2012年10月22日月曜日
幸福論を克服する夜の日記。
夜の変遷を経る。幾多の感情の尾鰭が光りの紗を放ち、心に絡まる。
重なり合う純粋な思いは、光りの屈折を曙光に変え、総ての兆しになる。
君は、損なうだけに屈んでいて、凍てつく夜の彼方で、兼ね備えるべき心を持たず、
もたらされる日々に、行為を求めながら、永らくの怪訝さを保ち、その思いは懐疑を含み、
猜疑に変わり、代わる代わる代償を求め、大小の悔恨に悶え、慣例に従うだけに、
下向く感情は、最早、人間の尊厳を失い、根源に犇めく恐怖に犇めき、身動きも取れぬまま
悶えるままに、揉まれ摩耗した意識は、守るべきものを失い、薄い膜に存在する、
潜在意識の彼方で、凄惨な事実の差異だけを求め、傍観するだけに嗅ぎつける弱気に支配されている。
去り行く形式は、猜疑を吐き出し、夜の嫌疑に残り香を与える。
抱える感情は、恍惚たる由縁を忘れ、煩わしいだけに、心の示唆を繰り返し、
心の資産繰りを繰り返し、誰に、幾ら支払うか、と考える考えこそが、卑屈で有る事を知るべきで有り、
この要する時間などは、帰還したら最後、最低限の価値を求めるだけに、止まる結論に絡まる。
瞬く間にこそ有る、永遠を知らない限りは、今は存在せず、存在した、としても、過去に絡まる
顔たちに嘲笑される恐怖により、共闘すべき自己を見失う。
感冒に降りしきる夜の寡占は、独創性を持たず、均衡だけを保つ。
保守し、捕囚された人々は、乏しいものを守る為だけに滾り、限りあるから、と肝心なものを見失いだけに
限る。
陥落する思いは瓦礫、と化しナーバスな思いのバスドラムが重低音を靡かせる時、
時折の切望は、絶望に変わり、絶無を知らず、求めるだけに滾る意味だけに空回りする。
加算すべきは、この今に司る主観に漂う実景に求める余韻に点在する意識の健在さの差異を
計る事であり、感銘に生きているようだが、足りないものを補うだけの価値に止まるようでは、
煮詰まるだけに滾る事を知らぬ限りは、その限りに詰まるだけの退屈に絡まり、
欲望に欲動するだけの過失を泳ぐだけの稚魚のままである。
無秩序に靡く夜はカオスティックな感情を放ち、集団ヒステリーたる喧騒の五感を彷徨う。
はためく感情はばたつくだけに、老い耄れ、数理に諦観する。
化石化しているだけの意味合いたちが、促す現状などに、殆どの意味合いは無く、
還元されうるべき是非も持たず、関係性だけを求める。
果然に凭れるだけでは、味気なく、実験的では無い。
感銘を受けとるだけは答えにはならないから、それを超えるような創造性を持たない限りは、
想定されうる事柄だけに止まり、加算されるべき事実も持たない。
蔑ろにすればするほど、自分に罰を与えているようでは、味気ないからこそ、
この傷みに、最もな傷みを与え、立てないほどに、ボロボロになった時こそ、担うべき心を超えるチャンスであり、
暗影に滾る多義は、綺麗事だけを促し、恰も肯定的なだけに、主観を用い、ろと徒労を重ね、
徒党を組みたがる。
考えは他人に動作されず、感じるからこそ、動作され、操作される事にあらず、抗うからこそ、
答えは固体化し、自己に鬩ぎ合う。その緩衝こそが、自己を超える手立てになり、
短絡的な啓発には、自己は存在せず、哲学にも自己を解放する気配は存在せず、
この刹那に転じる今に主観を用い、それを超える、と思わない限りは、その限りに留まる。
嘆声靡く夜は、溜息混じりの日常を地上に這わせる。
程良く溶け合う愛は、距離感を保ち、本当に必要な時に、返り咲く。
還元されないから、と潤うだけでは、何も埋まらないからこそ、このつまらない日々にも、
埋めるべき是非を用い、埋めるだけでは溢れるからこそ、足りないままで居て、
凍てつくから、と温め過ぎる、と暑苦しくもなるし、なった所で、何になるか、とも思いもするが、
ならないままでは、何も担えず、何も担ぐ事は出来ないし、この身心に存在する重荷が有る限りに
存在するような雰囲気を醸し出すからこそ、生きてる奇縁にも、そこそこの幸福も克服し、
不幸である事を忘れるのである。
感謝。期待はずれだから、と項垂れるよりも、期待感蓄え、蓄えすぎたら捨て去り、
足りないままで歩むからこそ、埋まるものにも、本質からの愛を感じる。御礼。
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