2012年9月26日水曜日
夜の境界線を超え拍動する意識に佇む日記。
夜の徴候が、濃淡に靡き、永遠を創り上げていく。数億もの翳りを感じ、幾何かの秘密を受けとり、
浮き世離れし疎開した夜に鎮座する。
絶え間なく広がり、徒労を続ける疲れを放ち、内心では、ビートルズ的な耽美な愛が靡き、
震える風景も、宿無しで、結論付ける日々にも、多量の別れが降り注ぐ。
風圧に耐え、困難を困難、とは思わず歩く夜は、どれ程の価値があるだろうか?
何かを得て、増やすよりも、何かを失いながら、初心な心を保つ事の方が、よっぽどの価値ではあるが、
近代社会が打つ出す結論は、現在を守らず、成長を遂げる為に、絶え間無くふるいにかけ、
誰が勝ったか、負けたか、と五月蠅く。求め合う意識は生じる先の実景に佇み、
もうあるのに、未だ作ろう、とする、君たちの意識は生じる先の真実にはならず、
時折の欺瞞を放ち、反芻する意識に長じる現実を描く。
無知、とは清々しく、良いものだ。カモミールみたいな犬が産卵を続け、けたたましく唸る今が、
唱和を続ける。簡素な今が、情況を根差し、囁く今が、卑劣に嘆いている。
隷属する群像を家畜化させた罪は、誰かの過ぎる至福に奪われ、この延々に響く感受性のような
生動を受け入れ、生物的に広がる優しいネオンの果肉も幻に響く。
時折が肥大し、僕は蛹から、正義になり、会得する毎日に戒律は必要無く、空洞化している現状に、
受け入れるべく慈悲を蓄え、昇華し、退廃的な現在が一致し、悶えている。
総ての傷みを人間レベルにまで落とし、這いずる意識は、聳える季節を超えている。
滞るような意識も滞留せずに、夜の濁流に呑まれ、感情すら失う。
健全さを保つ者など、居るはずも無いからこそ、目指す正義もあるだろう。
根絶する意識は夜の共鳴を終え、全景に至福を与え、何かの功労を、心に打ち付ける。
不文律なようで、朦朧、と君の意識に入り込むような、いじけ無い媒体はせず、
触覚を羨望している今に広がらせ、君の心を掴んだか、と思えば、離すだけに過ぎず、
この追憶に脱線しない意識にこそ、夜の法則を破り、決定論的な道筋から逃避し、
渇望する季節感にだけ、無償の愛を放つ。
対立する夜は、保身を抱えながら、圧壊していく。遠景に爛れる胸裏に基づく使命感だけが、
この情実に存在する意識の道理を動かし、過信している現在に汎用されるべき
新たな価値を生み出すべく、算出を続け、現代アートのように一部には留まらず、
終端に靡く、その狂言を真実にすべく、なにものにも絡繰りはあり、目眩く真実にも、
答えは、殆ど一つであり、その答えを作り出した、過去の叡智も、生じる先に存在すれば、
それは詭弁である、と促され、どんどん滞留するだけに止まり、
疲れたら、立ち止まり、少し傍観し、広域に嘆ずべき、現在に必要なマテリアルを漁る夜は、
現代的にあらず、先々に遊離しながら、乖離した意識たちをつなぎ、指揮を行う。
指揮棒に掴まる蝶々も、美麗で、遊蕩に犇めく現在も、真相を失い、
貧相な結論を得ながら、統覚を目指し、懐柔に犇めく散じる有毒性の現実も、
投棄されながら、寂れる今に堅実な現状を与える。
感情を夜のペンキで塗りたくる。この心情を、微粒子レベルにまで圧縮して、
君の身心に響けば、幸福だが、如何せん、現実、とは酷なもので、
煌々、と唸りながら育む毎日こそが、至極であり、この現実の煉獄から、
抜け出す事こそが、人間の本能では、あるが。
私には、凡庸な平和は要らず、和平を行った、としても、その裏側でシナリオを覆す為の、
強大な愛憎が犇めきながら、投じる先には、何も無いからこそ、この起因も虚無にはならず、
積み重ねる程に、その胸裏の鎧を着込み、
重荷を抱えながら、主観に滾る現在も、何かに軽減されながら、
この夜の乾燥した瞬間に、未熟な恋を落とすように、と願う夜も、審美を忘れ、
懐疑的に痺れている。
感謝。聳える毎日は、過ぎ去るだけに、溺れる。老い耄れるのは、煌めく人を
卑下する者の哀れさだけが、収監されていく。感謝御礼。
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