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2012年10月25日木曜日

本心は可決し夜に消え入る日記。

僕は、ずっと自分で自分を聳立させて来た。壮大な意識は、聡明な瞬間を見せつけたか、と思えば、 多々ある不幸の極まりに絡まり、顕然な意識を失いながらも、至るべき現在に突入し、 介入すべきは、対象にも無く、自己にも無い事を知り得、ここに書き記している。 教師の言い放つ戯言には、一切耳を貸さず、自己で考え抜く力を求め、懐柔される事を嫌うから、 しっぽを降るフリをして、いつか寝首を掻いてやろう、というようなルサンチマンでは、あった。 だが、介すべきは愛である、と矛先を変えてはみたが、未熟たる小生は、未だミルクを飲んだままだ。 塗れる意識は、かぶれるだけに腫れ上がるし、誰かに関した所で、欠如にもなるから、と 強がる先は、導く事柄の後先を遮断し、一向に見えない現実に引き寄せる無知に対して膨らむ 意識は、関すべき事実も見失い、薄い膜の彼方で傍観する自分自身に対立するだけは 味気ないから、少しは、考えに対する内容などを放つ所存でもあるが、 持ち合わせる是非は、如何せん、その場に事実を置いても、それは事実にならず、 存在した、としても近在すべき理由にはならず、成した、としても、それは過去にしか、成らないが、 柔軟性を用い無い限りは、もたらされる出来事にもたれ掛かるだけだ。 今日はコーヒーうまいだけで、じゅうぶんな一日の位置付けを終える。 寂寥の北風なびき、ゆっくり、とカフェインが沁み入る。はぶれた意識は、弛みながら、 心地良い静寂が御身をくるみ、着の身着のままな気持ちで、揺らいで行く。 厭う論理などは、捨て無心で眺める月は仄かに、はにかんでいるようにも思えるが、 思わせぶり、な月、という奴は、儚さを抱え、雲に隠れながら、心をかき乱す。 夜は静謐感漂わせ、昼間の喧騒が嘘みたいに、静寂の衣装を身に纏い、静かに隣に寄り添うようだ。 これこそが、何たる奇跡なので、あろうか、とも思え、 単一化する孤独にも、仄かな愛も、緩慢に浸透する是非を伝えるようだ。 夜の余韻がざわめき、逝き果てた地平を這い蹲り、天に召され、 昇華する思いが、星屑になり、尊い価値を、煌々、と照らしている。 見える星は、少ないが、感じれば、些細な光りでも、こんなに輝くものか、 と問い続ける思いだけが豊かさを与え、 太古の思いを、煌々、と輝かす星は、多分、大きな記録メディアなのかな、とも思う。 全てが記号化し、キュートな様相放ち、未然を包み込んで行き、静かな眠りに誘う。 何にも、邪魔されずに、想像を紡ぎ出し、はびこる意識などに、愛などを配り、 短絡的に落胆し、ざわめく夜からは、乖離する。 これこそ、成否を重ねる充足感を介し、潤うべきニヒリズムに昇華し、 明日に担うべき一存を溜め込み、一律にばたつく意識を鎮める、方法論だ、と静寂が伝える。 伝う意識は憩いを与え、何か不規則な約束交わし、全ての凡庸さを突き抜け、 短絡的な悟りなどは、要らぬから、この静寂にだけ、理由だけが混在すれば、 この存在の殺伐、とした元凶も、少しは晴れるのである。 夜には、少しの猶予ある、愛が必要だ。孤独で有る事は、身心ともに悪い。 時を求める愛に、愛は無く、時に相対さない愛こそが、愛のような、雰囲気を醸し出し、 長らく介した苦味も、甘美なものであった、と思えた時、全ての偽りは脱げ落ち 自分が落ち度であったことを知り、出会うべき新たな日々に遠ざかって行くものだ。 感謝。差もなく程よく弛み、全てを介し、全てに全ては基づいている。御礼。

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