2012年10月27日土曜日
夜の徴候は幸福なども求めず克服する限りであると告げる日記。
夜のコンセントにプラグインする。みすぼらし瞬間は満ち満ち、と生命的なものを補い、
見果てぬ現状に価値など、と五月蠅く付きまとう価値を拭っていく。
紡ぐべきは綺麗事にあらず、と喧騒は伝えるが、こんな困難で魂胆ばかりの情況だからこそ、
少しの綺麗事にも拭われるべきだが、如何せん素直では無い私には、綺麗事は、軽々しく嘯いているように
見え隠れする。
本質は、綺麗だけでは味気なく、穢いからこそ、綺麗に拭いたいものでも有るが、
有する事実の殆どは穢いから、と潔癖たる思いだけでは、綺麗な想い出に絡まるだけである。
夜の光りが、影絵のようにビルの壁に映し出される。うちひしがれる思いに、湮滅している君も
少しの笑顔を取り戻し、ロジカルな現状を捨て、コミカルで軽快でリリカルな現状を歩き、
今の緩慢たる症状を少しはマシにする。
難攻不落な夜は、フラクタルな様相は一切保たず、ふらふらしながら動機などを、土足で突きつける。
私に介すべき領域は、対すべき者で無い限りは、入り込ませず、
入り込んだ、としても、一切本心は見せない限りだ、と夜に告げ、風貌を淫らに染めるだけの
夜の欠乏症に膨張する意識は、還元ばかりを求め、起源を求めない。
関する事実は、解明すべき事実を突きつけるが、慈悲は保たなず、同情だけに介し、
貸し付けられる思いは、無理強いに維持する借金に変わり、そこまでして、欲しいものか、と告げる。
保身ばかりが、鋭利に邪魔し、営利目的な心は、短絡的な利益だけを求め、愛を保たない。
衰退する意識は、誰も買わず、買った、としても買われ、飼い慣らされているだけに過ぎず、
その筋書きを歩く事に対しての疑問を持ち合わせた、としても、それに対すべき現状は、
何も与えない。
讃えるべきは現状だが、足りないものを補うだけでは形にならず、荷担している日々にのし掛かる
重荷に、ひたすら耐える現状は、絶え間なく広がりを見せるだけで、何も教えない。
押しつけられた教育により、最もな幸福論だ、と普遍的に生きてはみたが、
見せつけられる事実、とは、教えられた以上の事を求め、それに対処すべき愛を知らない者は、
現状に倒錯し、交差する意識の表象を彷徨い、尊厳すら見失う。
現形は、原価ばかりを求めるし、高値で売買される意識は、高くて買えない。
たとい、買った、としてもだ。それを持った瞬間に狂うのが人間だ。
だから、と言って何も持たない訳には、いかないが、殆どは邪魔なものではあるな、と思う夜は、
妨げるだけに遠ざかり、いつかに帰り、いつしかに明け、仕方なくなど、とは一切思えず、
揉まれるだけに泡、となろうが、その大海に溺れた意識に改革すべき本質だけが、存在するからこそ、
この生きて介す事実に対すべき心を何度も聳立させ、群像欠ける思いには埋もれず、
たとい、埋めた、としても、知り得無い限りは、届かぬ思いに過ぎぬ。
端的な星屑が未明の夜空に輝く。加算すべき愛は枯れ果てず、輝ける程に、潤いを託す。
可決されない思いは、否決もされず、ひたすらに進み続ける。
反すべき一存も無く、移送する意識は居場所も無く彷徨うが、確信している思いは帰依する場所を知る。
関すべき心は、路肩で鎮座しながら、裏通りに介し、焼け付くような思いに比例すべき
愛にだけ、緩慢な笑顔を溢す。
剥離する思いは、意識の表面を彷徨い、悪意や不満や不安を促す。
恐怖に促されている暇も無いから、弄ぶ限りに自由で有る事の本質は不自由で有る事を知る。
自由、とは考えれば考える程に不自由であり、何も無くても何かを持ち合わせても、不自由なままである。
何かを用いた、としても何かに奪われる結論であり、沢山あるから、といって、自由では無く、
何も無いから、といって不自由では無い。
介すべき事実は三者三様に瞬きながら、一つの結論を得るべき一存だけを踏まえ、
この関する事実も笑えば尊く感じるだけであり、弾ければ、何て事も無く、
人目も気にせず、上辺だけに介す事実には目もくれず、
何を思われようが、その人が思う事こそが、自由の本質であるから否定にも及ばぬ。
感謝。身近な恩恵受けとり、今ある幸福を辿り、幸福に論理も無い事を知る。御礼。
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