ページ

2012年7月25日水曜日

極彩色に揺らぐ愛を掴む夜の日記。

夏は、どちらか、と言えば、嫌いな分類に入る。新陳代謝が、良すぎるせいで、総ての、度量を奪われる故に、 嫌いではある、が雰囲気は、好んでいる。少なくとも、夏の面影を吸い取りながら、この暑さに爛れる 心に、冷風を与え、厳しい暑さを乗り切りたいが、クーラーでだれた身体、と感情は、不健康な様相を保ち、 この繋ぐ思いも、立体感を露わにしながら、堅持する意味も忘れる程に、だれているが、 そんな事も言ってられないので、たたき出す瞬間を堪能しながら、物事の語弊を埋めたい、と思う。 真実の愛とは何だろうか?かまける感情は、訝る方に流れ、その動作を遅めながら、全ての現象を見据え、見透かしながら、この洞察も、夜に陥るだけの翳り、となり、隣に居たはずの愛は、孤独に縮まり、未遂の恋に靡いて行く。テイクアウトされる感情は、ファストフードのように、安値で消化され、加算される事実も、実用化され、その事実を貪るだけの感情は、無差別に、処刑される。耽溺、と放蕩が織り成す、絶対的な孤独に酔い痴れる夜たちは、恥じらいを識らず、その調べを、歩みながら、無垢たる自分に、足りない栄養素を補わせながら、自分、とにらめっこしている。 いびり合う街並みは、齎され無い事実に、飢饉を与えながら、潤わすだけに、利潤を含み、律動する風景を堪能し、納期される日々に、結論を得て行く。選りすぐりの日々は、少しの退屈さを孕みながら、全てを、完食し、腹八分目、という事を知らないから、欲望も増し、貸し付けらた日々を無駄にするんだよ、と夜風が、カタルシスを零している。結ばれ無かった、無数の愛たちは、その個人的な主事を、殺めながら、その過ちを認めず、過去に苦しんでいる。 かぶれる日々は、あぶれる日々を引き合いに、持ち出される感情、ありのままの日々、とありふれた日々を映し出し、誰もが想う、夜の孤独な鼓動、と入り混じり、その結論を終着させる執着が、集結する終点で、大きなターミナルになり、そこに存在する影とは、自分優位な現象を重ねながら、全ての夢想とだけは、結ばれて行く。 抜本的、改革を必要、とする社会を踏み躙りながら、手繰り寄せる日々の糸は切れ、散り散り、と消え入る今に納期する感情を代価に、進む夜は、憧憬に あどけなさを残しながら、嫌疑に悟る畏怖などを、はらんでいる。記号のように、はらんでいく、今も、行く末に、主義思想を持ち込み騒いでいる。厭わしい事実を含み、物事は、一つの結論を得ながら、結語して行く。或いは、分裂し、大塔していく事柄が、全ての邪魔をするのだ。 比する思いは、大きな結論を得ながら、その翅を広げていく。行く末に広がる未来を見られるならば、 呪術師にでもなって、大金せしめるさ、と君は、境目の無い風景に木霊する独創的な深夜を、 嗅ぎ取りながら、不死鳥、と化し、貸し付けられた身体を、あらがいながら、内面に染まり続ける粗相な、 風景に、コギトを打ち込んでいく。 センチメンタルな日々は、工事現場の、セメントなどと、入り交じりながら、その強度を蓄えて行く。 嫌疑的に司る風景は、その風圧に耐えながら、この長い旋律を歩いて行く。 空洞化を埋めるだけの、愛は、空しさを運びながら、その実用されるだけの、身体を、 何かに、靡かせながら、並木道を歩いている。 義憤に駆られる日々は、革命へ、と移行すへきだが、全ての意味合いに、解ける事実は、その意味合いを否定すべき一存を孕み、今のままで良い、と口裏を合わせる。 緩怠に戦き、揺らぎ続ける風景は、不平不満を並べ、主観的事実を見失っている。 見透かす人込みは、窮境に、磔にされ、怪訝な顔を並ばせながら、立ちこめる雰囲気に、惰性な真実を、 売っている。 蔓延るだけの、意識は、指針を無くし、目指す場所も無く、さ迷い、泡沫の自由を脱ぎ捨てながら、 空虚な家族の元へ帰って行く。原理を無くした理由を移送するだけの、コンビナートに流されるだけの、 感情を、大量生産しながら、宛らに突きつける意味合いを施している。 定位置に戻り、突きつけられた夜に、目配りするが、目覚ましい事柄も無く、静寂に包まれる今も、 不快感を露わにせず、抵抗する威力だけが、力学、となり、となりの便宜的な輩が、受け流す時間などを、 捕食し、この朽ち果てる情景も、自由であるべき、異存を保つが、何せ、金が許ない事実を、作り出すから、 姑息な退屈に埋め尽くされる。 この大義も無い時代。否、ずっと大義も無くさ迷う街並みは、主意に、注意を支払わずさ迷うだけに、さ迷う。 苦楽も、暗く沈む、事務的要素を孕みながら、全容を濾過する。更迭される意識は、 拘束されたままだし、出し抜けに何かを行う、と足を引っ張り、理解し合わず、認め合わないだけの、 反撥を生み出すだけの、世界に、何が、幸せかを問うが、一向にその答えは、固体化せずに、 情景に浮遊している。こんな事は、考えたくも無いが、考えたい夜に、適う事実ばかりが、乱反射する。 律動する風景が、聳立しながら、全容を染め、荷担される事実という、肩の荷も下りて、 下される今日の結末を浴びながら、浴びる程に、酔いしれる瞬間を失うのも、良いものだ。 感謝。徒然、と続く毎日に、均一性をもたらす幸福も下り、下される思いは、夜の徒労を脱ぎ捨てながら、 刻々、と朝に向かう。感謝御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿