運命は、めり込む程に、こじつけるだけの意味合いを撥ねのけ、 だんだん遠ざかるだけの身心に、季節は加増しながら、この因子だけに絡まり、 因果など、と謳いながら、動静し、裁かれる程に暴かれる事も無く、あらゆる出来事の功績を歩んだ事にだけを、 誇りに思い、兌換すべき今が、果敢な理由を持たずに、無知で居て、聳える理由に利用されず、 離心しながら、宛らの動機などに、見向きもせず、阻めるだけの意識に打算すべき理屈も無いから、 拵える程に、超えるだけの日々にこそ、奇蹟は何度も生まれ、初心でいて、童心であり、 離愁しながらも、生命は溢れ、近接する出来事には、大いなる愛を放ち、 間接する愛に嘆じる事を教えられ、ただ押しつけ、押しつけ合う事も無く、自然、と入る感情にだけ、 同意を求め、固執しない意識は未明の真実だけを受けとり、打算すればするほどに、 総ては数学的要素を孕むから危害を生むものであり、この命に、量子だけが重なれば、 飛び交うだけ命に成り得、会得した、としても尚、この考えには、完成は無く、 考えは思う事の重荷であるから、この考えに意識は持ち込まず、単なる意志だけで進む。 「達する意識はいじけ無く、味気ないものだ。枯れ果てる今の落ち葉を燃やし、幾重にも飛び交う可否を抱きしめるだけで、使命は終えるものだ。持ち合わさる愛が汎称すれば緩衝される出来事の均衡も正しさを持ち、持ち合わせるだけでは、印象は保てず、今が絵画、と化すから、対価を求めぬように、退廃しない意識だけは、保つ。生じる先々は、実勢に溜まるだけの五月蠅く喧しい出来事を重ねる。聳立する意識は、何度も踏まれ、何度も枯れながらも、新たな生命宿し、稜稜、とそり立つだけだ」。

2012年11月18日日曜日

夜の銀行に積み立てる感情に結論は要らない日記。

夜に規正される出来事は無く、何もかもが軋む音だけが育み、この枠外に鏤める意識は、 メルヘンチックに散歩し、差異性を埋めるような出来事がチクタク、と鳴り響く。 時の概念は外観を持たず、陥落する自己に秒針を与える、と告げる吟遊詩人は、 緊要な夜にメロディを放ち、褪せるな、と告げる。 色あせる時は、焦る程に、色合いを失う。 透明なコーヒーに糖分入れ、酔いしれる君は、意味など持たずに、手荷物なコーヒーに、 月夜を落とす。 静定しきる現在に降りしきる絶望の雨も朝の亜麻色に溶けるべく、曖昧な主義思想などを放ち、 関したはずも、憐れみ会し出逢うべき愛に微睡むべく、今を温める孤独に対して、愛を使い果たす。 尽き果てる思いは、夜、と交差し、程良く刹那、と溶ける。 吹雪く感情に隔てる壁があるが、その壁が有る限りは、何にも感化されない、と嘆く夜は、 恒星を撫で、審美を重ね、深慮ある時を否定しながら本心では、乾いた感情に、 降り注ぐ現在に感謝しているようにも思える。 思わずとも、この夜は、消散する。思い縋る程に、重くなる心にはバイバイ、と告げ、 怪しく輝く間接照明に、知己を重ねる。 大概は事実は意味を持たずに、拵えるだけに過ぎないから、その私議からは離れるべきだ、と告げる。 孤独な時間の弁証法は身心に悪く、真理にすらならないから、起算される事実などに、 計算すべき事実も無いのだ、と告げる。 絡まる時は、カラメルにもならず、甘くも無いから、食すな、と告げる。 つくづくは、道理も持たずに我が侭なものだから、なるべく自分が我が侭では無いように、と告げる 夜は、人々を撃ち抜く光線銃を用い、童心を用い無邪気に笑い、無著を保っている。 憧憬は静かに涙を宝石に変える、とRimbaudが語り、瓦解する風景にデカダンを売るBaudelaireが 理論を重ねる。 理路整然、とした理想が奏でる夜空は、数光年の事実を重ね、今に光りを与える。 夜の理想が競う価値などは無い、と告げる原野に鏤める原石のような君は、プリミティブな感情抱え、 果敢に挑むべきは今に存在する、とVerlaineがRimbaudに撃った弾丸がカタルシスを溢し、 暴かれる季節は散文化され、かまけるだけに蕩ける冬に熱情し、一つの愛に死すような 姦悪を絶ち、正義は整備され、微熱を抱えたままで歩く原野に静かに蕩ける。 倒錯する命を積み上げるものは罪だ、と告げる聖書に聖域は無いから、と告げる夜に、 最もだと告げ、この償いは、見果てぬだけの夢に対して対価を求めるだけの価値にしか過ぎない、と告げ、 無法者の私は、模範すべき事柄に対して反駁するような理論を用い、総てを美味しいハンバーグに変える。 アンドロイドギンズバーグが、両性具有の夜に、雇用されるべきジェンダーを探す頃に、 ギャラクシーは近傍するものに一定の距離感を保ち、この持ち合わせる事実などは、 総てのこの様に砕き思うからこそ、この疲れた現実にも煌めくような幻想を与えるものだ、と 讃える夜は、ずっと味方だ。私に近づくものは、総て奇蹟、と呼びたく、神秘を重ねる日々は、 毎日が新品であり、理性も無く縋るだけの欲望に反する感覚器官は、感情により、動作を行う。 暗澹たる夜には寄り添う価値よりも、より良い身体が必要である、と思う。 より良い日々に寄り添う身体こそが、この冷えた夜を支配すべきだ、と思う。 どのような価値よりも、どのような権力よりも必要な愛こそが、単一な季節感を無くし、 ずっと温かいままの方が、より良い時代を築け、より良い日々を貫くはずではあるが、 如何せん歪んだ主義たちは、利己的な本能により、打ち出す計算により、寄り添う物質にだけは、 素直なままだ。 感謝。ただ育むに尽きる。御礼。

命の位置。

赤いルージュのような太陽が堕胎を繰り返す。日は逆心に昇り、逆算される秒針は病理に旋回を続け、 この意味合いの毒素が滾りながら、裏切りが続く裏通りは、支配者の名の下に、気配を消す事が道理だ、と告げる サイレンが唸り、過疎化している精神に起爆剤が落ちる頃には、心無い現実にも、彷徨える価値などが、 五月蠅く包み、謹む事により、弱気になる夜明けが、慟哭し、刻々、と連なり果てる頃には、 冬も一層深まり、一見の価値を引き合いに、連なる擬似恋愛の並木道にも、イルミネーションなどが、 飾られ、翳される傷みなどには、何も感じず、まざまざ、と過ぎ去る日々には、異様な雰囲気だけを感じる。 嵩張る思いは、高ぶるだけに見下す、と歌う街並みは、嘲笑仕切るだけに、生きている価値の本質に、 本心持ち込まず、持ちつ持たれつではあるが、奏でる気配は、掲揚すべき今に国家を持たず、 また共用する事実に言葉も持たない。裁かれる日々は、暴かれる程に、尊く鎮座し、沈積する思いは、 萎靡沈滞し、改革の名の下に対価を求める世界の表裏は同じだ、と言う人込みも、いつかの悲しみは 捨て去り、いつでも加害者で有るべく知らない被害者を責め立てる。 この市街戦は最もな武器は用いず、最もな卑俗さにより、破壊し尽くす論理を保つ、 このロジックをマジックで黒く塗り潰すが、不躾な思いは、歪に介し、この心にも卑賎な心を与える。 抗うべきは、この情況に存在するが、蟬蛻し、背く私に、背中は無く、総ての攻撃を受け止める為の 腹は存在する。曖昧な主義により、私議を重ねるだけでは、経済成長も整腸剤欲しがり、下す思いを 治したいだろうが、怒濤に過ぎ去る季節に降り注ぐ、プロパガンダも、プロトニウムになるだろうが、 担うべくは掬う価値にもあらず、と告げる金魚たちは、自分が掬われないように、見え透いた事実を 繰り返し、恰も生きてるだけに打算される価値に価値を用いる。 何が本質で何が真実かを知らずに、白々しく続く日々だ。巧拙を論じない限りは、この機関は 打ち砕けない、と宣言する者たちが闊歩し、どうだ欲しいだろう、と告げる道楽が、 この身を掻き消す。この夜の星空は巨大な乳房だ、と嘆くカラスたちは、乾いた心を潤わすような 目を用い、この意識に割っては入り込もう、とする。倒錯する意識に分散される景色は、 重用されずに、目眩く変化し、車のクラクションが雷鳴のように聞こえた時に我に気付き、 我思う故に我は無い事を知り、拵えるだけの出来事のデコレーションの尾鰭を掴みながら、 必死に藻掻くだけのようにも思えたりもするが、この意識に縋る程に、低下し、体たらくな現状に 大破するだけの感情などを頑丈にすべく、雁字搦めの日々にラメを降り、 不利な現状を少しでも輝かせよう、とするがために、縋る事ほど残酷に陥れるだけの権力者が 独占したがるような季節に刃向かうべく、この意志に堅持すべき権威は無い、と宣言する聖者こそが、 姑息なようにも思えるし、やがて切実な摂理などは、不必要の異物になり、総ての書物は、 燃やされ破られ、語るものは魔女狩りにより、その我利に咎める意識を自分たちの価値により、 その価値を讃える為に評議を繰り返すだけに執行される日々などは、結局自分の保身であり、 それを守る限りは、下の者は従わず、下の者は卑俗になるばかりだ。 何を担い似合う服を着せるのか、と迷う親たちが、ドメスティックに叫ぶ。 その叫声を聞き、正す結論を持たずに、多事の道徳を突きつける動労者たちが、功労を値切らず、 強請る頃には、総ての価値は、崩壊している、と知る。 「流離う意識は、阻まれる程に、燃えたぎる。嗅ぎつける意識は鍵を破壊し、餓死しない意識は、例え、その場で行き連れの病魔をもっていても、負ける事は無く、かまけるだけに昇華されるだけに過ぎぬ。この命に何の原理も無く、理由すらも無い。導かれる程に枯れていく景色には目もくれず、咲き誇る花々には、この命に答えなどは無いのだ、と教えられる。時折は、徒労を重ね、紅葉し、いつかは枯れ果てる事実を重ね、またいつか誰かの心で開花するようになどとは、願わず、そっと与え、さっと消え去るのみだ。この行いにこそ、永遠は詰まり、永遠は陰影になり、いつかに介し、治した日々に永劫を重ねる。感冒に存在する暴徒は、限りない信仰を連ね、拙い思いを進行させる。投棄した思いは、好機を探し、茎をよじ登り、誰も蹴落とす事無く、慧眼し、どれもこれも同じものだ、と告げている。続くようで後が無いのだ。この命は。解決する事も無く、快活に生きるほどに、程良く言い切れることこそが、この今に連なり、未然に長けては静聴し、心許ない現状に何かを与える為に、ただ有りがたく抗うようなものだ。対立しても、守るだけでは補えず、蔑ろにしながら、身体を加速させ、分離する主義に思考などを用い、思想はなるべく持たずに、進む事こそが、難癖ある、現代の生き方のように思える」 呟く夜は朝を睨んでいる。忽ちは、共同を求めるが、同意すべき価値は持たず、その場に主観を置かず、 関すべき答えも持たず、その場に流される。 怠惰な意識は照明すべき物質に値札を付け、自分の名札を捨てたがる。 違う命は、関する事実を捨て去り、自己にに鏡像を持たず、誰か、と照らし合わせ自己を満足させる。 その欺瞞にすら、何も思わず、思惑だけが通り過ぎる現在に永劫を授ける。 この喧騒に権利は無いからこそ、権威は不必要だ。建築的に積み上げる今に罪は無く、 支払う義務すらない。ただ生まれ住まうだけの者だ。 この今に廃れる価値だけが、補う事により、物事のよりけりは似通いながら、同意される使命だけを 泳ぎたがる。集うべきに自由は無いが、一人だけでは、自由にも思えず、 独りよがりに笑うだけでは、何の至福も得られぬ。 この息吹き返す街並みにも、五月蠅く付きまとう事務的要素が満載だ。 緩慢なその要素は中核を持たず、浮遊し、脳裏にこびりつくから注意が必要だ。 聳える意識だけには、自壊する事もあるだろうし、乗り越えれば、なんてことの無い事実であった、と 笑う日もあれば、泣く日々もあるものだ。

陰惨たる現状を研ぎ澄まし翻す試み。

短絡的な冬に模様は無く、陥落しない想い出だけが、深々、と居座る。時折に連なる刹那は、 闇夜を切り裂き、罪状を落とし、目眩く日々を追跡する。 軽薄な世は開けて、海賊品の街並みは希望で満ちるような雰囲気を醸し出す。 導く総ては俗世には無く、感染した微笑み溢す街並みに理由は必要無く、利用されるだけに翳る 関係性に、果敢に挑む官憲も無く、駆け巡る時は、奉納され、誇大妄想に連なり、猜疑心に瞬き、 組織図を繋げるだけの腐りきった足枷の音だけが、静寂の一律さを保ち、近称する出来事の、 存在は、最もな形で不確かさを保ち、倒錯し、交錯する情報網の御陰で、何処が、此処で、 此処は、何処、と迷う孤独な子供達で溢れ、何処にも大人は居らず、ずっと母乳から離れられない者で溢れ、 それは触れ合い馴れ合い、なれない日々に、枯れないように、と怪訝に願うだけに寄り添う結論に結合し、 寂れる関連性は、連理を持たず、今を保つだけの均衡を得て、何かに過信すべきだ、と最もに願うだけの、 メディアの権威に覆い尽くされ、お家に帰る事も出来ずに、利己的な支配に権利を売っている。 君は陰影に滾る心を濁しながら、枯れ果てる現在に至福を得るべく、欲動する本能だけに冷酷な定理を 求めうる。損なう形を補う為だけに、多面に輝く季節を葬り、封建時代を打ち砕いたはずなのに、 結局、何の構図も変わらず、構造は、一緒くたにすべき結論だけに、生い茂る理由は、このトラコーマみたいに 伝染するだけに兌換される日々は、木漏れ日介さず、立ちこめる雰囲気だけに飲まれるだけの欠乏する意識に、 感情を捨て、残りの泡銭で蠢くだけの日々に何があるのかを知りたいが、この支離滅裂な理論には、決議される 意識は無く、育む事を忘れた時代は慈愛を求めず、規範の位置づけに彩り与えるだけで、 生きる事を祝福はせず、折り重なる日々に、追い縋るだけに、遠ざかる意識により、軽減されない傷みは、 最もな傷みになり、大量に補い、怠惰に捨てるだけの家畜の街並みは、人間的軍事力により支配され、 気配を掻き消す私は、山奥で夢想を続け、この俗世から離れ傍観せず、抵抗すべく、この一律の現象から離れ、 忽ちに突き抜けるべく、このつべこべ放つだけではいけないから解放すべく無論の明日に知性を売る。 「私は単一な国は持たず、国籍も無い。ただ生きる為に介す試みだけに、その位置づけを行い、おこがましい事実に座標軸を持ち込みながら、答え合わせるような日々に住む者だ。問責するだけに事実をうやむやに、し貴賤たる価値で解決を補うだけの金銭に対しては大差無い、と告げる。カーストが織りなす神の答えを操作し、驕り高ぶるだけの価値観に対しては、神の怒りを用い、退化すべきは、退化である、と告げる。神の言葉を用い、心無い現状を操作したがり、従えるだけの日々に結論は無く、それに従属するものは、単一な家畜、と告げる。勝ち誇る事無く、この意味も埃にしか、過ぎないが、私議を重ねる事に、自己が織りなす弁証法は同じ答えを持たず、均衡すらも保たず、中庸すらも無い。叡智などは無く、悟りなどは、以ての外だ。かまける意味を知らずに怠けるだけでは、艶めかしい時代は見えず、見え透いた事実に保守するだけの捕囚で終える。健闘すべきは、この事実に損壊するような意識に展開する本質の愛に試み持ち込み、生じる先に責め合う意識を咎めず、この情事を支配する気配に対しては、逃走せず、攻防すべき方法論を打ち出す。計算に真意は無く、信じる先に結合すべき意志を持たぬ限りは、その意識は単一に翳る。タナトスを抱える人間は、奔走を続け、同等の価値を歌い違う。行動に理論を持ち込めば、絶えず理想に襲われ、損なうだけの自分を宥める結論を得る形は、最も醜い様相を保つ。権威的な世相は、生きる権限を求めるだけに、五月蠅くなり、蠢く上位は、情意も無く、心無い価値に蠢き、肖像に生ずるべき、意味合いを操作し、交差させる。無知で有る事は良いが、単純なのは良くない。総て良ければ良い訳でも無く、分け隔てる意識が有る限りは、この総ては疲れ廃れるだけだ。物事の中心に境界線は存在せず、この世知辛いように思えるだけの世間にも折檻は存在するが、席巻すべき愛だけは捨てずに、この意識に照明すべき愛にだけ手解きを与える。讃えるべきは、ただ生きて介す事に存在しているような自己を折り重ね、日々に嵩張りながら字余りなものを捨てる事だ、と告げる空は闡明さを保ち、色んな表情を見せつける。仮の命に、加算される日々は、正攻法な理論は持たず、歪曲する持論で進む。規範されている出来事を摸倣すればするほど、このスリルは低下し、リスクを求めず、恰もな、平穏を保とう、とするが、その平穏すらも、失われ、欠如する始末だ。この生きたかに示す値は存在しないが、よく見れば、背中にタグが付けられ、その値札を見れば、その人の総てが分かるような結論だけに悶える日々も然りかも知れないが、この生死にリスクは付きものだ。追完すべき生命だけを肯定するならば、抵抗すべき現在に至福を得るならば、今を歩み、今に軋む行程に対してだけ、無我夢中であれば、何事にも幸運、と奇蹟が落ち、この恰も満ち足りない日々に、危難も存在するが、気配を消し去り、そっと歩む日々に、歪さは無く、繰り返す日々の苦しみなどを超えた瞬間に永劫回帰から抜け出し、出し抜ける日々に高揚し、勝ち誇る事無く、又負けたままであろうが、この有した形にだけ、本質は溢れ、この希薄な時代にマテリアルだけを用い、症状を超えるような意識を辿り、陥落しない思いだけが、疎開しながら、孤高を歩み、完結するだけに尽き、知りもしないから、知りたい一心だけなのだ」 最もな理論掲げ、重ねる日々は、勝敗を求めぬ。縫い合わせる日々は、その縫い目を歩き、 初心を辿り、写真には収まらぬ。 抑止された今を蒙るべく、無為の季節を歩む。きっと介した人々も大した事は無い、と笑う為に、 選りすぐる日々の鋭利さに、咎められたりもするが、せめぎ合い、散じた日々に、 感じた出来事に生じた意味の裸子を用い、総てに関して飛びますように、と願い、 この一律の祈りは、祈る手を持たず、穢いからこそ、汚れを拭うハンカチを用い、 叛意を用い、逆心讃え、既存のものに対して、最もな意味を用い、それには退いて貰うべく、 頼み込まず、抱える事無く、吐き出す日々にこそ、霞まない最もな生命だ、と言えるような 陰影に名残を与え、死んでまで騒がれるような時代に対して、緊要な結論を与えるべく 抗う意識は広義を用い、殲滅しない意識を保つ。保持すべきは武器に有らず、心にある、とだけ宣言し、 この今を終える。

2012年11月17日土曜日

消費される夜に埋め合わせは要らぬ日記。

不完全燃焼な夜は完全性を求めるべく変貌し、繁忙する意識を蝉蛻しながら、 今の悲哀を妨げ、生きる時に有し、生死すらも飛び越え、生きた意識にだけ、可決される。 過去を思う君は、味気ない夜を食し、先々に進む余地を知らない。 寂れる今が感化し、心理に厭わしさを感じながら、 長らくの現在に点在する意識の殆どは、無意識だ、と知る。 意識から離れたい夜は、全ての静寂に微睡み、幾重にも伸びては、 旋律を深め、今にメロディ与える。 対立しては蕩けながら、今に帰参し、快活な思いになるべく、 担う意識は、数々のジレンマを飛び越え、現状を熱くする。 統廃合される夜は数々の時勢を眺め、整然な今を調律し、 一見すれば、喧しいが、構うほどに絡み合うからこそ、 今が躍動せず、疲労した意識に司る。 劈く北風が、恋しい現状にクヨクヨもするが、嘆く程に、絡み合う意識は、何処にも介さず、 また解消する為の対象を求めるべく欲動するだけに過ぎず、 読み取る真実は書き込むだけに存在し、其処に残す為には、 今に耐え、未来に、絶えず伸ばす為だけに、存在は、 恰も存在している、と無に告げている。 つけいる隙も無い夜は、一貫して色欲に悶える人並みを傍観している。 諦観するだけの月日は、つくづくに昇華はされず、 絶えず貫いた未来に昇華されるべき今を抑止し、絶えず進行を続けろ、と告げるが、 たまには歩みを留める事をしない限りは嫌いになる。 この気概に触れたくも無いが、嫌いになってしまう。 この始末には、先々は無く、置き去りにした今が、おざなりにすべきだ、と告げる流れは滞留し、 今を留める限りだ。 散々な夜にも寄り添う価値は有る、とだけ宣言する。 私は無為なものにしか、寄り添わず、聞く事も、伝える事も無い。 伝わる限りに理解はあるが、その理解は、それぞれに解釈され、 逸脱すれば、忘れ去られる限りだ。 幾重にも今を引き延ばすような、夜は時間の概念持たず、外観にもたれながら、 現在の内観に悪態をつき、客体を罵りながら、 有する時に敬虔な意識などを与える。 この定めにも期限があり、起源に備わる有徳な事実に 冷めた現実などは、要らず、確かに適度に適当に歩む時にも、 意味合いは深まり、絶えず万物、とぶつかり、流転しては、 鬩ぎ合う今に緩衝し、溌剌、と消え入り、長けては戻り、 関すべき今に生えていくべきだけで良いのだ、と夜は静かに耳元で嘯き、 感じるままに総ては無く、体感するべきに、今が産まれる。 先ず、この総てを逸脱すべく、幾重もの今を創造する。 次元は空間を生むが、私は私から生まれたのだ。 膿み爛れながらも、意味合いに深まるべき超えるべきは今に存在し、 暇を弄ぶ事も皆無であり、 この短絡的な生命に、善悪も無く、規律すら無いのだ、と。 感謝。先々は色彩に溢れ、現在に触れ合いながら、如実な今に何かを与える。御礼。

アイロニカルな衝動に対してロジカルに放つ一撃。

敢えて進む日々は、現状に起伏を与え、散じる後先に永劫を構える。聳え有する時は、 列されながら、永らくに有した後先を転移させ、今に突き抜けていく。 悽愴たる由縁に絡まりながら、尊くも思える月日を仰ぐ。忽ちは、魅惑に尽きて、凍てつく現在に 変容されながら、理想的な現実に連なり、拙い現状に至福を与えながら 簡素な理由に持ち合わせるべき今を設置し、従う時に離れ行く時を介し、 忽ちは、刹那に関わり、絶えず、等差を求めるだけの愛からは離れ、放つべきは、心の動作が行い、 補うべきは、何にも無く、寛解すべきは、自己に有り、大罪与える事あらず、 今に咲き誇る採否に自由は派閥を産み出し、憚るが、慨世に尽きる者からは抜け出すべく、 喧騒に権利を置かず、今に対する嫌疑を探るような心からは離れ、恰も存在するような静寂に 包まれ、謹むべき今に運ばれる意識にだけ、指揮を求め、転じる後先に堅実さを引き合いにはせず、 囁く時に有する感情に対してだけは素直で有りたく、この有する時に欲深さを持たず、 持ち合わせる是非は、是認される事も無く、現実に長けるべく生える一瞬にだけ水を与え、 その場に確かな永遠の叡智を探った後に、起きざる意味にだけ道理は生まれ、この優劣付けたがるだけに、 違う時に対する事などは無く、事無き流離う意識にだけ、唱える現在が、顕在に伸びては介し、 また違う時にも、ちぐはぐな意識も現在に靡くが、嵩張るようならば、一人歩み、 介す時に有する今にだけ、規範すべきは、何であるかを唱える。 「背徳を重ね、背理に訪れる愛は縋るだけに過ぎず、現在に健在な示唆は与えず、季節性の愛に赴き、恰も、其処に損害するだけの存在に寄り添い、未開の愛を知らず、不確かな現在の裁量に傾き、はためく思いを持たずに、もたつく感情拵え、厳正たる審査を行わず、僅差を求めるべく、配られる意識に配慮されるだけに崇める意識に弛まぬ愛を用いず、何処に消える自己に新しい意識を持ち込まず、コマ送りのように感じる現在に顕在さを持たず、ただ漂うのが現実など、と慄き追する今に憚れ、堅実な今を保たずに危難を仰ぐばかりか、疲れ果て痩せ細る意識に飼い慣らされ、詰る時に隔たれるどころか、屁理屈ばかり重ね、利口で有るべく、利己的に進む日々に勇ましい事実など無く、自己を見失う限りだ。上がる為なら、この挫折し、頓挫するだけの意味などは、数秒で消し去る。罪過を齎すだけ過去には顔は無く、画する時に今が宿り、君は負担すべき現在に、永遠を与えないから、讃える事を知らず、わがままに費やすだけで、苛立ち過ぎ去る今に私憤を重ね、晒す意識は、贖うに比さず、賞賛にも値は決してしたい。賞賛などは要らず、消散した後先に、散財した意識が空っぽになり、また何かで埋めよう、と蠢き、引きつけ、引き返し、機影だけを残し、写真の一部などになりながら、儚く悶え、高める時に未明を売り、重なり合う時を知らず、私がなんたるかを知らない」 私は、私で有る事もせずに、有するだけに重み、と化す現在に兼用されるだけに乱用される事実が、重なる。 相対する時は、嵩張りながら俯き、動作はシニカルになり、リリカルな街並みに紡ぐべき糸を失い 縺れながら、軽減されない今に等差を求め違う。一見すれば、何事でも無い簡易な出来事は、 凄まじく厭わしい激情を重ね、大破しながら、寛容たる今に融合され、現用に吐き出され、 打算され、加算され尽くした後先に形骸を産み出し、出し抜ける為に、多面に靡く今を囲う。 「償い求めるだけの意識は堅持したがるだけに、誇示する。基づく答えなどは、疎ましいだけに過疎化し、下腹部に溜まるだけの重み、と化す。汚穢だ、と促すだけでは、終わりであり、その場に霞むだけの現実に察知され、苦悩を放つ結論を得るだけに裂ける感情は、簡易な対象物に足し算引き算行い安心するだけに翳る。忽ちは計算では補われず、奪われ失いながら、心失いがちだ、離反する今に規範の出来事などは、存在せず、恰も、其処に有るような理由だけを孕みがりだ。重ねるべき資産などは、無く、起算する限りに存在するような形を示すものにこそ、その存在たるマテリアルを与えるが、其処にリアルは無く、起算するだけの価値に追い縋るだけの自分だ、という結論にだけ結合され、打算される。資産は愛では有るが、その愛が何たるかを知らない限りは、辛酸な現状に飲み込まれ、受け入れる愛を知らず、受け入れるだけに愛だけに打算され、加算すべき愛の深層を知らず、深層を知った頃には、裏切り俯き、後悔し、悔恨引き合いに、今回は、今回で有る事を知らず、今に我慢するだけのシナリオを進むだけに荒む魂は、命が何たるかを知らず、従うだけに連なる。そこに守るべきは無く、目映く連なる永遠を知らず、軽減されない傷みを癒やす為だけに危難を育み、自己欺瞞を溜め込む。拵える今が簡素であれば有るほどに、補足されない現実は痩せ細り、今に浸る」 信じるべき愛は、改革を告げる。退廃的な明日に存在する見収めの事実にだけ、 史実が詰まる。今は、今にしか無く、仕方ない事などは、決して無い。 諦念すればするほどに、苛立ち刃向かう。忽ちは、疲れ果てもするが、 続ければ、連なる意識は、快挙を織りなすべく、現在に遍在する意識を変転させながら、 辺鄙な意志を繋げ、辺境で瞬く未来を重ねる。 支える時などは無いが、遠くから見守る意思を授ける。 この思いは同化せず、道理は求めず、道徳すらも求め無い。 単一な善悪に対するだけの対象を持たず、解消する事も無い。 配下する事も、従え、従う事も知らず、知る事も無い。 忽ちは、無い物ねだりの強欲を重ね、効力を求める。私に意識はあるが、この意識に、意識は無く、 儚く散るだけに意味合いを深めるだけの意志の構造である。 この今にだけ建築的な思いを重ねれば、賢智も得られるだろうが、選りすぐるだけの意識に対する、 権利ならば、要らない。 ただひたすらに今が硬化し、奏でる後先を貫くようにだけを願い、兌換されず、 又、この命に比率は無く、去り行く後先に提示すべく残すものも無い。 ただ担うべき今だけが、存在する限りは、この限りあるような永遠の最中を泳ぐだけの意味でありたい。

錆び付かない愛に差異性は無い。

雪解け仄めかし、溶け合い坐す意識は、所有物のように俯瞰的に彷徨う。途切れ途切れの安っぽい日々は、 遠退きながら、遙か無知な奇蹟を歩み、傷口を癒やすように、治癒し、既読し、読む間柄をくぐり抜け、 短絡的で単一な愛に憚れながら、募り痩せては対し、奏でる思いは、審美を突き抜け、恰も閉鎖的な 愛に轟き、魅惑の月日を超え、半生を費やした愛は自己に帰依し、搬送される愛は、更迭されず、 去り行き、有ったはずの心に呼吸を募らす。 罪深く名も無い、と君は夜露を撫で、整合される時を介し、不確かな現状の後に赴き、恰も外側に偲ばせる 過去が指針になり、担うべきが、何であるかを気付いた頃には、総ては泡沫の路地裏に世間体などを思い、 恰も、幸せなフリをすべきだ、と劈くだけの風や、自然の原理などに、瞬く。 引き返しながら、重ねる月日は、重みを増すだけに有り、今の逍遙終える時を知らず、ただひたすら走るのにも、 相対する愛が必要であり、執拗に迫るだけの脳裏は、理屈だけを偲ばせ、萎れた時に惨めな慟哭の雨降らし、 確かな何かを掴んだ、としても、その場に司るのは、つまらないものです、と嘯き、奏でた月日は、 撫でるように、要因に何かを与え、讃えるべきは、多分、ここにも無く、分裂した後先に広がる微粒子のような、 心の鱗粉降らし、負担すべきは、怠惰な私の叙情にある、と告げる風景も、苦楽に歪む、 多血な世相などに、与える弊害のようなやかましさには、飽き飽きだから、何処にも関せず、 我は対する事は、知らず、大差無く連なり、微々たる季節に摩耗しながら、木々が枯れては解する時に、 総ての初心な原理を知り、濃厚な現在に至福を与えるように、讃える意識は、なんぴとたりとも近づけず、 何でもかんでも、この身に迫り、この訝り濃淡で、ざわめく冬に投函されながら、補食される命は、 悔悟を劈き、はたまた、最後の愛を求めるべく、この慈しむ現在に、心象を与え、重ねる月日は、 擁護され、高揚感加え、体感した頃には、総ての疲れも、忌々しいだけに、思惟を連ねただけに過ぎず、 この脳裏に蔓延る夜が、簡素な懐疑を孕み、産み落とす是非は、対格を求めず、 快楽に歪む事も無く、ただ愛する月日に面影を産む。 対比する思いは、短観に染まるだけの、怠惰な価値を産み出すだけの扇動にしか有らず、 たとい、今を突き抜けよう、とも、今に重なる出来事は、対価を求めるばかりで、現用される事柄に、 代償を求めるばかりに解消される愛などに、本質などは無く、疲れきった波乱の後先に連なる未来にだけ、 愛は与えられ、保つべきが、何であるかを静かに紫雲に乗せ、輝ける時に配される愛にだけ、 対処すべきが何であるかを伝える。 「疲れきった現在に至福が落ちる。総ての兼用される今が、簡素な愛を連ね、拙い現在に至福を与える。交情する今が、体感すべき愛に手解きを与え、讃えるべきが、何であるかを知る。悴む愛に滅びは尽きぬ、と宣言する君は、訝る現在に強要すべき現実を突きつけながら、過疎化している愛に離れ行く堅実さを求める。纏うべきは、煩瑣な事柄に対して愛を持ち、総てを包むべきであり、尽くすべきなどは、何処にも無く、この危難を察知し、阻める月日に名残を与え、関した愛に配される時に関しては、差異は求めず、単に重なり合う愛にだけ、揺らいでいたく、この身体に与える栄養よりも、確かな感情で示す愛にだけは、嵩張るような容易を持たずに、蠢きながら、囁くような月日を旋回したい、と痛ましい夜は、細胞に募る足りない愛を埋める為に、運命に帰属し、憚る時をあやす。時々はこの身に介し、解毒すべきが、何であるかを伝える。寂れる時は、瞬く間に消え入る本心の雑音を掻き消し、現用すべきは、現在に示すべきには、何も無く、顕在な意識を用いれば、何の事柄に対しても、訝る事は無い、と宣言する」 忽ちは、静寂な正否を繰り返す。そこに愛が無い限りは、どちらにも靡かず、対すべきは、 この全盛の現在に降り注ぐ思想のようなものが値しない現在に比するように、と思い返し、 抱擁する意識に悟りを得ては、その悟りは場違いなのだ、と思い、対処すべきは、この身心の激動に 対する愛に比例しない愛に対してだけが、聯奏すべきは何であるかを遂げるように思い、 散策する意識は、階差などを飛び越え、対処すべきは、立ちこめる現在に起伏を与える 自己にあり、また対照している他者には無く、対象している客体にも無く、 この現在に立ち尽くす自己に標記は存在し、その歩み思う総てに、関していく意識が、未然に広がり、 自分に自由など、と宣言し、先見する意識に譴責浴びせ、劈く今に期し、稼働する今に譲与すべき 画期的で前衛的な愛に連なり、拙い感情に設置すべきは、対象を持たぬ愛のように思い、 感冒に触れる時々に訪れる静寂に身を寄せ、育まれる時だけに枠組みは無く、 また円環も無く、循環もせず、ただひたすらに駆動するような意識に返り咲くようなものこそが、 愛に対するような要因を深め、仕る時につっかえる意識を損なわせ、寂れる時に有すべきは、 解放される現在に示されるような要因に拘引されていく。

2012年11月16日金曜日

嵩張る夜の荷物を下ろす日記。

哀愁漂う夜は、ただ寄り添い、哀傷を撫で、関すべき意味合いの短所を見抜き、 長所を伸ばす。歓喜に長じる喧騒は、動機だけを重ね、欲望に長けていく。 困ずる時を持たずに、拗れる意識は喧しく、ただ現在に何を示唆すべきかを問い質す。 夜は、理由などは持たずに、離反し、汎用される意識に感性を求めながら、絶えず回転を続ける。 旋回する意識は、単葉に乗り、関した出来事の落ち葉になる、と隣の女が数秒カフェで溜息を 吐いた後を排他する意識は、怜悧なレイシズムを吐き出しながら、内心に悪意を溜め込んだか、と思えば、 理由を持たない笑顔で煌めく事の方が、多いのだから、その意識を利用すれば、 結構、何事も解決に進むべく、快活さを保ち、根拠などは要らずに、自然と執り行う行動のが、 結論に結合され、最も形を産むものだ、とも思うが、弔われない意識は、揉まれる程に、 自己を見失い、見え透いた現在から身を守る為の自己愛は利己的になりさがり、 ぶら下がる意識は、帰る場所を保たないから、代換えの聖母を持ちたがり、もれなくに連なる今が、 拙く辛くなるものだが、この問題は、自己の行いに対し、その結論を生む。 算出される意識は、数学的には解けず、たとい分析されても、その病理を植え付けられるだけに過ぎず、 このつくづくに続く思いは、誰にも会さず、結局は、自己で理解する結論で得る今に結果は伴う。 忽ちは、償い求め、少ない猶予を与える。爛れる意識は、その場に、不躾な意識を返し、 関するはずの今も、大差無い出来事に多大なる意味を保つように、と願い下げる意識は、 願わず、とも今に連なり、遺愛、となり、意志をはぎ取る。 嗅ぎつける餓鬼達は、その弱味を貪る為に、よくきく鼻を用い、嗅ぎ取り、君の使命を奪いたがる。 その違う意識に長じる後先を奪うべく、その場で終わりなのだ、と告げたがる。 弱気を握りたがる愚衆たる意見には、耳を貸さず、情報過多な事こそが、この意識を埋めるようだが、 意識に植えるべく狡猾な狐たちは、ずっと君の意識を飼い慣らすべく、馴れ合う流行を放ち、 薄っぺらい主義を放つ似非ナショナリズムを吐き出し、羽交い締めにしては、その真意の心臓を 掴み取るべく、餌を撒き散らし、おびき寄せる。 乏しく歩く夜は、煌々、と輝くネオンに宣言すれば、肩の荷が下りるのだおるか、と聞いてみるが、 如何せん、忙しく意志がない夜は、答えを持たず、理由すら持たない。 駆けつける意識は、放たれる程に、離れる意識の弊害に隔たるだけだ。 その場に立ち尽くす万世の記憶に記録を結ぶような結論は無く、慣性の法則は、 その機械的な理由付けを行うだけで、感性は持たず、科学的根拠程こそ、 何の答えも持たない、と言い放つニーチェの悩む眉間の皺の彼方にある宇宙を歩く 私は、この世界の渡し船の船首に立ち、両腕を伸ばし、この景色を計る事で精一杯なのかも 知れぬ、と説くが、この尊く散らばる意識は、のさばるだけに翳る。 その翳る意識の影を進む孤舟である現在は、夜に減退しない意識に至難は持たず、 危難を育まず、流転し、連理になり、円環を回る意識の論地を歩まず、 この奇跡的な現在に変容される朝だけを求め、夜の考えには、還元されず、返還される意識は、 朝になれば、愛に監禁されるべく、大差ない出来事の距離は、心で測らず、計る出来事に、 集う意識に対しては距離を保ち、憚る出来事に対処すべき距離感だけは算出し、 散々さ明日も、と起算するよりも、忌憚すべき現在に深慮深い出来事に対してだけ、然り、と告げたく、 叱り付ける雨に打たれながら、北風に乗り、この希代の運命は、あらゆる公式な出来事からは、 引き離し、この陰影に注ぐだけの意識の独房に独唱を続け、全景に届けるだけの行為を行うだけに、 過ぎず、この調律する意識は、効率などは求めず、求め合うように、恥じらわず、 この総てを解放し、この総てに対して、繋がる、という方法論を置き去りに、 功労するだけの命に、効能は無いから、愉しむ事の本質を知り、ただ愉しむだけでは、良くないから、 最も愉しむ為に、物事の本質を総て知り尽くすまでは、考えに過ちを持ち込まず、 トボトボ、と歩きながら、乏しくは無く、たとい、孤独さを感じようが、その差異に持ち込まれる自己に、 矜持が有る限りは、その景色に寂寞は無く、調律する風景に対するべく身心ともに、健康であれば、 この生きる事に関しては、何も求め無い。 感謝。総ては解放され、聯立し幾億の意識を辿り、一つの意識に出逢う。御礼。

賢明な朝に捧げる名案に隔たる明暗を解く鍵。

この奴隷である朝の景色は、重たく切ないだけだ、と告げている。陰口誘う地下鉄に乗り、 智慧の無い幸福を売る広告に目をやる。意識に刺さる風景は、治らない傷を与え、傷口を広げ、 恰も拡張される傷跡に、泣き言を募るだけでは、味気ないから、実勢に対すべき、愛を求めたいが、 混迷極める、と促す情報により、支配される意識は、気配を持たず、現状に対する厳然たるものに対しては、 結合されず、幻想的にちらつかせるだけの幸福を求めるだけに貪り裏切る意識だけが、徘徊し、 敗退する意識は、二度と立つことを許さず、と促すだけの卑屈で利己的な輩により、冷笑され、 冷たい目線を浴びせる事に対する事など無い、と宣言し、この朝に否決すべき理由の烏合に対して、 もう飛び散り、離愁に消えろ、と宣言し、この景色に対してだけの根拠を求める。 この悔い躙る世界に対して境界線を持たぬ者よ、此処に集え、と告げるが、集うだけは内戦に陥る。 革命に意味合いを求める、と暴力に陥り、効力を保つだけの権力装置に成り得、その意識に荷担するもの 総ては、独自の権利を放ち、新たな権力を持ちたがる。もれなく都合の良い意識は、この全域に達すべき、 意志は持たず、その力に対処すべき理由を保たず、諦観するだけに翳る。 対するべきは、この利用される理由にあるが、その理由から離れれば、何でも無い事のようにも思える。 そこで諦めれば、矜持は、狂気になり、悶える意識は、通りすがりの意識を刺すだけの結論に自己を 終える。往年に突き刺さる従来からに従属し、隷属するだけの意識は、あらゆる神性な意識を求め、 それに縋るだけに疲れているだけだ。それに流されすぎる、と阻喪な欠漏により、漏れるだけに 渇する。時折は摂動され、リンクされながら、切り離され、その些細な出来事に著明さを与え、 賢明に生きるよりも、この薄命さを知り、迷惑を感じながら、それをただ正すだけには、答えは無く、 何処まで自己を糾すことかにより、似通う問題も、散々な巣に帰り、その問題に対して会す自己に対して、 愛をどれだけ保つかにより、卑下は止まり、隔てる意識に嫉妬などは無くなる。 忽ちに判然さは無く、幻想そのものだ。今すらも、数秒を加えれば、和えたはずの出逢いにも悲恋に 赴く結論だ。結束する意識は、収束はせず、立ち並ぶ事に補われず、ただ自己を聳立させ、 何処まで進めるかにより、この名実な日々に名を刻むような君の意志が、道筋に彫り込む 意味合いにより、景色は変わる。 「漂う意識は、ただ寄り添い、果てなく会し、程良く溶け合う。出逢いは別れを批難するが、その一期一会に詰まる一語一句を忘れずに、煩わしく思える想い出には、さようなら、と告げ、作用しないなら、動作にもならず、交差する意識は忽ちの結論に結合され、意識の果てに消え去りはせず、この自我は五月蠅く、規範すべき現実の規律を守れ、と五月蠅く連ねる。何が産み出す答えにより、この意識を萎靡沈滞させるかを解く。悔悟を溜め込む後先が、織りなす罪の積荷を下ろすべく、算出などはされない意味合いに辿り着く。この未明は、朝に連なり、拙い意識にでっち上げる真実を産み出す。その意味を保つ為に、あべこべに介し、この昏倒する今に達しながら、規範される理由に構造織りなし、その場の傷痍の上に作り出す意識を授ける。預けられた身体には器官はあるが、この意識は、何処にも存在しない。ただ漂う惑星のようなものだ、と枠組みから離れる意識は伝える。この意識は空間を彷徨う旅人なのだ、と風は告げる。押し返す波が、その意識を飲み込み、いつかは消え去る、と海は伝える。母なる愛が、この総てに弾け、弾け続けろ、と宣言する。愉しみ尽くせ、と。その尽くす意味に尽くされず、月去った後先に織りなす影にこそ、尽き果てた後先の功績が存在し、膨張し、また一度、もう一度、と何度も弾けるのだ。この私を宇宙だ、とすれば、総ては惑星であり、微粒子であり、総ての栄養素である。その栄養を譲り受けるべく、この身心には堅牢さを保ち、健康で有る事をだけを願う。君の幸せこそが、この私にしわ寄せされ、しわくちゃになるまで、闘い続ける意志に変わる。この意志こそが、自己に反復し、自己を調律させる。その頂上に登った先にも、長じる先は有るからこそ、この意識に理由は持たず、明日、消える命のように、ただ燃えさかる。境目は自己が織りなす意味に過ぎず、その考えに還元されることは、と言えば、卑俗な精神だけである」 曖昧に淡々、と続く。朝焼けは染み入るように、文明を開花させる。 通り過ぎる思いは、何処かの未明に遂げ、何処なの、と告げるだけの意識、とは別れる。 忽ちは過去に反映する虚像だ、と織りなす君には、この現在に対する幸福論などは、 無いのだ、と告げる。今を克服しない限りは、その幸福には目もくれず、知らぬ間に不幸に成り得るだけの、 シナリオを歩むだけだ、と宣言する。短絡的ではあるが、陥落せず、酩酊しないための、 意識に陶酔し、その場の悲しみの情意に交換されるだけの意識に答えなどは無く、 堪える程に、絡まる意識は、解ける事を知らず、滅びるだけの自己に寄り添い、 そぐわぬ、と介す意識は、損なうだけで受け入れず、受けとらず、請け合いの事実により、崩れ去り、 跡形も無くなった自己に讃える意味を持たない限りは、たとい今が良くても、後先は、不満、と不安に 滾るだけだ。 この起伏にこそ、永遠は、ただ存在する。この存在が有る限りは、君を信じよう、と思える限りに滾る。

この夜の精神分析。

意識は、心の内側に割っては入り込む。刻一刻、と近づく風景は、意味を保たず、旋回し、 奏でる先々の心象に蕩け、印象に解し、寛解した後を追いながら、責め立てる日々は、傀儡のようだ、と 叫んでいる。 夜に刃向かい続けるべく、この夜の精神分析を執り行う。この夜は三つの場面に等差を与え、 奏でる先々の事案に森厳は保たず、勘違いした意識は、その均衡を守る為だけに保たれるシナリオにより、 折れた時系列を放つ。現世の登攀を行う現在は、顕在な意味を持つべく、自意識の過程を歩く。 このプロセスにはみ出す意識は、飼い慣らされず、陣頭指揮する今により、最大限の威力を放つ。 効力は保たれる事は無いが、凭れる限りに劈く意識は、嵌まりきる後に足枷はめ込み、 その意識の表面化の意識の奴隷、と化す。理由などは要らず、本能により、至る景色は、訝るだけに過ぎず、 この意味に静聴を続ける意識は、加減を知らず、浸透するだけに、最大限の行為を放つ。 忽ちは、消え去る意志の薄命さを轟かせ、果然に通り過ぎる現在が、四の五の突き放し、 寂れる時に融資を繰り返しながら、過信している現在に至福を与えるような理不尽な意味合いを迸る。 募る思いは逆心する時折に反し、関すべき対象に短絡的な自己を用いる。 利己的な愛は希望には成らず、自分に媒体する毒虫そのものだ、と女がカタルシスを数秒放つ裏通りを 介し、ロジカルな自己の意識の路地裏に辿り着く。見世物小屋では、過去の陰影を流し、顔の無い人々が、 鎮座する。よく見れば、それは自分の顔だ、と気付く。その先々は、緻密な意識を介し、回想する意識に 聯想する行動が、劈き、未明の白昼夢が吐き出すTraumaが見せつけるだけのフラッシュバックが襲う。 確実に襲う不安は、安定などはせず、その意識を消耗品だ、と捉える脳裏は、最もに弔うべく磨り減らすべき 過去が織りなす虚偽を放ち、幻影を脳裏にちらつかせる。凭れる意識は、ジェンダーを持たず、自己愛に 達さず、離反する意識に乖離し、数珠つなぎの精神の端々に連なる意識の橋を徘徊し、 恰も達する意識は、徴収される現在に過去を売りながら、強襲する自己が、織りなす過程は、その自己には、 耐えきれず、堪えるままに、崩れ去る自己を傍観するだけに限る。この宣言は一つの節目が織りなす、 二つ目の意識に介し、奏でる現在に与える全貌に構築され、刹那の泡、と化す。 問題は、価数であり、理想を持たず、整然、と理数に化す。円環は単一な円を描くようで、その意識は、 自己の背中に介し、対象に理解を求める。機会は無いが、この出会いは、一律に一期一会であり、 一語一句は誤りを保ち、建設的な支配も、権威の犬であるだけの首輪に足枷はめ込まれ、 ラジカセから流れる時折のメロディは、審美を売り、神秘に変わり、離床する意識に目覚ましい活路を与える。 時々は、重く切ない、と語る彼女のプロセスは、メビウスの帯を歩き、あらゆる風景に多大な影響を保つ。 混じる先々は、指針を持たず、保つ意識により、解される。時々を重く考える夜は、耐えず、現在、とシンクロし、 シンフォニーを重ね、この一人、一人の心音を聞き取り、輝けるZionを目指すようにも思えるが、 楽園などは、自己が作り出すだけに自由の基礎は有り、あらゆる物質が促す理由には利用されず、 その自由を達した後先に連なることに、不自由などは、決して無い、と宣言する信仰心の分析を執り行う。 この意識は稀有な敬虔により、最もな支配を促す、と宣言する神は居らず、陰口が広がる暗闇は、 悪性の心を吐き出し、訝る意識に対して怪訝な愛を放ち、反する時に介与し、 建設的な愛を保て、と放つが、もたらされる慈悲は、同情にしかならず、 同意すべきは、その行為に対してだが、それに反する説教により、設置される意識は、 でっち上げの真実そのものだ。信仰が必要な限りは、血で血を争う限りだ、という事を知らずに、 利用される意識は、なんぴとたりとも、利用されてはいけない。 淫靡たる悠遠に絡まり、程良く罪深い冬に介す、と敬虔な信仰心を放つ指導者に跪く、暇な連中は、 夜明けを待ち、訝る罰を待ち、自己に対処すべき意味合いなどは保たず、未来に長けるべき意味合いを 打ち付け磔にしては、神が死んだ後に創り上げた偽装された試みに尽くすべく、綻ぶ意識を 何度でも紡いでは、その場に司る風景に託す思いは、伸び続け、矜持を持たずに、誰かに縋り、 媒介する微笑みに開花させるべく、嘯く支え合いは、愛を知らず、思考が廃れ、死にものぐるいで、 自分を立て直す事を知らず、本音、と建前は逆になり、その逆心が放つ悪臭は、簡素な時代を凶変させ、 暗澹に靡くだけに轟き結合し、この世の軋轢を最もな価値の代名詞により、価値を失わせ、 絵空事に過疎化する思いは、神いずる時を知らず、常軌を逸し、破裂したジレンマは思案にもならず、 悶える気色に怠惰を生む。我思う故に神はあり、我探す時にこそ、真実は投函され、交換される 意識は軟禁状態で、荒む。縋るだけに進まぬ意識は微睡みに蕩け、理性を失い、 その権威に基づき、跪くだけに翳る意識を知らない限りは、この世界に戦争は無くならない。 喧騒は演奏を続ける。力学は三つ目の結論に結合していく。この裏切り荒む現代に、現在は無く、 遍在な意識より、偏った主義は、荷担すべき権力だけに肩を貸す。 軋む明日は、誂えられ、暴かれる程に、あらゆる功績を奪い集う。この喧騒に対処すべき事柄などは、 何も無く、この混沌、と蠢くストリートに理性は無く、規正しても、その場で整う意識は、 大多数により、気配を託し、軽薄に打ち寄せる顕在さは、差異性を知らず、勘違いしたナルシズムにより、 日は沈み、アイデンティティを持たずに愛着する意識は、パラサイトそのものだし、その問題の スキゾフレニアは、単身に分裂する情報の倒錯だ。その情報網を貪るだけでは、 感情にはならず、感染するだけの意識に蝕まれ操作されるだけの結論を得る。 この意識は、何処にも結合されず、意志を喰いながら、悔いる事は無く、 換算はされず、還元もされない。たとい、その今に寛容たる換金が行われた、としても、 もたらされる愛には叶わぬ、と宣言し、この中途半端な関連性に終止符を打ち、執心は、決して持たぬ。

2012年11月15日木曜日

夜の気配を察知する日記。

換算されるだけの夜は数奇な思いを掲げ、 何にも原意は与えず、利己的な価値を促す。 退屈な夜は凌ぐだけに、遠退き、魅惑に果てては、 枠組みの中で育み、対する時を有しはしない。 体制だけを守る面子は、表情も無く彷徨い、標示される出来事だけを見つめ、 その場限りの結論を、得ては反吐を吐く。 この命に一律の思いが加算され加担される至難にもなるが、 たまには休むべく、余り考えたくも無い、余計な事は取り除く。 空白に予見する夜は、疲労困憊しながら、 今回も、愛を見つけられはしなかった、と言い、うな垂れている。 だれた愛は、単なる遺留品だ、と貪り集める愛こそが姑息に思える、と疲れ切った夜は、 慟哭し、呼吸も忘れる程に、むせび泣き、 無数の意識に鎮座しているで、あろう愛には抗する事も出来ぬ、と、ただひたすらに泣き崩れている。 その愛には対象は無いから、泣き続けて、いるのだろうから、 私は泣き疲れるまで、夜に寄り添い、慰めはせず、ただ寄り添う形こそが 、愛なのでは、なかろうか、と思う。 夜は泣き止み、泡沫を照らすべく、悔む事は無い、と言い、 対する明日は重たく靡くが、長く感じる程に、解けず、背負う意味は、 重たくなり、担うべきものも無く、ただその、重みに潰れる。 女は、簡単に褒めるものでもない。端的に愛すもの、と告げる夜は、償いを嫌う。 ヒエラルキーを掻き消す為に、拡げる意識には費やすべき多大な愛が必要だと叫ぶ賢者は、 夜を侮蔑し、心の中で分別し、見下しているだけに過ぎない。欲は孕むべきであり、 短絡的に晴らす事では無く、そこに愛を、本質からの、本心からの愛を持てば、 羨まれる事も無く、また怨まれる事は無いが、裏切られる事は無きにしも非ず。 心の悪意は尽きる事は無い。健全たる魂に、健全さは無く、 敬虔たる者こそ、羨むべきでは無い。慎むように毒する善意は、 心を無駄に、し悩むな、と告げ嘯き続ける。洞察せよ。考えているうちが、 幸せ、と知れ、と語る夜は確かに自分を取り戻し、取り揃える事無く 、この今に対象すべき愛に和んでいるだけに寄り添い今にだけ、意味を感じ、 刹那に轟く夜の構造は、権威的でもありながら、嫌疑を重ねたがるが、 それは互い違うだけに過ぎず、その筋書き通りに掃き溜める命に、 結論は無く、たとい結合された、としてもだ。 その場に溜まる滓を集めるだけで、あらゆる時には対せず、 時の理論を超える事は無く、答える時にだけ、答えを求め、 対価を求めるだけの代償に泣くだけであり、 惰性な真実に超過する意識が、時間を織りなし、考えが与える欠如により、 時間に追われるだけの日々を貪るだけだ。 その翳りに追われたときは、適当にこなし、適度に笑い、適度に関さない事だ。 感謝。追われる日々は、老いを知らぬ。御礼。

限る日々は尊く繋がり尽くしきれる愛に花開く。

動向は季節、と共に深まり、心に富を与え、堂々、と徘徊を続ける。列する思いは秩序を含みながら、 無為に進むものだ。誰かが織りなす答えは、事ある事の、誰かの答えであるし、やがて消え入る事柄に過ぎず、 この至難すらも、批難する場所を与えぬが、愛に対してだけは批難し、温めていただく。頂きに登る不確かな 本能は、知性を孕みながら、陽光に変わる。行為は、因子を含み、対する時に遺留品を残しながら、 数々の、その人の思い出だけには絡まるように、浸透する。人知れず、一頻りの永遠は、寛容に現用される。 悉くは、金銭的な価値観だけに、絡まる下の者が、上の者に嫉妬するだけの劇場だ。 固執する運命は、滅入り続けるだけに下向き、俯く。絶えず意味合いは原理を求め、プリミティブに交錯し、 権限ある自然に乖離する。忽ちは、ちまちま、と孤立無援な日々を歩く。 根源は不確かな原意を放ち、深淵に嘔吐を吐きたがる。尊く存在するだけの朝は、傘もささず、降りしきる 悪意に濡れ、隔意を知らず、その表面の悪意だけに、募るだけの苦境を彷徨うから、私は、その朝に寄り添い、 範囲に存在する螺旋構造に欠いただけの理由に保持すべき理由は無いから、と告げ、俯く朝を抱きかかえ、 加配される理由に悔悟などは、存在せず、また君に関する罪などは、この私が食べるべきだ、と言い放ち、 覆す時は、靴底の裏に存在する世界の痕跡を確かめながら、歩きながら知る栄誉を重ねるべきだ、と告げ、 つくづくに本質などは存在せず、また、この存在に提示すべきものは無く、この術が伸びる限りは、 その存在を損なわぬように、照らし合わせる周囲がライトアップしてくれる方に、帆を上げ進むべき、 衝動を育みながら、枠組みの中に存在する自分は、恰も不自由であるが、考え方一つで、この命に、 枠組みは存在せず、育むだけに存在するだけの今が、損失する訳も無く、損なわれる事は、単に 心が織りなし与えるだけの行動を踏まえ、憤懣を吐き出しながら、何れかの愛に気配を残し、 重複する朝の器官を循環し、関する時に隔てるような愛を拭う為に、この根絶しない意識は、 根源を求め、原石であるべく、あらゆる時を歩く。 「排他した夜は、恰も終わりを告げる。利己的な理由は利用されるだけに遠ざかるが、仮の身体に数多の事実が突き刺さり、重なる愛が、汎用されるべき愛を吐き出す。統治される通り道は、縋り付く餓鬼たちの支配に戦く。孤高に歩く時は、あらゆる権利、と権威が邪魔をし、世間体や体系が、この気配を察知し、寄りすがれ、と告げ集う。追憶に比する感情は、簡易な愛を吐き出し、この意識に寄り添え、と告げる。つくづくは曖昧な派閥を産み出しながら、大量に物事の産み出し、精彩を欠きながら、凄惨な事実を産み出してばかり、と思う若人に告げたく、この意識こそを変革すべきなのだ、と告げる。償いなど、とは違う。互い違う意識に道筋、と行程を与える理想論でも無く、両道歩く為に、偏る真実には、寄り添うな、と告げたく、この仕方ない日々にも、しがない愛は、僅差を求め、姦悪に引き寄せられる事無く、引き合わせる事実は、殆ど両成敗であり、その力学に対する計算などは、無駄な事でもあるが、あらゆる出来事を説くべく、この意識は止めどなく全貌を徘徊し、単一に善良などであるから、滅ぶだけに遠退く事を知り、混じる時に反する悪意に対する愛は、対抗せずに、拮抗し、反するようで、同じ事を繰り返す。微睡み介し、この朝も穢い昼になる、と告げるが、照らすものの視点を変えれば、自然、と笑顔になるような絵を描きたく、ここに連ねる意識が、単一な愛であるように願う。善悪ひっつけて愛になるようだ。この朝は印象を蕩けさせながら、永らくの理性を砕き、屈託無い日々に仮の生命は、零れ、綻びながら、生きる事に関しては、惰性な大義を用い、権力には、寄り添わず、愛には荷担する。愛を知らぬものは、権利を盾に建前に、しあらゆる事柄に嫌疑を配る。上下共々、悲喜交々、と兼ね合い織りなす事を知らず、短絡的な愛は、その価値では買えるが、飼う事は出来ぬ」 溺愛する真実は朽ち果てながら、果てる事は無く、悉くの愛に飛翔し、反する時に有する事など 対して無い、と告げる。大差無く歩くが、配備される事柄は、その差異ばかりを求める。 流浪する意識は、長じる先々に飽き飽きな現状を突きつけながら、幻影のような自己を飾り立てる。 翳す時は、不意な悪阻を与え、間違いを生む。時々は感銘な時に配され、 恩義などを重ねながら、少々、利己的では有るが、技巧的では無く、機会を求め彷徨う。 「憧憬が未来に繋がる。追跡する自己は消え去り、寛解する時を歩む。疲れ果てた時にこそ、疲れぬように、と進み連ねる。長い後先は、今に転じて何を成し遂げる訳でも無く、隔たれながらも、進み続ける限りに、この命は優しく鼓動し、動向の意味を踏まえる。躓けば、先が見えない、と嘆くが、損なえば、そこにあるはずのもの影を追いたがるが、互い違う時に、つがい、放つ今にこそ、意味は存在し、意味など、そこにはあらず、時折に併用される栄養を受け入れ、静かに聯立し、焦躁せずに、落ち着き馳せては、今に展望させる」。

解する時は永遠を含み達する時を歩む。

未然が濃厚に、この存在を照らし合わせる。人波は、何れかの存在を掻き消し、はためきながら、 簡易な自由を歩き違う。言葉は集い、印象的な悔悟を溜め込みながら、無秩序な明日の北風に乗り、 敗亡しきる現在の壁などに落書きしながら、萎れた感情で瞬く。 数える月は、数々の人徳など、と嘯く。嫌疑が司る街並みは、権威的であろう、と有する形を豹変させながら、 永らくの月日は、飛び火し、乏しくも群がり見収めの月日を隔て、解する時に、程良く溶け合う愛を求め、 異説を唱える動植物の回りを飛び交う。 堅実な君の微笑みがMona Lisaのように、見え隠れする原野。迸る永遠は、確実に、この足下に描かれ、 兼用されるべき慈悲などを唱え、仮想しているだけの日々を流浪しながら、身心を加速させ、 下腹部が歌う思い合う季節の呼吸法を調べ、懇切する時代の化石燃料、と化すように、 この喧騒を忙しく掻き乱している。堕落する主義は、嘘吐きもたつきながら、時折の至福を売りたがる。 互い違いに消え入る本心は、醜さを浴びせ、時々の毒々しい思惟などに、本質など、と頷く。 淘汰されるべきは、弱気にあるが、この倦怠感に潤わす愛が、その先に無い限りは、 無くす限りに悴み、無心で仰ぐ日々は、かまけず、怠けるだけに、遠ざかり、過信している日々は、 加減を知らず、迫りくるだけに、この身を焦がし、貸し付けられた身体にも、愛の本心が何であろうが、 関連する事実が、追憶で馳せては返すように、広がりながら、暗澹たる思いの泥濘に嵌まり、 耽溺しうるだけの夜明けに、持ち込まれる慈悲は、だんだん、と、この身を介し、不届きな真実に 重なりながら、影のように迫る自己は、自分の心に両用し、少し休め、と告げる。 「加算する出来事は、忙しく駆け巡り、アイスのように溶け合う。季節は、妖艶な坩堝を作り出し、はためく運命に帰還する。何事も、何も動かぬようで、総ては、緩衝し、この身を動作させ、交差させる。去り行く思いは、行いに帰還し、規範すべき自然を見つめろ、と伝える。何者かに囲まれ、何事にも囲まれ、物質に誘われる、と自分を見失う限りだ。孤独の理由を持たない者は、孤独で有る事の深い意味を知るようだが、孤独の理由を持ち合わせ無い限りは、いつかの孤独に割っては入り込まれ、その場で固まるだけの自分を見つめる。この一瞬が最後になるように担いはするが、何の実感も無く、過ぎ行く。その場には、有るはずだが、有した、としても、先々に連なる存在は、その場に起きざるを得ない時に、有する形を保たず、その形に限り、君の使命も彩りも違うであろうし、この不確かな生命、と言うものは、言い放つだけで、自分勝手で、自由気ままではあるが、愛した時に反して、この欠如を埋めもしないが、控除すべきは、そのような出来事に対する自分でも有ろうが、心に反し続ける日々は、やっぱり孤独名ので有ろうか、と説く。その先は秩序も無く、常識も無い。例えば、君が迷った時には、この愛は、無限性の真理を孕み、その愛こそが、総ての真理なのだ、と告げる。その与えられること総てが、真理だ、と説く。その先は、壊れようが、作り直せば尊く、たとい、作れ直せない、としても、そのままの形を取り残し、取りこぼしていた日々に傷み無いように、と告げ、つくづくは羽目外し、泡沫に鏤める少々の悪意のようだが、その嫌疑に善意を掲げ、振り翳すよりは、マシだから、この永遠に偲ばせ、忍従する思いは、更迭されずに、この景色を浪々、と歩む」 咽び返す夜は、きびすを返したがる。その先は太古の過去だ。暗がりで浮かぶ暗い顔だ。 コード化されたデータだ。脳裏が嘯く影、と本質だ。導く先は、譲与されるべき愛にだけ幇助される。 忽ちは、空気感染し、関すべきは、対すべき愛に比するべきだ、と告げる。 嗚呼、この命は、誰のものでも無いが、総てのものだ。一律の不安や不満などは、納戸に隠して、 真意に成るまで寝室で眠り、朝になれば怪訝さを失い、総ての差異にまばらな愛などは配らず、 解ける先の因子であるべく、この愛を微粒子にまで粉砕し、心に物差しなどは、持たぬように、 この生き続ける日々は、この御身に繋がり、この意識故に懐古に吐き出す物語を引き摺りながら、 悪銭握らず、隔世に伝える為の命なのだ、と知る。 「知りもしない日々の尻ぬぐいをするようなものだ。問題は、不調なときほど、この身に介し、対すべき自己に自傷行為を与える。讃える日々は、緩衝するが、対照的な心を持たぬ限りは偏り、辺境を歩き辿り着いた境界線の前で立ち尽くす。尽くしきれぬことは、事柄の中庸を持たずに、心の中核を掻き乱す。心は器官では無く、何処にも存在せず、宇宙の核の中に存在するように思える。この先に罪などは無く、また犯した後を裁く者も居ない。問責する時は、悶着するだけに、この命に集う者に相対し、対すべきは、この単一な命にも無く、何処に対しても、この意識は伸びたがるが、つがうだけに違うものでもあるが、総じて物事は同じ領域に関しては跳ねて、飛び交いながら、対すべき自己に気配を残し、その確かに生える時だけに、解する時にだけ、堅実な事柄を対処すれば良い、と説く」 改革などは、壊したがる者が織りなす過程だ。そこに進化は無く、森厳を破り、道理を吐き捨てるだけに 渇する。時折は、革命的な陰影を与え、悔悟を溜め込み、改組すべきだ、と宣言したがる。 この世界の道理は、理屈で溢れる貴賤たる価値の構造の中核を担うべく、危害を吐き出す。 そう思う事こそ程、退化するだけの異物であり、理屈でまかり通らぬから、曲がったままで意味を吐き出し、 秩序を壊しているのは、自分たちだ、と知るべきだ。この意識に是認されるものは、恰も形を保つような、 愛にだけ比するような要因を含ませながら、孕む時に産み出されるものにだけは、正しき運命を提示するものだ。