2012年10月17日水曜日
統覚を目指す愛は何事も求めぬ。
俗世は、あらぬ事で騒ぎ立てる。物事は世間体の軋轢を生みながら、不必要な高尚求め、行為に頓挫している。
地を這う心が、艶めかしく過信した、午後を徘徊する。
忽ちは、物々しい示唆を繰り返し、獲物を捕らえ、一銭にもならない、攻撃を繰り返し、
恰も壊死したような季節に転移すべき事実に媒介し、賠償の闇をくぐり抜け、陳腐な嘲笑を繰り返す。
雑踏は尊く結ばれる意識の先々を見つめよう、とはしない。至難ばかりが目先に詰まり、諦観に陥る。
察知すべき愛も微睡み、神経質になった心は、担うべきを愛を持たずに、眠りを妨げ、考え無い心は、
鈍感に眠り身動きも取れない、と泣き叫んでいる、が起こしてしまえば、何とも無く、何度となく押し寄せるものに、
対照すべき恐怖すらも無く、感覚に押し寄せる姦悪ですら、可愛い赤子のように攻め入る。
影は形を縁取るだけであり、そのありさまに示す物陰などは、価にもならず、権限にもならず、
為し得た、としても生ったものが熟れない限りは、枯れ果てるだけに養分を吸い取り、肥えすぎ
動こう、とした所で、はまり込む後先に、進めぬ是非を問うだけに、止まる。
慢性的な夜の気配が孤独な怪我人たちを、どんどん、と運びこぶ。運び込まれた者たちは、
闇に帰還し、気配を掻き消し、暗がりで、光り輝く者を、羨望の目で見たり、嫉妬の目で見たりしている。
足りないものを、補うだけの欲動者たちが、示す値は、貴賤な価値を用い、均等で有る事を知らず、
知らず知らずのうちに行われている要素は、意味合いを失い続けている。
悔悟を溜め込む心に押し寄せる荒波は、商況を失い、未然の心に押し寄せる結論により、
疲憊し、疲労した心は、知ったような口を並べ、黙殺すべき事実を遠くから見つめず、
見つける先も、最たる威厳を保ち、刻々、と濃淡な時間にせめぎ合い、関すべき愛に手解きを受け、
新たな日々を歩くべく、上向き生えては展開し、加算すべきは目先に有らず、全貌に構築する
偶然性を保つだけの、微粒に蕩け、慢性的な介意を求めるだけに、縋る思いが、卑下する日々こそが、
優劣を決めたがり、簡素な答えを罵り合いながら、霞む思いに、助長を託し、勤勉な物事の情緒を乱す。
「臍の緒千切り、凍てつく日々を歩いている。或いは、褪せるような瞬間に微睡む季節の抱擁に包まれ、虎視眈々、と狙う者たちの憐れみに触れ、触れ合うだけが摂理だ、と促す妥当な先々も、審美を失い、美醜を抱え、揺籃に荒む感情を置き去りに、変転する意識に微睡んでいる。リアリズムを促し提唱する。硬質な思いは、徴候を示し、死んだ星の光りを吸収し、察する思いを抱え御身に迫る。贋物を売りたがり、潤うだけの陪観が快楽を生み、階段をよじ登り、蹴落とすだけに、心を捨てる。廃れた思いは、主観を無くし、思われる事だけに主観を置く、雲泥に犇めく差別的な心が、示す日々は、断続的な虚偽、と愚意を彷徨い、陰影に滾る悟性を食し、高見し、達観したかのように、高い所から物事を見つめる。征服される意識は、肯定すべき現実を持たず、もたらされる事実だけに少々の事務を執り行う。関すべき時代性の隠棲者は、静寂に理を売り、自己に正直であろう、と高直に登る。交錯する意識は去り行く機影を遡り、過去の遺物でろう、と必死に現実に藻掻いている」
蔓延る意識は情景に託される。総ての狡猾な理論が建設的に押し寄せ、覆い被さり、去り行く意味を問う。
内積する事実は、傷痕、と折り重なり、愚かであろう、と必死に豊かさを求め、重ねる事実は、
正しき事実を忘れ、晴嵐を歩き、荒廃に生きる。
表裏に存在する事実は、悉く敗れ去るだけに交換され、物音も立てずに、物事の何たるかを問い質そう、と煩く、
凡庸な事実に本質などは、無く、真実は、心象に滾る表だった行動が示す事柄よりも、
深層が靡き、思う以前に行われる行動により、物事のどうこうは決まり、始まり褪せては飢渇し、
帰還すべきは、緩衝すべき対象者であるが、理論上に衰亡する毎日に押し寄せる緩慢な愛は、
金満を滾り、ちゃちな生活感により、物事のよりけりは、判断を失い、何をも得ても、何事にも満足出来ず、
耽溺するだけに、破綻し、破産した頃に気付く憐れみに、泣く。
持つ者は、高貴さを蓄えるべきであり、持ちつ持たれつで有る事を知るべき是非を問うべきで、ある。
曖昧なようで、殆どの差異性は、事物の二面性の均衡を保ち、混じる意味に託され、偶然のような必然に、
問い質され、去り行く現象の何事かを知る。
「知ったところで、何になるか、と君は問う。考えたところで、考えに追い付く事は無く、追い付いた所で、老い負うだけである、と君は諦観だけを仰がせる。煎じるべきは、専一な日々に存在し、損壊した時に存在する快活さに存在する由縁に混在する意識こそが、弊害を砕き、祈る手を引き離し、掌を天に翳し、振り翳される現状の傷みに耐える。届かぬ思いならば、貫き、突き抜けるだけであり、ありさまなどは、変貌するだけに滾り、限りあるからこそ、大きく小さく、屈託無い笑顔で笑いながら、忘れ去られた去り行く意味に問うべき理想も、いつかの現実に摩耗され、諄く付きまとう現象の原理を蹴飛ばし、生える瞬間の微量の愛に気がつくべきであり、愛去れば、名ほども、何も無く、愛来れば、暮れ行くだけに、深まり、生えて未然を包み、全容を現しながら、欣然に進み、器用さを蓄え、もう何にも、騙される事は無いだろう」。
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