2012年10月5日金曜日
動向は劈き未明の現実に帰還する。
研磨剤で磨いたミラーボールにころころ転がる総てが帰属する。果てしなく不透明な毎日の純粋な器官を
歩む。束縛される風景はみすぼらしくも線形に比し、永劫に躍動する月は見事に輝いている。
博愛している風景に突き刺さる心が復誦し、鎮座する心は激しくも動作を続けている。
悔悟に続く傷みも僅か、嗅ぎつける思いは、人込みをまさぐり、重複しながら、新体を加速させ、
無償の闇に消え入り、腹心に僅かな栄養を蓄え幻想になるマドレーヌのハットをかぶり、旅に出る。
デルタの影に隠れ、悶える昔年を組み替える。私は、寝ても覚めても、考え、思い描いては、未来に繋ぐ。
自身のなさの現れから、絶えず襲う、強迫観念により拍動する宇宙でありたく、この生命を藝術に変え、
勉学に変える。
反社会的な街並みに溢れる笑顔が、顕在に煌めく。反芻する意識に提携する気持ちがハミングし、
朗誦しながら、肯定すべき現在に、商況を売り、散漫な愛に靡きながら、恍惚、と結ばれる記憶に、
光年の世紀を与え、調合すべき現在に祝福を与えながら、甘美に過ぎ去る現在に心情を売り、
統覚すべき現在に照合する意識が、更迭する場面に展開する意識こそが、この意識を超えるのであり、
曖昧に機影を残し、殺到する意識に重複しながら、散々な明日を笑い飛ばすように、
煌々、と唸る現在にこそ、堅実な意味も生まれ、拵える永遠に信仰心は無く、
蔓延る意識を写し出す水明こそが、この姑息な時間を突き放ち、永遠性の何かを掴むのであり、
この軽減されない日々に持ち合わせる慈悲こそが、窮境を計り、系譜に契りを交わしながら、
全貌に帰還し、飢渇している現在に愛よりも、獰猛な意志を与えるのである。
総ての懸隔の尾鰭が騒ぎ立てる。臨終の時を重ねる空間も、隅々に放たれ、一つの場所に帰還する。
完熟した世界は、希望を見失う。監視し合うだけの悲劇を重ね、密告者が執り行い、執刀する
意識の結節を切り取り、無惨な今に鏤める意識の形骸、と遭遇し、流離う意識に陳腐な現象を
連ね、倦怠感を露わにしながら、宛らに投げ出す意識は、聡明な主観を失い、濁った意識を彷徨い、
いじけ無く鏤める意識に止まりながら、昔年の復調を辿り、清遊すべき自己を保たず、
既読される事柄を事務的に行う翳りに比しながら、定理に基づき神秘に煌めき、楽観している
現在に息吹く現在を凌ぎ、褪せる瞬間に意志を虜にしながら、君の傷みを拭う一律の優しさであるべく、
この意味合いに蕩け、騰落している風景も、悶える翳りに敗退し、近傍に散らばる意識を拭い、
感覚に唸る寂寞の影を追い、揺らぐ季節に投函され、控除される意識に整合され、時々の正義を売る。
羨望者は、自己の卑屈さを識らず、自己に溺れる自己に疚しく媒介する翳りである。
それで、有ろう、とする者には、幸せは割って入る隙間も無く、自己の色欲に悶え、
欲望だけを貪る生きた餓鬼であり、あまつさえに拵える自己に卑下を売り、それだけを売買し、
自分の欲望だけを支配し、それだけに欲動し、動じるだけに悶える屍だ。それから抜け出す為に感情を持ち、
考えで、定めないから、その価値に追い遣られ、絶えず卑賤な者で有り続けるだけの価値に留まる。
それから抜け出さない限り、高尚は無く、引き合いにされ、分別されるだけの者で有り続ける。
人は、いつも高みに登ろう、とする。自分の健全な身体を差し置いて、誰かの上位であろう、とする。
それは本能を司る、獣的な流儀に従うだけの、飽くなき獣で有り続ける。
軽妙な意識に端々は無く、実るべき事実だけが、咲き乱れ、永遠の肯定が馳せて行く。
肯定だけを促す世界は、衆知を滾り、自己欺瞞に陥る。薄ら笑い続ける世間体は、
体裁を守るだけに身篭り、核家族化し、隣人恐怖に陥る密告者で溢れ、ナンバリングされ、
監視され、疑心暗鬼に陥り、信じる術を無くす。周囲を見渡せば、陥れよう、とする飢餓し、
利己的な餓鬼で溢れている。
ルサンチマンは、どう、ファシズムに対抗するか、が命題。
ルサンチマン、と化す前に、諦念し、屍、と化す者。生きる動機を忘れ、煩わしい事柄から逃げ出し、
生きるために、埋め合わせ、生きる者たちの流儀が跋扈し、
ファシストは、自分たちの利権を守る為の傀儡に踊らされる。生きる如きに、システムは構築され、
身動きを出来なくする。ただ、生きる如きに。
森羅万象の想いが、優しい息吹を与える。木漏れ日は、早い冬の到来を囁く。鎮座する夢が、座標を瞬き、
羽ばたき、放たれる想いは、決して落伍せず、投じる闇も、深々、と礼儀に尽くし、駆け巡る想いは、集約され、
未熟な愛を引き裂き、鏤める意識は、涼みながら、果てて行き、逍遥する想いは、旋律を加え、擁護されながら、
去り行く季節を仰ぎ、かまける想いも、怠慢で、時間差に襲う、弁証法的な自己弁護を終え、主体を無くし、
只管に短い、時間を仰ぎ、屈する事無く、騒ぎ立つ今も、無機質に笑い、淫靡に結合する現在も、成否に悶える。
全ての光跡を歩む。つぶらな感情は、緩慢な現状を打ち倒し、遮る今を昇華し、超過して行く意識は重荷にならず、探知する毎日は、簡素な理由を放ちながら、難解な事実を解読し、悴む今に自覚すべき愛を手向ける。
歯止めも無く、続くような時間も、一瞬で奪われる。明日なき今を歩き、無知であるよりも、感覚で掴み、
未来に結ばれるような無数の意識を携え、雑感を飛び越え、下される想いは、リリカルに靡き、携わる四季を描き、甘苦に慄き露呈する、緩慢な事実を突き抜け、配備される意識は、高みを目指しながら卑下せず、
受け入れ分かち合い、愛すべき瞬間に携わり、分け隔て無く、潤うべき毎日に互換され、新たな日々を創造する。
私の感情は、街並みには無い。有るのは、神秘を携え、緩和すべきケアを行い、堅実な意味に帰還する。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿