ページ

2012年10月6日土曜日

人間の始まり。

憧憬は物事の摂理に蠢き、道理を掻き乱す。どうあるかにより、価値を押しつける朝も、飽き飽きな衝動を抱え、 確証すべき真実も、高尚を持たず、見下すだけに、価値観を示し、簡素たる答えを押しつけ、 勘違いした心は、深層心理を失い、表面上の価値に靡き、事実を見失い、従うだけに抗い、 抗うだけに従う。 緩衝を持たぬ時代は、昔年に蠢く太古からの化身だ。その景色を彷徨う私たちは、近状に果てる、 欲望の始まりだ。 投函すべき明日も、曖昧に犇めき、恰も流動的に蠢くが、固着しながら、自己の心理を彷徨う翳りに、 覆い尽くされている。 徹すべき愛を持たず、彷徨う毎日も、酷い苦痛をもたらしながら、簡素たる由縁を託し、 感銘を受けとらず、懐古の始終に錯乱している影に覆われる闇であるべく、利己的な理に、自己保存の精神を、 打ち出す。 寂れる毎日は境目を用い、その時間に覆われる自己の理に触れながら、ずっと震えている。 盲信している現在に締め付ける限りは、焦躁になり、担うべき明日を持たず、 折れた感情により、汚れた家畜であるべく、餌を貪る。 動機は殆ど矛盾したものであり、曖昧な感情が打ち出す毎日は、荒淫たる具現を行い、 理想郷を打ち出すべく窮境を歩む文明の限界を悟り、戒厳令を敷く。 敷居は低くも高く、高くも低い。どんな者でも入れる扉は開いたり閉じたりもする。 持ち合わせる慈悲も、日により、感情により、流動的に変化する。 その形は、殆ど同じ形状を保つが、物事の変化により、その形を留めたり、咎めたり、尖らせたりする。 輪唱すべき気配も、力学を失い、引っ張られ、引っ張り合いながら、真実を見失う。 見捨てられる毎日は、廃れならがも、自己の正しさを示唆し、真相から溢れる真実だけに、歩みを進める。 軽減されない永遠性の傷みを抱えるのが、人間の真実だ、と促す神も、人間の作り出した真実により、 物事の蜃気楼を彷徨うだけだ。 完治すべきは対立している現在に衰退する価値に追い遣られる価値であり、 簡単に蠢く今も、誰かに扇動され、羨望を執り行い、失錯している凍てつく現在により、引接される 価値により、間隔を見失い、総ての軋轢に変わる。 混信の脳裏に宿る離心が、宇宙の果てで歯痒く孤独を劈いている。 蠢く思考は、磔の現在の形骸、と化し、関する意味を持たず、徴候に喘ぐだけの、思念に追い遣られる。 考える事は、広げる事でもあるが、固着し、狭い価値を生み出すだけでもある。 言わばバランスだが、そのバランスの中庸を保たない限りは、アンバランスになり、 バラバラになる意志は、意識を失い、無意識に執り行われる事務だけが、気持ちを締め付け、 使命を見失い、物事の尾鰭を掴めず、その場に取り残され、失錯に喘ぐだけだ。 暗澹に輝く一律の心を用い、この世界など、と謳う。 凍結すべき親疎な管理下から抜け出し、贋物の効率が打ち出す秩序から離れる。 守るべきは、その価値にも無く、自己にも、殆ど存在しない。 損得勘定が打ち出す損失などは、生きる事に、殆ど作用せず、生きる為に通う今も、 寛容さを持たない限りは、総ての翳りに締め付けられる。 妄説だけに蠢く情報網に囚われる現在も、幽閉される価値により、観念を失い、 閑静で有る事を知らず、五月蠅く纏わり付く。 何か一つ用いるならば、本質からの静寂である。曖昧に漂う酔いしれる間隔も姦悪を産み、 いつかの赤子であった事柄を失い、事ある事に、綺麗事を打ち出し、 騙す事により、劣悪な今の起算を執り行い、誰かを追い遣る事により、自分を見出す価値が、 惨めである事を知った頃には、孤独に喘ぎ、自分が誰かである事すら、見失う翳りに陥る。 正しくはあるな、正しくもあるな。正すだけで、あれ。 抗い困ずる今に引き合わせる時期を用い、逍遙している感覚も遙か、語源を託し、 天命滾り、潤うだけの価値に引き合わされるな。 濃淡な心行を歩み、どれが真実なのかなど、と彷徨うが、その彷徨う限りに翳りは生み出されもするが、 駄作の価値に追い遣られず、生い茂るべく、自己の徴候を示し、自分に正しくも、あらず、 説き伏せる事も無く、この価値に見出す真実も、僅差を失いながら、高騰すべき位置づけを行い、 その場所に根差す価値に、水をやり、自分が正しい、と思われる場所を目指し、 遙か無縁の時も、窮地に変わるが、それを飛び越えた瞬間こそが、人間の始まりであり、 人間で有る事を喜びながら、歩み正す日々にこそ、悪意は攻めより、悪意に促されるが、 罪人遙か、歯痒く正しくあるものでもあり、善人遙か、嘲笑し、内心では策略もあるが、 誰もが正しくも無いからこそ、自分こそも姑息に正しくもあるように、操作するが、 交差する意思は、混同すべき事実の両道を歩き、どちらも正しく無い、と知った瞬間に、 主観は生まれ、初めて人間が産まれるものだ、と悟る今も、殆どの答えを保たず、 彷徨うからこそ、何度もに人間で有る事を良化し、認識し、総ての現行を示し、呼応する。

0 件のコメント:

コメントを投稿