ページ

2012年7月6日金曜日

可燃物なる不燃物を抱えた意識。

バビロンの犬も、マルクスの犬もうんざりだ。金銭を嗅ぎ取るハイエナにも、うんざりだし、おざなりにしている 感情にも、少しうんざりだ。促すだけの保守的な人間にも、うんざりだし、理論武装するだけの論破シストにも、 うんざりだし、この贋物の、陽気にも、うんざりだ。おざなりしている無関心な愛にも、うんざりだし、出し抜けに、 何かを、狙い、強請る事にも、うんざりだ。その意識に、引っ張られる濡れ衣の、ブレインにも、うんざりだし、 戦争屋の利権にも、うんざりだし、既得権益を守りたがる、資産家にも、うんざりだし、弱さを武器に、騒ぐ輩にも、 うんざりだし、この鰻登りに示す値に走る感情にも、少し、うんざりだ。この狂乱しているだけの、社会性にも、 うんざりだし、諦めるだけの輩の配る、批判にも、うんざりだし、強さを武器に、ばらまくだけの、意識にも、 うんざりだ。雲隠れする意識は、晴天だけを、待っているが、その先にある、黒雲にも、うんざりだし、 疲れる事にすら、うんざりだ。現金だけを用いて、権力を振り回す奴にも、うんざりやし、それに乗っかる奴らにも、 うんざりやし、この到底割に合わん輪になる感情だけが、誰かの、尾っぽを食べる事が、永遠回帰やねって、 打算する坊主にも、うんざりやし、俺は俺の居心地を確かめながら、この地面を撫で、この視察される意識に、 監視は要らん、し疑念も、義憤も、不満も、欺瞞も要らん。必要なんは、届かぬ天を目指すだけの、 転移する意識であり、パンデミックである。或いは、曖昧な技巧を積み重ね、偽装する意識に、指針を用いて、 この揺籃、つまり、この地球に根差すだけの「生」でありたい、し出来たら、性別も要らん。何か、言語すら要らん。 利用するのも、厭やし、利用されるのも、適わん。凌辱されるような風景に忍ばせる思いは、馳せる思いや、 何か知らんけど、総て、と繋がりながら、何かしらに、変わる、変貌するだけの、偽証を抱えながら、 何か掛け替えのない、価値を手に取り、それを守る為に、総ては蠢く。果てしながないから、果てがあるし、 そんなん掴んでも、何になるやろうとか、思うし、猫は一律に可愛い、し犬も賢くて、可愛い。 何か、そんなんでも、十分ちゃうかなって思いながら、超克する日々も愉しい。言われ尽くせん思いを、 抱えながら、総てを我慢して、その抑制される瞬間を放つ一瞬に、賭け事をしながら、時間を無駄にするんなんて、 阿呆のする事やし、僕は、この欺瞞流るる社会のジェラシーみたいなドレスを脱がす事に、長けたいだけであり、 損得勘定で生きる事も、辞めたし、況してや、下々の為に、生きる事も、辞めた。 脱ぎ捨てれば、同じ位置に、何かは根差しながら、矛盾を含み、それに楯突く意識にだけ、自己批判を続け、 その否定された部分を正す事こそが、道徳や、と思うし、それを知らん、と押しつける輩が一番、いじけない駄作、 やけど、駄菓子屋行って御菓子買いながら、困難ばかりやねって、初老の人に、押しつけても、 何か空返事やし、僕は空を見つめながら、少し捻くれた割合を算出しながら、産みの苦しみやねって、 母に告げてみるが、如何せん、意識が、空飛んでるような人やから、又、空返事や。 依然として、殆どは、空虚である、とニヒリストは語り続けよる。夜が深いだけちゃうし、朝も深いし、 昼は不快やし、不快指数は上がるばかりやし、税金の上がる一向やし、それを補う事もせん、と 無理繰りに埋めるだけの、秩序こそが、依然として、阿保である。或いは、もう資本主義じゃなく、 社会主義である。この不健康な政府をしゃぶり尽くし、骨の髄まで、搾り取るのが、財務なんたらであり このままでは、アカン、と思うけど、変える為には、暴力革命しか無いよねって思うけど、 そこまで犠牲を払って変えるべき社会なのかも、分からん。みんなが、求めている事は、現状維持の癖に、 いじけの無い事ばっかり言って、結局、僕も含め、自己保存及び、自己保身に生きるっきゃないね。 軟弱な誠意を押しつけても、厚かましいだけやし、もう詭弁はこの辺で、老いるだけの精神に預け、 そのシンパシーをスパイシーにして、その旋律を立て直すように、この議論にロンギヌスの槍を突き刺し、 終止符を打つわけにも、行かず、やはり、懸隔を繋ぐべく、デタラメに踊り続けたい。 まあ、打算される出来事の、論証を掴みながら、この情念を吸い込む、世界的な掃除機は必要である。 危害に触れん、と何も掴めないからである。無知で有る事は、幸せなのかも知れないが、めっちゃ勿体ない。 勿体ないオバケでは、済まさん事実であり、その恋情尽きるような、悲恋のリズムは、落ち込むばかりである。 大胆不敵に笑い続け、不適な笑みを貪りながら、不貞を狩るようなリズムは、踪跡を辿り、 総てを蘇生させ、創世に結ばれる。世は情け、と言いますが、そんな言葉も廃れた現代やけど、 大阪は、人情に溢れているけれど、結構言う事はきつい。けど、そんな中にも、温かみは、存在しながら、 やっぱ薄れている感情だけが、この閉塞感漂う、暗くも、明るいって言う矛盾を背負いながら、 晴らす出来事で、覆い付くされるべきだが、やっぱ骨抜きにされた、現代の車窓から眺める景色は、 重苦しく、一人一人に、何とも言えぬ情景が、のし掛かっている。 虎視眈々、と過ぎ去る風景に、想い出を突き刺すような、鋭い目線で、畏怖に悶える現代を計る、が みんなが、みんな、何もかもを見失い、誰かをカモにする事だけを狙うような、薄っぺらい、人間性、と 社会性を積み重ね、自分だけは、正しい、と組み替える事柄だけに、重きを置くから、誰かの、苦労も、苦悩も、 見られず、受け入れる事をしない。それは、僕にも言える事だから、総てを直す。正す意識なんて、 殆ど無いけど、少しでも軽々しい出来事に、重きを置き、その軽々しい事実に、重きを置き、 その種子に水を与えるような、動向に、行動を置いて、何時か花咲く事もあれば、何時か枯れる訳やし、 僕はこの全容を掴み、蔓延る意識に正攻法な事柄も、殆ど無いけど、出来たら、虚偽に生きず、 嫌悪せず、うやむやにせず、この世知辛いだけのシナリオを踏まえた上で、行動したいが、 やっぱ、超難しい。けど、何か、言い訳がましく生きるよりも、総てを吐き出す事に、専念する。 ホワイトカラーや、ブルーカラーは入り交じり、カラカラに乾いた毎日に、刺激的なアルコール落とすだけの、 日々に盛んな事実も溜まらん、したまらん出来事ばっかりやし、想定され得る出来事の常識なんてもんは、 誰にも分からん事やし、その最たる何かを掴む為に、茶目っ気隠しながら、勤勉に生きる不利を抱え、 縋り付くだけの理念に吐き気を催しながら、この近影に溜まる事実も、何時か走馬燈のように駆け巡り、 灰になって終わり、とか何か納得いかんし、如何せん、灰になったら、マネーに変わる、し 感染症のように蓄える感情は、依然として何かの組織を結ばれ、その神経を逆撫でする、とはみ出し者の由縁を 買い被らされ、ぶら下がるだけの連理になりさがる、とは、人間の条件を批判しているし、 この撒布される意識も、誰か、高明で著明なように見えるだけの、見え透いた事実を身に纏いながら、 踏まえる事実は、憤懣だけを重ねる。驕り高ぶりながら、誰かを否定し、疲労する心は、批判だけを続け、 その脱する毎日に、依存しながら、その総計を辿るだけの、理不尽さを、抱えながら、その努力にも満たない、 汚い事実を積み重ねながら、恰も、善人面するだけの、偽善者であるべく、生き方を構築する事に、 何の正義も、大義も無い。ただの愚劣さを極めるだけの、際物であり、その窓際から落とす嘔吐は、 自己保存の為に、動き回るだけの、理性を組み替えながら、恰も自分は「正しく」恰も、自分は「大人」である、と 語るだけ、語り、卑劣な現状だけを積み重ねよるけど、まあ何でもありやし、この意味すらも、何か、と入り交じり、 この投擲も、投薬され、延命するだけの、賢明な日々、と混ざり、この小節に与える意識だけは、高明であれば、 総て、尊し。善と悪を含め、その補うだけの、道徳をかみ切りながら、この長らくの日々の怠惰な堕胎をくり返す。

0 件のコメント:

コメントを投稿