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2012年9月8日土曜日

唱和すべき夜の実体を描く日記。

今に縋る者は現在に窮乏し、現状の物事を卑下する。弱体化した感性は、体制に媚び得る。幾重にも連なる価値の比率を探り当て、顕在な意味にすべく、術を手繰り、多岐に刻む。右往左往する者の、最終結論は暴力。限りに固着し、諦念する者の結論は自死。私は教育に植え込まれる事を拒み、自己で考えを明かす為、自分で勉学を尽くす。与えられた答えに納得するような、小さな協調性は要ら無い。だから、と言って、高邁には生きず、高邁には陥らず、ずっと続ける事により、より良い未来の価値になる。自分の理性を保つべく、転換し続ける事が新たなる考え打ち出し、一つに固着しないからこそ、全体像を見極める者になり、更なる価値に上り詰め、高みに登り見下す事は無い。 夜の孤独な論理に片寄せ歩く。跪く風景は、狡猾に足元を狙う。強請る風貌は、歪な形を縁取りながら、ドラマチックに蠢き、初期衝動を使い果たし、疲れた身を引き摺る価値に結論を得て、諦め下向いている。それを補うべく、背後に吹き付ける追い風にも、動じない程に、君は疲れ切っている様相だ。様子を見れば、顕在な意志も、俯瞰に押し寄せてはいるが、それをつかむ為には、健全で居なければならない。 怪訝に押し寄せる風景は、寄せては返し、覆し裏側を見せ付ける。それに動じない意識を保つ事こそが、姑息さを消し去る、健全な理由であるべく、物事は全てを見せ付けてくれる。付いて回るものは、バラバラに主観を覆う。失ったものを集めた、としても、既存の価値を補うだけで、何の利益にもならない。尊く思える程に、有り得なく鬱陶しく患う価値ならば、今すぐ捨てたほうが、未然に防ぐ為の結論に変わり、全てを論破する強い心に変わる。 刷り込まれる価値に縛られ生きるよりも、拠り所も無く彷徨いながら、見出す価値の方に寄り付き離さず、時が来たら、変換し、自己改革を扇ぐ。 懸隔だけが広がる夜の秘訣を弄る。 持て余す日々にも、持ちつ持たれつな 甘い日々も酸っぱく、失敗だな、と 悲恋を見上げるが、比例していた 自己の屈折した価値により、 その失敗も、新たな価値になるべく 現在を引き連れ、未来に転じて行く。 哲学は逃げ道か、と君は問う。 思想などは太古に残った粕だ、と君は言い放つ。 それが無ければ、何故、ここまで主義は生まれたのか、と僕は問う。 法律然り、現況に連なる原点然り、それが無ければ、何故、人間性とは、 何かを求めるべく、自己の対話を続けるかの、答えの是非を問う為に、 考えを余すこと無く、使い切る為に、生きて効能を得る事が、 自己の幸福だ、と問わない君には、答えに然りも否も言える価値は存在しない。 見出すために、勉学に励まない限り、幸福に生きる事も、儲ける事も出来ない価値に止まり、 その先々に点在される意識は、誰かの展示品であり続けるだけに止まる風景の描写に過ぎぬ。 夜明けは未然に迫り、定積しながら、実装を補う。空想的な夜も現実性を求め、実景を積み上げ、 購えるような夜中の余韻を含み、堅実に実装に未詳の事実を補わせる。 補填する命の弾丸は、数えれば、残り少ない。限りあるのが、この生命の儚さだ、としても、 余りにも、無惨であるべく、散り行く、とは、誰かの傲慢のように感じるような夜も、 歯止めも無く感情の割合を吐き出し、猥雑な意識を掻き乱しながら、快活であるべく、理論を含み、 消灯される意識の彼方で、資質を生み出しながら、物事を蓄え、立証すべき真実、と対峙し、 旋律を加え、永劫の口腔に吸い込まれ、永遠性の降雨を超え、温める意識に聳える意識は、 著明であるべく、自己を顕示せず、うやむやであるからこそ、自由であるのかも知れず、 時は人知れず、愛しさを溜め込むが、金満な愛ばかりが徳、とされる時代に無益である、とは、 それなりの至難を加え、物事に逸脱していは居るが、この鼓動こそが、神秘を知る為の、 演奏であるべく、その辛酸な現状に聳える絶望を加えた、としてもだ。 この夜は吾輩を包み、我が灰を飲み込み、確実に現実に映えている、とだけ言い切り、 幾重にも絡まる夢寐たる合間を超え、流浪し、兼備する意識は思想を育み、距離感に無謀な事柄を 露呈し、嫌疑を深め、実装を見極めるべく、なるべく孤独、と対峙しよう。 感謝。阻む夜は、拒む事に対して、対立し、情緒を深めながら、マイルドに消え入る。感謝御礼。

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