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2012年10月31日水曜日

提要する夜が厚底を履くような日記。

善戦する夜が太古からの戦意を喪失させていく。夜の旋律は、瞬く間のセンチメンタリズムを昇華させ、 逍遙する限りに、真実も生まれるものだ、とも思え、 この思い患うだけに翳る意識などは、自分の影にしかならず、成した後には残さない。 成るべく這うように、この地上の動悸などを感じながら、対処し、 緩衝すべきは、全貌に存在し、短絡的な個人には、殆どの割合で、存在しない事を知る。 感作すべきは、長じる先の真実にも存在しなく、萎びた価値により、零れる涙が指し示す方に、 存在する事を知る。 現存しない事柄よりも、厳格に思える夜のはためきに、孕むような感情こそが、量子的に靡き、 現象に煌めき、憚るような背中を押してくれたりする。 暮れるだけの夜は、暮れるだけに葬り、頬張るような余韻にだけ、少しの我が侭も吐きたい。 大破した感情に注がれる一生涯の保身は、邪気に変わり、有用な事実を飲み込むべく、 その口を大きく広げている。 定理に基づき反すべき意識に嫌忌を用い、懸隔だげが拡がる意識に膨張すべき 真意を授けたい、とも思うが、恩着せがましく喧しく言い放つ事ほど、思いに反した事だから、 この思いは、短絡的な深夜に捨て去る。 前衛的なノートに瞬間を描く。体感する景色は、情念を残し、今を歩く為の燃料に変わる。 交互に重なる意識は、極彩色に輝き、馳せる思いに徴候を与える。 徴収すべきは、短絡的な稼ぎに無く、陥落しない為に守るプライドにも無い。 無くした鍵は、ずっと鍵穴を探し、色んな所に浮気な感情で射し込む。 頑丈な意識ほど、緩衝はせず、僅差を持たずに、懸隔を広め、求めるだけに遠ざかる意識は、 どこにも存在しなく聡明な瞬間により、完治されるべく、彷徨うが、 彷徨う限りには、存在せず、近場に案外、安心すべき価値も存在する。 持つ事は、耐えず、持つべく、積み重ねる。 嵩張る思いは、重荷にしか、ならず、馴れ合いだけが深まる夜は、退屈に靡き、 解決策を持たないから、快活に歩むべく、挑む日々にこそ、 「なにか」 は幾何かは、存在する事を置き去りに、歩みを進める。 廃れた日々は忘れられた日々に、煩わしさを売り続ける。 劈く思いは利口に離婚し、輝きは成っていたであろう時を、一瞬で捨て去り、 新たな道に介して行く。 合図は、相づち打ちながら、毅然たる由縁に絡まり、 また回り、まさぐりながらも、又帰り、関したはずも、発芽する思惟により、 その起因に存在したものなどは、捨て去るだけに遠ざかったに過ぎない事を知る。 寂れる明日は、安静を求め、元手を大事に維持し過ぎ、いじけを無くす。 関したはずに列挙される事実などには、殆ど信用すべき是非も無いが、対する心は、 それに介して、対処すべき愛を保つべきではある。 曖昧に過ぎ去り、介与したはずも、ハズレのようにも思えるが、 外れた道を歩けば、当たり障りも、当たり外れも関係無く、 関した事柄にだけは、平衡を保つ。 混じる思いは、哀感に包まれ、司る意味すらも失うだろうが、 老化すれば同じ事だ。 この思いもいつか消え去る限りに貴殿に捧げれれば、 何かの価値では、あったであろうし、この思いは瞬間に資するべく、 育む単一な命である。 感謝。閑静たる主観にこそ、現実も揉まれ、生まれるものでも、ある。御礼。

知りもせず得るもの無くとも得るものばかり。

短絡的な毎日は顕在に瞬く。幽艶な姿に絶えずシンクロする心は、求愛しながら、鍾愛に嬲られ、 投函される意識は幽閉されたままで、だれる。惰性な真実は、緩衝せず、対象の感度を求め、 対すべき今に、手解きを加えながら、濫立する意識に反証しながら、聯立する愛に両立され、 程良く介し溶け合う意識の派生などに絡まり、関すべき愛に程良く調律され、効率を求めるよりも、 この寄り合う意識にも、たまたまもたらされる意識の叫声を聞き、改竄される意識の改良を施し、 程良く介した辺りに響く鼓動だけを便りに、対処する意識に解除され、細波溶け合い関した要理に 徴候を示し、公然に靡くだけに嘯く感情には、感化されず、去り行くままに遠ざかりながら、 見果てぬものだ、と。この物語は、単一に見果てぬままである、と告げるような愛だけに、 この心は、悔恨を持ち、今回は無く、先々も未明であるから、未遂の簪で結われた数多の頭に 止まるような蝶々のような愛が補食するような蜜であるべく、抗うよりも蒙るよりも、超然的に自然であるべく、 あらゆる光跡が連ねる正道や中道だけを歩き、行動は、誤作動のようにも思えるから、 じっと耐え、待つような策略にも然り、と告げ、叱り付けられるのが、嫌いだから、屍になるまで、 然り、とだけ告げる。 つくづく完治しない苦悩だけが、この世の原石だ、と告げるだけの情操に靡く烏合では無く、 自由、とは何であるかを説きながら、時折の憤懣に対処すべき不自由の否決などを説く。 尊くもたらされる意識は、持ち合わせる是非により、是認される。価値観などに感覚は無く、 関すべき物事に対処するだけの形を保つだけにもたれ掛かる価値により、持ち合わせるだけの価値が褪せる。 合わせ鏡のように対立する風貌は、自己そのものであり、顕示すべきは何事にも無い事を知るが、 何かを得る為に求める事に対する絶対が無い限りは、翳るだけに留まる。 止めどなく幾何かの簡易な感情は、その場の視察を執り行い、裁きを与えるか、否かを取り決める。 関すべきは、解消されない今に蔓延り価値が、水準を高めすぎた結果により、欠陥品、となった心により、 物事の善し悪しが短絡的に支配されるような気配に飲み込まれる事により、読み取られ、簡単に捉えるだけの 事柄により、物事に対処する精神を見失った事々に、横柄さをぶつける悉くに対処すべき、 余裕が無い事に寄り、間隔を失った心は、介すべき対象を持たずに、自己に体罰を行い、 もつものに虐待を行う。客体は、恰も、未然に立ち尽くし、君を見下すかのように思え、と告げる。 償うべきは、是非には無く、短絡的な罪と罰には存在しない。 陥落すべきは、この現実に立ち尽くす近代的なものに有らず、それを潰すべき祈る行動などは、 ルサンチマン丸出しの孤独の王様だ。閑散、とした現状に立ちこめる雰囲気は、 司るべきが、何たるかを少々教える。押しつける事無く傷痍を撫でるように、囁く。 疎ましく連なる現状などに、本質は無く、僅差を求めるよりも、より良い形など無いからこそ、 術は持たず、従わず、上下左右は無く、懸隔すらも無い。 総ては遠いようで近づく瞬き、瞬きしている合間に、存在する瞬間にこそ、総ての永遠は宿し、 その瞬時を超えない限りは、声も無い闇に捕まり、自分が何であるかを見失う。 うすうす気付いてはいるが、それを貫くのは、難しい、と示唆する周囲などは放っておき、 葬るべきは強弱にも無く、膠着する意識により、到着しない意識が追い付かない限りは、 口達しても、尚、君は薄情な世間体などの体系の枠組みに嵌まり、緩衝すべきが、何であるかを知り得ずに、 失錯の後に、対処する事柄に反証すべき自己を保たず、自壊する限りである。 「物事は、物音も立てずに、この身に割っては入り込む。建前などは、奉るべきでは無いから、はっきり、と言い放つ。それで離れる事ならば、離れたままに遠ざかるだけに過ぎず、私議しても答えは、割合求めずに、煩わしく自己を示唆するだけだ。審査すべきは、何事にも無く、裁く者も、裁かれる者も無く、捌かれる意識を配る者も無く、物々しく劈く景色だけが、嵩張る意識に 「何であるか」 を説きたがる。くどくど言っていても、いつまでも窓から飛び立てず、うずうずした意識は、疼くだけだ。疎ましく連なるならば 「そこに」 何処彼処を置き、関すべき愛に手解きを加える是非だけを問う。到達しなければ、その道を歩んでいた軌跡も分からず、分け隔てるだけに価値を提示する。堅持すべきは嫌忌にあらず、受け入れながら否定し、肯定すべき現在に持ち込ませるべき主義を保ち、この陥落しない意識にだけ検査すべき間隔は生まれ、懸隔は持たない。持ち合わせるべきは表裏を突き抜け、堅実な意味に投函されながら、交換される。去り行く意味合いは深まり、季節感に潤いを与えながら、あてがわれるだけの意味合いに執心を根差したがる。捨て去り受け入れるだけなのに、堕落した今が加算すべきは潤うべく、利潤を求め、理解を求めず、機械的に行われるだけに、理解は遠ざかる。仮に、この命が永遠性を掴んだ、としても、その永遠から離れない限りは、永遠、とは言えず、回帰すべきは、自己にあるが、その自己に対処すべき対象を持たない限りは、一生涯、解消される事は無い、単に劇的に、激情に劈く、この思いは情理を超え、情念すらも超える。重なる思いは徴候を超え、長日に咲き誇るべく、総てに否、と告げ、総てに然り、とだけ伝える」 拙い思いは、一向に穢い、と嘯く。蠢くだけの権威は、懸念せず、懸隔ばかりが拡がる権益を守りたがる。 それは何を持っていようが、持っていなかろうが、それを持たされている事を知らない限りは、 絶対に割っては入り込む。払いのけるよりも、その持たされている事実を知らない限りは、 その意味合いに絡まるだけに遠ざかり、乏しい事実に漂流し、孤島で消え入り、 誰にも、その鼓動は聞こえずに、消え去るだけだ。 打算すべきは数理になく、数滴の雨に存在する。 健全たる思いは、前兆を伸ばし、遙か無機質な現在へ、と繋がる。 破綻すべきは、徴候を指し示し、それが恰も幸せだ、と告げるものだ。 捨て去るべきは、この味気ないだけに通り過ぎ、縋るだけに、重くなる弱気だ。 関すべきは潰瘍のように、傷を深めるが、深まる季節だけに関与すれば、 その嫌気のさすような現実にも、言い訳なども持たず、超肯定出来るようなプロセスを歩み、 その歩んだ軌跡にこそ、大切な真実が埋まっている事を知るだろう。

起因は物事に対して深みを与えない。

与えられた時だけが有する形を持たずに、併走している。閉塞感漂う耽美たる夜風に包まれ、 津々浦々の至極に有する毅然、とした愛に煌めく。 少々の階差を超え、隔てる惑星に出迎えられ、得たものを配るだけの建設的な世界の大小の形は、 紀元前から提示された神経だ、と告げる闇夜は、投函すべき現在に真相を移送させるべく、 顕然たる悠遠に絡まりながら、求め合う意識に対する夜は、同調圧力により、より健全な意味を失う、と告げ、 仮説に絡まる足枷もいつかは幸福論などを引き破り、幸も不幸も、善も悪も、同じ意味合いだ、という事を知り、 性差無く、執り行われる日々は、歪に介しながら、程良く傷みを溶かしながら、融通もきかぬ現在に 変貌すべき意志の更迭を行い、関していたはずも、溌剌、と消え入り、機影に残り香などを残し、 豊かなものは、正否に固まるだけの、懈怠でる、と申し、企てる日々は、邂逅を求めず、 止めどなく絡まるだけに、鬱し詮索される意識は、綿密さを失い、互い違いに介し、心無く過ぎ行く世界の 哀傷などを綻ばせながら、結ばれる無数の意識は定格などを求める限りに翳るだけの情緒を保ち、 もたれ掛かる一瞬は絶え間なく理性を失い、育まれる意識は、枠組みに対しては、監視し、 まざまざ、と通りすがる意識に縋り付くだけに噛みつく。 程良いものなど、何処にも無く、心無く灯される。重なり訝りながら、重たく思われず、蔓延るだけに、 遠ざかる。仮に、今が短絡的な正しさを描いた、としても、心許ない精神により、徴候を失い、 軽減されるべき今に存在感を与えもしないが、有れば有る、で鬱陶しくも降り積もり、 塗りたくられ、蓄えるだけに食い物にされる意識は、食い込み、省かれ得る意識には、助長をも残さずに、 散じる意識は、多分、この幼稚な世界性などの権勢に絡まり、誰かの祝う心に、曰く付きの何かの中に隔て、 介すべき愛も、対処すべき現実を失い、開祖たちが描く新興的な何かに煮詰まり、生まれ晴れても、 果てるだけに遠ざかりながら、霞むような毎日に邁進しながら、午前を突き抜け、変容する価値を保ち、 壊す為にでは無く、作るために、と尽くすが、尽くさず、とも自壊し、また要らないものが、相容れず、 この要理に詰め込まれながら、判然たる由縁に詰まり、つまらないものばかりが、物堅い意識を積み重ね、 物語の内容を深めていくが、内心に仕る思いは、暇つぶしのように味気ない実現性などを求めて、 一向に忙しく、一帯に肥満し、関した意味も、霞む程に、程良く調律され、長期にわたり、 築かれる思いは、なんぴとたりとも、にも近づけず、弔われる事も無い。 「嗅ぎつける意識は、一生の鍵穴を探す。苛烈な思いは集光され、諄く闇夜を照らす。透徹した心は、何小節もの苦しむが軋むの、と告げる。追憶に晴らされる事は無く、現在に腫れるのだ。この思いは、現時点に蔓延り、顕在な意識を奪うべく、跋扈する意識の表面などで、溺れ媒介する不必要な意識の改竄を行いたく、この澄明な現在に偏在しない意識の差異性を伝える。懸隔は、様々な現象を取り付け、その外観に不必要な概念を突きつける。内観は、裂傷しながら、生命の尊厳を失いながら、誰かに反する事に、寄りかかる意識は、善し悪しに反証し、緩衝しながら、宛らの雰囲気を恰も、自己の思う事柄のように、対象に押しつける。解消された意識は、恰も対象の内心を知ったように、疼きながら、俯き、判然たる由縁を持たずに介すだけに対処されない意識は、快活な意識を失い、対していた意識は介していたはずの心を侵略し、奪う形により、その結論を恰も自己のものにする。相違を求める同意は、動向を深めず、完治しない苦悩を押しつける。恩着せがましい意識は、関すべきだ、と、その心に猥雑な感情を突きつける。感作しない意識は著明な判断を失い、物事の是非を問わずに、煩わしいだけに、その煩わしさに浸透し、均等である意識を失い、関すべき位置づけを行わず、毒づくだけに結合され、倦怠感を溜め込む。揉まれた意識は、摩耗し、心を持たずに、信用し、近似しているような感情にだけ、操作され、恰も、それ、と同じだ、と告げる。紡ぐべく償われない意識は、関すべき事象を持たず、簡明たる瞬間に収監され、身動きも取れぬまま、悶えるだけに、遠ざかる意識に掴まり、永遠に補完され、その思い目配りすべきが、何たるかを知らずに、通り過ぎる」 初々しく悶える景色は色気を保ち、発芽していく。淡々、と縋る思いは情緒も保たず、 大した意味合いも持たずに、この心に行いなど、と突きつける。 嵩張るだけに遠ざかる意識は、逍遙しながら、紺碧の愛に手向けるべき心をひけらかす。 感じる侭に蠢いても、感じ悶える意識が無い限りは、加算すべきが、何たるかを知らずに、 専制的な意識に媒介され、誰をも寄せ付けないままに孤独であり、孤高では無く、 単一な孤独たる病理に捕まる。蔓延る意識は総てに助長を残しながら、培養され、介与し、 献上され、程良く対しては、重なる思いに悲愁を残し、小さな愛に靡き、 屈託無く笑うまで、煩わしく屈折しながらも、示唆すべき心に貸与され、関して居たときに対して、 ただ生きる為だ、と総てを売り払い、寄り合う意識などは、本当に生きているのか、と 理由を求め、遊離しながら、馳せる思いは、消え失せるだけに潤いながら、後ろめたく介し、 関与した、と促すだけに遠ざかるから、重なり合う瞬間には、程良く溶け合い、 対処すべき愛を用い、混じる思いに飛翔すべく、この意識に軽減されるべきは、何であるかを説く。 「総てを日差しが包む。寛容たる主観に靡く風が劈き、はためく思いを通り過ぎ、傷つける。けたたましく唸る魂は、心因に手向けるべき是非を探し、起因の詐害行為に喘いでいる。憚る思いは募るように遠ざかりながら、未収の現実に靡き、霞むような思いに小さな神秘を与える。讃えるべきは君の意味だが、君の今が無い限り、危難ばかりが、覆うだろうし、やがて、解き放たれる時も、馳せるままに遠ざかり、嵩張るだけに重たく、足を軋ませながら、兆しを探し漁さるような感情は、朝焼けを知らず、関する夜に媒体し、暗く屈折する絶望に飲まれ、伸ばす手は、闇夜では見にくく、醜い。集約すれば、この現実、とは奔走するだけに、本心を失い、真実を失う。完治すべき愛に寛解した心が、孕むような瞬間こそが、総ての始まりではあるが、敢えて行う事柄により、尊い価値も生まれず、もたらされ、暴かれるだけに遠ざかり、仮象が促す全体像に嘆くだけでは活けなく、渇する。泰然、と構え、大破しながらも、形状を戻し、求め合うだけには、価値は無く、勝ち誇る事などは、以ての外で、我意に溜まる怪訝な自我は、関すべき対象に緩衝せず、媒体しながら、君の起因を奪うべく、均等な意味を保たずに、君のまがまがしい事実に喧しく司るが、追完すべき現在には、殆どの有用な事も無く、また奪うべき時間が何たるかを保たないから、損得で補うよりも、感覚で補い、対すべきは君の是認すべき銭には無く、関すべき対象に補う身心である、と」。

2012年10月30日火曜日

形骸化しない意識の波形を連ねる夜の日記。

君の横隔膜のアラベスクを眺める。君の咽頭が連ねる階段登り、分別無き後を彷徨う。 語弊ばかりが通過し、関すべき夜の戸惑いも深まる頃に、悉くの原野は連なり、 プリミティブな思いに司る。 燦然、と輝く夜は、被害者意識だけを深め、ルサンチマン化している。 現代の化石は、偏在な意識であり、燃料にも成らないから、この煌々、と輝くだけに嘯く 夜を信心せず、近似に司る思いに馳せる事柄だけに、対しては拮抗する。 数理が求める意識は、枢要な意味を保たず、自壊するのを待ち侘びているようにしか見えず、 見えた、としても現在が連なる意識には、見え隠れするだけの虚栄にしか成らず、 なった、としても実る価値は無い事を知る。 簡明たる由縁にだけ、高明さも無ければ、底辺すらも無い。 高騰する意識は中庸を求め、高ぶりながらも下向き、馳せる思いだけに平衡さを保つ。 汎用されるだけの既存の価値に対しては、大した事柄も無く騒ぐだけだ、と知り、 知りもしないが、知るつもりも余り持たないし、持った所で邪魔な事柄に字余りな結論の事案持ち込み、 交錯するだけに絡まるだけの意図は、五月蠅く仕りたがる後の祭りにしか、過ぎない私議だ。 資産は勘ぐり、関すべき対象を失い、対処すべき愛を見失う。 持つ事は良いことでもあるが、拠り所を持たない持つ者は、完治しない苦悩を埋める為に、 凡庸な価値を蹴落とし、霞むような意識で、そぐう価値を卑下する。 何も持たない者も、諦観し、卑下しながら、この生命、とは何であるかを知らない。 死するだけに絶えず交信する者も、御身の大切さを知らずに、欠如するだけの自己に介して、 自己に留まり、退行する意識の自己の赤子のままで、自己を孕み、自己にあやすだけに介する。 騒然、としている夜は謹厳を持たず、無秩序に靡き、対するものを求めながら、 騙し合い、依然として求め合うだけに潤う利潤を求め、対象を騙す。 価値観は様々だが、求めるようなニュアンスは一律の答えを持つ。 持った、としても邪魔ならば、そんな権利などは、直ぐ様捨てるべきだが、 この恐怖を植え付けられて得る建前上の、物質の御陰で、不安も倍増するが、 その持つ意味を知れば、何のことも無い現状だ、と知り得、得るものにも、選りすぐらない事に寄っては、 寄せ付ける価値も変貌するものだ、とも思う。 理性を失った夜は、規正などを求めながらも、差異性などは求め無い。関する事実は、 自己を守る為だけに、行われる事実に連なり、疲労する。 疲憊した心は、懲り懲りだ、とも告げるが、それに対して、画期的な事柄を思えない限りは、 渇望するだけに留まる。 渇したままで歩いてみてはするが、縋るだけに遠ざかり、縋らない限りにも、道は無い。 関すべきは対処すべき事実に解消だけを求めるが、求めるだけでは、一向に解消されず、 求めるだけに縺れる。 綴る思いに殆ど何も持ち合わせはしないが、考えの数秒先を行く思いだけは用いる。 留まらぬ意識も、疲れ果てもするが、果てることは無く、晴れる限りに進む。 進むべき対象をここに置いていき、繋がる意識に対しては、この無惨な情況に介する遠くの愛では 居たい、とも思うし、近づき過ぎても痛い事を知り、訝る思いにだけ反し、 悪戯な季節を歩き連なる。 夜は汎称されるだけには、照合されず、陰湿な思いに司り、疲れ果てた意識は今すぐ捨てたく、 廃れた感情のままでは、疲れ果てた意識により、物事の善し悪しの判断を偏向させるだけに過ぎず、 短絡的に支え合うのでは無く、対立しながらも互いに高めるような愛が必要不可欠ではある。 有する事実は抗いながらも、対処すべき愛を用いない限りは、かまけるだけに反し、 簡素な理由により、離れるだけの結論にも、少しの愛は、あったはずだ、とは思いたい。 想い出ばかりでは味気ないから、今笑う是非だけを問いたく、 飛び越える意識は、なんぴとたりともに、煩瑣しながら、僅差し、近似しながら、 止まる事無く、この夜に対しては、純粋で居たく、頂けない思いも、少しは受け入れる余裕のようなものだけを、 持ち続けては居たい。 感謝。夜は走馬燈のように靡き、ロマンスなどに介し、対すべき夜に反証しながら、真実を少しは近づける。御礼。

対象は自己に対して慈愛は持たず、緩衝するだけに対立し、競争を深める。

この現実に迷いは一切無い。介すべき愛にだけ微睡み、たまには迷う事もあろうが、愛去れば、 同じ現時点に司り、愛囁くまで奏でる思いは、一律の心に担われる。 関すべきは、代償を求める事に無く、関している後先に感ずる思いに姦悪も注がれるが、 阻喪に合わせず、相成れば尊くも輝き、今が対象すべき事実も持たないからこそ、 対価などは求めるべきでも無い。高鳴る思いは、自然に介し、関すべき愛に微睡み高揚しながら、 対すべきものも無ければ、作られたものになど、感情すら無い。 円環に連なる意識から抜け出し、乾いた季節を歩く。絶え間なく欺瞞を連ね、永遠回帰から脱兎し、 感覚器官が持ち出す緩衝する思いからも、脱兎する。 達観などは、尊くも無く、道徳を説きたがる高尚にも、行為は無い。対すべき概念に対する理に、 理念も無い。 この甚大な意識の距離感は保ち、近づく者を引き離しはせず、気付くまでは、尊く遠くで思う事にも 崇高さも無い。僅差する意識は対処し、代価を求めたがり、代用し、枝分かれ、隔てるだけにしか、介さず、 たとい介した、としても、解消すべき自己の対象に描くだけの実景にしか、有らず、有った、としても 何も無いに等しく、愛しく思う事は、御身に司り、単一な意識に隷属され、偏るだけに過ぎ去るから、 この要理にも、安易な答えは持ち合わせず、持っていた、としても数秒で捨て去り、 有意義など、には差異性は無いから、有する事実にだけ介される思いを批難せず、疲憊したままで、 甘露は求めず、淡々、と進むべき一途な思いにだけ、いけ好かない現状にも憐憫は少しの同情を用い、 君の心を横暴に横領しよう、と企むから、私用の現実などにも、現存する価値は用いず、 既存の物事に対する事柄にも、真実は用いず、悔恨溜め込まず、今回も無ければ、先々にも 最たる威厳はもたらされず、緊要に迫る思いは、不安定に偏り、傾くままに俯くだけに過ぎず、 継ぎ接ぎながらも宥める思いは、眺めるだけにあるから、この寛容たる現実にこそ、屈折もするが、 屈託なく幾多の現実は微笑みかける事を知らずに、知ったように歩くなどとは思わず、 どれもこれも、小手先にあべこべで、自由気ままに変容し、変動しながら、万物に流れ、 引き合わせる事無く、事柄は、横柄に自己を司り、責め立てるだけに寛恕を与えるが、 生命の尊厳は、そのような価値は持たず、もたらされるだけに、疎ましくも、卑しくも、誘われず、 解消すべき事柄も無く、同等などは、考える価値が生み出す結論であるから、 考える事は止め、思うだけに、切実な摂理など、とは思わず、思わされるだけに、患いもするが、 暗影に尽きぬ思いは、関しただけにだけ、大した事も無いものだ、と納得し、関したから、と対処する 必要も無く、単一に流される思いは、単に去り行くままに支え合いもするものだ、という事を知る。 「絶え間なく建前はトラップを備えたがる。互い違いに反す思いは、対象を失い、自己を解消すべきだけに、対象を求め、責め立てているが、それは自分を責め立てているだけに過ぎず、そこから生まれた猜疑に懐疑しているだけに過ぎぬ。過ぎ去る思いは去り行くままに介し、対した意味を見せもしない。淫靡たる永遠に掴まり、この長じる思いから脱すべく、この生き方にも回帰しない。介すべきは延々、と連なる自己の対象が見せつける幻想のように、自己を襲うが、君消え去れば、この時間に対した意味も無く、この空間から生まれた意味すらにも価値などは必要無い、と知った。君失えば、君介したはずの時間に大した意味も無ければ、この空間が始まり終わりながら、一部になど帰還せず、総ての事柄に帰依する事を知り、この知りもしない現実を読み解く事などは、不可能である事を知る。示唆すべきは最たる威厳を保つ一つの生命に介すべき対象を総てに移行すべく、術は持たず、持ち合わせる意味だけに投函すべき自己のヒエラルキーを昇華させる事であろう。愛去れば、差異性すらも失い、快晴すらも見えずに、自己を調律すべきだけに、自己愛に生きるのも然り、とはいうが、叱り付ける者が居ない限りは、進化せず、退化する思いの化石になり、関する是非を失い、自己に硬直する。忽ちは、対抗せず、退行するだけに翳り、君は自己の影、となる。なりあいは深まらず、賦活を与えるはずの自己すら見失う。蔑ろにした風景は、論争だけに微睡み、倒錯するだけに自壊する。信ずべきは、信心に有らず、近似している風景に存在する物事の波状であろう。関すべきは対象にもあらず、誂えられた全景に存在する。軽減すべきは自己に無く、危難を加え、兼用すべき現状に規範などは無いからこそ、自己を保ち、兼用すべき自己に対して堅実であれば、誰にも羨まれず、恨まれる事も無い」 いつの時代も矜持を保つ事は不可能に近い誤作動である。絶え間なく連なる意識は、 あらゆる拙い現状の僅差を求め、金貨か、身心か、と問う。 絡まる意識は弛まない意識だけ、重ならず、嵩張る思いを捨てた限りには、その意識は、直線に伸びて、 逆上せた思いを解消する。 近影に留まり、省かれながらも、階差などは求めず、僅差する陰惨な現状にも正否は司りたがる。 まんべんなく勤勉な善悪の起源を求めず、現形に突きつけられる意図だけに操作される。 善悪の起源は太古から連なり、現在に投下されるミサイルだ。 未済にしたままの意識が連なり、現状に落とされる思いに対して、今が混在し、懸隔を見失う。 失われ、調律すべき起源を知らぬ限りは、寛容さを持たず、対象にだけ対して、この善悪を押しつけ、 対する思いに価しない、と価値観に葬られ、貪られるだけに償いを果たせ、と五月蠅く付きまとう価値により、 物事に対する寄りけりを持ち入り、似通った価値をもつ事だけに、執心は連なる。 一過性の事実は、加勢する意識だけを求め、大衆迎合され、勘合され、感応する。 それを間違いだ、と思わぬ限りは、既存の価値に留まり、高慢に陥るだけの価値に勝ち誇り、 誇りなどは持たずに、埃で有る事を知らぬ限りは、限りあるものを持つだけに留まる。

置き換えた意識は短絡的な空腹を癒やさず。

建築的な夜はくすみながら、空想を深める。仕る思いは、飢渇する季節に抱擁され、応答し、 一つの愛に乖離する。純白な季節は、侮蔑的で差別的な心を無くした。 機械的な夜が、油塗れのくたびれた身心を干しながら、整容される空間で寂寥たる思いを折り重ね、 起爆した心に破裂するように慟哭する恋情たちが、言葉も無く、交差点を重複している。 下向き晴らす思いは、地に根差され、遮るように結われ、絶え間なく怠慢な現状を無くしていく。 気にすることも無く、気にするからこそ、その心に割っては入り込む邪心などが、過去の写真などを 今に並べたがり、語り部たちが話し、切り離す思いを知らず、調べる時は、平凡なようで雑務に果て、 元凶が何であるかを知らず、知った、としても失意を抱えるだけに過ぎ去り誘致される心などは、 誰にも掴めず、掴めた、としても幽閉されるだけに心を失うものであり、受け入れ挙用する心は、 列挙されず、寛解すべき安易な激情の彼方で頓挫し、苛烈な今も、阻まれている訳も無く、 拒むわけにも行かず、以下同文のような日々にも、響かせるような足枷の鎖の音も、悉くの慈愛に鎮座し、 加熱されるべき愛にだけ、冷え切った身体を明け渡し、強くあろうとも、弱くあろうとも、一律の出来事を介し、 雑多な気分を抱えながら、永遠たる陰影に立ちこめ、それが有ろうが、無かろうが、結局は同じ動機を育み、 枠組みからはみ出そう、と食い込み、結局は何も望まぬ限りにも、降り注ぐ意味合いも深まり、 繁盛している意識は、味気なく昔年などを通過し、流離う思いは、商況に消え入るような一部の 人生に対さない悲劇など、と折り重なり、考えに及ばぬからこそ、強くあろう、と思う者は、姑息に有らず、 雇用されている、としても、その心は固執せず、急接近すべき愛だけに術を残し、微睡んでいく。 「この翳りは、限りある時世の黒ずみである、と促すだけのマスは、自慰にしか成らず、成した、としても、誰かの心を耽美に侵すだけの主義だけを司る、と促す大衆の反逆も一様の烏合の衆であるべく、善悪の懸隔保たず、もたらすべき慈悲を育まず、蔓延る意識だけ、兌換すべき悪意を放つ。この意識は切り離すべく、なるべく話さない。あぶれる意識は、暴かれるだけに浸透し、数々のジレンマの軋轢を解消すべく、一つの愛は保身を生み出しながらも、二つの愛が、憎悪に変わろう、とも信じ抜くべき明日が無かろう、とも、この弔う意識だけは、一律である。死んだら紙切れか、短絡的な石に変わるのは、寂しかろう。過労した身体が宿した時も、引き摺られ、引き裂かれたのに、死して単なる物質に変わるなどは驕りそのものの憐れみのように、この音信に降り注ぐ。不利なものも無ければ、幸福も要らず、不幸を思わなければ、不幸にならず、成した、としても後先転じて、何かになるべく、その「もの」では無く、持つから疲れ、持つから縺れる。募る思いは、算用すべきでは無く、概要に放つべく、外観に浮き彫りにされる人間性などを見つめるべく、致し方ない日々を荷担する事にあらず、有った、としても持ちすぎる価値により、物事の是非は遠ざかる。加算すべきは、何事にも無く、何事でも無い。持ち合わせる事も無ければ、単に、介して、単に起こった理の中の醜状を遡るよりも、裁かれるよりも、より良く思う日々にこそ、拘束されない自由も金蘭に契り交わし、少しは輝き馳せるだろう。要するに、この事実は、繋がれた意図を紡ぎながら、繋がれたでは、無く、ただただ続くだけに紡がれ、繋がれるだけに過ぎず、何かに介して、近づき、また遠ざかりながら、また誓う」 快晴は語源を与える。抗うだけでは、味気ない、と実勢に伝えるが、如何せん五月蠅く纏う価値、というものは、 身を滅ぼす。後ろめたい日中は、夜になれば、暴かれ、深夜になれば、浸透し、数々の傷みを昇華させる。 言葉は掻き乱すように、悲酸たる自我に、脅威を与える。 拘束されている今も、投棄した面影に連なり、加算すべき現状を用いず、もたれ掛かるだけに、遠ざかる意識に、 仮初めの不自由などを突きつけ、生じる先の愛を知らず、求めるだけに留まる。 拗れる思いは、惨状を深め、深まる季節が、何であるかを知らない。 示唆する思いも、短絡的な正義の枠組みに嵌まり、何れかを責め立てる。 陥落する悪は、嫌疑を司り、散々な現状の最もな悪意であるべく、君の心を横領し、両道を失わせる。 懸隔は、様々な意識を介しているようだが、この静寂に溜まる思いは、一つの結論しか持たず、 持ち合わせる是非すらも、是認せず、認識すべき愛だけに、感想を求める。 留まらぬ喧騒は、飢餓しながら、関すべき愛に至極の悪意を持ち込む。 もたらされる思いに反している限りは、飢渇し、規則を失い、統制される意識により、いじけを無くし、 自覚を無くす。改悪される主義に溺れ、横暴な権利を奪い血路に鬱積する思いだけが、 まだ欲しい、と叫んでは消え、帰依する場所を持たない魂は一律に喧しく、 安静すべき心を持たず、嵩張るだけに因果に反し、僅差を求め無い。 対する思いは、これに誇張されず、反する事も無く、感作されることも無く、動作されることも無い。 思う事も無ければ、見つめる事も無く、聴く事すらも無い、だが受動的なニヒリストでは無く、 代価も求めずに変えうる意識にこそ、その潤いの意味が利潤を求め無い限りには、 輝ける細やかな動向にも、欠如していた日々が輝き放ち、果たすべき使命だけに、歩みを進める。 「幸など初めから無いから、恥じらい捨てて、自分らしくなどとは、思わずに、その枠組みから脱する。蟬蛻された意識は、快活な瞬間にだけ、邂逅し、至難を飛び越える。倒錯する思いは、高揚しながら、何度も組み立てよう、と、その煩わしい感情から脱する。絶え間なく後先転じて、現在は現在の形を留めずに、杜撰な形を保ちながら、寛容な時を歩む。j陥落しない思いは、楽園などは、求めずに、この延々から脱兎し、レールから外れた終点で、我を見つける。見つめ合う我、と我は、誰、と君だ。等差などは無い終点に存在する意識は、高潮するだけに高ぶり、互いを緩衝させ、短絡的な愛から離れ、一つの意識に結合され、短絡的な愛などからは脱した意識にこそ、介した意味も深まり、近づく思いは、離れずに、放たれるだけに互いを高め、徴候を与え、互いすらも超越し、重なる思いは、重用されるべき中庸を保ち、何事は、何事も無く、なにものももたらされる是非も無く、自然に介し、深淵に司る意味を知るべく、この長い旅路にも、必要な愛を受け入れる器だけは、空にして、事態に降り注ぐ現状は受け入れ流れるままに対処し、空にしておく」。

2012年10月29日月曜日

怠慢な夜を昇華させる日記。

夜は人間である事を捨てたがりながら、誰かに縋ろう、と必死に媚びうる。 蔓延る意識は、短絡的な端切れであり、それを縫い付けよう、と必死な夜は過去に縋るだけに過ぎない、と 語る今は、詭弁のようであり、完結な答えであるようにも思えるような雰囲気だけが重なる。 萎えるような思いは、聳立せず、俯くだけに滞り、ただ凍るだけに、固まる。 凝固した思いでは、見つめる先も見つからず、未熟な真実に真相を求める。 その意識が促す意識は、誰かの影のようで、自分の影であり、このリアリズムも消え去るような 瞬間にこそ、現実は現存し、現像されているようで、幻想では、決して無い。 垣間見る瞬間は立ちこめる永遠だ。寂れる思いは背に腹は代えられぬが、 代価を求めるだけでは、総ては代えられるだけに、代償を求め、緩衝する価値が、何であるかを知らずに彷徨い、 漂うだけに、ただ酔いしれ、しれじれ、と行き交う様に飲み込まれるだけであり、 暗礁に乗り上げ、感傷的に慟哭するだけの価値に行き詰まり、行く先々に価値を持ち込み、 価値に飲まれ、その価値すらも、何であるかを忘れ、迷うだけに彷徨う事などに価値などは、 無い事を知った頃には遅すぎる。この夜は早いようで、遅いのだ。 襲われる意識に驕るだけの感情などには、何も無い事を知り、切磋している事実には 緩衝している事実は無く、ただ介すだけに寄り添う価値も存在するのだ、という事を知らない限りは、 そのままの形に収まり、収納される意識は、そこから抜け出す事は出来ない。 何であれ、この夜はざわめきながら、算用を続ける。寛容なようで、感応はせず、 世知辛く絡まり、世間体などを飼い殺し、悔悟を溜め込む後先に転じて、この現代の幸福論は、 歪んだシナリオを突きつける。どれも正しくは無いが、どれも誤りでは無い。 過ちは、誰にでも存在し、それを卑下する事が、一番の過ちだ、と知る。 濾過する思いは、純真な時に介し、対すべきは、自己に存在する、と最もな意味合いを施す。 程良く溶け合う意識は、自意識を超え、肥えただけの自我に損じるだけの、事実などを介し、 蒙るべきは葬る価値に存在する、と、つくづく思う。 毒づきもするが、嘯く事も無いし、言い訳がましくも、喧しく連なる意味合いだけに徒労するなどは、 尊厳を持たない。持った、としても、それに対して自己を保つ事は不可能なようだ、と夜は心の鮮血を 流しながら、受け流す事を知らないから、君は意味の無い事柄に意味を求め、 悉く募る思いに、詰まり、つまりは、退屈さを埋めるだけに欲動する意識などに介し、 関すべきは自己にある事を知らず、静寂であろう、としない。 細微に蕩ける思いは、御身に刺さるべき事実だけに相対し、関すべき自己を調律させる。 その静けさを知らぬ夜は、騒ぐだけに五月蠅く付きまとうから、 この喧騒から脱兎し、寂れた孤高の道筋を歩く。 道無き道は、満ちないが、補おう、とも思わず、満たそう、とも思わない。 それは諦観では無く、感覚であり、関連する事実は、総ての物証を行うだけの価値を押しつけるだけに 過ぎず、物事の筋書き与えるだけに過ぎず、そこに高潔さを持たない限り、 限りある事柄に詰まる。 始まりは、ずっと終わりに繋がる。恥じない思いは、始まりなどは求めず、終わる意味などは知らない。 知ったとしてもだ。この夜に監視され、介す事すらも出来ずに、動向を留める。 行動は、行為に基づき、動向の意味を求めるが、求め合う程に離れ行く事を知らない限りは、 もたらされる事実により、崩れ去るだけに自壊し、関したはずの出来事も遠ざかるからこそ、 優美であり、尊敬にも値するものでも、ある。 単一な思いは、事象、と対立しながら、単一な事柄などを捨て去る。 夜に対比し、回避する君は、簡易な感情により、善し悪しを決めつけ、 寄り添う価値を知らない。 感覚は陥落せず、感銘な時を引き摺りながら、数える時になど、有する価値など無い事を知る。 知ったとしても、倒錯する意識は、いじけ無く、味気ない日々の一様の事実でありた、と縋る。 縋るものになど、価値も無く、もたらされる事実に対して、どう思うかにより、価値は定まり、 その知っている事に対して否定し、新たな価値を創り上げない限りは、その価値は、 勝ち誇るだけに遠ざかり、君の起因を劈くだろう。 感謝。夜は災い戸惑い、騒ぎ立てながら、惰性に絡まり、荷担しながら、気配を残すだけに過ぎない。御礼。

壮大な一瞬に詰まる永遠の煌めき。

厳正な時に介し、総てに軽減されるべき愛に解ける。追憶は仄かな災いを施すだけの傷みに対しては、 拮抗し、饐えた今も簡素たる永遠を掲げ、称すべき実体に手解きを加え、まざまざ、と介し、あざとく笑うだけの、 人生の欠乏症を加え、尖った神経に対して、程良く蕩けるべき実証を与え、歓呼すべきは、 相対すべきでは無い現象に捧げるべき豊かな愛に大差ない悲劇を繋げながら、つくづく歩くが、 毒々しく示唆する明日に鎮座し、座礁しながら、蒙る先の闇は、単一な闇で有り、深淵に輝ける簡明たる 主観も行動を共にしながら、収容されるべき時間に支配され、気配は瞬く間、と俯く君の背中は 一様な返答を繰り返し、軽減されない傷みに嫌気をさしながらも、重複する日々に反復し、 反芻すべきは、絶え間なく零れ落ち、剥がれながら、落ち度を示さない窮境に迫る愛の傷痕を撫でるだけの、 遠景に繋がれただけの意識に哀感を繋げながら、寛容な瞬間に焦躁を与えるだけの、安易な愛からは、 離れ、重なる瞬間に喪心するだけの気泡のような泡沫の時を隔て、輝ける今に蔓延る永劫を掴み取るべく、 屈託無く笑い、愛おしくも、奇しくも続く、この日々、という奴に、けりを付けるべく、実体などは、脱ぎ捨て、 博愛すべき主観に偲ばせるべく、蔓延る思いに、史観を与え、懐郷に靡く思いは、変性しながら、 至難を企て、阻む思いに拒み、対すべき愛は、程良く介すだけに凝固したりもするが、 舌足らずな思いを捧げながら、そそくさ、と消え入るのが、人生の窮理に靡く究極の答えのようにも思え、 汎用される意識は、乱用されるだけに翳り、簡素な答えを持ちたがるが、如何せん考え過ぎた頭は、 数多の出来事に対しては重すぎて、数多の事実に対しては軽すぎるし、やがて静謐たる由縁に蕩け、 この夜の実感を失う程の愛にかまけ、関すべき時代に共用されるものなどは、無いから、とハミングする 毎日にも、強要すべき事実も無いのだ、と告げ、償うべきは、何処にもあらず、責め立てる狭い価値により、 迫りくる思いが、見せつけるビジョンに支配される君は、倦怠感をあらわに、新たに進むべき症状を抱え、 永遠たる由縁に蔓延る意識の助長などを進み、介すべき愛にだけ、果たすべきものもあるものだ、と。 思う心は、御身に達する。生じる先は実体を失いながら、一貫した価値を保つ。 生じる先は現行を失いながら、程良く対し、朗らかな瞬間にこそ、呈すべき愛を用いる。 展望する思いは、全景を支配し、軽減されるべき慧眼を用い、賞する先々に転移する。 勝ち誇るだけの勝敗は依然、として忙しいだけで味気なく、だからといって、何も用い無くとも味気なく、 愛は無く、心に焔を抱え、暗澹たる悠遠に至極を詰まらせながら、雑踏の顕示欲に司っていく雰囲気に飲まれ、 誰かの目線が気になるだけでは、単なる木のようだ。 夜が明け、切実な瞬間に詰まりながら、混沌、と介し、嵩張る思いに対し、足したり引いたりする。 寂れる思いは、錆び付くだけに、留まる。更迭すべき意識は、暗礁を繰り返し、座礁した心にのし掛かる。 叶うものなどは、殆ど無い、と促す事にも、飽き飽きだし、綺麗事だけでは、穢いものに絡まる。 穢いものを見つめていても、見つけるものの殆どは穢いものにしか見えず、綺麗なものも見つけられず、 見つかった、としても見透かすような猜疑を重ねる。 高まらない思いは、多感期のような幼少期のような心を失う。 同等の価値などを求めるだけでは、同等の中の差異性は見抜けず、みすぼらしく頷くだけに限る。 兌換されるだけの価値には、汎用されるだけの凡庸さを孕み、その価値を一巡しながら、 縁取りを繰り返す価値の円環の中に収まる。 憚る思いは、幅ばかりを示し、示されるだけの出来事に対しての正否に留まる。 荷担すべきは、この情況にあるが、現実には無い。 担うべきは本当は、嫌うべきであり、それを好きこのむのも、止めるべきである。 褪せるだけに介して、大して意味の無い出来事に仮死化しているような日々に鬱血し、 重なり合う慈愛の慈悲は、単一な同情であるから要注意だ、と幼虫が語り、 この口中から溢れる慟哭者たちは、かまけた思いに比するように、悲恋の歌を謳いながら、 道理に導くような一瞬の煌めきを与え、はためく思いの陰影に連なり、破壊者たちが促すだけの シナリオからは、脱兎し、至難などは、何でも無いし、何とでもなるからこそ、暗澹に靡き、 対すべき事柄を誇張せずに、幸福などは祈らずに、呈すべき今に全身全霊で捧げるべき悉くを、連ねる。 「目眩く思いは、苦肉を貪りながら、道理を謳う。緩衝すべきは、愛いなしながら、訝る思いの調律を行う。判然たる思いは、焦躁を拭い、凍てつく日々に、いけ好かない、致し方ない感情を申し上げながら、盲信を掻き消す。掻き乱す思いに、神は居なく、危難に育む永遠だけが備わる。解体する思いに身体は無く、快感すらも無い。対する日々に介した君だけが、幻のように劈きながら、疎ましくも刹那に絡まる。世知辛い、と促すだけでは、乾くだけだが、甘いだけでも緩慢に蠢き悔恨に靡くだけだ。蝕む今に蔓延る意識に介しては、この世など、と謳う暇も無く、この世は、この身心から始まり、この世などは、この身心が終わりを告げた頃には、総ての答えを吐き出すだろうし、やがて思う事に対する重みも無くなり、関した後先も暴かれる時に、憚れる時無く、程なく介しては、簡易な時に閉鎖し、関した先々も、わだちだけを残し、まがまがしい君も、いつかは静寂に成り得、遠端に靡くだけの徴候に変わる」。

ニヒリズムをカオスティックに超越し私道を徘徊する意識。

蒙る先は偏執しながら、誇張され、耳元で五月蠅く囁く。弊害を重ね、豪勢な時を隔て、 関すべき愛に手解きを受け、相対する日々に足し引きなど無いが、押し引きながら介し、 導く時の潮騒に対し、物事は拮抗し、緩衝しながら、程良く自己に浸透し、みすみす、と促す時の 心の内側で弾けながら泡、となり藻屑、と化し、貸し付けられた身体に対し、瑞々しい心を繋げ、 関すべきは、後退しない意識に対し、押しつける威風のようなものを気風に捧げるべく気骨あるように、と 促す先々に対しては、総ての答えなどは不必要だ、と告げる。 つくづく味気なく、劈きながら、躓き疎ましくも占い、時折は成熟しながら、正否を求め、静寂に介し、 感冒に対しては、寛容であるべく相違を求め、甘美たる永遠に立ちこめる事々も、姑息さを放つが、 関すべきは、寛解すべき心の病理に対する愛であるが、如何せん混線極める現代、という奴は、 疎ましく上等な意識を紡がない。 霞むような嫌気だけが噴気し、陥れるだけに価値を赴ける。転じるべきは、正攻法な事実を拡散すべきでは、 あるが、権力、というものを未熟なものに与えるから、モニュメントばかりが増えてセメントばかりの セメタリーが増え、センチメンタルな季節に覆い被さり、流された思いを傍観しながら、関すべき情愛には、 対さず、大差無い日々に介して、関すべきは、私欲にあり、と告げる強欲は、一向に効力を失わず、 煩わしく忙しく資産繰りを繰り返し、奪われるものか、と暴く日々は、何の意味も保たず、持ち合わせるべき 今すら用いず、もたらすだけに凭れ、促すだけに悪意を堕胎し、応戦すべき事実に対しては、弱者であろう、とする。 立ちこめる雰囲気は絶え間なく、まんべんなく、どのような者でも、醜いものだが、 還元される物質に関するから、だと思う。だから見にくくなるのだ、と。だから、何だ、とも言えるし、 弔い討伐すべきは、干ばつ押し寄せる現在の心を覆うような応用を突きつける為に鋭利な言葉で刺すべく、 否、と丸みを帯びた心で支えるべく、否、関すべき事実に大差など無い、と突き抜ける為に 顕示しない誇張を続け、けたたましく促す今にこそ、固執しない永遠が存在する、と告げる。 「最もな鋭利さは自己に刺さる。最もな緩慢さは、自己の差異を失い、誰かに介し、誰かに媒介し、誰かを批難することにより、自己の差異を埋めるだけの自己の存在を持たぬ者の哀れだ。哀れむべきは、強弱関係無く、軟弱に押し寄せる。関係性は、遠端に立ち尽しながら、尽くせるか、どうか、と告げる。同化する思いは道化であるから、対すべき自己を自己を持たず、利己的に補う価値を用い、誰かに相対すべく、関した理由を用い、君の心に介したがる。縋るだけでは、肝心な自己を見失う。見捨てられる価値により、物事のよりけりは、善し悪しを決め込み、まざまざ、と支配したがる。従う意識は、隷従し、その支配の気配に従順であろう、とする。重々、承知しながら、従う意識は、知った口を放ちながら、理想的な愛を放ちながら、自己愛に陥る。飢渇する思いに対する愛は、悲哀に導かれるだけの曖昧な愛にだけ靡き、関すべき愛に対して心を持たず、自己に隆々、と流れる意識に対しての愛にだけ、従わす。審査を加える愛は、至難を持たず、危難に陥り飢渇しながら、自己を潤わすだけに裏切る。機械的な愛は、総てに従いながら、反動する意志を殺め、対処すべき心を持たない。規範的な愛は、模範で有ろうとだけに、有し、自己ですら有ろう、としない。関すべき自己を失いながら、自己の背びれを掴み、自己の尾鰭を歩く、その場に司る思いも、いつかは老い耄れるが、若いだけでは、何も無い事を識り、単一に老い続けるだけでは、何も無い事を識り、正常などは無く、異常すらも無い事を知り、善悪などは、初めから無い事を知る。単に、浪々、と流れ、立ちこめる一瞬に頓挫する今に蔓延る今が、延々に繋がり、見果てぬ現状を徘徊しながら、僅差無い今に、規範なものなど無い事を知り、目眩く日々に価値などは、存在せず、存在した、としても、それは見せられているだけに過ぎぬ事を知る」 見つめ合う意識は、照合され、去り行く意味合いに施され、程良く溶け合う意識が愛になる。 安定などは、決してないからこそ、安定を求めるが、安全などは、決して無く、判然に派生する事柄に、 絶対もある。それを求めぬ限りは翳るだけに現時点も現実味も見失う。 揉まれる意識は、一過性のモラルに悶えながら、息絶え絶えに進む。 行き交いする思いは、示唆などを繰り返し、愚行を繰り返す。鞍替えすべきは、既存の価値に存在するが、 存在する事すらも、価値には無く、定める位置にこそ価値は存在する。 転換すべきは総ての微睡みに介し、対する思いの差異の彼方に鬱血している。 関する出来事は、自在に変貌し、変転しながら、価値観などに、尊大さは無い事を知る。 切磋する意識は、すり減りながらも、すり減る事により、本質から補うべきが、何であるかを知り、 今に平穏などは無いからこそ、優雅さを蓄え、一律の幸福などを克服しては、 不幸であった、としても不幸とは、思わぬ。それは誰かに思わされている事を知り、 その誰か、とは、自分自身だ、と言うことを知り、寡黙に滾り、大愚に戦かず、関すべき今に解明すべき 自己を調律し、一介の出来事などは、関すべきでも無く、抗すべきでも無い事を知り、 悉くに、存在する出来事などに、本質も真実も無いからこその、絶対だけを求める。 無に介し、無に対し、永遠であるべく、この意識に緩慢なニヒリズムなどは、決して無く、 躍るような意識を指揮し、一人で執り行うオーケストラだ、と告げ、この繋がる意識は、 何処かに対してだけは、勤勉な愛であって欲しい、とだけ願う。

2012年10月28日日曜日

静謐たる夜の起源を徘徊する日記。

短絡的な理想論が夜を跋扈する。感覚は移送され、 懸隔を埋めながら、綴じる夜を綴り、繋げていきながら、 新たなページに生命を与え、尊厳を深め、聡明な時に介し、 関すべきは、この短絡的な情況に有らず、暗澹に輝く捨てられ、 廃れた出来事に存在する事を知る。 事柄は単一な理を求めながら、横柄な幸福論に帰還し、 飢渇する思いは短絡的な不幸を聳立させる事を知らない。 折れて介する者に、肩は貸すが、その者の松葉杖にはなりたくは無い。 この儚さを知らす為に、遠くから見守る事に、聳立する意識を知らぬ者には、一切の内心を放たない。 感心有るようにも、思えるが、介すべきは、その理由にも無く、単一に幇助しても、 関すべきが、何たるかを知らない者を支えた、としても、その者の為には成らず、ずいぶん、と距離を保ち、 見つめながら、何も語らず、寡黙に、この夜を見つめ、見つけるべきだ、とは、内心で告げる。 戒心すべきは、この夜の善悪にはあらず、あった、としても短絡的な意識の是非に留まる。 その枠組みに対しただけでは、拮抗している総ての対立を見つめる事は出来ず、 調整すべきが、何を知り得もしない。 何も識らずに近づく者にも、少しの愛は放つが、間隔は隔てたままにする。 隔てられた意識の線引きを行うが、分別はなるべくしないつもりでもあるし、 差別的に懸隔を離す事もなるべくはしない。 何たるかを知る者には、跪き、何処までも信用するであろうし、信心すべきを自己に置き、 自己愛に陥らない者にだけ、行いの善悪などは、一切関係無く、関連すべき出来事が 自然に邂逅し、奇蹟に対する対処を知り、垣間見るべき事実の後先に連なる、わだちが、 伸びながら、総てに媒介していは、帰還する事を知るべく、この標識にも、少しの温もりは与えたく、 致し方なく、これしか無く続け、連ねている。 繋がる意識は、短絡的な首輪をはめ込み、足枷はめ込むべく罠を仕掛ける。 知った上で、はまり込みはするが、嵌まりきる事は無い。 介する事実に幻影を残しながら、幾何かのニュアンスに帰還し、気配を残す。 錆び付く夜は、ぎしぎし、と妖艶に軋みながら、帰すべき事実に介し、肝心な事柄には緩衝せず、 自己に介して、対すべき事実に昇華し、荒んだ思いを流離いながら、散じる思いを超過し、 溢れた思いに帰還すべき居場所を与えながら、均等さを保たず、溢れる思いには介さず、 介さない思いは、嫌悪などに変わり、夜に悪態を連ねる。 拙い意識は一向に穢い、と君は俯く。 疎ましく連なる意識も儚く、はきつぶしたままで進んだ、としても靴擦れ、 滲んだ血などを、夜道にこぼしながら、攻防すべきは、何処にも無く、 光芒に照らされ、信ずべきが存在し、攻防している現状を知り得た所では、 総てに介した意味合いにも深みは溢れ、深みには嵌まらない。 幾分かの猶予を保ち、この生きて介す事にも、疲れは襲うだろう。 襲いかかる今だけが、現在を留め、効率だけを求める意識は得るだけに膿み、 売るだけにも膿む。 単一な面影が、夜に留まり、立ち尽くしている。 背中を押すべきか、数秒迷うが、この意識に素直であるべく、 君の意識の一葉には、なろう、とは思うからこそ、 君は君で居るべく、君の意識、とだけ対立し、その場に仕切る思いなどは、 捨て去り廃れたままで歩いた矢先に輝ける事柄も有るものだ、とだけ告げるから、 一向の幸せなどは、しわ寄せになり、欲動するだけに滾るから、 そんなものは求めずに、止まらぬ意識のまま、ひたすらに進む事に、 我が侭さでは有るが、我が侭では無い事を知り、 知った所で、その時点は移動するから、移行する意識に善悪は求めず、 進むべき是非だけを問い、尊く思える矢先に掴まりながら、 必死に連ねるだけに滾るものでも、ある。 感謝。均一などは、無いが、均衡は存在し、聡明な主観にだけ、永遠も生まれる。御礼。

人間的病理を打ち消す為の多面性。

堅牢たる思いは、後先を厭わず、愛おしく思うものだ。憐れみに同調し、同情するだけの愛は、同行者に有らず、 完治すべき心を寛解させた後先に存在する無心な事実に、総ての神経は絡まり、 この心象に介する地脈を辿り、身心に蔓延るのは、何たるかを知る者は、関すべき状況の後先に転じ、 成し遂げる意味を知る。 懐疑に戦く者は、猜疑心に捕まり、採否だけを行い、自己の翅を採取し、それを貼り付ける時間の 中に留まる。 考えは後先には転じず、展示されている思いに存在する限りを知りながら、自我の表面の孤舟を傍観し、 諦観した思いは、沈むだけの結論を用い、自己が主事である事を忘れ、誰かの主軸を掴もう、とする。 重なるべきは是非にあらず、介する事実の懸隔に存在する意識に重用されるべき倫理などを壊した 跡形に存在する。 後から介す出来事は、殆どの闇で有り、それに介した悔恨を今、連ねても、その先々の重荷にしか成らず、 成った、としても実る事は殆ど無いが、その先々に転じるべき事実を蓄えれば、生きて積み上げた意志にも、 少しの輝きを与えるような要理に変わる。 理由は利用されるだけにあらず、知った上で利用されているように、稜稜たる由縁を保ち、 厳しい目で見つめ、見る目を蓄えるべきだ。 介する出来事に襲いかかる事実は、緩衝しよう、と君の合間に割っては入り込み、関すべきだ、と 頷かせ、足枷はめ込み、渇する思いに水を与えない。 かまける思いは、簡明たる悠遠を徘徊し、監守すべき自己の保身に幇助せず、交互すべき欲望にだけ、 介して行く。 悔悟を溜め込み無惨に散り行く意識は、指針を失い、誰かに凭れるだけに、もたらされる意識などに、 本質は無く、自己に対して勤勉である意識にだけ、自己は協調を保ち、それに対して、 その身を捧げ、嫉みを捨て、関する事実の両道を歩き、両方を知り尽くした後先に、 単一な善悪などは、消え去る。 「蒙る是非は、弱者共通語を話し、強者に拮抗すべく、烏合の衆の中に留まる。拮抗し、対抗すべきは自己に有り、自己を聳立させない限りは、ナンバリングされた価値に監視され、関する是非すらも許さぬ、と排除されるが、そこから排除され、控除されないからこそ、弾け飛び、是非に厭わず、短絡的な善悪などには、介さない。道徳を、どう説くか、と荷担するだけの主義は五月蠅く付きまとい、何も用い無い意識は全体主義に陥り、超社会主義に留まる格好の餌だ。蔓延る意識は配備されず、感覚を失い、個人の意識を保っているかのように、思えるだけで、思わされている事実を知らない限りは、根差すべき座標を失い、彷徨う限りに可否を続け翳る。積み上げるべきは、鞍替えし、創造すべきある、と短絡的な破壊者は、上辺の行為を連ねる。それでは、懸隔は埋まらず、姦悪を用い、破綻するだけの事実に空回りする。重なり合う事実は、守るべきものを聳立させながら、要らないものを作り直し、育て上げるべきを問う。関すべきは情事に詰まる出来事に緩衝しながら、その差異性は求めず、もたらすべき事実に翻すべき創造性を保ち、構造を変える。一律の事実の旋律は、協調せず、対立しながらも、一つの結論に結合されていく。去り行くままでは、味気ないから、一巡の事実に介すべき理などは、無く、叡智すらも必要無く、大義すらも無く、数理すらも無い。完治すべきも無く、傷みを抱えたままで、ボロボロの身心抱えたままで、進む意志にも、意志は無く、関すべき事実に、事実も無い、対する事柄に、介す事柄も、からからに乾いて、疲れ果ててもいるが、果てない意識は、蔓延る意識に対し、高潮し、見せつけるよりも、見たときを繰り返さぬように、と要理を捨て、要すべき事実も、緊要さを抗うだけでは、拮抗している理由すらも見失い翳るだけに滾り、飼い殺されるだけに過ぎず、この私議も裏腹な事実などを拡散しながら、事物の中庸保つべく、無意識の彼方で荷担すべき主義なども無いからこそ、自由な意識をかいくぐり、この不自由な生命、と言う憐れみなどに、介しながら、何が正しいのかを見つけ、見つめる事こそが、調律すべき心に介し、純真さを保つ結論に結合していく」 意識をフォーマットする。寂れる心は、名ほども介さず、然程も無い。 程良く幇助される意識は、自然にだけ、拮抗し、意志を聳立させていく。 行く末は誰もが不安であろうが、この一律の結論などは、後先は終わった頃には、何事も無く平穏を保つ。 正否は静寂を求めるが、誠実さは問わない。 厭う思いは、面影に影を与え、閑散たる意識に照明を照らしながら、単一な何も思わぬ愛に帰依する。 気配は、かくかくしかじか、と感覚的な威厳を保ち、何も厭わない。 勘合されるべきは、どの是非にも有らずから、といって、短絡的なニヒリズムの中に自己も無く、 この無意識の中に、長じるべき意識が超人化し、自己の怪物を打ち倒し、 開花すべき後先に自然に咲く意識に纏わり付く瞬間にだけ、単一な主観を与え、 この讃えるべきは是非にあらず、是認すべき出来事にも無く、 快活な日々に存在する身近な愛に気付くだけに、介して行く。

善悪の星彩。

黎明を告げる孤高を歩く。無償の価値は宣言されるべき夜に権限を残し、葬る後先の幽境に溜まる。 求め合う意志は意思にあらず、シリアスな明日を担うべき静穏も復調を戻し、溺愛すべき瞬間に機影を残し、 夜の純白さの差異に拡散され、偏りを示した後に尊く散り行く定めを振り翳す。 慢性的な夜の検疫をくぐり抜け、個人的である、とは絶え間なく誰かに介し、程良く溶け合いながら、 一律の愛を疲憊させ、愛など、と短絡的に謳いながら、道理に見果てぬ夢を突きつけるようなものだ、と 宣言する路上の詩人たちは、短絡的な屍であるべく、退屈な時代に言葉を売る。 銃撃戦が続く激戦区の仲介人たる聖母は、墓標の上で新たな世紀を待つが、権威を保つ父は許さず、 懸隔を埋めよう、とする限りには、滾る思いに見収めの事実を時事に突きつけ、鞘に収めるべき事柄は、 尖ったままで、重なり合う瞬間は諸刃で傷付け合うような習慣性を保ち、永劫に補完すべき事象だ、と告げ、 屠殺場か、安楽施設に送られる結末である、と下向く君は、地の何たるかを知らずに、浸透する思いが、 恍惚を迎えるべく、淫らで簡素な思いを説き伏せ、帰り道に悶えながら、意識の高揚を保ち、 嘯く笑顔で乏しく歩きながら、危難を穢くも思いが、去り行く季節の物陰に拡散すべき愛の何たるかを、 知らずに、尊く思い今も、北風に乗り、画期的な愛を探しながら、択一すべき事実の是非を問い、 簡明たる由縁も時折の悪意の船影に乗り、固執しながら、幸福を祈るような策略も、一途の時を経て、 判然たる瞬時の永遠の暗影を残し、淫靡たる御身に捧げ、欲動すべき愛に跪き、反映すべき時に、 至福を売るようだ、と告げる今も、性悪説のたまり場で、善を売るような結論を見せるが、 善などは、前擬にも成らない、と笑う今も、本質では綺麗に出逢って保身に塗れたいの、だと促す心は、 一向に連なる意識の闇に連なり、拙い思いにはしたない意識を繋げ、この意識、とワンペアになるような 恋に出かけ、介すべきは愛にも無く、善には無い事を知るべく、この、ひたすらな意識の最中に投函すべき 自己の虚心を紡ぐ。 「心無きまで、この怜悧たる思いは、冷笑を続ける。嗅ぎつける影は、本心に折り重なり、どちらが、自己に介して福、となすか、はたまた仇、と化すのかを押し問答させた後先に突き刺さる刃により、自壊する結末だ。関すべきは、何処にもあらず、有った、としても、有する事実により、偏向する意識の中庸を保たない限りは、介した事実の偏りに流される。重なり合う意識は、殆どの差異性は求めず、同調すべき意識により、行動を失う。動向を持った、としても、それは自己の意識に反し、自由な意識を見失う。拡散すべき意識は、交情を求めながら、向上すべき意思を登り、登り詰めた先々の身近な愛に近接しては、いつかは離れ行く結論を用い、もたらされる夜に帰還する。快活な瞬間に無邪気さが溢れ、無用な事実を捨て去り、赤子のように笑い、赤子のように泣く。赤子は、理由など求めず、関する事柄の事実も知らずに、笑い泣く。ただ生きて弁明する要理を掻き消すように、隔世に留めぬ思いを吐き出すように、この要因に深みなど無いのだ、と告げるように、簡単に笑い泣く。還元されるべきは、一律の愛だけだ、と告げるように、何かを求めているようで、何もかもに、求める必要は無いのだ、と告げるように、単一に行動を続ける。見習う是非はそこにも存在するが、何処かは、五月蠅く、輝ける一瞬を知らずに、証言を続け、権限守る為に、権益に司る為に、ひたすらに、欠如した意識で悪意の限りを尽くし、正義に懐疑を売る。正義は、隔意を求め、浸透すべき悪意に変わるべく、大義を用い、悪意に変わる。悪意は、暗影を這いずり、どちらが、正しいのか、と告げる。隔意は、同意を求め、同調すべき一律の答えを恰も抗わず、中庸だ、と言い放つ。中道など何処にも無いから目指す是非を問うが、尊い命に、何の是非も無く、割って入る隙間から溢れ、介す事実に線引き行い、境界線に変わりながら、それを恰も正しい、と思う心が操作する限りに、善悪の懸隔は埋まらず、埋まった、としても、その先々に介する善悪は、感覚を失い、何が正しいのか、と。何が、正しく無いのか、と告げながら、介すべき後先に転じ、重なり合う忙しさだけに、示唆を終え、資産繰りに忙しく目眩く日々は、単一に捲るページで有れば、良い、と告げる合間の余地にこそ、善悪の懸隔は埋まるべき一存を孕む」 生まれた瞬間は善悪の是非などは問わない。拡散される思いは、重用されるべき重要な点を転移させ、 自己に弊害を生む。 純真無垢であり、乗じる先に檻か、盛り場かが、鏤められ、境目は無しにしても、後先は五月蠅く 上下左右も疎ましく卑しい実存を放ってくる。 廃用の時を思わず、とも先々は介与を続ける。鬱陶しくも、審査を続け、形骸化した意識の 後先に詰まる思いは、煮詰まるだけに翳る。 濃淡な主観で心無いから、と正義に転じる思いは、悪意であり、 冷淡な気持ちで、心許ないから、と悪意に転じる思いは、正義である。 陰影に円らな意識を置くが、その円を回り続けた先は、自己の尾を喰うだけの決意で終止符を得る。 それは永劫に続く、隠された思いも、自己で飲み込み、揉まれるままに結論打ち出すシナリオに転換し、 確証すべき事実も各章毎に、差異性を失う。 果然に思われる月日も、その月日は、何処から溢れ、この介する秒針は、病理を吐き出しながら、 自己の病跡を歩む。介する心は、何処かで、千切れながら、何処でも無い空間を泳ぐように、 有用な事実に帰還し、無用な現実に資産などは残さず、閑散、とした現在に生きる意思に対する 力に拮抗すべき理由を用い、総ての術などを手繰り寄せながら、 関する事実に解明すべき現実の偏在で利己的な二面性を保つ自己に結合しながら、 一つの結論を得て、欠如した日々にも、響くべく賞与などを与え、 讃えるべきは自己にあるが、与えるべきは自己には無く、対象にすら求め合う事は不可能だ。 省かれる思いの先端に存在する意識の派生物のようなものが、誰かに微量でも介した先々に、 この命の横柄さも、いつかの細やかさに戻り、微粒子になるまで、今に介して行く。

2012年10月27日土曜日

夜の徴候は幸福なども求めず克服する限りであると告げる日記。

夜のコンセントにプラグインする。みすぼらし瞬間は満ち満ち、と生命的なものを補い、 見果てぬ現状に価値など、と五月蠅く付きまとう価値を拭っていく。 紡ぐべきは綺麗事にあらず、と喧騒は伝えるが、こんな困難で魂胆ばかりの情況だからこそ、 少しの綺麗事にも拭われるべきだが、如何せん素直では無い私には、綺麗事は、軽々しく嘯いているように 見え隠れする。 本質は、綺麗だけでは味気なく、穢いからこそ、綺麗に拭いたいものでも有るが、 有する事実の殆どは穢いから、と潔癖たる思いだけでは、綺麗な想い出に絡まるだけである。 夜の光りが、影絵のようにビルの壁に映し出される。うちひしがれる思いに、湮滅している君も 少しの笑顔を取り戻し、ロジカルな現状を捨て、コミカルで軽快でリリカルな現状を歩き、 今の緩慢たる症状を少しはマシにする。 難攻不落な夜は、フラクタルな様相は一切保たず、ふらふらしながら動機などを、土足で突きつける。 私に介すべき領域は、対すべき者で無い限りは、入り込ませず、 入り込んだ、としても、一切本心は見せない限りだ、と夜に告げ、風貌を淫らに染めるだけの 夜の欠乏症に膨張する意識は、還元ばかりを求め、起源を求めない。 関する事実は、解明すべき事実を突きつけるが、慈悲は保たなず、同情だけに介し、 貸し付けられる思いは、無理強いに維持する借金に変わり、そこまでして、欲しいものか、と告げる。 保身ばかりが、鋭利に邪魔し、営利目的な心は、短絡的な利益だけを求め、愛を保たない。 衰退する意識は、誰も買わず、買った、としても買われ、飼い慣らされているだけに過ぎず、 その筋書きを歩く事に対しての疑問を持ち合わせた、としても、それに対すべき現状は、 何も与えない。 讃えるべきは現状だが、足りないものを補うだけでは形にならず、荷担している日々にのし掛かる 重荷に、ひたすら耐える現状は、絶え間なく広がりを見せるだけで、何も教えない。 押しつけられた教育により、最もな幸福論だ、と普遍的に生きてはみたが、 見せつけられる事実、とは、教えられた以上の事を求め、それに対処すべき愛を知らない者は、 現状に倒錯し、交差する意識の表象を彷徨い、尊厳すら見失う。 現形は、原価ばかりを求めるし、高値で売買される意識は、高くて買えない。 たとい、買った、としてもだ。それを持った瞬間に狂うのが人間だ。 だから、と言って何も持たない訳には、いかないが、殆どは邪魔なものではあるな、と思う夜は、 妨げるだけに遠ざかり、いつかに帰り、いつしかに明け、仕方なくなど、とは一切思えず、 揉まれるだけに泡、となろうが、その大海に溺れた意識に改革すべき本質だけが、存在するからこそ、 この生きて介す事実に対すべき心を何度も聳立させ、群像欠ける思いには埋もれず、 たとい、埋めた、としても、知り得無い限りは、届かぬ思いに過ぎぬ。 端的な星屑が未明の夜空に輝く。加算すべき愛は枯れ果てず、輝ける程に、潤いを託す。 可決されない思いは、否決もされず、ひたすらに進み続ける。 反すべき一存も無く、移送する意識は居場所も無く彷徨うが、確信している思いは帰依する場所を知る。 関すべき心は、路肩で鎮座しながら、裏通りに介し、焼け付くような思いに比例すべき 愛にだけ、緩慢な笑顔を溢す。 剥離する思いは、意識の表面を彷徨い、悪意や不満や不安を促す。 恐怖に促されている暇も無いから、弄ぶ限りに自由で有る事の本質は不自由で有る事を知る。 自由、とは考えれば考える程に不自由であり、何も無くても何かを持ち合わせても、不自由なままである。 何かを用いた、としても何かに奪われる結論であり、沢山あるから、といって、自由では無く、 何も無いから、といって不自由では無い。 介すべき事実は三者三様に瞬きながら、一つの結論を得るべき一存だけを踏まえ、 この関する事実も笑えば尊く感じるだけであり、弾ければ、何て事も無く、 人目も気にせず、上辺だけに介す事実には目もくれず、 何を思われようが、その人が思う事こそが、自由の本質であるから否定にも及ばぬ。 感謝。身近な恩恵受けとり、今ある幸福を辿り、幸福に論理も無い事を知る。御礼。

弛まない愛の軌跡。

君はいつしかの悲しみに捕まり、永劫の捕囚、と化すべく、感銘な時を引き摺る。 間隔は、検証すべき事実を忘れ、煩わしい愛に折り重なる。 重ね合うべき愛もほどほどに、ふところに踏める是非は、一律の答えを失い、鼓動に対してだけ、応答を続ける。 申すべきは、君に介する施されない後先に転じるような輝ける一時の永劫なのか、とも思えるが、 弔うべき心は、歯切れも悪く、煩わしい現状の元凶を映す鏡のようだ、と告げる意味は、 君にずっと絡まり、加算すべき慈悲も無く、程良く溶けるべき愛に縫合されず、 ずっと轟々、と唸る自己の弊害により、物事の是非を失いがちで、入り浸る一瞬は、 永遠を持たず、枯淡を仰ぎ、短絡的な傷みに絡み続ける。絡み合う一生は、軽減されない嫌気のように、 繋がり、劈く思いは、未明の愛に見果てぬ夢を繋げ、重なり合う一瞬は、重み、と化し、 重ね合うべき愛を知らず、時として、そして無機質で、損なう君も、いつしか親、となり、 隣に思い描く幸せを高騰させ続ける。 投函する思いは、感動を与え、間隔を拭い、近づく程に、愛せたり、邪魔になったりもするが、 いつしか、その愛も見果てぬ現実、とつながり、飽き飽きだ、とも促すが、単一に、生きている内だ。 その外は、介すべきものも無く、貸し付けられた身体を地に返し、介したはずも、泡に消え去り、 消え入った後先などは、静寂も無く正否も無いからこそ、現存する今に対しては、 ほどほどの愛を重ね、程良く微睡む現状に対しては、際限無き空間のように愛で包むべきだ、とも言えるが、 如何せん、五月蠅く世知辛い、と促すだけでは、殺風景な一生に連なり、関すべき愛も敵対心に変わり、 対抗する意識は、拮抗せず、偏るだけに陥る。 愛に秩序も無く、階差も無い。持ち合わせる心による意識は、絶えず無秩序で、その場に対すべき、 対処法を持ち合わせ無い限りは、限りある現状に和えるべき心の甘みも無く、 手持ち無沙汰な現状に敢行するだけの、愛は曖昧で、関連すべき事実も持たず、 ひたすらに自己愛に陥るなどは、以ての外で、朗らかに、対すべき事実にだけ介し、 後先は転じて、幸も不幸も両成敗し、狼狽している先々に対する静寂持ち入り、 申し分無いまでに味わえば、濃淡に靡く瞬間も永遠に微睡み、蔓延る意識に携わる一瞬に手解きを加え、 快諾すべき一瞬の術を掴み、嵩張る意識などは、捨て去り、対する出来事にだけ回避すべき 事実に居場所を与え、この要する形も、いつかは歪んで軋むのが定めなのであるから、 今に煌めき、大した事柄も無いから、と言っているから、その大した事も無い事実の中の細やかさには 目もくれないから、ずっと暮れるだけに沈んでいる。 「一律の愛は、気だるい表情を加えながら、曖昧な時に介している。縫合すべき傷口も、その間隔を広げ過ぎて、縫えない、と叫んでは居るが、その傷口を広げているのは、一向の自分であり、曖昧に説き伏せる瞬間を理解しない限りは、その間隔に損なったままの自分を置いて、自分を傍観する事だけに時を有している事を知らない限りは、その場に司る自分に捕まり、身動き取れず、取れた、としても、その場を彷徨うだけに重なる。集約すれば愛憎犇めくだけに争いに転じる。捻転した意識は歪曲しながら、真実など、と謳うが、その真実は、愛には対さず、簡易な憎悪に絡まる。迎え撃つべきは、この簡易な情況に対する心の持ちようではあるが、押しつけるだけでは、その愛の本質は拭えぬ。結合すべきは、抗すべき自己に併用されるべき均一の愛だが、この混濁の彼方に存在する愛は、関すべき対象を持たず、自己に帰還しては、悪寒に変える。偏狂する意識は未明の自意識を悟り、自尊心などを蓄え、猥雑な意識を彷徨う。かまける思いも、御身に動作を加えず、介した矢先に転じて、手懐けるだけの愛に変わる。従順たる愛は、首輪を求め、かまけずに服従する為に鎖に繋がれよう、と自己を促す。それを自由、と思うだけでは、対処すべき愛も遠ざかり、仮に、君の愛が正しい、としても、この思いには、一切届かず、屠殺されるだけの今に食される。懐疑を溜め込み猜疑する今に育まれる愛などに、愛は無く、愛は何処にでも価値を用い、介するべき対象を騙す為に嘯く限りでも有るが、対すべき今に愛を用い無い限りは、その既存する価値だけに絡まる愛に陥り、然程も無い愛に枯れ果てる」 果てない私欲は受動的な愛に彷徨う。嗅ぎつける餓鬼たちは、君の足をすくうためだけに、 本質の愛をぶつける。緩衝し、対立する愛は、変転しながら、その姿形を様々に変貌させ、 君の目先に無惨な結論を与えるだろが、敢えてやられてやったのだ、と告げ、 それを知り得た事に感謝のようなニュアンスを捧げたい。 対するだけの愛は、未熟で無知な戦争に陥り、散じる思いに介すべき愛を保たない。 持ち合わせるべき情事は、寂れたままに遠ざかり、間隔失い、彷徨うだけの畜群の価値に陥る。 軽減されぬ日々に傷みばかりが、司るだろうが、心保てば、どれも似通い集るだけの愛である。 愛去れば介すべき事実も無い、と促すだけでは、陥るだけの自己に嵩張る。 高まる思いは、弊害も抜きにして、分別を終え、侮蔑しない。 一語一句に一期一会が絡まり、時たま邂逅見せつけ、 見せつけるだけの愛には目もくれず、暮れゆく愛にだけ跪く。 「解体すべき身心は、愛の屠殺場に送られる。黙殺すべき主事は、感銘な愛を忘れ、煩わしく蠢く限りに頓挫している。華麗たる由縁を手繰り、関すべき愛に親身に近づく、淫靡たるだけでは、足りないからこそ、奪い合う結論もあろう。それに同調していても後先の圧力に抑止され、膨張した後に破裂するだけに消え入り、その本質すらも見失う程に荒む。遮る心は、人それぞれであるが、どれもこれも、あれもこれも、と彷徨うから、何も見えない結論に留まる。その既存の価値を見定める是非を持たない限りは、数理の理屈に絡まるだけに陥り、もしかしたら明日には消え去る限りで有る事を知りもしないで、語る愛は、緩慢たるものに過ぎぬ」。

思しき季節に混在する戯言。

想い出のタトゥーのメモリーが目先にちらつく。チタンの街並みは、背徳の慰霊碑を掲げ、 正否ある時代の折檻を終えている。歓喜に苦悩するのが、人間だ、と菩薩的掌の上で、 苛烈な私怨を撫でるような喧騒の力学は、智慧の実を奪う合う為の戦争に出かけ、 ワンペアの季節を裏返し、貧相な心で豊かな思想を温めながら、依然として前兆は羽交い締めの 運命論者が描く終末論の中でフォーマットされ、宣言すべき愛も手つかずのままで凄艶たる由縁を 折り重ね、安静の月夜に磨いた君のエゴイズムも、外装は絢爛豪華なだけで、内観は、劣悪な 心情を重ねているだ、とか劣等感を補う為の猜疑心がルサンチマン、と化し、 個人的ヒエラルキーの間隔を広め、大きくも小さな人生の微睡みの彼方で愛に汚染されるべく、 何光年かの白昼夢の中で邪心を磨いているような世間体などは、無惨なものであり、 何を守るかなどは、消え去った後に、繋がれた意味合いに解けるべき一存を抱えるだけで、 この緩慢たる由縁たちは、悲しみを忘れ、永遠の出稼ぎに出かける窮境のデカダンスそのものであり、 暗影に尽きた思いは、今も海の最中を彷徨い、権限ばかりが後先を突きつけ、権益守る為に誇示する思いなどに、 人間性も無く、苦境の最中に心情を紡ぎ、反すべきは、名ほども無い寛容な事実に存在もするが、 如何せん、奪い合い媒介し、競争し、共闘すべき心も持たずに、反するだけの奇病を抱える輩たちは、 五月蠅く騒ぐだけで味気なく、それが恰も正しいもの、と思われるだけに得る心、とは、一切結ばれず、 孤高であるがために、関すべき病理たちにも、蒙るな、と告げ、この人間的屠殺場の最中で、 思い描く事柄は、介すべき事柄も、堕落した主義により、根茎を失った根無し草であるのか、と。 「均等な思い、とは妨げになる、と同情を重ねる者こそ、怪しむべきだ、とカタルシスは促す。荷担すべきは、感情を姑息に濁すような現在に降りしきる起源が、猶予はもう無い、と告げる。申し分なく、感銘たる由縁を失った内心の咆哮は、権限こそが、跡形も失われるべきだった、と醜い小さな国家は解決策を悪意で練る。関する事柄は絶えず、慢心を抱え、上に立つ者は、少しの心を持つべきでは無い、と謳う。道理は激しく未完の余生を突き抜け、悴む夜に饐えた感情を与える。欺瞞ばかりが、戦いた先に存在するのは、感性を失い、変節すべき時代性の陰気に絡まるだけの諦観だけだ。重ね合わせる是非は、環境的な物語を壊し、忘れ去るだけに是認され、あくせく働いて、アクセスした所で、と促す現況を砕くべく、うだうだ語りながら、うだつの上がらない現状に対して、執り行われるべき事柄の横柄さを拡散すべく、力に対する位置づけこそを破綻させるべき一存を踏まえ、ここに剪定した意識は、戒名を持たず、ただ有るありさまに対する献上すべき、名前なども要らず、手解きを加えるべき事柄に、悉く、対して行く」 香しき瞬間は、後先短い。加熱すべき心を炎上させるべく情念を授ける。持ちつ持たれつなど、と嘯かず、 儚き今に対する計算などは、何にも及ばない。 詰る瞬間にも、永遠は煮詰まり、激しい動機を重ねる。愛は保身では無く、闘争である、と宣言し、 格納されるべき焦燥感は、悴む季節に奇蹟を与え、軋む思いを、そっと支えうる。 総じて、この瞬間、とは、関すべき状況などを無視し、昏倒しながら、混沌、と無機質だ、と告げる、 ニヒリストたちは、リストカットしては、鎮座する闇だ。 華麗たる由縁に存在する軽率な事実は、寛容たる由縁を忘れ、煩わしい物事たちに、固まる。 大衆迎合されているだけでは、何事も解けず、マイノリティでは、何にも介せず、 孤独などは、話しにならず、差も無く否も無い現在に昇華させるべき一存を踏まえ、 短絡的なペシミズムなどは、昇華させる。 「間隔は、懸隔に及ばず、総ての距離に対する答えなどは、誰かが補う為に思い描いた幻想に過ぎず、既存し、存在する出来事などは、物事に対する依存心だ。省かれる思いは、憚りながら、宛らに埋まる。宛先の無い感情は、後先を下り、情景を登り、感情に帰依する。微睡み猛る思いは、症状を失いながら、顕然たる由縁に帰還し、総て、と対立し、緩衝しながら、還元もされず、自己の起源を彷徨う。泡沫に陥りがちな心は、裏切りに長けるだけだ。対すべきは、嘯く自己の翳りに存在する。解明すべきは、君の緩怠に存在する不平不満そのものの憐れみだ。転じるべきは、育む為に、枠組みから脱し、自己である事を聳立させ、総てに介し、繋がる事を知りながら、その全容からは、離れ見初める先に存在する寛大な自己、と共闘し、思い描く先々に散らばる意識の解明を急ぐべく育む是非を用い、閑散たる現状に入れ込むべき意志の水で自己を氾濫させながら、溢れる思いの消息は無視して、溢れかえる先々の追憶に介しては、消え入る思いの本性を辿る。その源流を媒介する魑魅魍魎に、鈍磨な餓鬼たちを払いのけ、何が正しいのかを見取れた先に、届かぬ思いは存在する。忽ちは消え入るだけの機影を残し、数々の時など、と嘯きながら、考えを彷徨い、思う事を忘れる。重ねる思いは、考えにあらず、有った、としても自我の表面を彷徨い、嘯く意志になるだけの、意識の表面に溺れるだけだ。深層を知らぬ限りは、その深みに嵌まるが、深層を知る限りは、深みに嵌まる決意を用いり、深々、と沈まぬように、見上げる先は、整えながら、乏しい自分を超える」。

2012年10月26日金曜日

全容は豊かな使命を育み夜に気配を残す為の日記。

愛を孕んだ夜は恋を産む。配備される意識は、信仰心などを拭い、真空管のトンネルを越え、 排他すべき愛に微睡んでいる。 緩慢な愛に手解きを加え、介すべき夜の快感に対する感度を計る。 拝呈される意識は、未明の夜を溺愛しながら、出来合いに冷めた愛などを昇華させつつ、 津々浦々に荒んだ裏切りなどを調理し、新たな愛に育て上げる。 購う思いは、縫い付けられ継ぎ接ぎの様相を保っている。 加算すべきは代償を求めるだけの、醜い事柄には、荷担させず、 真実を用いるものだけに、持ち合わせる慈悲を短絡的に配ったりもせず、 世知辛く消え去る機影に捧げたい、とは思う。 思われる事は、重くも軽く、思い患いながら、蔓延る意識の調律を行う。 散じる思いは、求め合う事により、軋轢を深め、嵌まりきった感情は、きっと同じ意味に絡まるだけに、 過ぎず、私議を重ね、私用に生きるなど、と言い切っている表情は、 一向に癒えないままであり、歪んだ感情は、損なうだけに歪曲し、委曲をつくす事を知らぬ。 対価を求める愛は、みっともなく、縋り付く様相は、まるで蜘蛛の糸を求める餓鬼そのものだ。 苛烈な愛に真実も無いが、蔑ろにした愛に、愛が有ったりもする。 可憐たる様相を結いながら、纏う愛は、綺麗なドレスを着ては居るが、 内心が煌めかない限りは、本当に綺麗、とは言えない。 言った、としても途端に消え去る愛に拭えぬ傷は、縫うべき愛を求めず、 開いた傷のままで無知な愛にだけひけらかす思いは、下心だけを見せつけ、 由縁を求めぬ。 調弦すべき夜の意図は、策略だけを踏まえ、感ずる事などは、容赦無く捨て去る。 感じた、としてもだ。考えに留まり、思う事を知らず、安易な感情に絡まる糸で、 自分の首を絞めている事を知らぬ。 知らぬが仏、と言うが、仏すらも、何も識らぬものだ。 真相などは、知らぬままのが、良い、と告げるが、知らない限りは、その知っている事柄だけに、 収まる。 恩着せがましく、喧しくは、言いたくないが、言わない限りは、気付かない事のが、多いし、 やがて知った、としても、知った限りに留まり、僅差を求めるだけの価値観に留まる。 兼用される思いは、顕示せず、演じる事も許さず、介すべき愛の対象すらも持たず、 自己に帰還しながら、昇華した瞬間の愛こそが、真実の愛、とも言える。 失った多くを知ったはずなのに、未だ未だ五月蠅く卑下し合うだけの日々に国境の屁理屈だけが飛び交う。 理屈っぽく言いたくは無いが、緩慢な思いを重ね、弱者であろう、とする日々に、 転ずべき日々などは、与えられず、この過信気味のギミックにも嫌気がさしてきた頃合いに 絡まる思いは、純粋な愛だけで有って欲しいが、如何せん保身だけに絡まる思いなどは、 保養もされない愛に留まる。 愛去れば、失った大きさなどを知り得るなど、と言うが、失った所に留まるほどに、 解けない思いに、対しての大小などは、無く、失った意味に対する意味の大小を、 解消するだけの綺麗事を重ねる程に、解けない思いなどは、捨て去るべきである。 冷酷な言い方だが、その思いを積み上げる程に、程良く介する罪に支配され、 自己愛から織りなす罰に転じるだけである。 ありさまは寛容なようだが、総じて兼用はされず、去り行くままの形を補う事も無く、 無惨に流れ行く。 その流れなどには、追い付く事は不可能であるし、その流れを追い求める事こそが、愚行そのものである。 行為は純粋に、巡り何度も一つの結論に達しながら、 欠如も埋めずに、新たな日々に抗うべく、新たな意識で調律する風景にこそ、 最もな愛が生まれもする。 持ち合わせる道理が織りなす同情などは要らず、抗うべく行為に対する純真を蓄え、 危難を飛び越え、汝、健全な意識を保ち、飛び交うべく、その羽根を休め、 この転義を用い、自由に飛び交うべきである。 恩恵などは、殆ど無いが、用いる是非に愛を保ち、関すべき対象には、無上の愛を放ち、 無碍な思いで介すべき愛を保ち、もたれ掛かる事あらず、 あらゆる軌跡を歩き、聳える意味を貫くべきである。 感謝。均等な思いは、育む程に解け、自然な愛に帰依する。御礼。

獣の流儀から解放し人間の始まりを告げる合図。

緻密な時間も一瞬で灰、となり藻屑へ、と変わる。捲るべくページの彼方には、永遠は無く、 目配りすべき今に転じる意味合いに永遠は深まる。 対すべき愛を持たず、自己愛に転じながら、いつかに捻転する思いを捕まえ、 配備すべき愛に施され、程良く溶け合う頃合いに合しながら、永らくに軽減されるべき慈悲を用い、 求め合うよりも純粋な結論に結合していく。 対価を求め合う思いは、退化すべきであり、全容に絡まるhappinessの音は鼓動、と混ざり、 リンクしながら、この輪廻などは、関係性も無く、自己が生きる限りに回帰するものだ、と知る。 数理は味気なく、心に割っては入り込む。担うべきは危難を加えながら、それを超越すべき 意識への指針を与える為の改革で有ろう。有すべきは散じる思いを集約し、 躍動する思いに同意し、同封すべきふところに隠した思いは、自然に帰依し、自己に帰還すべく、 その術を託し、寛容な事実を保ち、求め合う事は、無機質な愛を重ね合わせただけの、無意味な結論で、 ある、ということを知り、失錯も過多な通りに消え去り、去り行く季節の翅に乗り、 蔓延る意識の重要さに反復する思いが、御身に重なる事を知る。 神聖たる由縁などは、誰かの作った暴利であり、暗澹犇めく現況に存在する還元されない愛は、 抵抗すべき対象を、自己が織りなす弱者に対象を向けるが、その対象こそが、自分自身だ、という事を知り、 死する緩衝は、感情を失い、自己の弊害を拭う為だけに、言い訳がましく喧しい。 その思惟に司る端的な思いは、耽溺するだけに結合され、愚行を重ねる。 嵩張る思いは、高まる季節に反し、配当されるべき自己に還元されるようだが、 その価値などは、加算されるだけに重みに変わり、育む意味を忘れ、煩わしく思う心は、 重荷に耐えられず、自壊するだけに、その跡形に繋がれた足枷を傍観する。 提要される思いは重要な史観を観念に繋げ、霞むような日々の微々たる意味を紡ぐ。 判然に思われる日々は、患うだけに、影になり、小さな空間で伸縮しながら、膨張する思いは、 その領域に転ずべき意志を保てずに、狭い空間で膨張する意識は、破裂するだけだ。 意識に対する大きな空間を用い無い限りは、自己に淘汰され、自己に淘汰されなくとも、 弔われる形により、粛清される結論である。 「小さく纏まる思いは、差異性を保たず、自己の欠如を知り得無い。会得した、としても持ち合わせるべき対象を知り得無い限りは、得た限りに留まる。騰落する思いは、陥落せずに、緩衝しながら、忌憚なく蔓延る。阻める思いは、憚るだけに遠ざかる。仮初めの身体を抱え、果然に過ぎ去る思いに平伏すだけなら、誰にでも出来る。加算すべきは批判の前に、自己を正す結論を持ち得ない限り、求め合うだけの軋轢で消え入る。本質は短い悠遠さを抱え、燦然たる由縁を放つ。煌めく思いは、閃きに変わり、この脳裏に留まるな、と宣言する。続ける思いは、紡ぐだけに、繋がる。完遂する思いは、終点を求めず、ひたすらに走り去りながら、留まり、眺める意味の本質を知る。諦観する思いは、観念を持たず、誰かに殺められる結論に結合し、自分を見失う。成した所で、と促す悪魔は、博愛している神の本質だ。寛容な事実に宿る意志は、神などは持たず、外観に概念を用い、内観に、列すべき愛を保つ。列挙する思いは、軋轢を加えながら、圧力に負けず、かまける思いは、権威に戦かない。我関せず、と思いながら、介していることも知らずに、関すべき対象に憎悪を持ち込むなど、と謳う君は、陰影に司る闇そのものだ。その物陰に光りを与える者であるべく、自己を聳立させない限りは、観覧するだけの傍観者で終える。時世は絶え間なく介すべき自己を保たず、誰かの指し示す結論に受け流される。誰も、何も思ってもいないし、ましてや愛を保たない限りは、思う事にも有らず、暗影に滾るだけの主事を失った烏合の衆たちが促し嘯く結論だけ結合するだけの意味に絡まる。重なる思いは、溌剌、とした愛にだけ跳ねる。反する思いも、身近な愛を知り得ぬから、と促し、項垂れているルサンチマンの限りだ。関すべきは、内陣に迫る思いに締め付けるだけのニヒリズムから脱し、調律すべき現実を完走すべき道筋に対してこそ愛を保ち、結論などは、誰も用い無いからこそ、決意を保ち、この命の道理などは、どう考えても、不平等さを抱えるからこそ、中庸を保つべく、中立する思いは、誰の徴候にも示されず、自己に拵えられながら、誰かに介している事を知り、たとい入り組み、這いずり、餓死しようが、この命の行為に間違いなどは、無かった、と言えるまでは、癒えるものか、と」 満足などは不必要な異物だ。満足する限りに、意識は留まり生えもしない。 遮る必要性などは、一様さを保たない微睡みに介すだけだ。 重ね合う事実は、差別、と分別を繰り返し、屠殺場に送りたがる。集るだけの思いは、 答えを持たずに、彷徨う意識に乱反射し、反する意識に固まる。 簡易な感情は、損なうだけの理論を保ち、理想論を促す。理想などは、無く 自己の意識に刃向かいながら、調律された後先に転じるだけに、その意味合いが深まった、と いう結論なども、要らず、要らないものばかりが、軋轢を加え、この現世など、と謳うから、 邪魔ものな字余りな道理などは、倫理にもならず、僅差を企てるだけの悪意にそのものだ、ということを 知り、近似する倫理などは、善悪を持たず、自己に呈するだけに、規範を加え、 誰かに押しつけるだけの損なう価値そのものであるから、と促し間違え、履き違えるものは、 動機を失い暴利に項垂れるだけでもあるからこそ、この否定すべき事実は、 対象を持たず、解消せずに、対象を自己に移し、否定から肯定に昇華すべき結論だけに育み、 介すべきは、堅実な意味に施される意味合いに絡まるだけの主軸に与える潤滑油だけであり、 忠義すべきは自己にもあらず、愛を用いた瞬間にこそ、忠義も生まれるものだ。

対すべき思いは対象を持たずに昇華すべき意味合いを深めるべきだ。

折り重なる思いは、深夜の廃屋に集合していく。数々の面影は、司る原理を忘れ、力の加減も無く、 空洞化した現実に入り込んでいく。 感極まり、成した跡も仄かに霞み、身動きも取れぬ程に重ねた愚行も支離滅裂な反復をくりかえし、 合成的な主観に生えては、嘯く形で、有意義さを放ち、形有るものに価値は無く、失ってからの 凡庸な意味も、たどたどしい示唆を繰り返し、意味あるは転じて、意味も無く、堅持すべき意味も、 総じて無意味な結論を得る。 選りすぐりな現在に顕在な意味も無く、著明な瞬間などは、少なく感じる、と君は起因にだけ、 気配を求める。形骸化した後先は、悲鳴を上げ、少なからずの愛を探し、 面影は空間に存在せず、聡明な主観に生えては消える面影の摂理に絡まるだけの迎合を加え、 烏合の衆に霞む思いは、幾重にも時代の不満さの差異性を解き明かすべく、圧する思いには、 抑止されず、拭うべき思いにだけ、御身は鉄のような意志を放ち、数々の甚大な悲酸さも 面白くすべ術を伸ばし、自己の楽しみは単一に笑う事では無く、均一に生きる気配を知り、 嫌疑に悟らず、何処まで自分を昇華出来る事にあるのだ、と宣言するが、屠殺の街は、 毎日の嫌悪感を突きつけ、数々の争いに抗い、抗すべき自己に対象を持たずに、 現存する価値に、既存の価値を売りながらも、自分の空しさは示唆せず、 遮る思いを埋める為だけに、多面に靡き摂動する対象に対しては、善にも悪にもなれる翳りを放ち、 反すべきは、自己に存在し、黎明たる思いは、純度を高め、近代的なエゴを孕みながらも、 何度となく、介す思いは、純真たる自然に回帰すべきなのだ、と正否ある自画像は、 面影の彼方で、理論上の決議を終えながら、自己、と語らうべく、育む意味合いにだけ、 不可思議な必然を与え給う。 「朦朧、と怪訝な戒律を歩いている。或いは苦言を呈すべき理想も無く、気配を掻き消し、痣をまさぐる。求め合う価値は、弄ぶだけに食い尽くされ、朽ち果てる。照りつける思いは、影と、なり成り行きに生えながら、顕然たる様相を保っている。退行する意識は証言すべき事柄をも踏まえず、容赦無く誰かの領域に割っては入り込む。何をすべきかなどは、何かに対して非礼では無いか、と宣言し、何をしようが、おかまいなしに思うリバタリアンな思いの恩恵を受け、死する命の描写を捉える。保守される命は、捕囚されるだけに抗い、舗装される道筋の建前を離す右往左往する思いは、欠陥品の国家に品格を求める。感じるままに、間奏を歩くが、事実的に執り行われているのは、堅持すべき権益を守るために行われる事務的な戦争を讃える喧騒の勝利の歌声だ。悔恨犇めく情理に手解き、価値観などは、捨て去り拭い去った跡に、禁忌を持ち込み、跡形も無く、後先に転じる。短絡的な愛に手解きを受け、毒々しいだけの鬱陶しい愛には、可決されず、否決すべきは、この世に定める意味を知り、楽観的に生きるよりも、達観すべき術を持ち、果敢に挑むべき鋭利な脳裏を保つ事だ。理は、言霊のように無心で有れ、と願うが、形持つものの哀れは、器も無く、汲み取り淹れたがるから、味気なく、始まりすらも無い。終えるだけの魂は、一見生きているだけの様相を放つだけであり、唯物史観などは持たずに、凭れる思いを比べる形に価値を植え付け、受け付ける。悴む思いは一向に不利な現状の自覚を保ち、鮮度を保ち、持ち続ける意志により、堅実な意味合いも解けるものか、と宣言する」 転じる思いは、一生涯の概観を渡る。苛烈な思いは、まんべんなく悪意を保ち、誠意を貫いて位置を得ている。 嗅ぎつける思いは寂れる思いが成し遂げる意味合いにより、解け、数多の時間の理などを隔て、 要する時間などは、考えに及ぶだけだ、と知る。 還元される思いは、全然割に合わず、合った、としても、合ったように受け付けられている価値により、 転じる意識が止めどなく線引きを行い、独占すべき意味合いに施しを加えているような様相を保ち、 嘯きながら、心を隷属させるべく、育まれる枠組みは、体系を保っているようだが、 力に対する均衡を保てないようでは、この限りは、限りあるだけに留まり自壊する。 平衡を保たない力は、偏るだけに、その偏った形を保とう、とする。 持ちつ持たれつの二つの力は、相対せぬまま、一つの意志に屈し、はまり込んだ力は、 抜け出す力を持たず、その陥ったままで行使しよう、と圧力をかける。 一つの力に偏り続ける意志は、その意志に対すべき意志を無くし、偏るままに、偏狂し、 屈折した感情を生み出し、呈すべき対象すらも失い、果てるままに、沈む込む。 「対すべきは、自己にある、と謳う。占うべきは物事の是非にあらず、自然、と執り行われる脅威に存在する。淘汰すべきは何事にも成らず、成してた先に鎮座するのは、独裁的なジレンマに絡まる自己の欠如だ、と知るべきであり、有するべきは、高揚する思いに配当される意識に点在すべき位置を知り、司る意味を知るべきだ」。

2012年10月25日木曜日

本心は可決し夜に消え入る日記。

僕は、ずっと自分で自分を聳立させて来た。壮大な意識は、聡明な瞬間を見せつけたか、と思えば、 多々ある不幸の極まりに絡まり、顕然な意識を失いながらも、至るべき現在に突入し、 介入すべきは、対象にも無く、自己にも無い事を知り得、ここに書き記している。 教師の言い放つ戯言には、一切耳を貸さず、自己で考え抜く力を求め、懐柔される事を嫌うから、 しっぽを降るフリをして、いつか寝首を掻いてやろう、というようなルサンチマンでは、あった。 だが、介すべきは愛である、と矛先を変えてはみたが、未熟たる小生は、未だミルクを飲んだままだ。 塗れる意識は、かぶれるだけに腫れ上がるし、誰かに関した所で、欠如にもなるから、と 強がる先は、導く事柄の後先を遮断し、一向に見えない現実に引き寄せる無知に対して膨らむ 意識は、関すべき事実も見失い、薄い膜の彼方で傍観する自分自身に対立するだけは 味気ないから、少しは、考えに対する内容などを放つ所存でもあるが、 持ち合わせる是非は、如何せん、その場に事実を置いても、それは事実にならず、 存在した、としても近在すべき理由にはならず、成した、としても、それは過去にしか、成らないが、 柔軟性を用い無い限りは、もたらされる出来事にもたれ掛かるだけだ。 今日はコーヒーうまいだけで、じゅうぶんな一日の位置付けを終える。 寂寥の北風なびき、ゆっくり、とカフェインが沁み入る。はぶれた意識は、弛みながら、 心地良い静寂が御身をくるみ、着の身着のままな気持ちで、揺らいで行く。 厭う論理などは、捨て無心で眺める月は仄かに、はにかんでいるようにも思えるが、 思わせぶり、な月、という奴は、儚さを抱え、雲に隠れながら、心をかき乱す。 夜は静謐感漂わせ、昼間の喧騒が嘘みたいに、静寂の衣装を身に纏い、静かに隣に寄り添うようだ。 これこそが、何たる奇跡なので、あろうか、とも思え、 単一化する孤独にも、仄かな愛も、緩慢に浸透する是非を伝えるようだ。 夜の余韻がざわめき、逝き果てた地平を這い蹲り、天に召され、 昇華する思いが、星屑になり、尊い価値を、煌々、と照らしている。 見える星は、少ないが、感じれば、些細な光りでも、こんなに輝くものか、 と問い続ける思いだけが豊かさを与え、 太古の思いを、煌々、と輝かす星は、多分、大きな記録メディアなのかな、とも思う。 全てが記号化し、キュートな様相放ち、未然を包み込んで行き、静かな眠りに誘う。 何にも、邪魔されずに、想像を紡ぎ出し、はびこる意識などに、愛などを配り、 短絡的に落胆し、ざわめく夜からは、乖離する。 これこそ、成否を重ねる充足感を介し、潤うべきニヒリズムに昇華し、 明日に担うべき一存を溜め込み、一律にばたつく意識を鎮める、方法論だ、と静寂が伝える。 伝う意識は憩いを与え、何か不規則な約束交わし、全ての凡庸さを突き抜け、 短絡的な悟りなどは、要らぬから、この静寂にだけ、理由だけが混在すれば、 この存在の殺伐、とした元凶も、少しは晴れるのである。 夜には、少しの猶予ある、愛が必要だ。孤独で有る事は、身心ともに悪い。 時を求める愛に、愛は無く、時に相対さない愛こそが、愛のような、雰囲気を醸し出し、 長らく介した苦味も、甘美なものであった、と思えた時、全ての偽りは脱げ落ち 自分が落ち度であったことを知り、出会うべき新たな日々に遠ざかって行くものだ。 感謝。差もなく程よく弛み、全てを介し、全てに全ては基づいている。御礼。

超越した意識の高揚。

転義を用い、事柄に対して行く。対象は自己に介する欺瞞を押しつけ、撃ち抜くべく、持ち込む意識は、 著明なものでも無ければ、もたらされる出来事の殆どは、ヘラヘラ、と笑い、こじつける意味に媚びうる。 蔓延る意識は堅実さの差異を計り、反すべき自己の対立に手解きを与え、対立していた意識は 分かち合い、一つの結論には偏らず、その結論の両方に、幇助する。 縫合すべき意識は、対象に介し、還元されるべきだ、と五月蠅く連ねる。拙い意識は穢い出来事に 関し介し、対象を卑下する事により、優越感を得ては、自己を慰める。 様々な散々な理由が、存在のつけいる隙を狙う。強請る思いは、強欲、と化し、求めるだけに、 その欲動する思いは、欲望にだけ介し、心などは捨ててしまう。 捨てられた意識は、廃れるままに、蔓延り、陥るだけに司る。それを嗅ぎつける卑賎たる者に 気配を察知され、飲み込まれるだけに、促される。 疑心は用いるべきだが、用い過ぎる、と動作の動機を失う。自己は自己に対象せず、 数多の事実に介入し、心の容量を狭めも広め、狭まりすぎた意識では、物事に介さず、物音も立てない。 広まる意識は、介すべき事実に飲み込まれ、対すべきものの摂理を見失い、偏る意に介し、猜疑に陥る。 両道を歩き、介すべき事実の中道などは、存在もしないが、尊大であるべく広大な意識は保ちたい。 対すべきは、清逸な時に関すべき自己の始まりに存在し、聡明さを求める差異は、痕跡を歩き、 重要な要点を掴み、好転すべき事実に対して絶え間ない愛を放つべきであり、 有り難みも、いつかは、あらゆる事実の緩慢さに微睡み、その有り難みも、対すべき対象を求めるだけに、 敢行する意識に空回りする。 対象を失った心は、上辺のものを求め、そのものの内容を求めもしない。 内包される事実は、心無いものに対して惹きつけられ、容態を忘れ、走るだけに過ぎ去る風景に 見向きもせず、その風貌に司る雰囲気も見ずに、対していたのだ、と勘違いする。 「寛解すべきは、病理になく、思う事柄に対して存在し、大海に溺れ、快活な日々の細やかな部分に存在する、繊細さを用い無い限りは、寛容さを忘れ、患うだけに留まる。嗅ぎつける思いは、見収めの事実を操作し、奏すべき事柄の形を様々に変貌させる。建築的な日々にも、精密さが無い限り、少しの出来事で崩れ去る事を知る。賢明に生きた、としても、生きる事だけに介す、と物事の本質を見失う。その場に存在する出来事などは、過ぎ去るだけに弛み、爛れながら、隣接すべき事柄の至福に溶け合う。蔓延る意識は調律され、事柄の良心を探り、堅実に埋めるべき事柄だけに、無尽蔵な愛を放つ。荷担すべき事実の閃光を手繰り寄せ、寄せ付けるべき出来事の本質を知る是非を知るべきである」 この世は糞みたいな出来事の応酬だ。押収されるのは、強者も弱者も同等だ。 何を用いても、何かに対する事柄の対象に介し、感ずる事柄により、変貌する意識が促しているだけに、 過ぎないことを知らない限りは、拙い思いに、切磋し、関すべき時代の微睡みの枠組みに嵌まる。 完治すべきは、総ての主事に存在する傷みだ。関すべきは改質すべき対象に持ち合わせるべき愛の記号だ。 改竄すべきは、既存の価値が押しつけるだけに、留まる意識だ。 解放した、としても自由はあらず、本質から望む自由などは無く、隷属しながらも自由であり、 何かをしていても、しなくても、不自由なままであり、 その自由も不自由も、同じ意味である、と知り得た事が自由である、と知るべきだ。 「嵩張る意識は五月蠅いだけである。我が清逸に存在する壮大な意識は、広大な意識に荷担せず、万物が織りなす総ての意味合いに微睡む。信心すべきは、何にも無く、信じる事により留まる意識のが問題だ。代償は抗すべき事柄にもあらず、あった、としてもその場で枯れ果てるか、勝ち誇るだけに、家畜化する意識の餌場で屠殺されるのを待つような生き方だ」 謹厳たる日々に立ちこめる意味は、滞りながら、永らくの囚人で居る。 隷属する価値は首輪に繋がれた意志だ。苛烈な日々に絡まり合うだけに、留まる者は足枷に嵌まる無意味だ。 聳える価値は、幾重にもカテゴライズされ、後来するだろう、と形骸、と化す。 掻き乱す思いは、可燃されず、不燃物や不純物を溜め込みながらも、進み出す一歩を知る者ほど、 強い者は居らず、用いた、としても、信念だけでは、何も為し得ず、対する愛を用いる者は、 いつまでも崩れない。 空説過ぎり、それを確信、と捉える。寂れる思いは寂れるだけに留まる。 滞る意識に答えは為し得ず、為し得た、としても介すべき対象に答えを求めるだけでは、 何も解消できず、回収もされず、悔恨に纏わり付き、取り除けない腫瘍、と化し、身心を蝕む。 咽ぶ思いは、結ぶだけでは味気なく、自己を超越しない限りは、限りある意識に留まる。 解放すべきは何処にも無く、根底に存在する聡明な瞬間に存在し、 短絡的な出来事に介す事柄にも存在し、それを知り得る事こそが、解放に繋がり、 それに勘違いしないために、完治も、寛解も求めず、ボロボロの身心引き摺りながらも、 聳立しよう、とする意識にこそ、総ては溢れかえる。

顕然な意識の表象。

あてもなく彷徨う夜の懺悔が聞こえる。数々のジレンマは肥満化し、数々の試練を乗り越えるべく、 互い違いに求め合う価値観の引き出しに隠れている。 乏しくも奇しくも熱情する思いは、患いながら、地に根を張る。 上向きすぎるのも、あれだし、ましてや下向き歩くなどは、何処かに、ぶつかるだけに過ぎず、 この凡庸な日々の名付け親は、短絡的な星のメディアが描いた祝福なのか、と思えば、 遙か無機質な日々に生い茂る倫理観は、価値を狭める一方で、新たな価値を求めず、 新たなものを否定する限りに存在する。 聡明たる時に隔てる思いは、論理を鬱ぎ、恰も生きて隷属し、翳る。総ての主軸に存在する、 力の意志、というやつは、多目的な思いを賭けながらも、一つの行動に結論付ける。 心理は容易く、嘯くだけに昏倒する。可憐な今に聳える意味は、倒壊するだけに、 主義を失い、喪失感漂う現状に押し寄せる波により、総ての命の代償は、血の意味を求めよ、と 五月蠅く付きまとう。 猜疑心は自我に懸隔を与える。自己の中立を保てない保身が促す言葉が、自己を責め立てる。 それが心象が与える総ての傾向のように、自分の欠如を埋める為に、媒介する愛は、 懐疑に揺らぎ、本質の愛を忘れ、荒むほどに、抵抗力だけが増し、抑止せず、対策を打たない。 蔑ろにした思いは、あらゆる軋轢に倒錯し、人間的成長を持たない限りは、暴利に落ち込み、 見えない影に浸透され、暴力だけをひけらかす。 霞む思いは、総ての助長を蓄え、一つの旋律を歩み、解放すべき心など、と謳うが、 この心は、簡単なようで、超管理下に置かれた、侵すような領域では無いのだ、とも思うが、 思う彼方も、そこにあらず、位置づけるべきは、尚逸な主観に勝ち誇るよりも、 勘違いしていた自分を立て直すべく、術を手繰り、総ての主事に連なる万物の残光掴み、 凍てつく季節の残尿感のような心残りを捨て、新たに担うべき愛に施された方が、 豊艶に包まれ、動向に転じ、重なり合う瞬間の永遠などを知り、為し得るべき意味合いだけに徒労する。 「こじつける日々は、蔓延る意識の後景に存在し、その跡形を踏みたがる。枯れ果てる意識も、いつかは瑞々しい思惟へ、と変わり、目眩く存在する瞬間に尊大な意味合いを落とす。押しつける意味も無いから、単一に打ち付ける。持ち合わせる事も無いから、君に一つの禁忌を捧げ、境目など無く、織りなす自己こそが、総ての線引きを行う限りに、その思いは留まり、行方を失う」追放された自我は、発芽を続け、快諾すべき意志だけに権利を与える。 抗う意識は訝りながら、縫い目を解き、開いた傷口を何度もえぐる。 「選りすぐるべきは、見定める意味に浸透する現状に存在する核心的な思いに比例すべき瞬間の否定から始まり、肯定に終える。行いは、短絡的な焦躁を抱え、過半数には存在しない事を知る。頃合いは、個人に有さず、嫌疑を司り、仕る思いにだけ、物事は聳立し、現時に生えていく。栄えるべきは、この豊かな心象に存在し、聡明な主観が宿った頃こそが、姑息な現状を突き破る事柄に羨望し、膨張する意識は、嫌疑的な瞬間を超え、信じるべき自己を調律させるような現今を与える。寂れる今は、危難ではあるが、あるがままに思いを馳せた瞬間に、思わずとも、総ての弔いは降り注ぐ」 苛烈な思いは過敏性の心に突きつける刃だ。誰もが打算したがる原野に存在するのは、 一筋の光りに対する、大いなる闇だ。更迭すべきは自己に損壊するような思いを積み立てるような、 補足すべき愛にこそ、信じるべき現状も詰まるが、埋まるだけでは、埋もれるだけに終える。 嗚咽を吐き出し、慟哭の時に有する現実は、最もな権利を掲げ、自己こそが権利で有りたがるからこそ、 有すべき心の余裕は、猶予を求め、有効に使うべきであり、曖昧な時を引き摺り、 説き伏せるべきは、対象にあらず、自己にある、と宣言し、この突き抜ける思いも、天を目指さず、 遙か無縁な空間に吹きつけ、いつか染み入る事柄の為に、理などは無く、高尚なども無く、 何もかもは、何かでは無く、何かである、と認識した瞬間に、その何かの価値も決まり、 決められた日々に、意味合いなどは、殆ど無く、それは与えられた事柄の横柄さに過ぎず、 それを乗り越えるような創造を持たない限りは、その意識の表面を浮かび、沈むだけの私議になりさがる。 「彼も彼女も、いつかは枯れ葉のように舞い落ち、数十年の時に介した理由を用いながら、散る。忘れ去れる為に、忘れるが為に、この現実は、過去に成り得るものであり、この物語は、先々に転ずべく、新たな気持ちで肖像に蓄えるべき出来事の前途が存在する。著明な瞬間は、言葉を介して、心に浸透する。賢明な事実は、叶うまでも無く、行っている事実に比例し、何かを織りなし、成した所で、何の意味も無く、総ては前兆に生えるだけに、存在する価値を知る。知るべきは尻ぬぐいするだけの、保身にあらず、安定などは、求めたところでは、安定にも成らず、安定した所で、崩れ去る限りを知る」。

2012年10月24日水曜日

淘汰されない感情を示す夜の日記。

軽薄な夜の気配が、御身を包む。悴む思いは、自覚する前に消え去り、 機影を蓄え、誰かの影、と混ざり合う。 混じり合う思いは、リアリズムなどを求めながら、如実に表れる瞬間などに、抗いながら、 蒙る意識に帰還し、事実に気配を残しては、また消え入る。 判然に募る思いは、明瞭たる由縁に帰還し、寂れた思いを昇華させる。 いつかは快晴ではあったが、今は雨降り、雨宿りの途中だ、と告げる彼女は、 刹那に絡まる切望を抱え、羨望すべき未来を夢見ている。 こじつける思いは、事象に介し、奇跡的な場面に復権していく。 そのシチュエーションは、未来永劫に続くような様相を孕み、永遠に癒やされるべく、 卑しい気持ちを拭い、笑顔に介している。 倒錯する夜は、表裏を抱え、嘯く理念に介し、重なる思いの主たるものを骨抜きにしながら、 混沌、と蠢いている。 飢渇する思いに売られる潤滑油には、目もくれず、埋まらないままに、歩く事もセオリーだ、と告げるが、 殆どの様相は、それを否定するだけに滾る事を知らず、悲観するだけに、遡るだけに、遠ざかる夜景に 消えて行き、消え入る思いは、理性を忘れ、獣であるべく 「我が侭」 に進む事が画期的なのだ、と 嘯いている。 何もかもは、覚えにも無く、思った所で、それは過去の幻影だ、と悟り、 嵩張る思いは、高ぶるだけで、味気ない。 快活な日々に出戻り、デリカシーを蓄えても、その場に司る雰囲気に、品位も偏りを示し、 偏ったままで、思う事柄、と言えば、時々の欠乏を埋めるだけの、香気に誘われ、 介すべき事実を持たずに、凭れる思いに項垂れる限りである。 この凄惨な悠遠を歩いて、凍てつく智慧を用い、関すべき時代に帰還しながら、 心は依然、として光年を歩き、隔ても、企ても無い宇宙を徘徊している。 止めどなく思う瞬間は、主観を凍り付かせ、尽くせない思いに比例や、否定などを企てながら、 短絡的なアップハイな感情には、騙されず、静かに見積もる心に存在する残骸にこそ、 財産は存在するのだ、と総てのニュアンスは、損なう限りに、 総ての種子は詰まるのだ、と告げている。 汎用な事実が氾濫し、未然を濁流で流していく。 かまける思いは助長すべき旋律を渡り、事実を抜きにして 清濁あわせのみながら、合わさる瞬間の淡さを知る。 散々な日々もいつしかの潸然を溢し、 乖離していく感情の層状に浸透する君こそが、 愛の本質、と知り得、この会得する思いも、介するだけに ふやけるからこそ、不届きな日々の淫靡さも、消え去り、 陰影に滾る思いは、実体を取り戻すのだ、と。 償いは晴れる事は無い、と夜は宣言を加える。 心無い瞬間が織りなす器官の交差点を渡り、ずっと赤信号な信号を傍観している君の 横を通り過ぎる。総ての理念は交差しながら、頭角を現すべく、 同格を捨て去り、抜き去る思いに、悔恨を残さない。 残した、としても過ぎ去った日々に、振り返る事など無く、振り返る事も必要だが、 不必要な時には、一ミクロンの必要性も無い。 もたらされる是非は、敢行すべき事実にだけ進め、と、この背中を押す。 支える日々などは、歪に交錯しながら、倒錯し、気付いた頃には、殆どの事実は、 陥れるだけだ、と嘯く君も、本心では、信ずべき愛に、手解きを受けたいの、だという内心を 隠しながら、孤独に歩む雄志も見習いたいものがら、見習った所では、身にならず、 行わない限りは、何事にもならない。 内包される事実の両道を歩むが、如何せん混迷極まる日々に、際どい様相だけが、 この身を四方を固める。 嗅ぎつける思いは、誰かの足を引っ張るべく是非を押しつける。 陥れる為の批判や、否定に絡まる程に、自己を卑下している事を知らない限りは、 その限りある問題の幼児的な感慨に留まるだけに限るから、 もう、この口はなるべく紡ぐ。 感謝。一縷の望みを託す夜は、弊害を消し去り、純粋に助けを求めているから 介す事にする。御礼。

陰影の彼方に存在する純粋な心理。

加算すべき助長だけが、生きる術などを伸ばす。心許ない日々に、裏取り導く術も、饐えた香りを 放つ単一な過去にしか、成り得ず、先々に頓挫する自己の機影を蓄え、この未知数な日々も、 密度を高め、儚いだけに遠ざかる。 一計の事実に均一な策略ばかりが、現状を襲う。この画面、つまり見つめる先の映像は、 退屈でちゃちな出来事を積み重ねながら、大きな物事の結論へ、と収束し、その限りに詰まる思いが、 いつか御身を爆発させ、総てに帰依し、悔恨は拭われ、今回も抜きに、して萎れたままで立ち尽くす思いにも、 水を与えない限りは、枯れるだけに患い、慟哭する命は、最後の叫声を放ち、総ての物事に昇華され、 重なる意味も遙か、死する日々に妨げる理も仄か、重なり合う意識は、忘れる為に、多面に靡き、 早々、と忘れ去られる事が幸福だ、と知り、知りもしない命に、囁く事は、理などでは無く、 支え合う些細な日々に、押し寄せる小さな幸せこそが、理だ、と知り、それを知った上で、 心は、その場に対する思いに、反してしまう。 満たされた心は、満たない日々を穢い、と否定する。疲憊した思いは、否定する限りに留まり、 そこから昇華すべき答えを用いず、見下す。 出し抜けに訝る思いは、嗅ぎつける限りに押し寄せる闇に支配され、気配を消す。 形骸化した思いを踏み躙り、滲むように褪せる瞬間を為し得ない限りは、成した、としても過去の遺物に、 なりさがり、死んだも同然、という事を、知り得無い限りに陥り、寸前の幸福を見失う。 内観に蠢く真実の波形は、気持ちを飲み込みながら、何処かに介して消えていく。 行く末などは、誰にも知り得無いからこそ、少しでも今を積み立てる要因を感じ、司る意味の中庸を知るべく、 凡庸な事などは、捨て去り、簡易な自己愛に陥る先の安易な心に司る雰囲気はだれたままで、 誰かしらは、程良く潤い、誰もかもが、程良く笑うべく、この命の枠組みから脱した頃に、 渇望する事ほど、残酷なものも無いから、何もかもは、総てを一つにしながら、分散され、 一つの結論に収束する限りだ。 「重なり合う時間などが、限りある時などを、企てている。思う時間、とは短く自覚した頃には切ない。世知辛い、と謳うから、身近な幸福も、克服出来ない。出来た、としても、ありもので我慢するだけに留まる。出来ない、と促す、と出来ないままで、ままにならない思いは、かまける意味を忘れ、関するだけに遠ざかる。垣根は隔てるだけに五月蠅く、分別するだけに味気ない。差別するだけに、偏り軋轢深め、もう戻ることすら出来ない。出来合いの真実に溺愛し、愛惜掲げ、闘争に無知売るような日々は、偏るだけの暴利を生む。効率求めるだけの利権は権益守る為に、狡猾に騙し合いながら、出し抜ける為だけに、心を捨てる。一人の犠牲は大きいが、多くの犠牲は、小さい、と促す独裁者ばかりが、織りなす主観は、実装を忘れ、物事の裏側を企てる為だけに、視点を与える。扇動される思いは、総ての微睡みに長け、闡明な意識を失う。簡明たる由縁だけに絡まる意識は、寛容な時間にそぐい、勘合されるべき時間に統合し、可決されるべき日々の否決を行う。安易な事実に司る意味などに、意味は無く、難解にしては、雁字搦めになった意識の先端に答えの繊毛は、緊密な現状をくすぐり、くすぐられた意識は、偶然の答えを引き出し、笑顔に変える。感作すべき胎動に眠り、静寂に一律のリズムを感じ、重なる瞬間は、主観を用い、全貌に繋がり、万物に気配を与え、自己が調律する世界性こそが、自己の始まりを告げる無から解放であり、終わりを告げる、無への帰還である、と万物は告げる」 短絡的な唯心論に陥らず、陥落する自己啓発には陥らない。 内包される事実の強度を蓄え、均一に消化し、重なる思いは哲学的要素を超え、思想的体系を壊す。 根差すべきは調律すべき自己の尊厳などにも無く、介す日々に、存在する意識の悲鳴を聞き分け、 関すべき自己に帰還する。 忽ちは、正否を求め五月蠅く付きまとう。機械的な日々の邂逅は、均衡を保たず、 自己に対してだけ、鬩ぎ合う。 短絡的な愛は、悔悟だけを溜め込み、動機を持たず、香気だけを探り、放蕩を続ける。 痕跡を辿るが、根源などは、一つに収束するだけの単一な原子だ。 かぶれる今も、微粒子に乗り、算用されない意識に数理は求めず、理念などは、記念碑になるだけで、 退屈なものだから、知りもしない日々を曖昧に歩き、弛まないように 調律する日々にこそ、高尚なども求めず、繰り広げる日々に、擯斥する思いを、 もう一度掬うような、温もりのある掌でだけ、ありたい。 窮乏する思いは、幼年を渡り、老境を介し、総てを拭う、と宣言するよりも、 今に介すべき自己を聳立させるような、一律の答えを生み出すべく、混じる思いの煩わしい示唆も、終える。 何事も謙虚さなどを育まないからこそ、謙虚さの枠組みからは、脱する。 堅実である、とは実験的なようで、擁護されない日々に、誰もが何かを為し得よう、と 必死に追いかけ、追い抜くが、追い抜き追い越されているのが、自分、と知った時こそ 強くも弱くもなる。 なりあいは、物事に深みを与えながら、浅くも、この場を座礁させる。 嫌疑を拭うべく、権威的な者になろう、とする限りは、その権利を振り翳すだけの 馬鹿者の化け物で終わるから、終える前に知り得る事こそが、一番の財産であり、散財したい 異物でもある。

快活な日々に告げる理もざわめく。

短絡的な世界などは、数秒で捨て去る。拭い去る思いは、端的な賄賂を受け取り、恰も生きているのだ、と 妥当な位置づけを行い、総てに耽溺すべき、饐えたエッセンスを溢す。 抽出される思いは、御身の因果律に浸透し、蔓延る意識の照影を掲げ、蔓延る意識の頸椎を登り、 我意を隔て、慢心に寂れる数多の脳裏に躍動し、関すべき実体も遙か、無機質な叫声を放ち、 関すべき時代性の淫靡たる由縁も仄かな夜のざわめきに昇華され、悟道を渡り、無数の神の気配を悟り、 照合すべき後先は、再起すべき仄かな愛に跪き、神など居なく、神は外壁で隔てた心の内側に存在し、 散々な今を霞ませる神などは居らず、神は、内壁で阻めている心の外側で皮肉に笑う。 盲信している現在は生じる運命などを引き裂き、配備される意識の転換期に根差すべき愛を求める事を知らずに、 構築し、延命するだけの主義に枯れ果てるだけの情況の残飯などを漁るだけの毎日の美醜を漂わせ、 猥雑な思いに生じる傷痕を撫で、正否も無く求め合う価値の同調圧力より、偏りすらも見せない意識は、 寂れるだけに内心に投函され、その答えの是非すらも問わず、閉ざした意識に絡まるだけの曖昧な 価値で留まる。 既存の価値に留まる、という事は愚行を重ねるだけに、その価値は一定の力の意志に留まる。 差異性を求めずに離れる意識は、何も問わずに、その場に絡まる意識に隷属し、ひたすらに、 一向の意識に絡まる。 排斥する思いは、その思いの始まりにあり、終端には、存在しないのだ、と秋雨が告げる最中、 生命の語源を探り、絵空事のような日々を迂回しても尚、この醒めた現状は、如何せん眠りを与えず、 与えられるものは要らず、と告げる。 尽くしきる毎日に隔てられる思いは、自己の混迷さの彼方に存在する意識の表象の表面だ。 その場に降りしきる思いは抜きにして、憎しみ新たに進む現代は、絡まるだけに、 生きる術を求め、尤もの形で、生きる意味を忘れる。 自制心は、自尊心に絡まり、尊厳を求めるだけに卑しい熱情を繰り返す。 短絡的な儲けなどは、割に合わず、失われるもののが、多い、と言い放つ者に対しても、 疑心を用い、何が正しいのか、と結論付ける是非を持つべきだ。 明けても暮れても、暗いままだ、と表情は固まり、私欲の限りに翳る。 それか、己の欲そのものを喰い散らかすだけの意識の餓鬼の餌食になる。 担うべきは真実だが、背負うべきは、真実に有らず、指針を蓄え進むべき衝動を与える 愛こそが、この総ての道理のように、心に犇めくだけに、高揚を蓄え、召される思いは、 尚逸たる由縁だけを保ち、物事に関する事などは、介するだけに、悔悟を溜めるものだし、 だから、と言って、この命は、何かに介する事により、反応し、呼応を続ける。 その場に司る雰囲気に主観を移し、傍観し、諦観しても、その先々は埋もれ、嵌まるだけに遠ざかり、 遠ざかった位置で、根差す思いを贋物の肯定で、埋めても、その場限りの遊蕩に嵌まり、 固執する心に屈折する。 細微にまで見つめる目を用い無い限りは、善悪の判断など出来ず、懸隔に挟まる思いに、 煮詰まるだけに留まる。 「この歩みとは、延々に徒労を重ねる。足下には、永遠性の今が蠢き、霞む思いに鎮座し、囁く自我に投函される思いは、この悠遠から出してくれよ、と五月蠅く奏でる。かまける程に、構わぬ、と思える日々は、短絡的なニヒリズムを超え、多面に輝く高揚蓄え、動作せず、交差する意識の彼方に緩衝する思いの情調を探り、手繰り寄せる思い、と結ばれ、全貌の意図に介し、総てを超越していく。思い事は、考える事にあらず、奏でる事である、と毅然たる自然は語る。厳しくも伝える意識の端数を集めるよりも、その端数を切り捨て、意識を拡散し、固執しない思いに、総ての術は絡まり、香しい瞬間に生えていく。思いは逍遙し、駆けつける愛に追われ、追い付かれた後先は現在に知り得もしない何かを内接させ、なにごとでも、なにものでも無い、物語に可決され、その助長だけを便りに、頼りないが、拵え進む」 凄艶たる今にこそ、真意は拡散される。情況に犇めく喧騒は、単一に五月蠅い。 寛容たる由縁も、そこそこに、現実、とは、現実味も無く、その場に滾り、延々、と繋がる道筋だけが、 縁取る日々にこそ、君の感作した日々のわだちが存在し、怠けても尚、進む先々は、 その速度を早めも、遅め、些細な出来事に介しながら、大きな出来事であった、と知った頃には、 残骸のような傷みが、少しチクチク、と刺さる限りに、定めもあったのか、と思いながら、 この長いようで、短い日々にも、自覚すべき何かは、溢れ、氾濫しながら、カラカラになり、 担うべき形も、そこそこに、損ない、数々のジレンマなどを抱えながら、 この甚大たる日々に手繰り寄せるべき是非だけを問い、この未熟な日々に、真理も叡智も無く、 必要性も無く、精度だけを蓄え、緊密に介し、緊要たる由縁に帰還する。

2012年10月23日火曜日

大切な愛を司る夜の日記。

夜の映像が、永続化し、解像度高め、未然に映えて行く。緩衝する物事は、 一見するだけの価値を拭い、物事の本質を見つける。 作られたものならば、鞍替えし、作り直す。 近代的な光りが煌き、欲望渦巻き、私は蹲る。 疼く心は、遮る今だけを消化し、歯痒い未明に消えて行く。 数多の論理が、静寂を突き抜け、無に帰還し、やがては、考えをも超えては、 自己に気配を残し、何事かは、考えの中に有り、何ものも、考えの中には、存在し無い。 蔑ろにした、現在などは、直様、過去に成り、成った所で、担うべきは、今に有り、 先々に転じ、何かを顕示しては、誇示せず、ひけらかす毎日は、煩いだけに、早くも遅くも、 過ぎ去り、程良く無知で居て、朗らかな潤いも、今に加算し、疎ましい現状などは、 有って無いようなものだ。 この感銘たる瞬間のマテリアル掴む為に、現実に挑む価値などは、 然程も無く、程良く跨ぎ、溶け合う夜に混迷する愛や、恋などが、 謳う空間に、全ての、そう全てに沿い、隔て凭れる時のような実態が織り成す瞬間こそが、 単一な永劫なのだ、と。この世界の胎動で眠り、宇宙的な揺籃に揺られ、 静謐感漂わせる、一律に停止した彼方に、全ては聡明に存在感を露わにする。 懸念すべきは、愛が滅んだ矢先に燦めく是非に存在し、 存命しても、その先など、分からず仕舞いであり、先々など、は存在し無い。 蔑ろに、した瞬間こそが、後悔になり、担うべき現状も持たない自分は、四の五の煩い。 凡庸に司る想いなどに、自分は存在せず、存在した、としても、その場限りに悶えるだけだ。 集合意識は、集団に介さず、個人に帰還するが、 短絡的な集団に解する答えなどは、答えの本質を持たず、真実を有耶無耶に、し事実の差異を持たない。 威厳を持て、とは言わ無いが、維持すべき自己を保たない限りは、 扇動される価値により、善悪の判断、数多の判断力は低下し、 其の儘で、良い、と担うべき事実を失う限りだ。その限りに存在する数多くの悲惨さ、などは、 その本人にしか、受け入れられず、担えないから、こそ、対象に媒介すべきでは無く、 自分に有すべき答えを知り、自己愛に陥らず、どう受け入れ昇華させるかを、 知らない限りは、答えは見出せない。 単一性を抱える夜は、依然として貨幣に悶え、可変を求めぬ。 纏わり付く現状は、物質を用い、現存する価値を一見、煌びやかに見せつける。 その内心に存在する表裏は蠢き、大きくも、小さくも変動し、 変転する意識は、数多の事実を捻転させながら、いつかは、直線になるべく、 既存の価値を捨て去るべきだ。 既存の価値は、貴賤者が織りなした退化の過程だ。 一見、プロセスを用い、行われる成長に対する、因子を加えるが、 混ぜるな危険的な要素だけで、行われる要素は、事実をも屈折させ、 屈託させるべく、この道理に恰も、正しいものだ、と押しつける。 押しつけがましくが言わないが、少しは喧しく言いたく、 言わず、としても、いつかは知り得る事を信じて、混沌たる時代、という、 時代、というだけの奴を歩きながら、踏み躙り、撫でながらも、飛び越える。 感謝。勝ち誇るよりも、負け散り行く定めに酔いしれるよりも、最もな価値を用い、 進むべき是非を用いた方が、より良い日々にも、成り得る。御礼。

人間の終わりに告げる愛。

提要すべき時間などは、考えが作り出すだけの数理だ、と全景は告げる。 考えは、ずっと先で還元され、未然では、殆ど還元はされず、還元された所で、換金する事はあらず、 有った所で無かった事を知り、知った所で、無知であった事を知る。 境目は興じるべき衝動を蓄え、総て、と緩衝し、一つの結論に収束し、又、何れかに爆発し、広がる。 意識は無に帰還し、喜悦を残し、損なわれた感情に、鋭く突き刺さる。 かぶれる思いは、被写体を求め、肖像を飾る為に、対象に媒介する。損得な愛が説き伏せる言葉は、 高徳を求めず、求め合う程に、近づくが、結局は、その間隔に存在する差異を知らずには、 本質の愛、とは言えず、陥落するだけに過ぎ去った愛は、偏り示し、どちらかの心には、深く染み入り、 拭えないままに陥る。 過去に体系は無く、現在に体系は押し寄せる。それぞれの価値は、緩衝しながら、均衡を求め、 もとい、となるべき意味合いを育まず、枠組みに収まる。 はみ出す意識は、総て、と緩衝し、平衡を求め、混じる意識に呈すべき真実を打ち出す是非を問う。 是認すべき意識は、思惟、と混ざり、顕然たる由縁を放ち、全貌に拡がりを見せる。 頭角を現した瞬間に拡がる意識に指針を加えるべく、転換すべき意味合いに施しを与える。 絶え間ない情況は霞みながら、また毅然、と輝き、恍惚を与える。 生じる先は、堅実な意味合いなどは、持たず、対立しながら、調和され、心許なく過ぎ去る日々の、 懸隔を憚りながら、嘯くだけの真実に対する真理には、信心を打ち出さず、 打算すべき事実に加算する対象を求め、それを愛、と言う。 緩和されるべき心は、出逢いによって動作を加え、交錯しながら、心に汎用すべき愛を用いる。 感情は、迎撃され、混じる先々の堅実さに絡まり、瞬く間の時間を時間、とは呼ばず、感覚で その器官で、示した愛が、総ての実体を超え、総ての原理を飛び越える事こそが愛、と言える。 「時間は空間には呈しない。感覚器官に触れる愛は、総ての定理を超え、顕然たる由縁に帰還し、姦悪鬩ぎ合う俗世を隔て、深い真理を辿り、二人の涅槃へ、と進む。二つの命が緩衝し、均衡を求め、対立しながら、一つの意識に結合される。動作は不可欠な事柄を超え、変性意識に達し、感覚に押し寄せる愛を感じながら、昇華し、関すべき時も無く、寛容な主観だけに、勘合される意識が結論を得ては、総ての現象を見失う事こそが、真実の愛、とも言える。弔う是非を抱え、明けない夜に醒めて、心無い現実を忘れ、感じ合う一時こそが、永遠だ、と言え、癒える思いは、御身を抱え、可決すべき愛だけに結論を得る。数多に降り注ぐ不利な現状などは、その愛の動作により、感作し、緩和される。取り戻すべき是非など無く、懸隔に襲う事実などは、その場に溜まるだけの、現状に損なわれた過去だ。こじつける意味など無く、困ずる意味などは、その場には無い。意識に繋がれた鎖を千切れば、自由に意識は徘徊するが、その徘徊する意味を知らぬ者は、自己破綻に陥り、間隔を見失った意識は、自我の表面を彷徨い、表現を失う。精神分析、と哲学的要素を踏まえ、愛を解くなど、とは不可能であるから、こそ数多の恋愛に長けてきた思いを此処で解き、現実に介して行き、この愛の成長を終えぬように、この愛の実体を探るべく、紡ぐ意識には、現実は存在せず、顕然たる由縁に絡まり、現像に栄えていく。留まらぬ意識は、終焉を迎えても尚、終端、とは思わず、思った所で、そこには現実などは無く、現存する価値だけに既存する自己が呈する現実が、そこを作るだけ、という事を知る。それを知らぬままでは、勿体無いから、此処に置き去り、執心絶やす為に、思う事には、存在しない事を、此処に呈する。呈するべきは、是非にも無く、善悪にも無い、愛が損壊した途端、総ては、悪意にも執心にも成るからこそ、 真実の愛を担うべく、此処に顕在な意識を長じる矢先に転じる愛に演技は要らず、嫌疑に司る前擬にも成らず、成しても尚、降り注ぐ思いは、噴気し、可決すべき心に転換され、価値などは拭うべきだ、と宣言する」 屁理屈、と理屈は違うから、受け入れる事に、事柄を求める。投函する意識は咆哮し、 果然に求め合う愛などに批難しながら、些細な出来事の懸隔に埋まる。 煮詰まる思いは、反響し、加算すべき事実など無いのだ、と告げ、寛容な事実に機影を残し、 関すべき愛も、枯れ果てた頃にこそ、介すべき愛を用い、行いを正す是非を知る。 感銘に辿る意識は、用いる程に邪魔になる。寛容に生きよう、とすればするほど、邪魔な物が覆い、 身動きを取れなくする。 守ろう、とすればするほど、離れるものであり、瞬く間に押し寄せる時間には、中々勝てない。 加点すべきは、情況に押し寄せる根源を手繰り寄せ、簡潔に執り行う日々に、裁きなど有らず、 罪など有った、としても、有る前に留めるような愛を用いる事が、総ての軋轢を掻き消す。 それを説く行いをしない限りは、批難する事に有らず、あった、としても自己が批難した事に、 対して正論は抜きにして正す事こそが、人間の始まり、と言える。

たわわに実る意識の形状。

プシュケが舞い落ちる。均等な連理を抱え、遙か尊さを抱え、純真に開ける愛にかまけながら、 時折に繋がり、形骸化した喧騒を徘徊し、廃棄物が羽化する天命をのぞき込みながら、降誕すべき 夜明けに転じる為に無垢で居て、と僕に告げ、征服され得ない感情は、罵るだけに、遠ざかり、 信じ抜くだけにも、遠ざかる。 蔓延る意識は、助長を加え、名実に更けるべき耽美たる由縁に絡まる。 退行する意識は一向の争いに転じ、積載されるべき愛を溜め込まず、清遊すべき欲望だけに、 真実を拭う。苛烈な情報網が押しつける嫌気のようなものが覆い被さり、濁世に滾る一瞬は、 永遠の割に合わない。 盲信する欠陥品の明日が刹那に絡まる。あまつさえな言葉が、霧雨、と混ざり、濃淡な冬をひけらかす。 悴む思いは、自覚した頃にはふやけ、起動すべき心のコアに潤滑油や未明の果糖などを淹れながら 相容れない感情にそぐうべく、根底に犇めく困難さの差異を計る。 獰猛な景色は申し分なくスピード感だけを蓄え、心に猛威を奮う。純真を抱える思春期の未明に 降り注ぐ現状などは、過ぎ去った分だけの若気を辿り、それに徘徊する分だけ、近づく。 偉大なる哲学者は、老いた分だけ、解くべく是非も、心に孵化する、と戯言を突きつけるが、 欣然に迫る思いは、依然として、過去の表象を抱え、現時点を探ろう、ともしない出来事の往復だ、と 心無い時代は赤い血を流し、カタルシスを簡素な時間に突きつける。 次元論者は、空間の本質を知らず、不自然な道理で建築的な妄想を積み上げる。 透徹すべき真実も虚栄の愛を逆撫で、偏執的な太陽の恋を売り、判然に過ぎ去る心は、簡素たる幽艶を歩き、 堅実であるべき妖艶さを蓄えず、還元されるべき是非だけに喘いでいる。 「この愛は、何処からも始まらず、始まった、としてもだ。いつか枯れ果てるから、と君は被害者のままで居る事を良し、とする。善悪は懸隔に煮詰まり、反すべき心を持たず、信心すべき悔恨だけを溜め込む。懇切を仰ぐ季節感は、稼働し、権限を用いず、進む是非を問う。是認すべきは、生きる為の、貴賤の価値が仰ぐ、紙切れの愚行なのか?はたまた貴賤たる価値に価値を押しつける、銭の割合なのか、と解く。かまける思いは先人たちの懐古の思いを復誦しながら、誠実な嫌疑を司り、動作を加えながら、内面に住まう小さな神は、内側にも、外側にも有らず、観念にすら存在しないから、と散々な明日を給うべく、自己を捧げろ、と五月蠅く語り、誰もが、創造性を用い、打ち砕く是非を持った瞬間こそが、姑息な現況にもたらすべき是非を用い、混線している意識の紐を一つに結び、延々、と広がる邂逅に縋るよりも、新たに誂える日々にこそ、購うべき瞬間に永遠は詰まり、その陰影追う事あらず、あった、としても、それは出逢ったに過ぎず、縋る思いは、御身に離れないままに、縋り、縋った所で、朗誦すべき真実は、猥雑に過ぎ去り、私議を重ね、高揚する意識は、公的賄賂を用い、君の心に押し入り、窮乏を重ねる。老朽化した思いは、崩れ去るままに、崩落させ、この購うべき意味合いは、現時点に存在し、嫌疑を重ねれば重ねる程に、解ける意識は、長じるべきユニバースに帰還し、罰するべきは、何にも無い事を知る。理は罪深き事こそ、姑息になる、と告げる。それならば、上向き這いずり、地に根差すべき意識に敢行する。交換される是非は、善悪の懸隔を埋め、顕然たる由縁を放ち、中道など、とは謳わず、自然に行う事実により、期日は返還され、還元されるべき心に宿す物質、とは遙か無機質で、味気ない事を知る。知り尽くす程に、考えは出戻り、また覆い、関すべき出来事の答えの一波になる。次から次に押し寄せる意識は、表面上で封緘されながら、感覚で昇華する」 感慨を持たぬ喧騒は規律に溢れ、恰も、それを正義、と押しつける。官憲は、換金されるべき 権力を用いた瞬間に主観を失い、猜疑心だけに覆われ、自己の権威を守る為に勘違いする。 寒靄に写る君の影には、顔は無い。写る影にも、表情は無い。思い浮かべる顔には、豊かさも無い。 重ね合わすべき日々は、重なるだけに重たくも軽く、軽々しくも、奇しくも、重荷になりながら、 脊髄に浸透し、奇蹟に返還され、去り行くままに、放置した思いは、淫靡たる永遠を重ね、 事ある事に押し寄せる主観の本質を知る。 潸然、と下る思いは、御身に触れながら、総てに、関し、介すべき愛に解けていく。 誰彼構わず、愛などは、放てず、緩衝しない愛は、汎称されるだけの愛に飢渇する。 寂れる思いは、錆び付くだけにぎこちなく、泣く泣く行われる事務だけに過ぎず、 少ない償う求めるだけの価値などには、何ら意味など無い。 鏤める意識は数百億年の意味合いを抱え、崇高な光りになる。 担うべきは、恰も配備され、甘美たる様相を放つだけの心情に交差し、何ら意味も無く、 過ぎ去る細やかな事柄を担うべきであり、危難は断続的に襲うが、その周囲に存在する、 些細な事を知れば、単一な危難などは、超えるだけある、と知る。

2012年10月22日月曜日

幸福論を克服する夜の日記。

夜の変遷を経る。幾多の感情の尾鰭が光りの紗を放ち、心に絡まる。 重なり合う純粋な思いは、光りの屈折を曙光に変え、総ての兆しになる。 君は、損なうだけに屈んでいて、凍てつく夜の彼方で、兼ね備えるべき心を持たず、 もたらされる日々に、行為を求めながら、永らくの怪訝さを保ち、その思いは懐疑を含み、 猜疑に変わり、代わる代わる代償を求め、大小の悔恨に悶え、慣例に従うだけに、 下向く感情は、最早、人間の尊厳を失い、根源に犇めく恐怖に犇めき、身動きも取れぬまま 悶えるままに、揉まれ摩耗した意識は、守るべきものを失い、薄い膜に存在する、 潜在意識の彼方で、凄惨な事実の差異だけを求め、傍観するだけに嗅ぎつける弱気に支配されている。 去り行く形式は、猜疑を吐き出し、夜の嫌疑に残り香を与える。 抱える感情は、恍惚たる由縁を忘れ、煩わしいだけに、心の示唆を繰り返し、 心の資産繰りを繰り返し、誰に、幾ら支払うか、と考える考えこそが、卑屈で有る事を知るべきで有り、 この要する時間などは、帰還したら最後、最低限の価値を求めるだけに、止まる結論に絡まる。 瞬く間にこそ有る、永遠を知らない限りは、今は存在せず、存在した、としても、過去に絡まる 顔たちに嘲笑される恐怖により、共闘すべき自己を見失う。 感冒に降りしきる夜の寡占は、独創性を持たず、均衡だけを保つ。 保守し、捕囚された人々は、乏しいものを守る為だけに滾り、限りあるから、と肝心なものを見失いだけに 限る。 陥落する思いは瓦礫、と化しナーバスな思いのバスドラムが重低音を靡かせる時、 時折の切望は、絶望に変わり、絶無を知らず、求めるだけに滾る意味だけに空回りする。 加算すべきは、この今に司る主観に漂う実景に求める余韻に点在する意識の健在さの差異を 計る事であり、感銘に生きているようだが、足りないものを補うだけの価値に止まるようでは、 煮詰まるだけに滾る事を知らぬ限りは、その限りに詰まるだけの退屈に絡まり、 欲望に欲動するだけの過失を泳ぐだけの稚魚のままである。 無秩序に靡く夜はカオスティックな感情を放ち、集団ヒステリーたる喧騒の五感を彷徨う。 はためく感情はばたつくだけに、老い耄れ、数理に諦観する。 化石化しているだけの意味合いたちが、促す現状などに、殆どの意味合いは無く、 還元されうるべき是非も持たず、関係性だけを求める。 果然に凭れるだけでは、味気なく、実験的では無い。 感銘を受けとるだけは答えにはならないから、それを超えるような創造性を持たない限りは、 想定されうる事柄だけに止まり、加算されるべき事実も持たない。 蔑ろにすればするほど、自分に罰を与えているようでは、味気ないからこそ、 この傷みに、最もな傷みを与え、立てないほどに、ボロボロになった時こそ、担うべき心を超えるチャンスであり、 暗影に滾る多義は、綺麗事だけを促し、恰も肯定的なだけに、主観を用い、ろと徒労を重ね、 徒党を組みたがる。 考えは他人に動作されず、感じるからこそ、動作され、操作される事にあらず、抗うからこそ、 答えは固体化し、自己に鬩ぎ合う。その緩衝こそが、自己を超える手立てになり、 短絡的な啓発には、自己は存在せず、哲学にも自己を解放する気配は存在せず、 この刹那に転じる今に主観を用い、それを超える、と思わない限りは、その限りに留まる。 嘆声靡く夜は、溜息混じりの日常を地上に這わせる。 程良く溶け合う愛は、距離感を保ち、本当に必要な時に、返り咲く。 還元されないから、と潤うだけでは、何も埋まらないからこそ、このつまらない日々にも、 埋めるべき是非を用い、埋めるだけでは溢れるからこそ、足りないままで居て、 凍てつくから、と温め過ぎる、と暑苦しくもなるし、なった所で、何になるか、とも思いもするが、 ならないままでは、何も担えず、何も担ぐ事は出来ないし、この身心に存在する重荷が有る限りに 存在するような雰囲気を醸し出すからこそ、生きてる奇縁にも、そこそこの幸福も克服し、 不幸である事を忘れるのである。 感謝。期待はずれだから、と項垂れるよりも、期待感蓄え、蓄えすぎたら捨て去り、 足りないままで歩むからこそ、埋まるものにも、本質からの愛を感じる。御礼。

この命に策略は皆無。

蔑ろに、した瞬間が運命に司る。管理下に置かれる現状が、現実を演じる。聳える意思は濫觴し、 刹那に絡まり、未然に溶けている。想念は感情を超え、瓦解する思いは、判然に突き抜け、 貫く意志に輪唱し、鼓動を蓄え、生命の意味を位置づけている。 劈く思いが、未明の心を貫いて、寛容たる永遠性を蓄え、現実に帰還し、今に相貌を与えている。 強要されうる出来事は、その差異性を持たないから、こそ、姑息に心に入り込み、 今に対して過去を突きつけ、邪魔をする。 未熟である、喧しい魂は、疼き苦しみ嘆くだけに絡まる。陰影に苛烈さを残し、そそくさ、と消えるのが、 この生命の理だ、と自然は、厳然たる事実を囁いている。 疎ましく連なり、拙い思いを、手記しながら、短絡的な愛に解けおどけながら、媚びるよりも、 獰猛に噛みつきながら、本心では、可憐に甘えたくも有るのだ、と、この能動的な思いも、 高揚し、発芽すべき思惟に帰還し、陥落しない想い出は、死するまで取っておき、肺葉に溜まる 雫に浮かぶ永劫を見つめ、既存しない今に備わるべき嫌疑を用い、逍遙しながら、閑散、としている 感情に送り届けるべき意味合いに倒錯し、流離う意識は、いじけを捨て、この次元では無い場所で、 近傍を備わらせる。 せせら笑う風に乗り、完売した昨日を貪る餓鬼たちが、下向き、喰い散らかす動機にも、 愛を用い、決算すべき愛の僅差に欠乏しながら、支え合う是非にだけ、銭は落ちるようだ、と 謳い憩いながら、算用される事実に愛など無く、勘合されるだけにも、愛は仄かだ。 判明されるべき人血を浴び、この生命は後ろめたさを拡散しながら、沢山の愛を育んできた。 枠組みは絶えず、育みを否定し、汎用される是非だけに、慈悲を求める。 得るべきは、是認されるべき権限にも無く、懸隔に潜む潮騒のように噂し、嫉妬する事にも有らず、 自分の正しい目を用い、否定した後に、補う価値を用いる事が大切であり、 体感すればするほど、擦れ、退化する身心は、苛烈さを蓄え、日常の気配だけを悟るだけで、 精一杯だ。加熱する魂は、汎用される事実に乱用され、寛容さを見失い、 時代に恰も存在する、と謳うだけの軋轢に犇めき、諦めに俯き、絶えず矜持を失い、 残り少ない自尊心で聳立している事だけに、結末を得る。 終幕は、誰にでも襲い、今が若いから、と言って、年老いてから何も用い無ければ幼いままであり、 幼い心を上手に用いず、もたらされる事実に、押し寄せられ、老いるだけの身心は、 恰も詰まっているような雰囲気を醸し出すが、外観は立派だが、内観に陪観を用い無い限りは、 カラカラの鶏ガラのようだ。 「世は明けなどしない。明ける為に、この命は微量の権限を用い、闘争を続ける。交差する思いは昇降を繰り返し、競争に怠ける。絶えずシンクロする情景は、訝るだけに心失う。潸然、と下る思いは、正気を失い、暗澹に嵌まる。判然に過ぎ行く思いは、還元されず、交換されているように思われるだけい、思い患う。汎用される事実は、概観を持たず、概念に凭れる。配備される意識は、照合されず、犀利な頭を用いても、乖離する現状は、感心を持たず、感激する事すら忘れる。解明すべきは情況に、恰も捨てられた廃れてはいない価値に存在し、それを復元し、それを超えるべく創造を続ける決意に有る。有すべき時間などは、捨て去り猜疑に止まる心に権威を与え、賢明に生きる為に、育む心に教育を与え続ける事に存在する。批判し、否定した先に存在する超肯定を生み出すべく、この命は、育みを続け、枠組みからはみ出る。配備される意識は、一見、自己から存在した事柄のように思えるが、万物、と緩衝し、一つの結論に帰依する事が、自己の始まりであり、終焉でもあり、事柄は断続的に、その姿形を変え、物事、と共鳴し、万物に帰還する。聳える意識は相貌を求め、懇切を繰り返し、近接しながら、遠くに気配だけを残し、自己に、恰も運命に帰依する」 寂れる意識は、求め合う限りに点在し、展示される思いを傍観する。嗅ぎつける日々は、 懐疑的に止まり、疑念を含め、誠実な意味合いに施され、崩壊しながら、秩序を保ち、保たれぬような 後先に帰還し、快活な今に転じて行く。 奇蹟の意味を知れば知るほどに、訪れる邂逅たちは、快活な意味を用い、 この御身に愛を捧げる。 陥る先は怪訝な表情を保ち、高揚を続け、痩身に栄養を与える。垣間見る瞬間は、恰も主観を縫い付け、 今に継ぎ接ぎながらに、道筋を与える。 端的な猶予に止まるよりも、この効能を知り、能動的に蠢き、愚行を行いながら、正す事こそが、人間の始まり。 「恥は持たず、羞恥は用い、衆知に戻る。理想は絶え間なく理論を続け、連なる意識は進化だけを求める。超越すべきは雑踏に無く、葛藤すべき自己に有り、我を超えた先に、我が有り、我が成す事を超える為に成す事は存在し、冷静な高揚感を蓄え、終えた先に存在する決議に執心を持たず、これよりも、を求める為に、快く捨て去る。短絡的なニヒリズムの先に、日は沈み、静寂の彼方に正否は生まれ、自我に寄贈されるべき是非だけを兌換する。果敢に挑むべきは、移動する感情に介し、簡素な応えに惑わされず、何度でも応答する先に同等な価値も、揉まれ、対立しながら、大義を用い、勘合されるべき時代に帰還する。立ちこめる雰囲気は恐怖に揺らぐが、そんな事は自己防衛が補う心の可決にに詰まる否決に促されるだけの感情に過ぎず、償うならば、この命を奉納すべきまでに突き抜けた先々に存在する棺桶に足を突っ込みながらも、劈く思いは、生死を超え、鋭利に蔓延る」。

堅実な瞬間に司る気配。

凄艶たる瞬間が未然に迫る。鈍磨に広がり、垣間見る形式は逍遙し、建造すべき一律の形状を 数多の深淵に隠す。 飛翔する感情は、適度な愛に塗れ、瞬間の形容を企て、未収の愛に広がる。 嗅ぎつける意図は、瞬間に台詞を残し、時間、とは概観に詰まる煉獄である、と告げ、 購い仄か、妨げ新たに、吹き抜ける思いは苦境を転じ、収容されるべき内心へ、と繋がり、 果てしなく続く、とは、その余韻を広げるだけの小分けの空間に存在する思いの表面に 存在する意思のようだが、その表面に浮かぶのは、深層心理が思い描く自我からの他人事のように、 容易な場所に締め付ける思いに戦き、提示されるべき現存する今も、聳えるだけの過去になりさがる。 忍従し、寂れる思いを内面の四方に磔にする。路肩は整備されない心の憤怒で氾濫し、 化合すべき愛も、手解きを加えない限りは、徒労を続け、無駄な時を過ごし、平伏すべき 心に疲憊し、妨げる今も、霞むような雰囲気だけを蓄え、煩わしい現状の仄かな災いの時に誘致され、 去り行くままに、この身は機影を携え、顕然たる由縁を無くし、画すべき心の内観に卑劣な感情だけが、 積載され、散々な今に押し寄せる追憶により、初々しさを無くし、発芽すべき今に栄養すらも与えず、 身滅ぼす限りに止まり、瞬く間に押し寄せる自我により、物事の判断の是非を無くし、 閑散、と押し寄せる甚大な今に仮想するだけに止まり、果敢に挑む事すら、も事無きを得るだけに 加算され、感慨に与えるべき慈悲を持たず、是認される思いは、精神では認証されず、 去り行くままに通りすがる思いに、縋り付き、恰も、それは生きている、とだけ宣言する。 「誰かが何を射て、担うのか、と心は告げる。親身になればなるほど、主観はバラバラな寄贈を加え、構造され、構築される思いは、御身に迫り、迫りくる思いは、緩衝を行い、二つの力は均等であるべく、反撥し合い、反復する。反芻する思いを偲ばせ、目眩く連なる日々は倦怠を募らせる。懸隔に存在する、数多の幻覚は、賞与されるべき愛を保たず、間隔は広がり、自己すらも、留める事は不可能のようである。この自己、とは、総ての始まりを告げる合図を放ち、自己で執り行っているようで、総て、と緩衝している。平衡を保とう、とすればするほどに、迷い隔てる。刎頸の交わりのような関係性は、世界性、と結ばれるべきでは有るが、如何せん、この広大で小さな世界性は、秩序を守らず、もたらされなく、とも、勝手に隙間に入り込む。遮断すべきは全容に拡散される事柄の善悪にも、懸隔にも存在せず、理解し、機械的な判断で執り行わない事柄にだけ、権限は生まれる。持って生まれる者などは、存在せず、与えられてから、初めて動作するものであり、淡々、と過ぎ去るようで、それは概念が産み出す考えに及ぼす、時の絞殺のように、身心を苦しめる。軽減されるべきに、是認せず、慧眼を用い、総ての主事を見抜く結論こそが、この苦しみをくすませる。結合すべきは、何処にも存在せず、存在した、としても、それは繋がっているように、思えるようで、思えば遠退き、蔓延れば、邪険に感じ、関すれば、傷むのが、この生命の理のように謳うが、その道理のくくりから離れた瞬間こそが、不自由を求める自由であり、自由の差異を求める人間本来の動機に基づき、抵抗すべき事柄から抜け出す第一歩のように、心に押し寄せる第一波は未然に迫り、狭い価値観から抜け出し、絡まるだけに意図は混濁する事を知り、根幹引き抜き、今回はでは、無く、今だからこそ、打開すべき現実も、その場凌ぎを超え、堅実な意味合いに解けるべき是非だけを問う」 全景は至福に滾る。大義名分は嘯くだけで、正義は権利を求め悪意は嫌疑を溜め込み吐き出すだけに、 理を築く。その場に溜まる永遠は、加速し、寛容たる事実に返還され、果然に過ぎ去る面影も仄か、 各々の欠如を埋めていくだけに通り過ぎる。 加算すべきは散々な今を退行させず、進むべき日々に諦観を与えず、どう昇華させる結論に収束すべきで有り、 暗澹犇めく濁世だからこそ、簡単に育ませる意味合いに不可欠、と言える。 惚れた晴れたは通りすがるだけの結論を得、欠乏する思いは、性懲りも無く、求め合うだけに引き合い、 遠ざかる。 蔓延る意識は、餌食、と化し、君の恍惚さを奪い、判断を損なわせるだろうが、迎え撃つべき敵意は、 自己に存在し、迎え入れるべき是非は自己にあり、健全たる由縁は自己に帰還する。 苛立っていても立場は変わらず、弱者になれば、なるほどに、解けない意味に絡まる。 未然に迫る思いは、懇切を滾らせ、大愚を超え、重用されるべき意味に解ける。 こじつける意味は、症状を画し、怪訝たる幽艶を徘徊しながら、敗者の理には、騙されず、 徴候示すべく、頂上を目指し、超人へ、と開花し、対話すべき自己に結合すべき意味合いは堕落せず、 落胆しても尚、進むべき是非が有る限りは、限り合る事柄に止まらず、統覚を目指すべくベクトル量溜め込み、 絶えずシンクロすべき現存する価値を超えるためだけに、兌換する事こそが、印象になり、 現実に担っていく。

2012年10月21日日曜日

波状に蠢く夜の要理を示す日記。

思いは、深々、と調律され、効率を求めるだけの愛を破綻させる。 波状のように押し寄せる喧騒の力学は、徴候を示すだけで、中庸を保たず、蠢く。 半径は次元を介し、時間に抗し、判然たる自己に帰還し、 馳せる思いは跳ねるように、運ばれ、離れ合う意識は、一つの場所に帰結し、 壊乱している現時点の要理を蓄え、明日に繋がっていく。 蔓延る思いは、逍遙し、配当されるべき是非だけを求めるが、求め合う程に離れ、 一見、緩衝しているようで、総ては、ある一定の距離感を於いて、導く限りにだけ長けていく。 派生のような人波も一律の規律を蓄え、バラバラのようだが、殆どの要素は、同じ動機を加え、 一つの結論を得るべく、欠乏するだけに滾るような様相を孕み、次から次へ、と意識を産み出し、 算出される思いに帰還し、関すべき自己に帰結し、顕然に立ちこめ、現実に立証されていく。 現状は快活に進みながら、入り交じる後先に転じ、嘆じる思いは、行為に基づき自己に疲憊し、 関すべき事柄も、がらがらになりながら、夜も蕩け、熱情しながら、熱病を抱え、 明けても暮れても一見幸せそうだが、身にしみる刹那は、切望するだけに切なさを抱え、 心を示唆し、何かを顧みぬ要因たちが陥れる後先に青々と茂る、萌芽を眺め、 迸る夜も、程なく、事なきを得ては、後先に帰還していく。 論理は、元々に帰還し、弾むように、心に浸透し、贖うべきは、何事にも無く、 戯れる慟哭に帰る、と夜は高貴な主観を放ち、喧騒に警告している。卑しく連なる思いが行列になり、 担うべき明日を持たない世間体が形になり、似合うから、と匂わせる雰囲気は、嘯きながら、 誰かの心を扇動し、恰も自己が、抗っているかのように思われる日々も、煩わしさにより、 良し悪しを見失い、否定的なだけに留まる。受け入れ、受け止める事は難しいようにも、思えるが、 その思いこそが、煩わしく、受け入れ、思い返し質す事のが、簡単で有るのに、 この心、と言う奴は、アイデンティティを守り、自己愛に帰還したがるから、厄介で、 あり出来合いの真実だけに、愛を放ちたがりも、するから、縋るだけに、 自己を擦り減らしている事も知らずに、愛に飛び込もう、ともせず、屈折するだけに滾り、 孤独の意味を知らないから、短絡的な一夜に陥るものだ、とも思われるが、 この欲望、という奴は、欲動するだけに動詞を蓄え、広がる限りに尽き無いから、 抑止すべきでも、あるが、抑え込むだけでは、味気無いし、抑え込み過ぎた事柄により、 爆発した時は、超新星爆発を超え、ビックバンのように、無から動に転じる勢いは、 なるべく愛を用い、創造的に使うべき、ではある。 あまつさえな夜を綾取り、はぶれた感情に結合しては、境目無き犀星を彷徨い、 長けては伸縮し、心象に蹲りながら、疼く夜の拠り所で屯し、手向ける是非に愛をこぼす。 夜の寡黙さは、慟哭を抱えている。一見、幸福そうに見える事柄も、悲恋の挿入歌などを流しながら、 絶えず物事、と表面上のシンクロをすべく、その術を対象に位置づけ、 自己である事を拭う為に、対象に媒介する。 それは恰も普遍的な様相を保つが、醸し出す雰囲気は、埋められぬ孤独で蠢いている。 愛の深淵を知らぬものは、真実を知らず、感作する事を知らぬ。 縫い合わせる事実だけに、事実を突きつけ、尽くした、としても、 聳える価値により、陥れられるだけに、止まりながら、絡まり、程良い頃には、 溶けて、老いた頃には、少しは理解する事が、人間の限界のように劈くが、 超えた所で、何の賢智にもならず、位置づけるべきは、天に無く、地に存在し、 損壊した頃が、見渡すべき是非を与える。 感謝。寛容たる夜の騒ぎに未明は混在し、豊かな明日に快活さを与え、暗くも明るく、 暗いなど、とは自己の作り出す闇に有り、恰も、それは現実を覆うが、 覆った所で、晴れるだけに遠ざかる。御礼。

万物に装填すべき愛。

朝焼けに染み入る野良犬は、感情にAssassinを用い、生じる先の権威を引き裂いている。 感冒のジャンクを集める咆哮を奏でる夜が消え、簡易な愛に帰還する特高たちが、感傷的な嫌疑を用いる夜が、 渇し、反芻し、公害病を吐き出す怠惰な群像に帰還し、飢渇した心に潤いを求めるベクレルたちは、 自己の権益を祭る為だけに、現在を平伏させ、未来を奪う形で、物事を収束させていく。 関し対峙している心を解放すべく進む解放軍が、革命軍、と手をつなぎ、抗すべき時代性の悪意に 魂の弾丸を撃ち込んでいる。民族浄化を促す、運命論者たちは、論争は抜きにして、長じる先の民主主義を 衆愚、と共に謳いながら、道理を求め、概念図を掻き乱し、外傷に犇めく代えがたい高尚は保守されるだけに、 保身に変わり、促すべき創造性を骨抜きにし、恰も、自分たちが正しいのだ、と告げている。 諦観し、寂れる街並みは、消灯し、シャッターを閉め切り、心情の緩衝の差異性に蠢きながら、運動体である事を、 忘れ、わだかまりを取り除く為に、魂を売る結末だ。損傷している数多の主義は、短絡的な暴力を売り、 簡素な時代の請求書は、紛争、と化し、混じる未明は、ミメシスをミリタリズムに変え、用無し、となった感情に 植え付けるプロパガンダこそが、原理なのだ、と押しつける。 始まりは、自己の神々を用いた戦争が、自己の権利の嫌疑を拭う為に始まりのサイレンを告げ、 自己の欲望を欲動させるために、一人の統治者が、世界規模に種を植え付けた。 ありとあらゆる情景は、一律の愚問を突きつけ、生痕手繰り寄せ、縛り上げられた魔女たちは、 猜疑心に陥った自分自身だった、と言う結論に等位を求め、血脈だけに結実する命などは、安値で売買され、 感慨深い、と思えば、感じた頃には殺められた結論だけが犇めく。 人類の愚行などは、行為にあらず、と鬩ぎ合う独裁者たちは、自分たちの懐疑を払う為に、 悔恨拭い、虐殺に転じ、成し遂げる意味を忘れ、自分が神であるかのように、肥大した心は、 短絡的な啓示を発し、精神分析が執り行う病跡を追う結論で得る病理に絶え間なく押し寄せる人波に 攫われるだけに元々の感情を失った思いは、超管理下に置かれ、恰も侵されているのは、君だ、と言うが、 侵されていて、傷みを抱える自己の弊害を押しつけ扇動するだけの情報に上等な意識などは無く、 扇動するだけに集結する自己の懐疑を埋める為だけに奉る結論に奉納されるだけの自己の心に性懲りも無い、 現状を受け付けるだけに長けている事には、目を向けず、向かすべきは、左右の是非にあらず、 上下の差異にもあらず、誘導すべき中道にも無い。生動する限りに、蠢くのが人間の摂理であり、 偏りを見せる、と見え透いた自己を埋める為に、最もな偏りを示す。 偏向した主義は、どちらにしても、暴利に蠢き自己の権利を埋める為に、暴力に陥り、嫌疑に鬱ぎ込み、 沸騰した現時点は退行するだけの獣の流儀を重ね、有意義なのは一部だ、と言う結論を知らず、結合し、 血統主義だけに帰還し、恰も自分こそが、絶対的な王だ、と自己を掲げ崇める。 諦観する日々は飢渇し、それを「埋める」為だけに惰性な出来事の殴打を繰り返し、僅差を埋めたがる。 埋めるよりも調律し、よりよりなど、と求めるよりも、善し悪しを知り、知った限りで止まらず、 進み続ける価値により、太古に捨てられた廃れ無い価値を用い、今に進化を遂げる為に、 この意識を高め、互い違いに交錯する現時点に価値に追い遣られず、老いるならば、 老いる前に、成し遂げる価値も、老いたから、と項垂れる事も無くなり、 ただ有る意識に未明の真実を繋げ、塞がる思いを突き抜ける為に、こんな困難を歩いている事を知る是非を、 教育すべきであり、その術を与えるのが、生きる定めである。 「何処が始まりであり、何処が終わりであるのかは、自分の世界線を司り、その場に位置づけし、収束する場所に転じる意識に堅実な時世が生まれ、揉まれるだけに心情は怜悧な傷痕を残し、猜疑心に変わり、狡猾に食い尽くす為にだけに、誰かの心象に媒介したがる。敗退者は、自己の心情を売るべくルサンチマンの怪物、となり、君の居場所を踏みつけ、破壊する。破壊された座標は、軸だけを残し、自己の欠落に押し寄せる。それは不安であり、恐怖を押し付け、それを受けとれ、と五月蠅く自我が突きつける、表面上の意識により、自意識は潰れ、潰された意識は、自己に帰還せず、誰かを攻め入るだけに陥る。ルサンチマンの始まりは、離散し、起算するだけの利己的な自己に帰還し、関すべき愛に手解きを加えず、自己愛に帰還する。管轄すべき自己は、標記を見失い、見失うだけに陥るだけに止まる。標記を掲げるべきは自己に無く、誰かの些細で細やかな愛に緩衝しない限りは、限りある事柄に止まり、自己を見失い、ないがしろにした自己の私論により、自己は、自分に収束せず、窮乏した自己は、自己に縋るだけに止まり、関すべき対象を持たぬままに、死する病に冒される。それは生きた感覚を失い、感覚の薄い膜に閉じこもり、倒錯するだけに翳る。自己を開く自己すらも見失い、過去の虚空に止まる限りは、限りある自己に止まり、緩慢たる由縁に掴まる。だが自己に位置づける座標を知る事により、その使命は、必然的に奇蹟を巻き起こし、瞬く間の出来事の主観を掴み、自己が主星で有る事を知る。有すべきは自己にも無く、対象にすら無い。有るのは、今ある未然の出来事の往復であり、幸福を求める程に遠ざかる一方を歩くよりも、この要理に示される日々に抗い、立ち向かう事により、この潤うなどは、埋めるだけに埋もれる事を知り、得れば得るほどに、埋まらぬ事を知る。知ったから、とどうした、と促している限りは、知った限りに止まり、空回り、重なり合い、印象の中庸が平衡を保つを事を知らずに、向き合う事ほどの残酷な事も無い限りである、と、ここに理のような感覚を置いていく」 事実は緩衝し、高尚に変わり、緩和していく。それが勉学の限りであり、昇華した感性は 考えを超え、長じる結論に結合していく。 溌剌、と思い描く事により、要理は深みを増し、慢性的な飢餓を発散させる。 発芽すべきは自己の主事に存在する種子にあり、求める価値に、価値は無い事を知る。 関すべきは遠巻きに存在し、中和しながら対立し、いつか自己に帰還するだけの事を知る。 知らないからこそ、この考えの上を行くものであるべく、自己に緩衝せず、万物を対象に感情を交錯させ、 この数多の事実を解く為に生まれた限りである事を、ここに宣言し、深々、と御辞儀したい。

呈し靴底に挟まる夜の鼓動。

動悸は未明に降りしきる。刻々、と迫る濃淡な秋時雨に濡れ、積載される感情は、仄かな胎動を渡り、 慟哭の時を有し、刹那に帰還し、雄壮たる瞬間にけたたましい命を咲き誇らせる。 ホログラムのように煌めく街灯が、瞬時の由縁を包む。納棺される感情は、昨日死した弱気だ。 責めながら手繰り寄せても、この夜には、手が届かぬ、と蠢く思念は、カタルシスを分泌しながら、 曖昧な蜜月を重ね、寛容たる事実に立ちこめながら、物事に聳立し、蝋涙流す時の心象をひけらかし、 誘致されるべき愛にだけ、手解きを受け、絵空事のような日々の化粧を終え、君は歪たる永遠を抱え、 歪曲する術を抱えながら、総ての報償を受けとり、近影を駆け巡り、代償も青々とした暁に悶え、 幻影を蓄えながら、規律も泡に変わり、過疎化している心に根絶やすべき心境も、迸る触手を伸ばし、 誰かの心に触れんがままに、弔う要因も遙か午前の子宮に帰還し、奏でる愛は、徴候を根差し、 遙か語源を蓄え、煩わしい言葉などを捨てた限りに、その場に溢れる愛も、緩慢さを拭い、 蔓延る意識の助長、と化し、君の心の効率などを求めもせずに、介入し、陥落しない感情をセオリーに、 学問などは、苦悩にしかならず、成しても尚、鬩ぎ合う思いにだけ、緩衝し、過負荷などを捨て去り、 去り行くままに、君の煩わしい予感も、予見も、嘯くだけに翳りだけの傷痕を与え、 温めるべきは、君の起因に存在する是非であり、是認すべきは、君が単一性を抱え、生きたい、と願う事により、 行動も深まり、動向に秩序が与えられ、購うよりも、暗澹に犇めく簡単な出来事に存在する、未明の 堅実たる出来事の封建を終え、自己の官権から逃れ、カラカラになるまで、痺れる要理に締め付けられるよりも、 この夜は破傷風を抱え、性懲りも無く続くからには、重なり合う瞬間に陥るよりも、この夜の胸裏に 捧げる愛でありたく、この余生に尽きる物語に馳せる思いが繋がり、一つの結論を得るよりも、 営利目的に長けるだけの恋に陥れられた、愛の余波も、そこそこに、混じるべきは慈悲を抱え、 世を扇動すべき愛を用い、根底に飢餓している気配を元手に、主観を保ち、関すべき慈愛にだけ、 心許ない永遠を捧げる。 「枯れ果てる色合いに、濃淡な愛はふやけていく。生後から何万日が過ぎ去り、未熟な事案を重ね、無情な時間を歩いて行き、行き交う人々は、一語一句を残し、一期一会に消えて行き、機影を残した純真たる由縁も、その場限りの愛を重ね、罪深いものだな、と感想を述べている。蔓延る意識は常設されるべき事実に択一な事柄の簡素たる幽艶を解き放ち、みすぼらしくも、奇しくもくすみ、空間から果てて次元に帰還し、重なり合う風貌は、帳尻合わせるかのように、嘯きながら、短い可能性を照らし合わせている。定理に基づき、毒づく日々が、然も、当然のように、前兆に長けていく。物々しい物語は、体系を結び、生じる先の現実味を失いながら、個人主義を貫きながらも、自由な市場へ、と帰還するようだが、一見すれば自由だが、不自由な自傷を絡ませるだけに、引き摺り、引っ張り合う命は、その印象だけに翳り、心象をひけらかし、過信している情景に鬱陶しい示唆を繰り返し、関すことを嫌いながら、監視し合うだけに滅び、感じながら鑑査するだけに、権利を求める。陥落すべき出来事の保身は、自己愛にだけ、帰還し、重なり合う情景に陥るだけの根拠を残して理知を得るようであり、誰もが用いる哲学は、自己啓示すべきだけに止まり、物事の本質を見抜きもせず、尚逸たる由縁の真相に絡まる深淵の差異を計ろう、ともしない。内包され、内接する事実は、近影から離れ、撥ねのける感情は、重なり合うだけに飛び火する。盲信しながらも、信ずる者は、報われるだけに滾る思いを手繰り寄せるから、その場凌ぎのあこぎな幸福論に絡まる。衰弱する命は、歯止めも無く、諦観を超え、もう捨てる物が無いから、と気分は昇華し、内証に漂う、有しただけの感情を兌換し、残るものなど無い事を知り、真影に滾らせる心の揺籃に帰還し、予見すべき事実の緩衝だけを眺め、何事をも、なにものをも超え、遙か無機質な消尽に託すべき自己の内観に帰還している。かまける時に比する簡易な心情も、優越感を引き延ばし、判然たる事実の矯激に耐え、反すべきは事実に無く、関すべきに事実も無く、緩和するように、この夜の要理にだけ溶け合い、一つの愛に無数の意識を繋ぐ」 夜は結局、明けても暮れても短く、自覚した頃には、殺伐、とした明日に帰依し、次なる世界性に繋がる。 簡易な僅差に触れても、その差異を知らぬ限りは、限り合う紙幣、と貨幣に覆い尽くされ、追い越されるだけだ。 軽快に経済成長を迎えたいが、絶え間なく引き寄せる欺瞞により、自慢するナルシズムはなりあいを語らず、 行為に基づき、陥る先の愚行に呈している。 寂れる印象だけが、真意のように鬩ぎ立て、建前を押しつけるが、如何せん、この失脚しない感情は、 あらゆる事物を旋回し、失態を画すべく、拡散すべき命の光陰に滾らせる思いにだけ猛るだけに生えて、 伸びるだけに伸びて、いつしか枯れるだけに果てては、愛に帰還し、土に帰り、 代えがたい明日も、乖離し、いつかの光りに迸り、誰かを照らすために歩いている事を知り、 知った所で儚いが、馳せる思いは、御身を包み、根底を覆し、懇切滾る今に蔓延り、 運ばれる運命に綻び、解け合う程に絡み合い、憎しみ合うよりも、合う合わないよりも、 この陽気に犇めき改善すべき事柄も、改竄されるだけに疎ましく、遠ざかりながら、 蒙り、はみ出しながらも、かぶれる思いは、絶え間なく続き、輪唱を行い、混生に取り巻く 愛に帰還するだけの事。

2012年10月20日土曜日

燦然と輝く夜の日記。

勇躍する時を引き摺り、古に浸る夢も愚か、愚昧な駆け引きも煩わしく、屈折した心を慈しみ、 歯がゆく捜す明日も短く、自覚した所で、溶け合い靡き、手向ける是非は程良く是認され、 いつかの悲しみも、何れかの時を危ぶみ、捜したところで、見つかる事も無く、魅惑に溶けて行く。 寂寥の時は、孤独な愛に捕まり、たわわに実る秋を識らず、冬に非行し、錆びる月に乗り、 阻む時に弊害を生む。 時は間も無く介する。理解した頃には、遅過ぎるから、奏でるままに対立し、傷付き抗い、 見果てぬままに果てる侭に、聳え立つ日々も、混迷引き摺り、歯痒く悶え、真っ白い彼方、 つまり純真な時を殺め、困難抱え、羨望し、絶望慄き、顕示し、健在な日々にはためき、 潤い、贖い、御身歯がゆく、古の時歩み、離され時々、黙殺及び、ちょこざいな時、阻み、 絶えず訝る想いも逍遥し、群像蕩け、徒労し、記録も仄か幾重にも色彩溢れ、陥落しながら、 落雷受け、愛に手向け、蔓延り浮かび罵り耐える時も卑下するだけに、日々絡まり、 結ばれる時に有すべき理忘れ、我儘に優しく、争う程に、程良く溶け合い、 整然たる所以に寂れ、瞬き跨ぎ、嵩まり高まり、身に成り、溶けて、又、帰る。 際たる威厳を保ち、夜と交差する。猜疑が降り注ぐ、効率求め、比率に喘ぐ日々は 、恰も憂いだが、憂愁を持たぬ日々に心は無く、失う日々は懐疑になり、 信ずるべき自己を失うだけに陰り、介すべき真実にも、懐疑を用いるべきでは、 あるが用いる限りには、真実も訪れず、信じる限りに、真実も生まれる。 健全たる有用な季節は、仄かにざわめき、知らぬ間に表情を変える。 万物、とはこのように不安定なもので、不安感画す為に、繋がり求めるが、 短絡的な孤独を埋めよう、とする限りには、愛は存在せず、一見価値あるようにも、思えるが、 そこには、本質的な価値は無く、泣く泣く無くし思いを埋めよう、とする限りには、 事実は聡明たる由縁を無くし、求めるだけに滾り、翳る。その先には、影しか無く、 自己の幻影を彷徨う限りだ。徘徊する愛は、媒介し、依存するだけに失い、 見果てぬ愛は歪曲し、求め合い、対立する、点と線は、中心を求めず、 伸びるだけに空間を彷徨うだけに伸び、伸縮しない思いは、果てるだけに果て、 歯痒く悶える意識の旋律は、何処までも絡み合い、戻るべき居場所を失う限りだ。 真実を求める事は、醜く疲れ果て、嫌気がさすことばかりだが、求め無い限り、止まる。 止まった先に存在するのは、諦念及び、倦怠であり、その懸隔に存在するのは、 懸念するだけの材料を溜め込む倉庫に存在する自分自身だ、という結論だ。 論拠も無く、根拠だけを用い、困難に要いる。 阻むだけの意識に慄く感情は恐怖だけを与え、自己を失う。 限り有るものに、大きい小さいは無く、代償すらも無い。 蔑ろにしただけに、蔑み用済みな感情は、ダストボックスにシュートして、 現在には、過去など無いのだ、と知る。 有るのは、現在に犇き流転する今が先々に伸びて、いつ咲くか、枯れるかである。 狩る者にはならず、又、狩られる者にもならず、ただ駆る者で、あるべく、魂胆滾らせ、 困難な夜を一瞬で、一蹴し、心置き無く、飛び越える。 感謝。時代に時代は無い。概念にすら概念は無く、五月蝿く蠢く自我など、 最初から存在もしない。有るのは、佇むように進む自己だけだ。御礼。

始まりの歌に靡く終焉の時に回帰する心。

この世に動機など無く、あるのは鼓動が促す動悸だけだ。それが促す日々に介すべき愛こそが、 紡ぐ日々にこそ、生じる意味合いの深みも増す。反すべきは矜持を持たず、織りなす価値に聳えるだけの 嫌疑をも、悟らない権利にある。暗誦するだけの価値観に生じる先は、天涯を持たず、形骸化した理論を 用い、君の心の起因を掻き乱す。 怪訝たる日々に誘致し、遊離する心に犇めく物質に答えは無く、個体では無く、巧緻な模型を育てるだけの 教育が織りなす主観に沈積する概念や、観念を植え込むだけの道理に道徳は無く、高騰する意識にこそ、 瞬時の原理は存在する。理念は損なうだけに限り翳る。限りある、と思えば思うほどに膿むし、 膿んだ心から放たれる悪意は、鈍痛を抱えているだけの恐怖、と弱気の悟りのようだ。 それに介すべき正義も、犠牲心に戦き、嘆じる先に軽減すべき悪意に対する愛を持たぬ。 持ち合わせる是非は、是認すべき一律の価値には無く、懇切滾る瞬間に補われる愛に存在する。 聖賢用い振り翳すよりも、権限用い繋ぐだけに高揚するだけのルサンチマンになるよりも、 この要理に犇めき紡ぐ瞬間に与える一瞬の愛に、介し、愛を求めず、止まらぬ先に介す愛により 心動作続ける要因を与えるような日々を作り織りなす事により、総ての愛は、解放され、 開眼すべき今に再起し、最愛の日々に帰還する。飢渇しても、尚、潤いだけは求めず、 潤わそう、とも思わず、思う愛に愛は無く、又、思われる愛にも、愛は無く、感じる心に愛は有るが、 その感覚すらも、姦悪が織りなす軋轢により、失われた要理を求めるだけに要理を求める価値により、 初めはあったはずの愛も、失う限りに、翳る。 限りある日々に嗅ぎつけるハイエナや餓鬼たちは、貪るだけに食い尽くし、求め合うだけに、陥る。 その先に存在する聡明な価値などは、程遠く、その先に得るかも知れないが、得る前に崩れ去るだけに 終える。嗚咽を吐き出し、陰影に滾る愛は、求めるだけに朽ち果て、求め合う前に湮滅する。 遠望に滾る解放感は、一律の愛を求め合うが、愛惜滾り奪われた者の悲しみは知らず、 知った所で、と心の効率を求めるだけに疲憊し、批判に陥る。貧相な価値を用い、愛を振り翳す今も、 意味合いは殆どの形容を求めず、愛の何たるかを知り得るからこそ、絡まる意図に宣言すべき 一律の価値を生み出すべく尚逸な主観にだけ、結論を与える。 「初めは価値なども持たず、廃棄されるだけに、潤い求めた。一見、権利を用い神を用い、愛を解かない輩の出現により、物事の善し悪しは変化し、シンパシーは新たな価値を用い、用いた価値により、総ての軋轢は深まり、争いに転じた。それは進化を位置づけ、今に縁取り、彩りを与えたようだが、そんな要因は、損得でしか有らず、抗う事により、深まる軋轢により、最もな価値、つまり愛は失われ続けた。一つの部族であり、民族であったが、分散する価値により、権限の均衡はバラバラになり、用いる価値により、権限の力は強大、となり、誰にも止められぬ価値になり、担うべき愛を振り翳し、殺める結論を得ては、それに疑問は問わず、愚問だ、と切り捨てる価値により、蹴落とす事こそが、総ての分別の始まりであり、争う事こそが、価値になった現在は、一見進化を遂げているかのように、思えるが、それは獣の価値である。人間で有る事を忘れた価値により、神を創り、人間が神になった世界に見習うべき価値は無く、価値観ほど、邪魔なものも無いのに、浸透するのは、誰が何であるか、誰が何の為に、の為だけに、陥れる日々に陥り、判然に思う、思いも、うやむやになり、搬送される意識は潸然、と下るだけに彷徨い、果てない欲望だけが欲動し、殺めず、とも何れかは、殺めるだけに加速する。そこら中に食い荒らすだけの日々は司り、仕る思いは、高座に座りたがる連中が犇めき、壮大な理論を忘れている。統一など、とは愚意であるが、統治する事は、尤もな愚行である。有るものを求める事により、最も深まった軋轢は、ひび割れ、介したはずの愛を失っても尚、止まらぬ欲望だけが気配を残し、忘れるだけに、最もな軋轢は深まり、深まる愛を知らぬ者たちにより、奪われた命も、浮かばれず、たとい、浮かばれた、としても、一部の権利に補われ、嘯く価値だけが操作する世界などに、世界性などは無く、作られたものを、得ているようだが、与えられている価値だけに、潤うだけでは次なる価値は生まれず、揉まれる限りに生まれる日々は、恰も、奪われる事により、と促す現在は右往左往せず、中庸、と均衡も保たず、保守もせず、人間本来の価値を求めるべく、解く限りに介し、何処かに偏るような主義などは、偏向に過ぎず、自己の筋書きを正す為だけの結論に偏り、聞く耳持たず、自分の権利を補うだけに、主義思想を押しつけるだけに止まり、淘汰すべき粛清だけに項垂れるだけの偏狂に陥るからこそ、聞く耳だけは持ち、見る目だけは保つべきである」 資本に権利を置かず、力に権威を与えず、抗わず、用いず、何れかの慈愛に靡き、 人間に神は与えず、崇めず、等位を求めず、生きる嫌疑に悟らず、 境目有れど、簡単に靡かず、感化せず、懐疑し、懐疑せず、関せず関し、 蔓延らず、潤い、潤わず、とも煩わしく無く、奇しくもくすむ短絡的なニヒリズムに陥らず、 補わず、ともルサンチマンに陥らず、僅差は求めず、干渉せず、緩衝し、 近接し、遠巻きで介し、介すべき愛に仮死化し、感染症抱え、反戦唱え、氾濫する濁世を飛び交い離れ、 放たれる意図は、訝る地平を超え、凍える愛に瞬き、ちゃちな真相を砕く。 介すべきは淫蕩たる由縁に無く、簡素な情況に存在する情報網に無く、 一個数体であった始まりから存在し、聡明な瞬間は一つの星であっかのように、絡まり輝き、 荷担すべき事実に聳える事柄などに、価値などは無く、勝ち誇るよりも、負け崩れるよりも、 生動するだけに絶え間なく蠢く日々の旋律に存在する微々たるものの動作にこそ、総ての真実は拡散され、 去り行く季節も風貌だけを残し、関すべき事柄に帰還し、この気配にだけ、兌換されるべく 求める事だけは決して無く、信念に備わる思念により、総ての動作は交差し、交錯し介した先に、 生じた意味も深々、と御辞儀し、混じる先々に天与される事柄にこそ、 心介し、崩れ去った跡形に示されるべき証拠も備わる。

ヴェーユの胎動で眠る純粋理性。

明朗たる幽艶が嘆きを交わす、時折は祝福され、みすぼらしい価値に現存するだけの日々にも、 勇躍すべき瞬間に、木霊する思いが、自然的に乖離し、心の彼方で重複しながら、声色数え、 貧相な明日を過疎化させながら、胎動で面影を濁らす。 統制されるだけの管理下に置かれる仮想的な世界の表裏に瞬く。羨望すべきは潤うよりも、 効能を求めるような高貴たる愛に跪くべきだ、と揺らぐ心は延々、と何をも求めぬように、 要理を求める、とルサンチマン、と化し、誰かの権勢を奪うべく、自己の弱気を権利に突きつけたがる。 感作すべきは、動作する自然的な物事の胸裏に犇めく、暗澹たる思いに暗躍する体温のようだ。 「木漏れ日が交わす愛は、酷い苦痛を拭う。大木に比する思いは、たった数十年の思いでは、届かぬから、と、尤もな価値を生むべく、理を求め続けろ、と大木は語る。無心の世代に広がる情報網と、は繋がれず、尽くすべきは長逝する夜に無く、混線する幾多の言葉の影に詰まる貨幣にも無く、根底に染まるべき真実に要約を求める事に無く、聳える価値に靡く心の旋律を歩くはずも無く、答礼犇めき欲動する愛欲の彼方に鎮座する座礁した思いにも無く、コーヒーの上に浮かぶ羽虫の刹那や儚さに存在するようだ、と感作する心にこそ、姑息な心を拭うような瞬間が立ちこめるだけに過ぎず、私議は償い求め、嗚咽を吐き出し五月蠅く、交差する主観は肯定的ではあらず、否定的に靡くからこそ、淘汰したがるし、懇切喘ぎ、時折は貧相な価値観に揺らぎ、何が幸福か、と延々に解きたがる。考察すべきは、君の心の起因にあり、推理すべきは小説の中にあらず、君の心の間隔に犇めく幽艶な時に存在する」 君の心は渇かぬままに、昇華を続ける。誰かを見損ないながら、少ない猶予を歩く。 固執する思いは、影、となり、君の隣の起因、と笑うべく、生じる先々も消失していく限りに翳り、 搬送すべき心も、遊蕩し、関すべき事実も、蒙るだけに怪訝に重なる。 面影ははびこる自意識にだけ、加速し自分勝手に想定される。幻影瞬き、憔悴し、蔓延り寂れ、 挟まり動けぬ、と疎ましく入り交じり、堪らず逃げ惑う先も応えるだけに、届かず、拵えるだけに、 依存し、抵抗すべき現在も、傷痕だけに根絶やし、耕すべき心に水を与えず、抗うべき自己に対象する 自己に甲斐性を求め、飼い犬であるべく、曖昧に歩くよりも、聳立し、感服するまで、還元されない現在に 至福を売る事こそが、この生きる権限では、あるが、抗う事は、失う限りに尽くし、何度も切望する孤独が襲い、 絶望に変わり、全貌を失うだろうが、それすらも、超えるべきだけに、人間の本質は詰まる。 つまらない、と思い描くよりも煌々、輝く為に、多面に靡き、生じる先の永遠、と化すべく、この誘致されない 現状に、至福は落ちないかも知れないが、絡み合う意図は生じる先に現前を与え、欣然たる心を生み、 やがて有無も問わず、萎靡沈滞していた心の歪さを用いる論拠も消え去り、関すべき事柄だけに視点を置く。 先々は垣間見るだけに、生じるだけの闇のように、予見し、妖艶に輝き鎮座し、残骸のように羽化し、 浮かばれないから、と言うが、浮遊し、何処にも着かないからこそ、の生命である、とは告げる。 「関連する絶え間ない事実の深淵に思念は無く、程遠い場所で傍観するような位置に現在は存在する。聡明な主観は立ちこめる意味合いに訝らない決意を落とす。猜疑を重ね、怪訝たる由縁に聳える自己を損ないながら、絶え間ない瞬間に結論を得る。結合すべき生じる先の感激ではあるが、あるがままに聳える現在に緩衝すべき対象が無い限りは、限りある愛に消え去り届かぬ思いを共立するだけに過ぎず、償い晴れて罪深き退行に生きるよりも、邂逅犇めき、一語一句を一期一会に伝え、生じる先の現実味を与えるべく、誰かのニュアンスになれば、この生きて散る定めもいつかは、その距離感を無くし、そっと近づくように、耳元で囁き続ける」 境目は程遠く真後ろに聳え立つ。心象は、印象、と繋がり、縋るだけに遠ざかる。 迷いを打ち消さない限りは、猜疑心に掴まり、要らない懐疑に止まる。 迷いを打ち消した先に与えられた権利により、見下す事も無く、与えられたからこそ、地上を這いつくばり、 いつまでも、この地の赤子であるかのように、近接する心に靡き、霞むような日々に結合する日々の助長を探り、 顕然たる由縁も少なからず、心に見収めの結論を与え、この命、とは、結合されず、この命あるからこそ、 命の限りを知り、交合し、堂々、と輝く術だけを保ち、持ち合わせるものは何も無く、 刃向かうべきには、何も無い。能動的ニヒリズムを抱え、ニヒリズムを超え、行いに転じる先に、性懲りも無く、 操作し、生産されるだけの日々、とは一向に結ばれず、一切の要らないものを一度遮断すれば、社会性などは、 奢侈で有る事を知り、また社会性などは、初めから無いように、また概念なども、誰かが植え付けるだけの ものであることを知るから、この一切は詭弁であるかのように、心に少しでも刺されば、それもセオリー。 身心に指針は埋まり、神経に神聖は存在するようだ。感覚は避雷針のように尖り、未明の心を 劈くべく鋭利に尖る。蔓延る意識は憧憬を砕き、証明すべき現在に加速していく。 貧相な価値は、真意を砕き、思惟になり、アイデンティティを破棄する。 言葉は理を持たず、単一な影であるかのように、要因を含め、光陰に機影を残し空白に対する 対象になり、愛に基づき、悲観しない心になり得る。

2012年10月19日金曜日

健全たる愛の予見を抱える寂寥の時に有する日記。

ただ暗い部屋の中、仄かなつきあかりだけが、心身を包む。 日中の忙しさで疲れ果てた心を癒す面影だけが、絶え間なくうるさく、脳裏を包み、 暗闇も仄か、有する時を残し、赤裸々にカタルシスを酌み交わす。 身近な愛が無い限り、人間は、何か、他の対象に溺れる。 愛は不安で、しょうがない。 愛は重たくのしかかり、忘れられない恋も、もう忘れてしまった。 孤独に有した時間は、その愛よりも、重苦しく、強がっていても、なお広がり狭まり、 心を蝕みながら、また消え、対していた日々は、日々を覆いながらも、躍動を続け、 未収の愛に開かれ、時折の刹那に絡まり、切望続け、 届かぬ声を放ちながら、安っぽい女々しさに犇めきながら、 介すべき夜を保ち、緩衝する理を用い、均衡の間隔を広げ、 切なる思いに気配を残す。 忽ちは静寂に包まれ、後々に広がる。 人は抑止する限りに、昇華すべきだが、掛かる圧力に耐えられないものは、 その場の限りに、隠滅し、微量の生命などを含みながら、地に帰り、 誰かの心などに根差してくれれば幸いだが、そうもいかず、忘れ去られるだけに、消えいる定めではある。 健全たる由縁を抱え、遥か長い時を有し、単一で、短絡的な生命は、悉く散る定めを抱え、 何かを愛し、殺めながら、時折を重ね、健在に映えて行く。 見栄えは、一見悪いが、重ねる毎に輝ける日々は怪我し、穢れながら、偶々に、傷を癒し、 端的な愛に靡いて行く。 心許ない時間は、有する時を超え、絶え間なく長く感じる。 弱き者である、私たちは、一貫した愛を持ちながら、上手に使う術は持たず、 持ち合わせる事柄に比例し、疲弊して行き、また弛む愛に陥り帰る術も無く、生きる事に彷徨う。 愛とは、必要性も無いのかも知れない。だが、その愛を、守れない限りは、 気付いた頃には遅く、暗く荒み、悲惨に生きる結論に達する。 愛は、知らず知らずの内に傷付けて、そっと近づく。 尊く有した君も、おぼつかない思い出、と化し、いつかに溶け合い混ざり合い、 重ね合った日々も、吹雪く程に、心、劈く。 雨音だけが、濃淡に心掴む。歯がゆく有した季節は蕩け、微睡みながら、 有していたはずだ、と言い質すような時も、いつかの笑顔、思い出し、流離うように、 心から離れて行き、ただ有したはずの時を危ぶみ、踏み荒らし、 ただ、あったはずの時を踏み外し、違う道を歩んだ、だけに過ぎず、淡い機影を残し、 純白に煌き、絶えず、朧気な感触だけを遺し、消えて行った翳りに包まれながら、 弛まない日々に聳立し、感嘆を拭い、いつしか脱ぎ捨てる身体を抱えて 、乏しく絡む時に、否、と対して、止まる事無く、進め、と空気感は促す。うな垂れている暇など、 無いのだ、と。笑え、声高々に、たかが知れた時を殺める事無く、事なき得るよりも、 獰猛に、陳腐に、輝き、朝焼けに霜焼け、可憐たる今を飛び越え、未来に盛んであるように、と。 この夜は宣言している。 感謝。還元求めず、感じるままに対処する。御礼。

刃向かう意識に対立する自己を調律する。

毅然、と歩み、訝る時に併用される思いに助長を与える。簡明たる時は、要する価値を持たず、 又、形すら無く、かび臭く尊く、節義に絡まる時は、誰かが兌換する卑屈な思いに巻き込まれ、 問答を繰り返し、嫌忌になる。担うべきは実勢が織りなす進化の過程に存在せず、聡明な主観を用い、 混同する意識の最中に存在する顕在な意識であり、有り難みも知らぬまま、こんな尊い場面にまで 凍てつく気分を用い、瞬間に降り注ぐ嫌疑を遡りながら、絶えず真意を求めるように、要因も孕むだけに、 絡み、重なり合う事に重みを増し、まさぐるように、重なる思いは、加算するだけに兌換はされず、 察すれば尊く、疎ましく、いやしくも奇しくも、こんな困難さを抱え、遙か北風に乗り、培養すべき愛を 用いる季節に投下され、重ね合う時も、有するだけに、抗する事に止まり、とどのつまり退屈を規範し、 奏でる日々は、自己を殺める自傷行為にしかならず、ならず者であるべく、放蕩の限りを尽くした近影は、 遡る事に、罰する思いに長けては、陰鬱たる由縁を放つだけであるから、損得勘定が引き寄せるだけの 空想的な喧騒には、答えも無いから、自然的な胎動に包まれるような弱視の微笑みに揺らぐ事も無く、 単一な静寂に存在する涅槃にも、居所は無いから、君のふところで眠るべく、この育みも蒙るべき 時代などの個体ではあらず、漂うだけの身心が織りなす思惟だけに、プラトニックな感情を拭い、 プラスアルファになるべく、この育みにこそ、枠組みに介しないから、孤独ではあるが、遙か孤高に移送すべく、 この意志も、顕然たる由縁に解き放ち、時は経ち、轍介し、事ある事に理も冷めた表情で迂回し、 察せば厭わしく、面影も重たく冷たい領域で点在する意識の語弊を紡ぎ、厭わない為に、関すべき情況の 孤舟であるべく、陰影に犇めく感情に奏する思いは、行為に陥らず、間隔が補う緩衝により、動作するものだが、 その交差する思いも、軋轢に変わりもするし、深く関わり合う事を止めれば、その場限りに絡まり、 幾重にも引き延ばす感情は、引き合わすだけに微睡み、絶えずシンクロもするが、 そのもたらされる意識が織りなす簡易な思惟には、対さず、対する是非を求め、関すべき情況に愛情が 無い限りは、そこに止まるだけの思いに可決され、加点すべき意味合いを持たず、意志だけにそぐい、 損なうだけに陥るだけに絡まり、重ね合った日々も、数々の出来事の記録で有る事を知り、 有った無かったでは無く、勝った負けたでも無いが、ないがしろにするよりも、この意識の徴候の頂上目指すべく、 育む事にこそ、疲れを癒やすものも哀れにも感じるが、感じるよりも、介すべき今に渾身を放ち、 懇切踏み躙り、反すべく事柄の緊要を繋ぐ。 「対する風景は、介する毎に、たびたびの傷みを繰り広げる。空腹を癒やしたがるだけに、卑しい気持ちも、深々、と欣然に迫る。狭まる意識は、最もが欲しい、と保身を繰り広げる。快活な日々を求めるべく諦観した思いは、諦念し、倦怠に変わり、身動きを止める。感銘な時に思いを馳せる。発芽する思いは、協調性などは、求めず、動向する限りに、限りある時が有している事を知り、永遠に紡ぐ感情は、幾何かの差異性の中心を担い、関すべき事柄だけに、重心を置く。制すべきは、単一な時に引き寄せるだけの荒波に抗すべき心を用い、散じるべき悪意の本質を知り、善意だけには、生きず、嫌疑を悟り、各々の感情で鬩ぎ合う価値に存在し、分かち合う意味を知る事であり、安易な感情が打ち出す誤算には、騙されず、兌換すべき懐疑にだけ、権威を与え、矜持を保つ。関すべきは重用されるものには有らず、相対する日々に相成る日々が混在し、簡素な応答を掻き消しながら、紛い物を抱え進む意識は著明であるべきであり、暗澹に嵌まり、簡単に補い、淡々、と進む事こそが、生きる価値にも成り得るが、なった所で担わない限りは、何にも成らず、成したところで、躓き、いつかの悔恨溜め込み、今回は無かった事に、と一度きりなのに、言い訳がましく、喧しいだけに止まる。ただ、統覚目指し、狡猾に生きる事にも然り、と告げるが、いつしか降りかかる刃は、自分に振り翳され、些細な出来事が織りなす傷みから、死する病に転じうる。潤うならば、純理を用い、純利益だけには生きず、行き交いするものの差異性を見つける事だ。事柄は偏りを示すが、偏向はせず、育む事柄により、中庸を保ち、均衡を補う。確信な私的に生い茂る猜疑心が織りなす、思いは、短絡的な懐疑を超え、憎悪に変わり、自己に帰還するから要注意だ、と告げ、脱すべきは、この身心に存在する顕在な意識の表面に存在する、倦怠感抱える嫌悪であり、懸隔を埋めるべく変節すべき事実は、高騰すべき意志に存在し、その意志に介すべく、この退屈からは、抜け出すべきである」 快活な日々は、後先を嘆じない。内包される事実は邂逅し、懇切仰ぎながら、染み入る思いに返還され、 去り行く季節も、機影を残し、純情に行き交いし、介すべき愛に手解きを受ける。 差ほども無く、散逸構造が織りなす現在に顕在な意味が詰まるように、と理性に犇めく 理も、壊すだけに瓦解し、滾るものだ、と限りあるのは、自己が止めるだけに有り、 その有るものに、縋れば縋るほど、しがみつき、死する時には、後悔滾らせ、顕然たる由縁も忘れ、 懸隔に止まり、蒙る意味すらも失い、続けるだけに、痛みを抱える症状は深まり、向かい打つ事すらも、 厭わしくなる限りであるから、その思いを数秒で退治すべく、ここに置いていく感情を用い、 対すべき自信を超えて下され。滅せれば後先は深みを増し、判然に突きつけるものなどは、 何の応えも、理も持たぬものなど気付く要因になるように、と願う。

懸隔を求めぬ精神。

謹厳たる由縁が、生活の為、とは見苦しい、と語る。快活に生きる為に、奴僕であらず、闡明な時を引き摺り、 要する形に収束し、翳り有る日々に損壊する面影などは、誰も喰わぬ。 知らぬ顔が通り過ぎ、やがて誠実な思いを託しながら、近影滾らせ、雲隠れする思いに飛散する 要理が心に交錯し、純真な時を育ませ、何事をも、謳歌するような日々に可決し、我の鼓動だけに、 反し、やがて清潔感に溢れ、購う時も霞みながら、徴候示すまで、この闘争は永遠の進路を歩み、 機械化しない思いにだけ、重複し、服従すること無く、純真無垢に希望を託し、延々、と荒みながらも、 悪意の深淵に荒みながら、真影重ね、悪意、とは何であるか、と問う。正義を掲げ、行為に及ぶ事も、 悪意の始まりのように隔意に迫る。贋物の違憲を配り、絶え間なくたゆます思いに、繰り広げ、 断続的に締め付ける予感は、何事をも超えるべき思想を用い、混沌、とした時代の標記、となるべく、 格別な時を与え、称え合うように、引き落とす。そこから上れない者は、確実性を失い、実装を無くし、 競う事柄だけを求める駄馬である事を知らぬ限りは、あらゆる時に雄志を持たず、有する事も無く、理を 批難するだけの起算主義者のままで、生命の互恵を失い、互換されるべき愛を持たぬままに、 陥る闇の支配者、と化す。 耽溺する数多は、端的な面影を引き摺り、重々しく行列を成して居る。群像は絶え間なく美醜の愛を放ち、 簡素な時代の強固さだけを保つ。制限も無く事柄に息吹くようで、殆どの割合は、無駄な足し引きを続け、 達観するような感動を持たず、淡々、と進むだけに、心は荒み、翳るだけに翳る。 創造性を持たぬ者は、建築的に自己否定し、反する心を持たず、反感買わぬように、と事なかれに進む。 泣く泣く思う日々も、無くしたものの大きさに耐えられず、引き裂かれるだけに、渇する。 庇う思いは、併合されず、泡沫の心に締め付ける思いは、競合すべきものを持たず、脅威にならず、 共鳴すべき対象を持たない。 「購う魂は思惟を重ね、道理を求め、同感者を探す。寒暖差に押し寄せる孤独を単に埋める為に、同感者を探す。簡素な愛は、そう述べる、と光年漂う、始まりの足枷にはめ込まれ、絶えず、届かぬ思いに飛翔しよう、とばたつき、自らを傷つけよう、と詮索する。忽ちは宿すべき愛に花開くべきだが、失われたものを理解しない限りは、その限りあるものに止まるだけの憐れみを被る。その被害者意識は、恰も利害を求め利便性に猛る愛に陥り、利己的な思いに止まる。それが人間本来の形であるならば、その形などは、捨てて、身滅ぼす時に有すべき代償を購うべく、自己の等差にだけ、生きるべきだ。交差する思いは、超差別的な事柄に不平等を押しつけるような、緩慢なルサンチマンたちの集合体だ。対すべきは、抗すべき自己を聳立させ、甘苦を持たず、単一な苦境に耐え、取り戻そう、とはせず、馳せる思いのままに進むべく移送する意識に情緒を残し、育むべく意識に徴候与え、果敢に挑むよりも、動静新たに、抗いながら、蒙るべき時間に葬る思いにだけ、素直であれ、と告げ、つくづくは重たく切ないものだが、緩慢たる由縁捨て去り、去り行く思いに生じる季節の面影抱え、霞むような心で、掻き乱すような要因用い、衝動的に行いながら、その行為の緩衝を知る事こそが、真実の愛であるかのような感触も放つだろうし、放たれる思いは、歯痒く刹那に絡まり、一時の有為、と化し、著しい季節に投函され、関すべき時間にだけ、介与すべき愛を反芻し、探したものも、なにものでも無かった、と思えるまでは、想い出に馳せる事も無く、面影は意識の表面で泳ぎ、弱気は、自我の表面で切望を繰り返し、陥れよう、とするからこそ、無心でありながら、情熱を託し、画すならば、この制限も無い、今に存在し、簡素な共愛に締め付けるだけに自己犠牲を放ち、奏でる愛などは、単なる自己愛に過ぎず、本質的な愛、とは、捨て去り身ごもり、見守る愛である」 制限無き痕は、センチメンタルな様相を放つ。短絡的な階段登り、凍てつく表情で、先の見えぬ山脈、と対峙する。 権限無いからこそ、この姑息な時間に及ぶべき愛にかまけながら、関すべき情意を求め、 混じる時を歩み、殺め食している意味を知る。 交換されぬ思いは、間隔にせめぎ合い、自己は異議を唱える。倒錯する思いは、御身を交錯し、 奏でる意識は、弱気に遡る。 更迭すべきは徹すべき事実に有する事実を放つべき意識を聳立させ、混同すべき愛に説き伏せず、 根底から溢れる愛に開かれるべく、育む事を忘れず、考えの数秒先を身に纏う事だ、と告げる。 償う事なかれ、罪深き者など、この世にはあらず、それは自分の作り出す権限が織りなす幻影で有る事を、 知るべきであり、有り難みを感じないからこそ、感覚に締め付ける思いは、重度の病理に犇めく。 ひしめき合うならば、緩衝し、お互いを引き上げる程の対立であり、立証すべきは現存する価値を超えるべき 価値に存在し、既存の意識が放つ常識などは、一銭にもならず、貴賤たる価値に陥るだけであり、 ありさまは程良く揉まれ、悶えながら、時折に有すべき事実に徹する。 知りもしない現状に至難は覆い被さり、誰にも介したくない、と思う日もあるだろうが、 介しているのは、自分で有る事を知るべく、この知りもしない現状を歩んでいる。 曖昧なだけに緩慢だが、自分の心に思う歓喜こそが、苦悩を瓦解させ、果敢に挑む事だけに、事柄を置き、 この執心迫る余波を撥ねのけ、嵩張るままに遠ざかる意識、とは離れ、 関する出来事に賞する思いだけに、抗し、この購う季節も思えば思うほどに、重みを感じ、 この重荷こそが、歩きを止めたり、早めたりもするものだ、と。

2012年10月18日木曜日

輪唱する感情は僅差を求めず関する夜に広がり続ける日記。

短絡的な夜は硬質な主観を宿らせ、目先の真実に打ち克つ。 かまける思いは、怠ける程に、諦念するから、重ねるべき事実にだけ、目線を与え、 購うべきは、夜に混在する意識の悲鳴に集結し、焼結した残り物にも無いから、と、 君の問題点は遙か午前を突き抜けるべく、夜の孤独には耐えるべきだ、と告げる。 忽ちは、蔓延る意識の共鳴を終え、夜の終着駅に着き果てていく。 配備される意識は、著明な朝を迎えるべく夜に絶え、夜に変え、可変する意識は、孤舟を浮かばせ、 ただ流れる意識の大河を進む。 聳えるビルに感情は無いから、と泣き崩れている君は、貧相な感情のペルソナ用い、 表情を殺めながら、次なる世界性へ、と繋がり、奏でる思いは、一生涯の幸福論を引き破りながらも、 本心では、真実の愛に枯れ果て、求めるだけに疲れ果てているだけに過ぎず、 私議を並べても、並べるだけに交錯し、奏でるだけに、孤独さの差異を広めていく。 広がる意識は未明の真実を食い尽くしながら湮滅し、何も残らない。 重なる意識は、高ぶるような愛を求めはするが、縋るだけでは、真実の愛には辿り着かず、 自然に行う行動により、行為は深まりもするが、深まり過ぎた愛は、依存だけに陥り、 自然体で有る事を忘れ、不安定に動作し、交差する思いは動作するほどに、僅差を求め、 感覚を失う。 退廃的な夜が理想を並べる。行進する思いは、交信すべき対象を持たず、自己に反射している。 流浪する感情は、恰も真実に目配りするが、くたびれ疲れ果てた思いは、何かに溺れたがるから、 それだけには、注意を払え、と宣言し、僭越ながらも申す意識に真実も無いからこそ、 真実など、と求めたくもなるし、短絡的な感情に覆われる意識に加盟される出来事の仮面を剥ぎたく、 敗退しても尚、萎れぬように、と闡明な意識を与え、讃えるべきは自己にあるが、緩衝している 現状や、現象が無い限りは、讃える事すらも、怠るだけに止まり、卑屈な感情に操作されるから、 それにも注意を払い給え、と奉る思いは、罰する事も無く、問題は、緩衝しながら、個人、と交差し、 実像に感傷を与えもするからこそ、誰にも罪は無い事ものだ、と告げ、突きつける思いは、自己にも無く、 何処にも無いものだ、とも思うし、弔う是非も、是認すべき事柄の両道を渡りながら、一つの結論に収束し、 正道に変わるものだ、し、出し抜けに高直求め、拗れる感情は拗ねるだけに、自己に纏わり付くから、 関すべき感銘な瞬間に感情は持ち込まず、傍観せずに、何だろう、静寂に身を置くような間隔保ち、 関する出来事の力の均衡を見定め見つめる事こそが、悉く覆う事実の嫌気のようなものも、 払えるものだ。 健全たる夜は弛みながら、伸縮を続け、行いの術を司る風景に宿すような、たどたどしい思いに 微量の、のどかさを与える。 届かぬ思いも、いつかは時代に生え、時間に伸びていく。 飛び越える意識は著明な瞬間に手解きを加え、施される思いは、高揚感蓄え、 対すべき事実の枠組みを破壊し、掃き溜めの泥濘に嵌まる人々を昇華させる。 感銘な主観を持つ今が咲き誇り、先々の陳腐な絶望を打ち砕き、関すべき事実を孕んでは、 蔓延る意識に虚名を捧げながら、逆らう意識は、高潮を続け、超越する意識は星々を超え 遙か宇宙を突き抜け、歯痒い未然に対していくものだ。 少しの理解があれば、ありがたいが、その少しの理解こそが、屈折し、 屈託すべき事実に屈折していくが、行く末は短く募るだけに詰まるから、 生まれるべき事実にだけ、主観を与え関すべき慈愛にだけ靡くべく、 心はいつもピュアで居て、凍てつく今も季節を育みながら、永らくの間奏を超え、 簡明たる主観に愛が零れ、いつかの悲しみも、香しき瞬間なのだ、と思えるまでは、 生きて貫く意志である。 感謝。届かぬとも、いつかは弔われるべく進む行程にこそ、真実も奇蹟も聡明に輝く。御礼。

跳躍する思想。

枯れ葉落ち、凍てつく風もほどほどに、法則的に羽化する自然の摂理も堂々、と 御身を包み、行為に基づいていく。諦観する意識は、証明すべき事実の後先に立ち並び傍観続け、 並ぶ事にだけ意味を求めている。 盲信する意識は、低迷する予感にだけ靡き、誰かに裁きを加える為に、卑賎たる予見を貫いている。 償うべきは、弱者にも権力者にも無いが、内観に染まる壮大な理論は、徴候に偏りだけを示し、 一つの主義や、観念概念に倒錯する。 散じる思いは実用性だけを求め、大量生産を続け、凄惨たる由縁に滞る。 行為もそこそこに、損なっている事も知らず、そぐう日々では味気なく、深淵に滾る瞬間に羽化する 感情にこそ、真意を与えたいが、混濁し、昏倒する喧騒の彼方では、何を思えば良いのか、と告げる 雰囲気も、損なうだけに絡まり、重なる思いは兌換すべき愛を持たず、饐えた愛を放ち、 依存し、鑑査し、検査し、僅差を求めながらも等差に蹴落とし、開花を求めても、水は与えず、 購い踊り、へつらい驕り、緩和せず対話し、対価を求め退化し、寛容な主観を持たず、 瞬間に入り浸り、止まりくたびれ腐るだけに絡まり、嵩張り滞るのに、効率求め、好印象だけに溺れ、 光陰に滾る時間などは、思うだけに朧気で、思えば思うほどに虚脱していき、行く末などは、 儚く短く、自覚した頃には、総ての現象は佇む影に覆われ、惨めだ、と嘆き起算するだけの感情などは、 加算すべき事実にもならず、泣く泣く思うだけの絵空事に時を売れば売るほど、程良く絡まっていた意識は、 施される出来事に空回りし、重なり合い溶け合う意識に絡まる糸を手繰らせ、自己にだけ緩衝を求め、 姦悪に滾る思い、だけが感作を繰り返し、動作している意味すら忘れる事に限る。 懐疑者たちは、歓喜を求め大義には触れぬ。触れ合う意識の棘が刺さり、投棄される思いに苦笑を放つ。 散々だ、と謳うだけのものに、何のモニュメントは建たず、瓦解した感情に埋もれ、埋もれている事にも、 気がつかず、奪われるだけに頷き、躓き続け、拙い一生の結末を知った所に、与えられる意識は、 著明な事柄の瞬間すら掴めてない結末を負い続ける。 「連なるようで、要する意識は未明に軋み、奇しくも襲う瞬間に宿す要理を失う。根治すべき権限にも、抗すだけでは打ち砕けず、少なからず愛を保ち、反する意味を知る。反旗を掲げ、翻し、夜が啼き、朝が泣く。立ちこめる鈍磨な感情に名付け親は居らず、捨てられた感情にだけ、名付けるべき慈悲を問うが、淘汰された感情に鬩ぐ思いは、防ぐだけに塞がり、負債を溜め込む。俯瞰的に見れば、両道に抑止された感情に情動されるだけに、倒錯する情報は、抱擁すべき事実を与えず、単一な厳しさだけをナビし、示唆を続ける。資産繰りがどうした、とか五月蠅く、是認すべき税金などは無く、何故、統治され、巧緻に行われる事実の編み目に存在しているかを知らない限りは、動作し、感作している意味すらも、編み目に絡まるだけに、混沌、とし、知った限りに覆われる歓喜にこそ、苦衷も存在するが、そんなものは、聡明である限りは、眠れば忘れる事柄に変わり、代えがたい、と持ち続けるよりも、新しく用いるべく、捨て去り、得たところで、何も変わらないようで、得たものの大きさを知る頃には、代わり映えなどは求めず、進み続け、新たに得る事の意味を知る事の方が、大きい事を知る、し知らなくても良いことだ、と促すよりも、少しでも呈すべき意志に混じる方が、より良い明日の煩わしさも、少しは、マシになるものだ、と真面目に語りもするが、建設的に勤勉であるべく、弁解を執り行い、それを問い質すような事になるのならば、この思いも、考えすらも数秒で捨て去り、廃れるならば、廃る前に行う事により、より良く思える日々が厚みを増し、盛大に生きるべく正確性を求め、感銘たる主観を求めるからこそ、収束する意識には、著明な主観を求め、混生滾り、倒錯する現在だからこそ、開くべき意味合いだけには、謙虚でありたく申し上げる故に、この心は相乗作用を求め、行動にどうこう求めるよりも、より良く思える価値にだけ、混在していく限りでは、ある」 どれほど長く生きよう、と長い目を持たない限り、短い限りである。 限りある事を知らないものは欲動だけを続け、高貴さを保たない。穢いものだが、穢くあるべきでは無い。 穢いのならば、なるべくは穢く無いようにするのが人間の摂理ではあるが、 世知辛く味気ない風景は、穢く生きる為に伸ばす術のが、多い、と語る。 固まり滞る意識は、澄明な終焉に靡き、嘆じる事実の始まりに出戻りながら、また終焉に進み、 終端の崖に立ち尽くしたところで、総ては瓦解し、生きていた所をシャッドダウンさせる。 社会性は抜きにして、人間性で語りたい、と思う。 社会性などは、単一な太古の制度が形を変え、恰も時代に合ったように形を変えただけであり、 どう、民衆を操作するかにより、形を変えるだけの横柄さだけを蓄え、差異を持たない。 最たるものは、憐れみにも無く、関すべき行動に自然性を持ち、混じる先に命じる事無く、 未明に席巻されない為に、徴候を与え、自己が超域に達するべき所存を用い、 生じる先に転じるべき行為を求めるだけに、咆哮重ね、加算すべきは、何かを知る事に限る。 所定の事実などに、定理は無く、定義を求めるだけに、止まる。 投棄された意識に目配らせば、自ずと浸透していく意識に存在する意味こそが、総ての意味を司り、 総ての嫌忌を打ち砕き、禁忌を持たずに、進む意志の始まりだけに、 総ての均衡は存在し、力の緩衝を保ち、現実に連なる。

忽ちは互い違いに交差し高揚を続けるべく緩衝する。

御前は、依然、として儚く小さい。物々しい風景は美醜を溢し、揺籃に囲われる時に静寂を蔓延らせ、 せせらぎ謳う風の道理に導かれ、可憐たる余韻にだけ、心残りを迂回させ、限りある時間も、 同じ時を迷妄しながら、夜明けを待っている。 物質は、正義では無く、漂う雰囲気にも、結論は無く、見定める日々にも真実は無く、 実景すら無く彷徨う毎日に自然、と絡まる幻影が御身を包み、弊害を募る蜃気楼が、目先の真実を笑い、 形容を求める時は、寂れた感覚にちゃちな問題を跋扈させ、言葉も詰まり、募る思いは、傷痕を撫で、 心許ない主観は求め合うだけに呼応を続け、連なる意識は、広大な意識に変わり、 導く日々も、徒然、と尊く、統覚を目指し、遙か予見を蓄え、虚偽の永遠を掴み、 訝る季節を踏み荒らし、求め合う心は、終焉を撫で、蕩けるような愛に乖離し、嗅ぎつける思いは、 傷痍、となり隣人愛から離れ、尊く謳う高貴たる瞬間の惨めで、未熟な愛を説き伏せ、 整合すべき感情は整わぬままに、訝り続け、償うよりも、各々の、激しい動作により緩衝する夜は、 誇大妄想の花を咲かせながら、誰が偉いだ、とか、誰が何を得た、だとかだけに五月蠅く付きまとい、 紛い物の道筋に建前を売りながら、高騰する意識は、そのままである事を、恰も正しいものだ、と告げ、 申すべき事柄も、盲信、と変わり、効能だけを求める意識は、誰か、と媒介し、その賠償を求めるだけに、 絡まり、厭わしい雨もセンチメンタルなメタファーを通過し、通過儀礼を終えた強硬たる心に締め付ける思いは、 何もかもの、距離を縮め、小さく纏まるよりも、当たって砕け湮滅するまで、この纏わり付く日々に、 終わり無く続く日々の断続的な由縁を千切り、凍てつく夜明けを待ち、刹那に絡まり、 荷担すべき明日も、感覚に淡々、と靡き、関すべき愛にだけ飢渇する要因だけを孕み、 歯止めも無く織りなす瞬間には、無駄なものが多すぎるから、と倒錯し、等差ばかりを求めるよりも、 より良く築くべき整えるべき心に揺らぐ瞬間に存在する、聡明な瞬間にこそ、宿るものも多く、 それを止めている限りは、止まるだけに、投じる意識が低迷し、明確な主観を失い、 運ばれる意識は、プラトニックな夜の身心の交錯を終え、本質から結ばれる余韻だけ、へと化し、 投函すべき心に収納される思いだけが、見収めの期日を彷徨い、印象に生え、総ての心象に繋がり、 負担すべきは、心に無く、何処にも無く、多分、分裂した主義思想が背負うような観念に聡明な 主観も無いからこそ、瞬間に加算すべき愛だけに、心打ち解けるべきだ、と物事の多くは語る。 「詭弁を用い飛び交う意志は、白昼夢に刺さる。萎靡沈滞する意識に手を伸ばす者は、同情だけに盛んで、自己の形容を保つ為に、その行動に対しては、狡猾である。私は物々しく冷たい。物悲しく荒むよりも、堂々、と進むべく、この荒淫たる瞬間だけに存在する。聡明な気持ちは、行動を続け、奏でる意識は、依然、として高みの見物には、陥らず、また平等たる由縁すら無い。向上心は、同情心を引き裂き、絶え間ない鼓動を彷徨いながら、一つの生命に結合される。姦悪は潰され、見違えるように程良く絡まり、突き抜ける思いは天を突き抜け、地上に帰る。干ばつする思いは、同情を求め、同意を求め、独りよがりに結論を得たがる。得たものを、広げるよりも、広がる意識にまんべんなく降り注ぐ不利な現状にも愛を用い無い限りは、簡素たる時代の延々、と貪る雰囲気に飲み込まれ、恰も自分は生きている、と思われるような感覚だけを保ち、喰わされ、咥えているだけに過ぎず、過ぎ去る意識は明瞭たる主観を持たず、恰も、自分は正しい者のように、と願いながら、道徳の本質見抜けず、押しつけるだけに翳るものこそ、信ずべきでは無く、泣く泣く思われ、連なる意識は、拙く蔓延るだけに、心に跋扈し、万世に吹き付ける鈍磨な思い達は、想い出にもならず、馴れ合いだけになりあい、なせばならぬ事すら、後先に繋がず、繋がれ、羨む目で見つめる先は、短絡的な嫉妬心に覆われ、憶えも無い瞬間に纏わり付く主観も機械的な能動性だけを保ち、行動性があるようで、それは愛を持たない動向により、機械的に蠢くだけの心に、何を説き伏せても、何を用いても、それは、持っていない、と同義であり、同例に反するように、この要理に嘆きは持たず、一向に過激であるべく、効率などは、一切の意味は持たず、持ちつ持たれつではあるが、持たされるだけでは、味気ないからこそ、神々しく生きる術を、此処に託し、託された思いは、純真な時に疲憊せず、顕然たる主観に立ちこめる道理を砕き、高貴であるがために、募る思いにこそ、超域に点在する意識の開花は、尊厳を求め、次の意識に進化し、シンパシー深め、心音靡かせ、馳せる思い募る思いの可能性に、効能を与える」 懐疑的にふところ揺らぐ。誘致する思いは遊離し、感銘な瞬間に理を告げる。 隔意に存在する間隔は、未然の事柄、と繋がり、著明な瞬間を進み、 滞る意識を何度も超える。 考えを持たないものは、読んでいるフリをする。感覚を持たないものは、煩わしい事柄を抜き、 笑っているようだが、笑われている事には気がつかない。 飢渇する本心は、本能だけに揺らぎ、表現を失う。 慢性的な日々に生い茂る意識は、高直な瞬間を覆い、判然たる主観を持たず 彷徨うだけに翳り有る時間に理想だけを売り続ける限りは、 その限りに詰まるだけに止まり、滞る意識は、革命的な生き方にそぐうべく縋るだけに止まる。 彼は肥えただけに止まり、彼女は肥えるだけに、凍えたままだ。 私は自己に弊害を与え、それを乗り越えるべく、目の前の壁に鉄槌を下し、 考えの考えを超えるべく感慨深く未明に散る意識の悲鳴のようだ。

2012年10月17日水曜日

たくさんの思いを収納した夜の日記。

愛とは、依然、として不安定な面影を漂わせる。代わり映えの無い日々に担うべき愛は、 程遠く、座り位置を変えては、見果てぬ日々を孕み、傍観する。 考える愛は、そこには無く、漂う自我の表面に存在し、顕在な意識を掻き乱しては、 未然の景色に消えて行く。 愛は、人を強くもするし、弱くもする。クヨクヨ、し嘆いても、儚さ募る、ばかりなりけり。 だが、何れか絶えて、また新たに煌めくし、グズグズ考えてても、致し方無く、当たり散らかり、また生える。 物理的な愛など、無い。有るのは、本心脱ぎ捨て真実から抜け出し、募る想いは、闇夜を劈き、 魅惑の地平に根差し、花咲く時こそ愛に成る。生きるための価値などは、邪魔で、 何かしらを貫くのは、絶え間ない孤独に誘う。たゆむ夜は、審美に輝き、魅力すべき愛に帰還し、 全てを包み、凡庸に長けては消え行く定めを用い、煌めく時を有し、卑劣な愛に嘆いては、真実の愛に帰還する。 見定めた、弛まない夢は、幻のように消え、未然を包む。 敬虔たる予感は、仄かに、身を包み、全容を照らし合わせながら、全てに嘯く。 日々の理は、既存に煩く、喧しい。疚しい本能は、煩悩を掲げ、弱気を吐き出し、 未収の夜明けを掻い潜り、いつしかの思いに帰依し、逡巡しては、再起を渡り、 心に光るシグナルが点灯し、全貌を照らし、唯一の結論を照らし合わせる。 整然、とした夜明けだ。静寂が濃淡に包み、果てしが無い愛が奏でる旋律が、御身を創り、 弊害無き後先を進む。先々は、足枷脱ぎ捨て、褪せる程の純真抱え、跡形を、進む。 魅惑の月が、嘆いては大気が心に浸透して行く。 私には、過去は無く、耕すべき道筋しか無く、行程通りに、進むべき印象がまとわりつく事も無く、 整合した精神は寛解し、程良く溶け合い万物に移行する。 私は孤独では無いが、孤独も愛する。相槌頷き、手放す時は、自然に帰依し、 さざなみ溶け合い大気に消え行く定めを用い、全ての理に映えて行く。行く末留まり、 行く先々に絡まる月日はやがて、切実な思いに重なり、見果てぬ時を優雅に過ごす。 褒めるべきは自分に帰還し、他者へ、と生えて行くものだ。 私は今、私に寄り添う者に、静謐な愛を配り、眠らせる。 私は今、私に抗する価値、と対峙し、静かなる愛に沈む。 時折は、憐憫に触れ、消え行く季節に機影を遺し、奇跡に変わり行く。 私は、縋る事無く、自然な愛に帰還し、誠実に長けて行く。 愚昧な空は語る。天秤にかけるな、我を踏み台に飛び立て、と。その代わり、我には同情するな、 飛び越えた際に、は絶えず駆け抜けろ、と。余りにも長い時間は、考えを多く含み、時間にまとわりつく。 弊害が包み、夜明けも待てぬまま、考えに陥り諦念するならば、朝陽を待ち、見違えるような瞬間辿り、 未来を劈くのだ、と。 一筋の光りが生えて、叙情に包まれる。来世が奏でる愛などは、名ほども無く、程良く通過し、 嵩まり長けて行く瞬間とは、比べ物には成らず、なり行き生えて永久に靡き、延々、募る想いが、 未然に瞬き、絶えず御身を包む。 この世界は、誰かの物陰に包まれ、有意義な時に平伏し、奉る時を有し、毅然、と入り組み、 逍遥を続け、稀有な奇跡に変わり、道筋捨て去り、嗚呼、長けて行く、 馴染むような時を加え、ただひたすらに、長けて行く。 感謝。天まで劈く思いは、誰かに緩衝し、均等に結ばれるべく、事物に生えていく。御礼。

偶像の時を進み現実味を帯び幻想に消え入る。

系譜は物事の後先に繋がり、見果てぬ現実に少量の懐疑を残し、限りある時間を進んでいる。 旺盛な季節は、弊害を作り出すようで、切りも無く補われる価値は、勝ち誇るだけに家畜化する。 現状は知り得もしない物事の転換期を加えながら、固執すべき心から厭わしい現状を拭い、 察すべき事実に返還される。 時折はロジカルさを失い、心有る現象にだけ、心を捨て去り、去り行くから、と嘆くよりも、 生きているから、と叫ぶ方が、より良い明日の表現になり、やがて勝ち負けも煩く、 荷担すべき物事の荷を下ろし、地に根差す。 忽ちは、神聖たる由縁を放ち、短絡的な観念を捨て去り、無に帰還する。 それが自然の摂理であり、切実さを蓄え生きた証も、いつかは標記、と化し、 誰かを引き連れ歩む時も、淫蕩たる由縁に引き裂かれもするが、引き裂かれた、としても、諦観する事無く、 進む限りに滾り、佇むよりも、進むべき意志は、ここに残し、残し者を食い荒らすだけ、にも批判を下す。 列すべきは、後先に無く、恰も迫る自己の世界性は変転し、変容されるべき事実に内包され、 節義を用い、自己に帰還する。 絶え間ないようで、物凄く短く、身近に存在し、聡明な瞬間を讃えながら、奉る時を交錯させ、 尖鋭な感情を摩耗させながら、円環な日々を巡り、手繰り寄せた、としても、互い違いに交差し、 一期一会に出逢い別れ、煩わしくも求め合う価値により、傷みになり、 何かになった所で、担うべき価値も見失い、見捨てられた、と嘆く意味を知らぬから、と そのままでは、誰も見据えはせず、世知辛い後先に足枷はめ込むだけに、止まるから、と告げる。 止まる思いは、物事の等位を砕き、屈折しながらも、絡み合う後先に偏向し、快癒すべき事実の 真影を撫で、現実に形姿を与え、帰依すべき巣箱も無いが、縋り付くよりは、マシである、し、 道理に靡く小売り化された感情に引き寄せられるよりは、幾分かは、マシであり、 加算すべき事実もそこそこに、損なわれるだけに辛辣さを溜め込み、 抱え込んだ心は滞り、渋滞しながら、先へ、と進みたがるから、余計に進めず、 進むにも、色んな方法論が模索し、交錯しながら、狡猾に襲う。 「夕闇迫り、勇敢な期日が遠回りする。訂正すべき事実は、高騰する意識に決算され、怜悧な動向行い、行動を模索する。定理に結ばれる不自由な意識は審査を繰り返し、代用すべき事実に寛容たる事実を売りたがる。潤う是非は、算用される事実だけに公算し、総てを押し潰す生きるとは、制限あるようで、何でも無く、又何も無い。私は何者であるかは、知らないし、知った所で、何になるか、と問いたい。問い質すよりも、遠くから見定め、気付くまで、優しく見つめる事こそが、物事の理で有り、理解を深める。だが、深見にはまる事無く、高みの見物に陥る事無く事柄は、ガラクタを指し示し、提示したがるが、従える新体を用い、何かを護るよりは、摩耗し、打ち砕かれる事に、より最もな価値を知り、諦めない心に、より進む事の方が、より良い方法論、とも言えるし、物事を包括的に見ても、はみ出す限りだし、出し抜けても、追う者居なければ、寂しいだけに止まり、孤独に稼働し、空回りしているようにしか、見えず、たとえ、賞賛を浴びても、そこに、しかとした、理解が無い限りは、虚しいだけであり、あった、としても、無いように、しか思えず、思われた、としても、だ。その先に思いを、貫く意志が無い限り、釣り合い求め、表面上の意識が与える曖昧さにより、緩慢さを蓄え、均衡を失うだけである」 時は、誤作動を加え、換算される事実に変換され、単なる数字に変わる。数理が示すものほど、 虚しい示唆は無く、資産価値がなんたる、やと問いたく、問いた、としても、 異端たる者の憐れ、と悲観する者たちは、立場を求め問い続けるだろう。 起算される価値は、自己愛に帰還し、帰結する想いは、自己顕示欲に変わり、 緩慢なナルシズムを用いる受動的攻撃に陥る。 鬩ぎ合う日々の犠牲者たちは、恰も、罪は力にあり、と宣言しているのに、 自分より立場の弱い者を見つけ罪をなすり付ける。対象を失った弱者は自己防衛に徹する事により、 最もな価値を見失い、疲弊するだけに、留まる。 考えの後先は概念に抑止され、恰も身動きが、取れぬもの、と叫んでいる。 境目を持たぬから、とレイシストは語るが、貴賎なカタルシスは求めず、帰山すべき頂上だけに、形骸を残す。 感慨は、表象に映り、概念を貫き、真偽を用い、自我に劈く。 鋭く牙を向く自己、と対峙した先に、尤もな真実も生まれ、新たな価値観により、この世を熱くする出番だ。

統覚を目指す愛は何事も求めぬ。

俗世は、あらぬ事で騒ぎ立てる。物事は世間体の軋轢を生みながら、不必要な高尚求め、行為に頓挫している。 地を這う心が、艶めかしく過信した、午後を徘徊する。 忽ちは、物々しい示唆を繰り返し、獲物を捕らえ、一銭にもならない、攻撃を繰り返し、 恰も壊死したような季節に転移すべき事実に媒介し、賠償の闇をくぐり抜け、陳腐な嘲笑を繰り返す。 雑踏は尊く結ばれる意識の先々を見つめよう、とはしない。至難ばかりが目先に詰まり、諦観に陥る。 察知すべき愛も微睡み、神経質になった心は、担うべきを愛を持たずに、眠りを妨げ、考え無い心は、 鈍感に眠り身動きも取れない、と泣き叫んでいる、が起こしてしまえば、何とも無く、何度となく押し寄せるものに、 対照すべき恐怖すらも無く、感覚に押し寄せる姦悪ですら、可愛い赤子のように攻め入る。 影は形を縁取るだけであり、そのありさまに示す物陰などは、価にもならず、権限にもならず、 為し得た、としても生ったものが熟れない限りは、枯れ果てるだけに養分を吸い取り、肥えすぎ 動こう、とした所で、はまり込む後先に、進めぬ是非を問うだけに、止まる。 慢性的な夜の気配が孤独な怪我人たちを、どんどん、と運びこぶ。運び込まれた者たちは、 闇に帰還し、気配を掻き消し、暗がりで、光り輝く者を、羨望の目で見たり、嫉妬の目で見たりしている。 足りないものを、補うだけの欲動者たちが、示す値は、貴賤な価値を用い、均等で有る事を知らず、 知らず知らずのうちに行われている要素は、意味合いを失い続けている。 悔悟を溜め込む心に押し寄せる荒波は、商況を失い、未然の心に押し寄せる結論により、 疲憊し、疲労した心は、知ったような口を並べ、黙殺すべき事実を遠くから見つめず、 見つける先も、最たる威厳を保ち、刻々、と濃淡な時間にせめぎ合い、関すべき愛に手解きを受け、 新たな日々を歩くべく、上向き生えては展開し、加算すべきは目先に有らず、全貌に構築する 偶然性を保つだけの、微粒に蕩け、慢性的な介意を求めるだけに、縋る思いが、卑下する日々こそが、 優劣を決めたがり、簡素な答えを罵り合いながら、霞む思いに、助長を託し、勤勉な物事の情緒を乱す。 「臍の緒千切り、凍てつく日々を歩いている。或いは、褪せるような瞬間に微睡む季節の抱擁に包まれ、虎視眈々、と狙う者たちの憐れみに触れ、触れ合うだけが摂理だ、と促す妥当な先々も、審美を失い、美醜を抱え、揺籃に荒む感情を置き去りに、変転する意識に微睡んでいる。リアリズムを促し提唱する。硬質な思いは、徴候を示し、死んだ星の光りを吸収し、察する思いを抱え御身に迫る。贋物を売りたがり、潤うだけの陪観が快楽を生み、階段をよじ登り、蹴落とすだけに、心を捨てる。廃れた思いは、主観を無くし、思われる事だけに主観を置く、雲泥に犇めく差別的な心が、示す日々は、断続的な虚偽、と愚意を彷徨い、陰影に滾る悟性を食し、高見し、達観したかのように、高い所から物事を見つめる。征服される意識は、肯定すべき現実を持たず、もたらされる事実だけに少々の事務を執り行う。関すべき時代性の隠棲者は、静寂に理を売り、自己に正直であろう、と高直に登る。交錯する意識は去り行く機影を遡り、過去の遺物でろう、と必死に現実に藻掻いている」 蔓延る意識は情景に託される。総ての狡猾な理論が建設的に押し寄せ、覆い被さり、去り行く意味を問う。 内積する事実は、傷痕、と折り重なり、愚かであろう、と必死に豊かさを求め、重ねる事実は、 正しき事実を忘れ、晴嵐を歩き、荒廃に生きる。 表裏に存在する事実は、悉く敗れ去るだけに交換され、物音も立てずに、物事の何たるかを問い質そう、と煩く、 凡庸な事実に本質などは、無く、真実は、心象に滾る表だった行動が示す事柄よりも、 深層が靡き、思う以前に行われる行動により、物事のどうこうは決まり、始まり褪せては飢渇し、 帰還すべきは、緩衝すべき対象者であるが、理論上に衰亡する毎日に押し寄せる緩慢な愛は、 金満を滾り、ちゃちな生活感により、物事のよりけりは、判断を失い、何をも得ても、何事にも満足出来ず、 耽溺するだけに、破綻し、破産した頃に気付く憐れみに、泣く。 持つ者は、高貴さを蓄えるべきであり、持ちつ持たれつで有る事を知るべき是非を問うべきで、ある。 曖昧なようで、殆どの差異性は、事物の二面性の均衡を保ち、混じる意味に託され、偶然のような必然に、 問い質され、去り行く現象の何事かを知る。 「知ったところで、何になるか、と君は問う。考えたところで、考えに追い付く事は無く、追い付いた所で、老い負うだけである、と君は諦観だけを仰がせる。煎じるべきは、専一な日々に存在し、損壊した時に存在する快活さに存在する由縁に混在する意識こそが、弊害を砕き、祈る手を引き離し、掌を天に翳し、振り翳される現状の傷みに耐える。届かぬ思いならば、貫き、突き抜けるだけであり、ありさまなどは、変貌するだけに滾り、限りあるからこそ、大きく小さく、屈託無い笑顔で笑いながら、忘れ去られた去り行く意味に問うべき理想も、いつかの現実に摩耗され、諄く付きまとう現象の原理を蹴飛ばし、生える瞬間の微量の愛に気がつくべきであり、愛去れば、名ほども、何も無く、愛来れば、暮れ行くだけに、深まり、生えて未然を包み、全容を現しながら、欣然に進み、器用さを蓄え、もう何にも、騙される事は無いだろう」。

2012年10月16日火曜日

夜の造物を超え遙か無心な宇宙に帰還する日記。

冷静沈着に付着する夜は、解答を求める。ふところに隠した愛は、避難場所を持たず、 事ある事に変化し、違う場所で眠りたがる。 夜の邂逅を渡り、肉欲が指し示す、潤いも遙か悟性を保ち、中庸を保ち、均衡に晴れていく。 物々しく覆い尽くす時間が生み出す弊害は、考えに依存するからこそ生まれるものだ、と告げる 夜は、硬質な感情を保ち、笑顔である事を忘れている。 君に似合うのは、笑顔のドレスではあるが、如何せん疲れた心の軋轢により、動作を失い、 交差する意識にひけらかされる悲しみの四季により、不安定な大気が曇り空になり、 君の心に雨を降らす。 負担すべき愛も無く、不甲斐ない日常を歩く者たちにも、愛は均等に降り注ぐが、 不利な現状により、物事のよりけりが反し、君の心に乱反射する意識は、反す事だけに、兌換され、 加算される出来事は、高直であるかのように、君に押しつける闇は、苦境の因子を用い、 君の心を横領する頃、事実は批判的に疲憊するだけに絡まるから、 そんなものに、損得は無いから、と告げるが、依然、として償い求める者たちの、 物々しい思惟により、死活問題化している心に押し寄せる行動理論は、答えを持たず、動機を彷徨う。 粛清の闇が審査を繰り返す。クリアな感情は濁ったままに、目先に立ちふさがり、加算すべき 愛も散り散り、と消え入り、本質の神経に絡まる無意識の傷みにより、 物事を小売り化し、高利貸し達が蠢く夜の借金をかぶり、まさぐる意識は、また帰るだけか、と嘆いている。 上向き連なる夜の星空の大河を渡り、果てる思いは、一つの星屑、と結合し、結論などは、 必要性も無い事柄だ、という事にも気がつくが、画期的に生きるべきは、生きる術に結論を得るべく、 蘂を伸ばし、使命を探る動機で有る事を教えたく、行うよりも、この夜の驕りを掻き消すような 渇する魂に位置づけする凡庸な出来事を説き伏せ、出来合いの真実に行き交うよりも、 要理を知り、考えの奥底、つまり深層心理に存在する赤子のような陽気が指し示す事に、 事柄に赴き、誘うべく、手を伸ばす。 弔うべき是非を保ち、是認すべき愛に帰還する。君の太ももは世界性を保つ愛そのものだ。 君の起因が示す愛に靡く私は、整合される意識の道理を歩き、神々しい時に挟まる。 煮詰まる思いは重用されない意識に高騰し、凍えた意識を調和する。 それが何よりも幸せで有る事を知り、もたらされる出来事を覆う物事のリスクなどは、 リスクにもならず、単なるリズムで有る事を知る。 温め合う時こそが、緩衝で有る事を知り、陰影に滾り嘯く愚行などは、見ない事にしたく、 この生きる支度も勤勉さを保ち、総ての差異を行い、現存する価値の現況を取り除く。 一見ロジカルだが、閑静たる永遠を進む感覚は、未然の地球の子宮から抜け出し、 解放感漂う宇宙の標記、と化し、漂流する。 倦怠する意識は懸隔を失い、感覚で進む。 行き交う数字などは、単なる出来事に示される値で有る事を知り、 この命に押し寄せる数理などは、数奇な出来事により、起算はされず、 気泡のように消え入る。 本質などは、短い摂理を溜め込む実像する主義が陥るだけの意志であり、 そのようなものの差異に憐れみ放つよりも、この夜が指し示し、引き延ばす永遠を彷徨いたい。 感謝。諸説に空回り、絡まるだけの日々に結論は持たず、 先々に示される鋭意が刺す傷みに耐えるような意志でありたい。御礼。

創世記から連なる意識は未然の意識を改竄し燦然たる意識を封鎖した。

アニミズムは示すアニマは聖母の形を縁取り、物々しい星屑に帰依し、敢行すべき事実の曙光になり、 事実を照らすべき事実の非議を行いながら、貧相な情況に帰還する。 飢渇する精神たちは、立場を求め、奉るべき事実の奉納を終え、照合すべき事実の対象を持たず、 自己に止まる。統制すべき起因に示す自己顕示欲者たちが、欲動し、混生し、悪意に根差される。 願うべきは、淫蕩たる権限に示されるだけに締め付けられる心を拭うべく、用いるハンカチも、 反感に濡れ、正式な意味合いを失いながら、内観に示され、締め付けられる思いは、応用されるだけに、 呼応し、何かに雇用されるだけに止まる。その意志に思われる重荷は、文句に変わり、不安に飢餓し、 飢渇した命は、居所を無くし、訝るだけに過ぎ去る。 示唆すべきは君に有すべき事実に徹す出来事の構造に示すべき、高直であるが、 尊く思えば思うほどに、この弱い心、と言うものは、不安に陥り、先々の真実を見よう、とはせず、 見せつけるだけに守る心は、自己を身ごもるだけに止まり、とどのつまり統覚を持たず、 感覚だけで示す行動性は行為を求めず、抗するだけに徹する。 定格を求める日々は品格を失い、雲泥の差を知らず、しらけるだけに止まる。 毎日は浪々、と変化し、簡素な状態も流転を繰り返し、理想を奏でる。絡まり合い、持った所で、だ。 先々は沈積する出来事の鑑査を繰り返し、審査を繰り返し、壊死するだけに損なう。 心が壊死し、永遠を失い理路整然、と進む意味を見失う。 混ざり合う意識は、身動き取れず、途切れるだけに、消え入る。 本性は醜いものではあるが、目線を変えれば、目先の真実などは、可愛げの有るものであり、 出来合いの真実を並べ、それを打ち砕くよりも、より良い日々を用い、安静に過ぎ去り、 心動かされる時折にだけ、交差し、降誕すべき事実にだけに、産まれたいものではあるが、 如何せん、教育の本質が正さない限りは、歪んだ思考は歪んだ思想に成り得、 自己同一性は緩衝すべき事実を持たず、自己の結論にだけ乱反射し、それが示される心が、 流浪し、結合しない意識の表面を彷徨い、不安に変わるだけの事を繰り返し、 内包される事実などは、傍観し、軽々しく思いぐらい、のがちょうど良く収まり、 収束した事実に存在する出来事の本質の汚らわしさも、屍、と化し、自分の未然の肥料、となる。 「内観に詰まる劣悪な主義により、物事の善し悪しは、暗影に募り、心に重複しがちだ。刈り取るべきは、この芽である。解答すべきは、対象に有り、緩衝している自己には、無い。自分の考えのようで、殆どの現象は、誰かの打算した応えの断末魔のように、心に生い茂るものである。輪唱している心の表面に浮かぶ自我は、簡素な状態が指し示し、起動するだけの自己防衛の木霊であり、恍惚、と示す先々に跳ね返る事柄が濫觴し、自己に、帰還する。悪意は善意の始まりであり、悪意を正す事から善意は専一な主事に代わり、嫌疑を悟り、善意に生きる先々に存在する悪意は、自己に投影される自己の悪意そのものである。善意を用い権威に対する事も悪意であり、悪意を用い善意に対する事も、善意の始まりであり、曖昧に指し示す事柄ばかりが往復し、横柄な価値を突きつけながら、毅然たる意志で突きつける意志は、善悪を持たない。善悪を考える事が、善悪の始まりであり、どちらも均衡を保ち、緩衝しながら、均等に配られる。どちらかに生きるのならば、善悪のどちらも知るべきで有り、どちらかを嫌う事により、総ての価値は、偏り、どちらの本質も見抜けず理解せず、毛嫌いするだけに止まる。そのような者に、倫理を語る術は持たせず、偏るだけに損得勘定だけに陥るだけの者に、権利も与えぬ。嫌疑を用いる者に聡明さは無く、殆どの差異性を失う。促すだけでは愛は無く、愛を用いる事は、両者の緩衝に示される差異性に存在する価値の本質を見抜く者こそが、一つの時代を築く。傷口を模索し、毛頭割に合わぬからこそ、この姑息な時間に指し示し、刺し違うだけに殺める日々の憧憬に対すべき対象を用い、凄然、と生きる事こそが、本質であるかのように、自然だけは、決められたかのような、答えを打ち出してくれる」 明けても暮れても、日常は晴れない闇だ、と果てない御前は叫ぶ。 磔られても尚、正気を保ち、誠実である者も、醜い価値を貪る餓鬼により、改竄された意識が、 この未明を創り上げ、購うべき時代を操作した。 何処にでも存在する聡明な価値により、よりけりを判断している意志は、 ずっと明瞭さを失い物事に不本意な意志を突きつける。 償うべきは、この育みに止まる贋物の価値が織りなした進化の過程に追い遣られた 太古から存在する遺伝子の回路に操られる価値により、罰せられ、消された能力を、 どう蘇らせるかにより、この事柄たちのよりけりに、どう対するかにより、堅実な意味になるか、と。 「この現実はスキゾフレニア化し、簡素たる情理を剥がす。理念は浸透し、必然に変わり、実務を砕く。仮説は真実に変わり、信用されるべき時期に交差し、高揚感を蓄え、択一な事実に変わる。目眩く次なるページは成り行きのようで、決められた法則性を保ち、咆哮を行い、報酬を得る。艶麗たる日々に輪唱すべき邂逅を歩き、胎動に用いるべき本棚にタナトス埋め込み、対すべき事実の高潮を歩き統治されない心にこそ、今世を抜け出す現況を作り出す」。

高直に警世すべく移行する意識の等差。

読み取り書いて募る先の精神分析を超える。徴候が示す値は依然、として物事の価値を決めたがり、 内心から溢れる弊害だけが、目の前に建前突きつけ、激しく消え入る本心も高騰すべき意味を持たず、 重なり合うだけに、併用され、もたらされる出来事は、不本意に靡く、。 絡まり合う意図は、力学を失い、自壊する事無く、崩れ去るだけに消え入る。 本質は短い螺旋を描き、自己愛に帰還し、隣人愛に昇華すべきだが、如何せん、軋轢に悪化する本心は、 本質を見失い、嘯く尾鰭につかまれがちだ。聳える意思は、昇降を繰り返し、徴候を示す。 陥る先に求めても、落ちるだけに加速する。考えは表象に浮かび、概念に帰属する。 忽ちは、空想的な時間を操作し、思うから、こそ姑息な場面が連なり、身動きを止め、 酩酊する命は躍動を失い、隔意に示すべきベクトルを見失い、力に遂げる意志を失い、 どれが、懸隔なのか、と彷徨い果てて、見果てぬ現実に、現存すべき価値を用いず、倦怠するだけに 止まり、瞬く間の命に寡占者が募り、緩和すべき愛を持たない。 持つべきは、心象に滾る永遠性の真理の夜明けの余韻であり、暗澹に靡く感情にそぐうべき実情を用い、 闡明に生きるべき支配から抜け出す事である。 考えが持つ支配からの脱兎は、偏りを示し、暴利に移行し、奪われていた者も、奪う者に変貌する。 偏り示す者は、権力に弱気を示し、従わない事を思う事により、従い平伏している事に気付かない限りは、 自由は一向に来ず、朽ち果てた主義の血筋に彷徨い、覆い被さる時代に支配される。 心が自由であれば、バラバラの意志で有ろうが、一つの結論に結合するであろうし、 購う先に有るものが、どれ程貧しいものかを知る。知り得た所で、為し得ぬ価値を持たない限り、 限りある時間に支配され、機械化された魂は、機会を失う。 見失った先は、転移すべき均衡を持たず、緩衝すべき対象を持たない。 対立する意識、つまり自己に存在し、鏡面に立ち尽くす自我が見つける先々が、不安を意識の表面に配る。 鑑査すべきは対象が持つ、肯定的な自己愛から離れ、どう対象に移行するかにより、物事のよりけりは、 大きく変貌し、高揚託し、昇華し、先々の陳腐な出来事の断続、とは、何たる軽々しいものか、と言う事を知り、 現存する価値には操作されず、扇動する衆愚が用いる情報操作に倒錯するような、差別、と分別を拭い、 関すべき愛にだけ、緩衝を行い、僅少に備わる差異を用い、総ての結論に愛を用いる。 損なうべきは、退屈に起算される現存する価値に存在する。 忽ちは、風貌を失い、未詳の事実に塞がりたがる。互い違いに示す値は、誰彼構わず、否、と告げ、 償うべき価だけを示し、それを罪、と呼ぶ。 要理に示されるだけの怠惰な価値により、時化るような雰囲気は、閉塞感に変わり、 神々しく生きる価値を見失い、未遂の愛に倒錯する。 価値観は人それぞれ、と言うならば、それを示すべき本質を教育し、人間性を改革すべきで有り、 労働に本質は無く、行動に帰属すべき事柄だけが、事実であり、哀感に犇めく感情は、 勘定になりさがり、勝ち誇るだけに、兌換される価値により、感化すべき価値も饐えた表情で微睡む。 紛い物を配った数千年の事実も正しかろうが、それを超えるものを創造しない限りは、 限りある時間に抗すべきものも生まれないだろう。 妥当に生きる事に、然り、とは告げない。凄然が劈き、身滅びるように、要因に価値を突きつけるような 生き方を示すべき短絡的な道理に押し寄せる軽薄な倫理には、かまけず関すべきは、感情移入出来るほどに、 程良く溶け合う先々の意志の転換を求め、起源有るものにも、期限がある事を示すべく 続けた行いも、この目先に詰まるだけでは味気ないからこそ、回想を続け、一向に冷めない事実にだけ、 この心を売りたく致し方なく、行う義務を超え、凍える季節を超え、蒙る機影に聳え、後景に滾る 軌跡を歩む、訝る季節の奇蹟にだけ、兌換される単一な意志である。 「個体は滞り無く、示す意味合いをひけらかす。繁盛しているようで、割、と物事は、孤独さを保つ。均一に行われる自然性の物事の影で、計算済みの心を放つから、腐り果てるだけに嬲る。波風立てぬように、と余韻に要理を突きつけながら、顕在な意志の高貴さを保ち、幻影に司る検疫を通り、既得権が彷徨うだけの理性を潰すべく、惰性な事実には、簡素な理由は放たない。破綻すべきは重用されるだけの、恰も重要、とされる物事の詮索であり、懸隔は、未収の出来事により、混じる先々に天与され、擬態化し、果然に迫る。盲信している先には、必然性の邂逅ばかりが、訪れ、私は恐怖を持たず、虚位に鎮座するような心の彼方に存在する裸の王様に突き刺すべき言葉の槍を用い、嫌疑に悟るだけの時代性、つまり太古から続くだけの、奇想する価値が示すだけのルールのレールには、乗らず、のらりくらり、と彷徨うようで、真っ直ぐに見据える先の事実を蹴破り、見解も熱く、悶える先々の果肉に契りを交わし、心許なく求め合う日々の虚偽を討ち取り、教義を用い、親疎な時代の心音を聞き、規定されるだけには、止まるだけの意志が纏わり付くだけに、打算され、散々だ、と促すだけに諦観するだけに止まる意志たちの手を取り、精神そのものを昇華させ、時代を変化させるべく、返還し、補完し、保守すべき事柄の近影を掴み、悉く散るからこそ、この命の存在する執心も無く、無心に執り行う意識が改竄する階段登り、凍てつく風景に結合すべき、結論だけを与える」 ただ生きるよりも同封される同等の価値を用い、関すべき愛にだけ花開き、時折の高慢に鉄槌下し、 下向き、平坦に歩き、併合すべき事実だけに帰還するように、この居場所を指し示すべく、 この行いは永遠に止まる事は無い。思考は具現化せず、無心の表象に混在し、未明に散らばる意識が、 指針を加え、真相に生えていく。

2012年10月15日月曜日

夜の鈍磨さに与える直線的な愛に蒙る日記。

この夜は、何処に帰還し、何処かで破綻し、また紡がれ、繋がる意識に聡明さを売り、 物事の差異になり、反復しながら、一つの結論に収束する。 幾何の思いが、想い出、と重なり、重い荷物、となる頃、悉く散る定めである生命も、 一度きりの時に輝く。 加算されるべき慈悲が悶え、悶着している事柄に、煮詰まる思いが劈き、 未然の愛に花開く頃、誰かの愛は枯れ果て、果てない頃合いに詰まり、縋り付く夜に拘引され、 夜の微睡みに沈み込む。 根底は有り得ない程に尊い根源を用い、懇切する魂を彷徨い、所為になり、 担うべき時間に気配を残している。 機影に遡る感情は仕るべき慈愛に靡き、蟬蛻に消え入る本心を拭い、 総ての現象に絶えず愛を与える。与える愛、とは、求めるだけに止まるが、 無心に執り行われる物事に自然、と与える愛で有れば、止まる事は知らず、綺麗事だけには、往復しない。 横柄さを保つ愛は、毅然、としているようで、恐怖に震えて居るだけに得るべく、 得たものを、ただ配るものにも、引き戻される愛に溺れるだけの価値すら補われず、 補った所で、切なく、世知辛い雰囲気に包まれ、心象を絶えず襲う価値のよりけりを引き合いに、 平伏するだけであり、それが真実だ、と思っていた頃の自分を恨むだけに止まる。 等位を求めぬ夜は、静寂な愛を放つ。懐かしみ染み入るよりも、知り得無い事柄に、 行動を移し、鬱陶しくも示唆を続ける価値観が鬩ぎ合う喧騒は、ただ単に煩いだけであり、 このリアルさも、有り難みは無く、悲哀に嘆くだけに止まり、相対すべき真実を持たず、 吸い尽くすが勝ち誇り、吸い尽くされるも勝ち誇り、何が価値かを忘れる愛は、損なうだけに 聳え、相貌を失い、根源に彷徨い、健全な価値を持たぬ者により、どちらも搾取されているだけであり、 曖昧に知りながら、平伏す思いは、自明の理を持たず、悉く訪れるずれた価値観により、 引き摺られ、すり寄る思いにだけ、愛を放つ。 私は、タダでは愛は配らず、単なる愛をひけらかさない。惨憺に靡く真影に存在する君に手解きは加えるが、 その愛を知るのは、自分自身の行いを正す限りに尽くす者で有る事を求めはしないが、 持つ事を知るべきだ、とは言う。 もたらされる愛は、差異性を用い、この愛に反復しながら、誠実な時間に帰還し、 気配を察知し、探り得るものの憐れみを知りもするが、単一な愛は狡猾さを保ち、巧みに操作し、 心無い者が受け入れる価値により、動作を失い交錯していく。 行く末は未然の虚偽を突き抜け、併用される是非に反し、蔓延る時間に帰還する。 正常たる意識に聳える足りない日々を補うだけでは満足出来ない、と言い継げるが、 継ぎ接ぎだらけの堕落した時間では、自壊するだけに成り得、 先々に信ずべき対象を持ち得ぬだけに、感嘆溢し、邪心に溢れ、あぶれるだけに遠ざかる。 関すべきは夜は、還元されない愛に靡き、関すべき愛にだけ機影を残す。 懸隔を彷徨う願いも諦観を放ち、反すだけに止まる。 所々は喧しく、時々は静寂で、成因も歯痒く、馳せる思いは助長を溜め込み、 一つの愛にだけ、結合する事こそが、姑息な時間を拭うべく、 執り行われる愛により、資産を蓄えるべきで、ある。 感謝。感謝は還元されず、寛容たる時間に邂逅し、流離う日々に潤いを与える。御礼。