2012年10月28日日曜日
善悪の星彩。
黎明を告げる孤高を歩く。無償の価値は宣言されるべき夜に権限を残し、葬る後先の幽境に溜まる。
求め合う意志は意思にあらず、シリアスな明日を担うべき静穏も復調を戻し、溺愛すべき瞬間に機影を残し、
夜の純白さの差異に拡散され、偏りを示した後に尊く散り行く定めを振り翳す。
慢性的な夜の検疫をくぐり抜け、個人的である、とは絶え間なく誰かに介し、程良く溶け合いながら、
一律の愛を疲憊させ、愛など、と短絡的に謳いながら、道理に見果てぬ夢を突きつけるようなものだ、と
宣言する路上の詩人たちは、短絡的な屍であるべく、退屈な時代に言葉を売る。
銃撃戦が続く激戦区の仲介人たる聖母は、墓標の上で新たな世紀を待つが、権威を保つ父は許さず、
懸隔を埋めよう、とする限りには、滾る思いに見収めの事実を時事に突きつけ、鞘に収めるべき事柄は、
尖ったままで、重なり合う瞬間は諸刃で傷付け合うような習慣性を保ち、永劫に補完すべき事象だ、と告げ、
屠殺場か、安楽施設に送られる結末である、と下向く君は、地の何たるかを知らずに、浸透する思いが、
恍惚を迎えるべく、淫らで簡素な思いを説き伏せ、帰り道に悶えながら、意識の高揚を保ち、
嘯く笑顔で乏しく歩きながら、危難を穢くも思いが、去り行く季節の物陰に拡散すべき愛の何たるかを、
知らずに、尊く思い今も、北風に乗り、画期的な愛を探しながら、択一すべき事実の是非を問い、
簡明たる由縁も時折の悪意の船影に乗り、固執しながら、幸福を祈るような策略も、一途の時を経て、
判然たる瞬時の永遠の暗影を残し、淫靡たる御身に捧げ、欲動すべき愛に跪き、反映すべき時に、
至福を売るようだ、と告げる今も、性悪説のたまり場で、善を売るような結論を見せるが、
善などは、前擬にも成らない、と笑う今も、本質では綺麗に出逢って保身に塗れたいの、だと促す心は、
一向に連なる意識の闇に連なり、拙い思いにはしたない意識を繋げ、この意識、とワンペアになるような
恋に出かけ、介すべきは愛にも無く、善には無い事を知るべく、この、ひたすらな意識の最中に投函すべき
自己の虚心を紡ぐ。
「心無きまで、この怜悧たる思いは、冷笑を続ける。嗅ぎつける影は、本心に折り重なり、どちらが、自己に介して福、となすか、はたまた仇、と化すのかを押し問答させた後先に突き刺さる刃により、自壊する結末だ。関すべきは、何処にもあらず、有った、としても、有する事実により、偏向する意識の中庸を保たない限りは、介した事実の偏りに流される。重なり合う意識は、殆どの差異性は求めず、同調すべき意識により、行動を失う。動向を持った、としても、それは自己の意識に反し、自由な意識を見失う。拡散すべき意識は、交情を求めながら、向上すべき意思を登り、登り詰めた先々の身近な愛に近接しては、いつかは離れ行く結論を用い、もたらされる夜に帰還する。快活な瞬間に無邪気さが溢れ、無用な事実を捨て去り、赤子のように笑い、赤子のように泣く。赤子は、理由など求めず、関する事柄の事実も知らずに、笑い泣く。ただ生きて弁明する要理を掻き消すように、隔世に留めぬ思いを吐き出すように、この要因に深みなど無いのだ、と告げるように、簡単に笑い泣く。還元されるべきは、一律の愛だけだ、と告げるように、何かを求めているようで、何もかもに、求める必要は無いのだ、と告げるように、単一に行動を続ける。見習う是非はそこにも存在するが、何処かは、五月蠅く、輝ける一瞬を知らずに、証言を続け、権限守る為に、権益に司る為に、ひたすらに、欠如した意識で悪意の限りを尽くし、正義に懐疑を売る。正義は、隔意を求め、浸透すべき悪意に変わるべく、大義を用い、悪意に変わる。悪意は、暗影を這いずり、どちらが、正しいのか、と告げる。隔意は、同意を求め、同調すべき一律の答えを恰も抗わず、中庸だ、と言い放つ。中道など何処にも無いから目指す是非を問うが、尊い命に、何の是非も無く、割って入る隙間から溢れ、介す事実に線引き行い、境界線に変わりながら、それを恰も正しい、と思う心が操作する限りに、善悪の懸隔は埋まらず、埋まった、としても、その先々に介する善悪は、感覚を失い、何が正しいのか、と。何が、正しく無いのか、と告げながら、介すべき後先に転じ、重なり合う忙しさだけに、示唆を終え、資産繰りに忙しく目眩く日々は、単一に捲るページで有れば、良い、と告げる合間の余地にこそ、善悪の懸隔は埋まるべき一存を孕む」
生まれた瞬間は善悪の是非などは問わない。拡散される思いは、重用されるべき重要な点を転移させ、
自己に弊害を生む。
純真無垢であり、乗じる先に檻か、盛り場かが、鏤められ、境目は無しにしても、後先は五月蠅く
上下左右も疎ましく卑しい実存を放ってくる。
廃用の時を思わず、とも先々は介与を続ける。鬱陶しくも、審査を続け、形骸化した意識の
後先に詰まる思いは、煮詰まるだけに翳る。
濃淡な主観で心無いから、と正義に転じる思いは、悪意であり、
冷淡な気持ちで、心許ないから、と悪意に転じる思いは、正義である。
陰影に円らな意識を置くが、その円を回り続けた先は、自己の尾を喰うだけの決意で終止符を得る。
それは永劫に続く、隠された思いも、自己で飲み込み、揉まれるままに結論打ち出すシナリオに転換し、
確証すべき事実も各章毎に、差異性を失う。
果然に思われる月日も、その月日は、何処から溢れ、この介する秒針は、病理を吐き出しながら、
自己の病跡を歩む。介する心は、何処かで、千切れながら、何処でも無い空間を泳ぐように、
有用な事実に帰還し、無用な現実に資産などは残さず、閑散、とした現在に生きる意思に対する
力に拮抗すべき理由を用い、総ての術などを手繰り寄せながら、
関する事実に解明すべき現実の偏在で利己的な二面性を保つ自己に結合しながら、
一つの結論を得て、欠如した日々にも、響くべく賞与などを与え、
讃えるべきは自己にあるが、与えるべきは自己には無く、対象にすら求め合う事は不可能だ。
省かれる思いの先端に存在する意識の派生物のようなものが、誰かに微量でも介した先々に、
この命の横柄さも、いつかの細やかさに戻り、微粒子になるまで、今に介して行く。
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