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2012年10月30日火曜日

対象は自己に対して慈愛は持たず、緩衝するだけに対立し、競争を深める。

この現実に迷いは一切無い。介すべき愛にだけ微睡み、たまには迷う事もあろうが、愛去れば、 同じ現時点に司り、愛囁くまで奏でる思いは、一律の心に担われる。 関すべきは、代償を求める事に無く、関している後先に感ずる思いに姦悪も注がれるが、 阻喪に合わせず、相成れば尊くも輝き、今が対象すべき事実も持たないからこそ、 対価などは求めるべきでも無い。高鳴る思いは、自然に介し、関すべき愛に微睡み高揚しながら、 対すべきものも無ければ、作られたものになど、感情すら無い。 円環に連なる意識から抜け出し、乾いた季節を歩く。絶え間なく欺瞞を連ね、永遠回帰から脱兎し、 感覚器官が持ち出す緩衝する思いからも、脱兎する。 達観などは、尊くも無く、道徳を説きたがる高尚にも、行為は無い。対すべき概念に対する理に、 理念も無い。 この甚大な意識の距離感は保ち、近づく者を引き離しはせず、気付くまでは、尊く遠くで思う事にも 崇高さも無い。僅差する意識は対処し、代価を求めたがり、代用し、枝分かれ、隔てるだけにしか、介さず、 たとい介した、としても、解消すべき自己の対象に描くだけの実景にしか、有らず、有った、としても 何も無いに等しく、愛しく思う事は、御身に司り、単一な意識に隷属され、偏るだけに過ぎ去るから、 この要理にも、安易な答えは持ち合わせず、持っていた、としても数秒で捨て去り、 有意義など、には差異性は無いから、有する事実にだけ介される思いを批難せず、疲憊したままで、 甘露は求めず、淡々、と進むべき一途な思いにだけ、いけ好かない現状にも憐憫は少しの同情を用い、 君の心を横暴に横領しよう、と企むから、私用の現実などにも、現存する価値は用いず、 既存の物事に対する事柄にも、真実は用いず、悔恨溜め込まず、今回も無ければ、先々にも 最たる威厳はもたらされず、緊要に迫る思いは、不安定に偏り、傾くままに俯くだけに過ぎず、 継ぎ接ぎながらも宥める思いは、眺めるだけにあるから、この寛容たる現実にこそ、屈折もするが、 屈託なく幾多の現実は微笑みかける事を知らずに、知ったように歩くなどとは思わず、 どれもこれも、小手先にあべこべで、自由気ままに変容し、変動しながら、万物に流れ、 引き合わせる事無く、事柄は、横柄に自己を司り、責め立てるだけに寛恕を与えるが、 生命の尊厳は、そのような価値は持たず、もたらされるだけに、疎ましくも、卑しくも、誘われず、 解消すべき事柄も無く、同等などは、考える価値が生み出す結論であるから、 考える事は止め、思うだけに、切実な摂理など、とは思わず、思わされるだけに、患いもするが、 暗影に尽きぬ思いは、関しただけにだけ、大した事も無いものだ、と納得し、関したから、と対処する 必要も無く、単一に流される思いは、単に去り行くままに支え合いもするものだ、という事を知る。 「絶え間なく建前はトラップを備えたがる。互い違いに反す思いは、対象を失い、自己を解消すべきだけに、対象を求め、責め立てているが、それは自分を責め立てているだけに過ぎず、そこから生まれた猜疑に懐疑しているだけに過ぎぬ。過ぎ去る思いは去り行くままに介し、対した意味を見せもしない。淫靡たる永遠に掴まり、この長じる思いから脱すべく、この生き方にも回帰しない。介すべきは延々、と連なる自己の対象が見せつける幻想のように、自己を襲うが、君消え去れば、この時間に対した意味も無く、この空間から生まれた意味すらにも価値などは必要無い、と知った。君失えば、君介したはずの時間に大した意味も無ければ、この空間が始まり終わりながら、一部になど帰還せず、総ての事柄に帰依する事を知り、この知りもしない現実を読み解く事などは、不可能である事を知る。示唆すべきは最たる威厳を保つ一つの生命に介すべき対象を総てに移行すべく、術は持たず、持ち合わせる意味だけに投函すべき自己のヒエラルキーを昇華させる事であろう。愛去れば、差異性すらも失い、快晴すらも見えずに、自己を調律すべきだけに、自己愛に生きるのも然り、とはいうが、叱り付ける者が居ない限りは、進化せず、退化する思いの化石になり、関する是非を失い、自己に硬直する。忽ちは、対抗せず、退行するだけに翳り、君は自己の影、となる。なりあいは深まらず、賦活を与えるはずの自己すら見失う。蔑ろにした風景は、論争だけに微睡み、倒錯するだけに自壊する。信ずべきは、信心に有らず、近似している風景に存在する物事の波状であろう。関すべきは対象にもあらず、誂えられた全景に存在する。軽減すべきは自己に無く、危難を加え、兼用すべき現状に規範などは無いからこそ、自己を保ち、兼用すべき自己に対して堅実であれば、誰にも羨まれず、恨まれる事も無い」 いつの時代も矜持を保つ事は不可能に近い誤作動である。絶え間なく連なる意識は、 あらゆる拙い現状の僅差を求め、金貨か、身心か、と問う。 絡まる意識は弛まない意識だけ、重ならず、嵩張る思いを捨てた限りには、その意識は、直線に伸びて、 逆上せた思いを解消する。 近影に留まり、省かれながらも、階差などは求めず、僅差する陰惨な現状にも正否は司りたがる。 まんべんなく勤勉な善悪の起源を求めず、現形に突きつけられる意図だけに操作される。 善悪の起源は太古から連なり、現在に投下されるミサイルだ。 未済にしたままの意識が連なり、現状に落とされる思いに対して、今が混在し、懸隔を見失う。 失われ、調律すべき起源を知らぬ限りは、寛容さを持たず、対象にだけ対して、この善悪を押しつけ、 対する思いに価しない、と価値観に葬られ、貪られるだけに償いを果たせ、と五月蠅く付きまとう価値により、 物事に対する寄りけりを持ち入り、似通った価値をもつ事だけに、執心は連なる。 一過性の事実は、加勢する意識だけを求め、大衆迎合され、勘合され、感応する。 それを間違いだ、と思わぬ限りは、既存の価値に留まり、高慢に陥るだけの価値に勝ち誇り、 誇りなどは持たずに、埃で有る事を知らぬ限りは、限りあるものを持つだけに留まる。

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