2012年10月20日土曜日
始まりの歌に靡く終焉の時に回帰する心。
この世に動機など無く、あるのは鼓動が促す動悸だけだ。それが促す日々に介すべき愛こそが、
紡ぐ日々にこそ、生じる意味合いの深みも増す。反すべきは矜持を持たず、織りなす価値に聳えるだけの
嫌疑をも、悟らない権利にある。暗誦するだけの価値観に生じる先は、天涯を持たず、形骸化した理論を
用い、君の心の起因を掻き乱す。
怪訝たる日々に誘致し、遊離する心に犇めく物質に答えは無く、個体では無く、巧緻な模型を育てるだけの
教育が織りなす主観に沈積する概念や、観念を植え込むだけの道理に道徳は無く、高騰する意識にこそ、
瞬時の原理は存在する。理念は損なうだけに限り翳る。限りある、と思えば思うほどに膿むし、
膿んだ心から放たれる悪意は、鈍痛を抱えているだけの恐怖、と弱気の悟りのようだ。
それに介すべき正義も、犠牲心に戦き、嘆じる先に軽減すべき悪意に対する愛を持たぬ。
持ち合わせる是非は、是認すべき一律の価値には無く、懇切滾る瞬間に補われる愛に存在する。
聖賢用い振り翳すよりも、権限用い繋ぐだけに高揚するだけのルサンチマンになるよりも、
この要理に犇めき紡ぐ瞬間に与える一瞬の愛に、介し、愛を求めず、止まらぬ先に介す愛により
心動作続ける要因を与えるような日々を作り織りなす事により、総ての愛は、解放され、
開眼すべき今に再起し、最愛の日々に帰還する。飢渇しても、尚、潤いだけは求めず、
潤わそう、とも思わず、思う愛に愛は無く、又、思われる愛にも、愛は無く、感じる心に愛は有るが、
その感覚すらも、姦悪が織りなす軋轢により、失われた要理を求めるだけに要理を求める価値により、
初めはあったはずの愛も、失う限りに、翳る。
限りある日々に嗅ぎつけるハイエナや餓鬼たちは、貪るだけに食い尽くし、求め合うだけに、陥る。
その先に存在する聡明な価値などは、程遠く、その先に得るかも知れないが、得る前に崩れ去るだけに
終える。嗚咽を吐き出し、陰影に滾る愛は、求めるだけに朽ち果て、求め合う前に湮滅する。
遠望に滾る解放感は、一律の愛を求め合うが、愛惜滾り奪われた者の悲しみは知らず、
知った所で、と心の効率を求めるだけに疲憊し、批判に陥る。貧相な価値を用い、愛を振り翳す今も、
意味合いは殆どの形容を求めず、愛の何たるかを知り得るからこそ、絡まる意図に宣言すべき
一律の価値を生み出すべく尚逸な主観にだけ、結論を与える。
「初めは価値なども持たず、廃棄されるだけに、潤い求めた。一見、権利を用い神を用い、愛を解かない輩の出現により、物事の善し悪しは変化し、シンパシーは新たな価値を用い、用いた価値により、総ての軋轢は深まり、争いに転じた。それは進化を位置づけ、今に縁取り、彩りを与えたようだが、そんな要因は、損得でしか有らず、抗う事により、深まる軋轢により、最もな価値、つまり愛は失われ続けた。一つの部族であり、民族であったが、分散する価値により、権限の均衡はバラバラになり、用いる価値により、権限の力は強大、となり、誰にも止められぬ価値になり、担うべき愛を振り翳し、殺める結論を得ては、それに疑問は問わず、愚問だ、と切り捨てる価値により、蹴落とす事こそが、総ての分別の始まりであり、争う事こそが、価値になった現在は、一見進化を遂げているかのように、思えるが、それは獣の価値である。人間で有る事を忘れた価値により、神を創り、人間が神になった世界に見習うべき価値は無く、価値観ほど、邪魔なものも無いのに、浸透するのは、誰が何であるか、誰が何の為に、の為だけに、陥れる日々に陥り、判然に思う、思いも、うやむやになり、搬送される意識は潸然、と下るだけに彷徨い、果てない欲望だけが欲動し、殺めず、とも何れかは、殺めるだけに加速する。そこら中に食い荒らすだけの日々は司り、仕る思いは、高座に座りたがる連中が犇めき、壮大な理論を忘れている。統一など、とは愚意であるが、統治する事は、尤もな愚行である。有るものを求める事により、最も深まった軋轢は、ひび割れ、介したはずの愛を失っても尚、止まらぬ欲望だけが気配を残し、忘れるだけに、最もな軋轢は深まり、深まる愛を知らぬ者たちにより、奪われた命も、浮かばれず、たとい、浮かばれた、としても、一部の権利に補われ、嘯く価値だけが操作する世界などに、世界性などは無く、作られたものを、得ているようだが、与えられている価値だけに、潤うだけでは次なる価値は生まれず、揉まれる限りに生まれる日々は、恰も、奪われる事により、と促す現在は右往左往せず、中庸、と均衡も保たず、保守もせず、人間本来の価値を求めるべく、解く限りに介し、何処かに偏るような主義などは、偏向に過ぎず、自己の筋書きを正す為だけの結論に偏り、聞く耳持たず、自分の権利を補うだけに、主義思想を押しつけるだけに止まり、淘汰すべき粛清だけに項垂れるだけの偏狂に陥るからこそ、聞く耳だけは持ち、見る目だけは保つべきである」
資本に権利を置かず、力に権威を与えず、抗わず、用いず、何れかの慈愛に靡き、
人間に神は与えず、崇めず、等位を求めず、生きる嫌疑に悟らず、
境目有れど、簡単に靡かず、感化せず、懐疑し、懐疑せず、関せず関し、
蔓延らず、潤い、潤わず、とも煩わしく無く、奇しくもくすむ短絡的なニヒリズムに陥らず、
補わず、ともルサンチマンに陥らず、僅差は求めず、干渉せず、緩衝し、
近接し、遠巻きで介し、介すべき愛に仮死化し、感染症抱え、反戦唱え、氾濫する濁世を飛び交い離れ、
放たれる意図は、訝る地平を超え、凍える愛に瞬き、ちゃちな真相を砕く。
介すべきは淫蕩たる由縁に無く、簡素な情況に存在する情報網に無く、
一個数体であった始まりから存在し、聡明な瞬間は一つの星であっかのように、絡まり輝き、
荷担すべき事実に聳える事柄などに、価値などは無く、勝ち誇るよりも、負け崩れるよりも、
生動するだけに絶え間なく蠢く日々の旋律に存在する微々たるものの動作にこそ、総ての真実は拡散され、
去り行く季節も風貌だけを残し、関すべき事柄に帰還し、この気配にだけ、兌換されるべく
求める事だけは決して無く、信念に備わる思念により、総ての動作は交差し、交錯し介した先に、
生じた意味も深々、と御辞儀し、混じる先々に天与される事柄にこそ、
心介し、崩れ去った跡形に示されるべき証拠も備わる。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿