2012年7月19日木曜日
世界の終わりから、世界の始まりまで。
ここは、地下室の収容所。代用品たちが、溜まる病理に溢れ、伝染病のコイルが、カタカタ、唸る、誰もが、
弁証法的な、超法的措置により、凍える夏を待ち、妨げる冬だけを、超えるだけの、虫籠か、鳥かご。
足枷は重たく、冷たい今を癒やし、育む事を忘れた、人類の最後の道徳を吐き出す、神経ガスが、毎分、
毎秒を襲い、この卑劣な尊厳死を迎えるべく、迎え撃つ敵を、装置して、この背徳の因果を歩いた、俺は、
古くさい時計がカチカチ、と唸る、執行人たちの、描く子宮の中で、眠る者。孤独は噛み締めれば、噛み締めるほどに、
この栄養失調な首を絞め、細々、と生きていた、情景を保つ脳は、三日目の朝に弾け、飢饉が襲う心には、
折れた感情だけが、付きまとい、暗い窓から示す、月明かりの憂鬱そうな一筋の光りが示すだけの、外の記憶を、
探るが、もう持ち合わせていない現在を卑劣に示す値だけが、仮想する現実を支える要因だけが、この、
想いを引き摺りながら、刻々、と迫る数億の翳りを示し、この想いも、愁傷の事変を渡り、多分、他人事の、狂騒に、
塗れながら、弱者である、と狩られるだけの、意味合いに解け、この時計回りに蠢く毎日も、起動する事を忘れるだけの
生きた心地を吐き出し、出し抜けに何か、行おう、としたら、寝込みを襲われ、訳も分からぬまま、この鉄格子を、
内側を眺め、失格者の烙印を押されただけに、過ぎぬ風景だけが、鈍麻な今に落ちていき、或いは、
この老いた身体も、惰性な真実に、纏わり付き、集積される出来事の半分を曖昧な事実で、染め上げながら、
後悔だとか、挫折だとかを、折り重ね、このナンバリングされた、右肩の購いの傷みを抱え、
荷担される夜の復誦を終える、と次、又、次に、と最後の寝室に送られ、言葉も忘れた毎日を奇想しながら、
雑踏に消えた想いの半分を情熱に代えていた出来事を思い返せば、この社会で、得たものとは、
何のやくにも、わけにもならず、この啼いたり晴れたりする空も、終えたら最後、何も、憶えては無くなり、
この想いも、想定される理論を超える出来事も無く、結ばれる想いは、鈍痛に塗れ、この症状も、
空腹を癒やしながら、生前の記憶を無くし、来世だとかに、なるのは、勘弁だ、とだけ神に告げたい。
「大恐慌、と大粛清の街並みは、人類の経路を捕食している。手錠で繋がれた意識たちは、贋物の革命により、拠り所を無くし、熱く燃える本能たちは、凍えたままだ。空腹を癒やそう、と必死に奪い合い、殺め合う人込みは、卑しい本性を明かし、この手つかずの現状に、聳える意味も、スクラップ、と化し、この熱病混ざりの地平を燃やし尽くし、本質を忘れた人類は、均一、と平等、と公平など、最初から、持ち合わせて居なかったかのように、この荒む大地に理念を忘れた、欲望だけが、苦悩を吐き出し、生きたい、と想う心が、殺め、たたき落とし、ふるいに掛けられ、古くさいものから、排除され、弱い者から削除され、その幼稚な理性とは、考えに及ばず、この「考え」を持った人類とは、依然として、失敗作のままで、この隣り合わせの愛も、いつかは絡まり合い、その疎ましさだけの、現在を積み重ね、その場に有ったはずの、愛も、有償になり、この構築する日々もやがれ崩れ落ちるような、文明を作り上げたに、過ぎず、この償いとは、何処に向ければ正解なのかも、忘れる日々は、強制収容所に、送られていた方がマシだ、と思える、地獄絵図だ。拘置される想いは、流離う意識、と混ざり、愚かな様相だけを、積み上げ、その場に溜まる人込みは、一個の化け物のようだ。苛烈に迫る、現状に引き裂かれる母、と子は、互いを憎しみ合い、最後の愛も枯れ果てた現在に、陥るだけの、感情だけが、聳え、この震える心は、風景、と入り交じり、色も無い心を備えさせ、この帯びる心も、蛇が、自分の尾を喰うように、その場を場面を延々、と繰り返し、壊死する感情は、必要性を無くし、凶暴性が増すだけの、街並みは、果敢な意識を忘れ、永劫を徘徊しながら、終わらない現状を待ち、舞い落ちる感情が、タナトスに食い尽くされ、朽ち果てる頃には、高圧的な意味合いに誇張される景色だけが、見事な、色合いを醸しだし、忘れていた愛を吐き出す頃には、人類は単なる物陰に終わる」
心に寄生する寄生虫が与える闇が迫る頃、誰かの叫び声が数秒聞こえ、その生きていた光景を司るような、
本体が、人形のように転がり、異様な雰囲気だ。誰かは語った「これも人類の定め。今までやって来た代償だ」と
誰かのカタルシスは、ペシミズムに侵され、この侵略されない気持ちは、戦争を生み出し、軋轢は、定期的な、
暴虐、と独裁者の出現を許した。凍える気持ちは、超えるべき人類の課題を踏みにじり、加速した元凶に、
存在する機械たちの、反乱に、感性は奪われ、毒々しい喧騒から、吐き出される永遠の汚染が、示す値は、
全動物の死滅を叫ぶ価だ。老化する身体は、新たな感染症の自然淘汰そのものであり、数ヶ月降り続く雨は、
黒い雨であり、有り難みを感じる頃には、総ての出来事とは、終わった異物感だけを抱え、惰性な真実に、
纏わり付く。この情況に契りを交わしていた、最後の愛たちも、憎悪の炎に包まれ、謹む心を忘れた頃には、
お互いの身体を食い尽くす結末だ。晴れる間もなく、この心情たちは、嘯く現状に、渇水される。
嘯くメディアは、平和そうな、映像を流すが、その致命的に平和だった頃の現状を見つめても、
現実に覆い尽くすのは、大きな闇だ。神は、平等に命を与えた、と言うが、忌々しい現状を突き上げるような、
日常の断末魔は、一向に、平等を求めず、権利の名の下とに、廃絶させることに長けている。
この想いも不憫な現状を折り重ね、誰かの代用品で終わる。損な形を形成し、古に響く縁から、辿る、と
暴虐で、幼稚な侵略だけをくり返し、虐殺された人々を、逆算しても、算出される本質は、闇だけだ。
一過性の綺麗事を並べ、偽善者が吐き出す人類愛が織りなす口だけの平和、とは、
寡占に溺れるだけの、現実逃避の、横領だけをくり返す、真実だけが、汲み取り、摘み取るだけの、
本質だけが、この心情を硬化させるだけに過ぎない。
果敢に挑む街並みが群をなし、この無かったことにされる現状とは、流離うだけの、居心地を蓄え、誰もが、
孤独に犇めく原野に靡く風も、疎ましく続くかのように、徒然、と続くだけ、続く。この行いも、
いつかは果てるように、消え去り、この教示たちも、示す場所を忘れ、一緒に嘲笑する。
群集心理が織りなす、一体感とは、愚行だけを仰ぎ、その主意を忘れ、本能的に、暴虐な事柄を蓄えて行く。
苦悩は、ずっと続くからこそ、一つの魂であり続け、この、けたたましい真実の獅子であるべく、
孤軍奮闘し、裁かれる毎日を、裁き返さず、流るるままに、そのままを貫き、伝わる事柄だけに、
この行いも生えて、この長じる想いも、中傷を超え、凍える意識を超え、提示される現在に果てしない、
無為たる、大量生産に驕るだけの、現状を織りなしながら、殆どの無駄な要素を含みながら、
含み笑いに興じる余韻に、不確かな事実を置き、事実を、おざなりにしているだけの、現状に、
苦境が訪れても、そのずれた感覚で描くよりも、背筋を伸ばし、見つめた先の真実に果敢に、
挑む方が良し、とされるような社会になど、なるわけも無いから、自分がそれになる。
その有様に降り注ぐ、毎日に劣化する日々を用いて、それでも、高みを目指す毎日にこそ、
同じ事をくり返さない現状だけが、溢れるものだ。哀れなり、生命よ。哀れみを与えぬ生命よ。
縁だけを結び、この無数の意識の記憶を結ぶような策略を終え、この長じる想いにだけ、道筋も整う。
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