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2012年7月3日火曜日

解放の思想及び、哲学。

このカルマは因数分解され、動向の中で弾ける「何か」に変わる。艶麗に突き抜ける人波を攫った出来事に、 現状を掻き乱すだけの人類の騒音だけが唸るように、泣き叫ぶ。誰もが、点と線を結びたいが、 咽び泣く気持ちの道筋に溢れる欺瞞により、この寄りつく思いは既読されるだけの、感情になり、願えば願うほどに、 解ける時間を快楽に染め、擬態化する今も、探知されない豪族に支配される。中核に歪む時系列は、影である、と 君の未然に広がる現形を留めるだけの時間も絶望すれば、その先のDecadenceに掴まり、捕食されるだけの、 人間に陥るだけだ。憔悴する今を悔恨で染めるだけの事実も、代価を求め、懐柔に犇めく思いは、集約されるだけの 事実に返還され、幾億もの、衝動に変貌を遂げ、乖離する今に天地が蔓延りながら、高揚する意識は、 探知されない今を記号化させ、安泰を目指すよりも、軟弱さを払うほうが、よっぽどマシだ、と粉々に砕けた意識は、 何処を目指し、何処に帰るのか? 深淵に突き進む今も、孤独感を増すが、まざまざ、と見せつけるように、 見収めの現実に、権限を置き、事情に降りしきる雨も、何時しか、止むに過ぎず、病める者は、懐疑的な時間を、 孕ますだけで、出来合いの真実を茶化しながら、護送される意識に、意識を隠し、感情的な胃袋の中で個別の、 意識をかいくぐりながら、長らくの永遠を歩く事柄だけに、自分の畏怖を置き、さ迷った暁に忍ばせる思いは、 誰にも雇用されない意識であれ。入水するような感情は、尊く、何処でも無い場所だけを目指し、高揚する意識に、 造形を模写しながら、絶えず君の道筋に歓喜は詰まりながら、明日は泣き崩れる情景を保ち、聳える今は、 優しくあるべきだ、と育む毎日に、詭弁を含み、猜疑心による、懸念を行うだけの、騙し騙される者も、行いを、 正すべきであり、佇むだけの毎日には、何も見えず、何も訪れず、積載される苦悩だけが、脳裏に宿り、 昏睡した意識で辿る道筋とは、未完の今を乖離させ、開示される思いは、さ迷い続け、生きた舞台を無くし、 画した思いに比する事柄も、俄然、と過ぎ去るだけの、路頭に這いつくばり、今の記憶も措定される場所だけに、 滅び、間違いを正す場違いな鉱石たちは、感情を拵えながら、数多の事実をヘッドショットし、続ける。 「絢爛豪華な外観を保つだけの、思考に、何が及ぶ、と言うのか? 苛烈に過ぎ去る現状に、響く無知な行進は、起動するだけの、本心を置いて、抜かれた刃は、誰をも傷つける事だけに、必死であり、君の囀る心情は、汚れきった感情だけを突きつける。俺は無作為に散らばる意識の奴隷たち、と遊び、複雑に入り組むだけの、心、と対話する。議会は耳を澄まし、荷担する悪意だけを重ね、嘲笑する事だけ、に長けている。感染する思いは、批准を忘れ、奪取し、着色を加え、否定する事柄だけに、打算される真実を偽装し、欺瞞に変え、悲劇や、喜劇に変える。内部に平伏す感情に創造性も無く、自分の誤りを、押しつけるような、着色、と脚色を加え、その重き部分を忘れ、赴きも無い出来事に、加算される事実に覆い被さる真相を見ようとも、しない。何事でも、何物でも無く、君は人畜無害な動労を行いながら、弱肉強食の中庸を保ち、義賊のように、進むのだ。資本の限界を見据え、この権限は、怪訝な時間に敗亡しながら、統治されない感情を保つ。愁傷の慈悲を浴びながら、弱き者の信心を仰ぐような、扇動的な強者の看板を砕きながら、強者に、邪険な本能をぶつけるだけの、軟弱な心を折りながら、物事の、中庸を目指し、この物陰に拡散される事実の、中核を狙い定める最終兵器は、自己解体を行い、懈怠している現状のトップに支払わせる。例えば、情死する感情を抱える、誰かの、上司や、誰かの親や、その蝕む運命に立ち尽くす神や、国家にプロテクトしているだけの、パラサイトな奴に紡ぐような言葉を罪と罰を、魑魅魍魎に喰わせながら、加える事実とは、判断の誤りの断続であり、裏切り、と報復、と憎悪の繰り返しであるのならば、バラバラになった意識を統治する部分を育て、この惰性な事実を止めない限り、もう求める事も無いだろう。欲しいものも、保身に過ぎず、生産される物は、凄惨にしか、過ぎず、この空間に委ねる意識は、君の笑顔だったり、恋しい思いだったり、小石に描く絵だったり、そんな些細な事柄が積み重なり、年老いて、優しく過ぎるような時間を奪った輩に、撃ち込むルサンチマンの弾丸も、散々だから、選りすぐるように、この礼状を流離わせ、この達観する意識は、天井知らずで、ずっと素面だ。持て余す時間を埋め尽くすように、ずっと意識を動かし、ブレインを回転させ、右往左往してるだけの思想を、この鉄槌で潰すまでの、字余りな日々だ。総称を忘れるような日々の非違を打ち破り、何を「正すべき、か考えろ」と馬鹿な政府に告げたい」 天下っていくだけの、捕囚を終え、人徳も無い狂言に孕むだけの、時間を交錯させるだけの、拘置を終え、 醜態に流離うだけの、生き心地を歩む権力保持の連中に、どうこう言う訳も無く、その化膿した感情から溢れる、 臭気、と口から流れる嘔吐は、収容されるべき事実であり、補完されない拝金奴隷の藻屑のモデルケースみたいな 君の悟性も古くさい感情を浴びるだけの、酒気帯び運転そのものだ。蛇行するだけの、時間を超克しながら、 勤勉さを保つような、口から溢れるのは、虚偽、と嫌疑であり、衣服も着てない裸の王様そのものであり、 散々な現状に、散々な出来事を積み重ねるだけに、嘯き、内心では、薄ら笑う。人間に、人間を統治する事は、 不可能である。人類に、人類の事を任せるのも、誤りである。神など居ないが、拘引されるような、一律に繋がる、 出来事に、神は及ぼす。パブロフの犬たちは、路肩で眠り、加増される出来事を食い尽くす受動性だけを保ち、 復誦し、暗誦する出来事は、冷たく固まり、荷担させる弱味だけを探し、泡沫をさ迷う。 杜撰さだけが、さ迷う神も、巣くうだけで、何ら何かに、及ぶ事は無い。一つは、一つの始まりだけを謳歌し、 この虚栄に溜まる光りに変わり、下情な現状に、降りしきる現象だけの、現実である。 或いは、君の無為たる永遠を組み替える激情を聳えさせる出来事こそが、無から始まる宇宙であり、 離心する先々に染み入る出来事は、殺められた、違う次元の君なのであり、君は君に及ぶ出来事を、 この次元で組み替えながら、平行線を歩くようで、その重課される事実に、固執な栄養を打ち込み、 流離う意識は、淡々、と歩み偽装される真実に、真意を司り、この閉塞感を千切るような出来事の参謀を、 捨て去りながら、このステアする感情は、誰かの行為の拘引なのかも知れない、し、執刀される出来事の、 失態を包み隠すように、購う今は、誰かの加算する事実の、縮図なのかも知れない。 簡素に過ぎ去る気持ちは、滑走路を渡し、廃線を超え、廃炉されるべく、悲劇を掴み、この災いに降り注いだ、 人工楽園を歩く。或いは、君の苦言を呈する時系列に響く、時間の誤りを正さず、この幼稚な世界線を複雑に、 絡ませ、空回りする心情に育む命とは、永久にコアを失った現状を保ち、この主因は、何かの原因では無く、 粉状に犇めく出来事の粒子を集めた一部の、小異であり、怪異であり、君の歩む先々に散りばめられる出来事は、 虚飾を積み重ね、その出来事のセオリーを砕きながら、空腹を埋め尽くすだけの、贋物の本質を、買い取らせる、 だけの蛇管を歩み、この喪失する意識の帰る場所は、荷担させる出来事にだけ、降り注ぎ続ける。 数十億の数理を歩き、気配を司る現行を歩き、個別の意識は曖昧さを保ち、愚行に歩みながら、 何かを正そう、と必死に駆け巡る。誰かの人生とは、誰かの打算する真実を覆い尽くす、邪魔者にしか過ぎない、と 幼い心たちは、カタルシスを誤る部分に、流し続ける。その卒倒している意識は、絶望に比し、感情そのものの、 道を憐れにする。肯定している意識は、否定され、その中核に溜まるものは、悪意である、或いは偽善的な毎日に、 寄贈されるものも、自分を守る為の、偽装であり、正しいものなど、無いからこそ、目指す事柄は一つである。 褪せるだけの情景に立ち尽くす現状とは、調和されるべき、一部分を目指し、併用されない事実にだけ及ぶ。 その泳ぐ胎動を歩き徘徊する毎日に、幸福は中々、宿らないが、腐りきった現状の鎖を切る為に、 この人間、という皮を着込んで、この考えがあるのならば、それは正す事だけに、事柄を置くべきである。

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