2012年7月16日月曜日
夜は微睡み、翳る思いを掴み晴らすような日記。
僕は、不可能を可能にすべく、無益たる今を歩んでいる。総ての犠牲に代償を支払うべく、
突き進む命とは、綺麗に輝く。単一な日々を昇華させるべく、この命を、描く事だけ捧げ、
単なる宇宙、と化し、或いは、君の熱病になるべく、この熱情する想いを描き続けて、
何万光年の事実かを、経て、今を辿り、理解はされにくく、誤解も語弊も生みやすいが、
容易い事実に、靡く事ほど、残酷なものは無く、その哀れみを受け取るかのように、
描く日々とは、自嘲しながらも、自重する事は無く、総てを出し切る毎日とは、止まる事を知らず、
落体もするが、縋る事無く、産み落とす毎日とは、至極まともな人生だ、と言える。
惰性な事実に戦きながら、この戦慄を歩み、立地条件も求めず、路肩に散った夢、と眠る日々は、
依然として、全容を含むメルヘンである。愉しみ尽くす想いは、格別であり、その色彩とは、
計れない事実に、事実を塗り込みながら、濃淡な色を放ち続ける。
僕の今のキーワードは「永遠」である。ニーチェの永遠回帰を自分なりに、解釈し、打ち砕いて、創り上げている途中である。ニーチェ、と言えば、偉大な、詩人の印象が深い。その深さたるや、全ての詩人に、及ば無い、存在である。そうそう、永遠についての、見解の話しであったが、大いに、脱線しとる。永遠の二文字は、奥深く、胸に突き刺さり、左胸の表面上に、彫り物、つまり、タトゥー、として、残っている。
僕は、パンクの流儀に従い、普通の仕事に就けないように、創る者であるべく、十代から、刺青を刻んで来た。実際、不利な状況は、続くが、後悔一片にあらず、やけど、考える、と若気の至りであり、至れり尽くせり、悪態の限りを尽くし、重ね合わせる情景のパズルのピースを失いながら、欠けて行く日々を、掛け合わせ、何度も、死に直面しながら、騒ぎ立てるだけの、毎日を飛び越え、今は静寂に、静観さを含み、算出される今は、感慨深く鋭い。鈍く付き纏うだけの日々とは、厭わしいだけで、その渇水した情景は、静謐な要素だけを、含みながら、何かの栄養素だけを、吐き出し続けている。
アカペラの夜を蓄え、アガペーに包まれ、ヘリダーリン、と。いちゃいちゃしながら、私は、六法全書を、脇に挟みながら、尊く思うだけの、夜に歪む。歪んだ曲がり角を越え、ろくでもない感情に謹まれながら、均等たる現状を踏まえながら、社会主義化していく、現在を経て、原材料とは、プロレタリアを超える何ものかを作るべき、理論である、と踏まえ、この情事に司る上位な事実は、懇意を求めず、もっと下劣に、苛烈に追いやることだけには、長けているからこそ、適度に茶化し、この着火する想いは、比する感情にだけ、求められる。
ああ、夜の街よ。悲しく震える、夜の街よ。大聖堂に導かれ、この隠れる夜も、奏でる今に、折り重なる。
君の、涙に写る夜景を警邏し、この殆どの夜の疎開を浴びながら、孤独もなれてしまえば、何でも無い事実にも、なり得るが、馴れ合いに似た、愛たちは、その愛の本質を知る事無く、寂しい事だけを理由に、無知な愛を積み重ねる。
折り重ねる身体だけに、愛を感じる君にも、然り、と告げ。この妖艶たる事実を踏まえた夜の侘びしい事実たちが、事物、と入り交じりながら、体液、となり。構築する夜の深みを増しながら、その夜を超える、と君は、もっと寂しい気分に迫られ、その隆起する気持ちは、客体に止まるだけで、実体を失い、coreを捨て去りながら、誰か、と解け合う事だけに、分かち合う理由を探し、その場の雰囲気に司るだけで、ずっと姿形のなく、夜、と溶け合う君も、よく見れば、優美だ、と思う。
年を取る、と言う事は、ドキドキを無くす事だ、と世間は語り、その術を摘むような、出来事も、年々枯れ果てるようだ、と路上の老人は独り言を続け、何も無い、薄汚れた、だけの空を眺め、ポツポツ、と落ちる涙を不思議そうに、眺めている。
愛は、路肩で枯れ果て、疲れた様相を醸し出す。スクラムを組んだ感情は、私益に枯れ、誰もが、誰かを、信じれ無くなってしまった夜を眺め、淡々、と虚ろげな今を、儚く模写している。
時折、思い出すが、君の横顔は綺麗だ。綺麗だった。確かな、君であり、その有ったハズの、現象だけが、その場に残り、その馨しい瞬間を、循環し、その永遠性を保っていたが、別れれば、その場に残る、影に過ぎない。
夜の翳りは、不確かな香りを醸し出し、劈く想いは、閉曲線を描きながら、自分を産出し、工業廃棄物のように、垂れ流される事実を積み重ね、その時事に溜まる出来事が、夜、となり、一人一人に、築かれる現在が、混同し、同等の意識を保つように、核融合しながら、幽居される感情を、携え、有効な事実を踏み荒らしながら、及ぼす出来事が、君の意味、となり、となりに近づく人々を避けながら、ジレンマに、悶え、夜が深い位置を刺す頃には、この想いも、総ての、想い出、と化し、溶かし合った記憶を歩むながら、無造作に歩む日々の、情景を徘徊した、影を追うように、
応用されるだけの、事実を踏まえ、それを、兌換しながら、その宛らに住まう自分の形を彩る風景を掴み損ねるのが、生きているようなものだ、と。この問題点も、違う次元では、個体、と化し、自分がカシオペアか、何かになるまで、この慢性的に、飛び散る意味も、微々たる日々、と混ざり合い、泡沫の何かを吐き出しながら、雇用され、代用されるだけの、日々を惰性な事実で埋め尽くし、稼ぐだけが、取り柄のように、機械的に歩み、無作為に消え去るだけの、命の高揚を見つめ、その陽炎に泳ぐ、影を見つめながら「何が幸せなのだろう」と思春期みたいに、永遠に、さ迷うのだ、正解なのか、と。この荷担される意識も、淡々、と過ぎ去り、その私議を踏まえ、明日無き、無情を歩くようなものが、本質だ、とだけ、教えるような教育に、生き生き、とした気持ちも無いからこそ、自分で勉強を行い、社会に貢献するような、強欲を晴らし、剛健な今を、聳立させ、この引致される気持ちは、歯止めの無い胸裏だけに、悟りに、似たようなものを与える。
開口一番、どでかい意味を放つ夜は、邂逅だけを求め、脆く散る悔恨を織り交ぜながら、毒々しい花を咲かせる。
ミュージカルように、蠢く街並みが、歌い出し、この厭世観司る現代は、ドルだとか、紙幣を撒き散らしながら、
その帯びる想いが、老い耄れながら、怪訝な表情を持ち合わせ、この嗅ぎつける想いとは、想われる気持ち、と
繋がり、緻密な様相を放っている。その光り輝き、らせん状に巻き付く想いが、交錯する毎日こそが、
永久、と言え、放つ想いとは、今に積み重なり、この夜を吸い込み、総ての業務を終える。
感謝。携わる、夜を触り、迸る今を開花するように、続く熱帯夜に「何か」が、咲きますように。感謝御礼に尽きる。
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