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2012年7月24日火曜日

考えの中核に存在する夜の日記。

生きるとは、醜怪なもんや、と思う。生きながらに、腐るんは、嫌やから、何気なく、高尚だけを、目指してる。 辺鄙で、偏狭な考えやけども、齎される日々は、永遠である。持ち合わせる武器を捨てながら、 依然として、高みだけを、目指し続ける、とか言いながら、 チャラチャラした、クラブミュージックをバキバキに鳴らしながら、踊るように書いている 。見た目は、チャラさ満開やし、アクセサリーじゃらじゃら着けてるし、タトゥーだらけやけど、ジェラシー、 と劣等感は皆無。因みに、右腕に、ニーチェの肖像画、と背中に、ツァラトゥストラ全文彫りたい昨今。 僕が、昔、信心していたのは、グランジの教祖、カート・コバーンであったが、今、信仰するのは、 フリードリッヒ・ニーチェである。破滅の美から、創造の企みへ、と昇華したのも、 所謂、年のせい、という奴か、と疑問符を投げかけるが、そうでも無く、 生きる争点を変えただけに過ぎない。破滅が追いやる先は、暗闇だけだ。 創造が齎すものは、苦しみだけであるが、今は後者を選ぶ。 奥ゆかしく堪え忍ぶ姿とは、何処に行ったのであろうか?美徳は変わり、 目眩く変化し、壊されたビルや、家屋に問うが、尊さを失い、儚さは、散り散り、と 夏の夜風に消化され、総ての風景は、消え失せていく。 惰性な夜が、進化論を促す。絶対的自信を用いる人込みは、その強気を吐き出す裏側の 弱味を隠しながら、群衆の一部であろう、と必死にしがみついている。或いは、縋り付くべく、 その縋る様相は、何か可愛い行為にも思える。 煩わしく嵩むだけの、事実に、行為を求めながら、高尚を求め無い人波は、止めどなく その流動する意識を提示しながら、標識を探し、やきもきしているように見え、 この見栄だけが、蔓延る日々も、路肩で露呈されるだけの、事実に、嘯きながら、 汚染される現状の汚点を埋めるべく、高価な買い物に酔いしれ、武装するだけに過ぎない、と つたない思いで、馳せる瞬間とは、アイロニカルな何かを企てながら、 空間の四方を囲み隔てるだけの、壁をノックしながら、開く扉も無い現状をさ迷う意識は、 自分のパーソナルスペースに及ぶ出来事だけを、食し、こんな意識では、 何の高尚を目指せず、多難な出来事に絡まるだけだから、壁を蹴破り、 この異質な世界に戻る。目配りしながら、人を定める価格とは、何であろうか、と 固い意識を持ち込みながら、因果な人間観察を行う。過敏に蠢く衝動的な、商店街を闊歩し、 夜の街に、引き戻される人々の、群れを観察し、その心理を探るが、 探り当てた事実とは、無関係に、シュールレアリズム的な世界を繋げ、 面白味を増やしていく。十二分に、現実も、異質に溢れているが、 それよりも、もっと、最もな獰猛さを含み、この人間的動物たちが、会社的動物園から抜け出し、 出し抜けに徘徊する社会的遊園地を歩く人込みも、幾つかの絶望を抱えながら、 その歩む姿は、夜の気配に入り交じり、何かを昇華させながら、酔いしれるだけに、 酔いしれている。 首の皮一つでつながっている人波は、帰り支度を行い、下向きにトボトボ、と帰って行く。 行く末を確かめるかのように、自分を首輪を確かめる人波を見つめ、 自分の首を触ってみるが首輪が無い事に、少し不安を覚えながら、安心の溜息をつく 君にも、尽きない不満が押し入り、その先々に繋がる道筋とは、繋がれた事実だけを、 引き延ばすのだろう、と思う、と呟きながら、大きな溜息を付き、それが雲になり、 雨を流す様相を見つめる僕は、少しの陰鬱を感じながら、因果なものだね、と 呟き返しながら、咽び浴びるような現実に、投げかける思いも、殆どの物事を成就させず、 その置き去りにされた、忘れ物が集まる宇宙空間を泳ぎながら、世知辛い物語も、 周囲を掻き乱しながら、総ての人々は、他人を干渉せずに、乱世を歩んでいる。 生きて貫く事は、時代に行う事変である、と思う。唯一無二な自分にだけ、優越感を運ばせる 何かを含みながら、並木道を歩く、人々ののし掛かる重圧だけが、 高圧的に均一なものだね、と色眼鏡を掛ける君が罵るから、少しの軽蔑を含み、 世の中は惰性な金だけで買い取れるものでも無いし、ましてや、そんな事だけでは、 満足も無い。還元される出来事は、物事の関係性を深めるようだが、その浅い、示唆では、 緩慢な事実に、溺れるだけであり、有り難みも感じられない日々に、持ち合わされる出来事、と言えば、 簡単な結婚であり、惰性な事実であり、加勢されない期日に追いやられるだけであり、 やさぐれた老いである。或いは、損得勘定に及ぶだけの、道徳を子供に押しつけるだけの、教育であり、 その不徳を教師に押しつけるだけの、不和であり、不易な事実を罵るだけの、嫉妬だけである。 或いは淫蕩に耽るだけに用いる感情を、積み重ね、次なる満足を埋めるべく、進める日々に浸食されるだけであり、 果敢に挑む事を忘れ、弱気に生きるだけの、代償を含んだ日々で有り、有様を認めずに、進化を求める愚行で、 のし掛かる重圧を羽根の除けるだけの、審査を行い否定するだけの、人物像であり、 有り難みを忘れる迷惑だけを行う不遜者である。或いは社会性のゴミであり、 理屈を並べるだけの、機関紙を信じるだけの、簡単な者であり、短観に見初める事実にだけ、正解を 求める語弊であり、理性を失ったケダモノである。或いは、自分の中の化け物を育てるだけの、 親になり、子に押しつけるだけの、虐待であり、かろうじて思う事柄を踏まえた、簡要な事柄に、 重きを置くだけの、朽ち果てた傀儡であり、加算される事実に、追いやられるような考えを持たない、 単なる道化である。或いは、既に形骸化した感情、と身体で蠢くだけの、死者であり、 その意味も知らぬ夜は、延々、と誘惑の鼓笛を鳴らし、人々を飼い慣らすだけに、過ぎない、 代用品、と思っているのであろう。或いは、自分に供血されない日々を循環させるべく、 誰かの血を流す事を辞さないだけの、出来事を積み上げる動物そのものである。 何処かにのさばるだけの簡易な事実が積み重なる夜は、加算される日々に持ち合わせる事実を、 促しながら、吐き出す日々を打算している。 掻き乱す今に和むような時も有るが、一過性の事実に乗るだけの、流動的な感情では、 この夜の意味合いを解き明かす事も出来ない深い考えに、溺れる夜も、乙なものである。 感謝。大抵の出来事は、事実を踏まえながら、答えを出すが、殆どの答えは、答えでは無い。感謝御礼。

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