2012年6月9日土曜日
見上げる空は恰も、しょっぱいねん。
外は雨も止んで、曇り空の彼方にクラクションが唸っている。
泣き言も晴れ、疲れた顔を洗い、洗い浚い吐き出す瞬間に祈りを捧げる。
何か女やったら、楽やのに、とか、何か労働の意味も分からずに、疲れた表情を
根深い意味に刺して、君たちの帰る電車の彼方で誰かの心が過疎化しては、散々な今日から脱皮して
流離う気持ちに刺さる鈍痛のような温かも皮肉に感じて、悲傷する思いたちが、思い出深い場所で、鎮座しては
誰かの目指す場所を目障りに思う輩ばっかやから、経済成長も人間的成長も訪れへんねん。
小さな窓枠に自分の心貼り付けては、人種間だとか、小さな戦争の痕やとか、みみっちいプライドやとか
全部、燃えて、折れてしまえ。誰かの達する場所とは、誰かの不必要な場面であり、誰かの目指す場所を
応援もせんと、皮肉ばっかこぼして、明け透く思いに果てた命も、疲れ果て
でも、俺はこうして、ずっと笑ってんねんけど、それが正解なんやろな思て、酷く普通な街並みを闊歩するけど
意味なんて殆ど無いもんばっかやから、金の為に生きるの辞めにしよう。そうしょう。明日なんて知らん。
明日なんて散らばれば何にでもなるし、厚かましい程に、生きたい訳でも無いし、静かに暮らせて行けば
国からの金も、国籍もいらんでしょ。
まあ、こんな生き方は、困難で、誰にも、おすすめは出来ないけど、こうして生きて来た事は、奇蹟でしかない。
しがない日々に幸は鈍磨な感覚で襲うが、粗相な事実は置き去りにして、寂れた感情でも、進むのが命。
磔の午後を愛撫して、先々にはびこる因果な季節を踏みにじりながら、弱者に強いだけの弱き強者に成り下がらず
俺は俺の侭で有り続けたら、宇宙も凍り付くでしょう。
しょーも無い欲望晴らすよりも、一計を巡らせ、豊かに恵む季節を放射しながら、最愛の日々を路肩に鎮座させ
座標軸は、自分の数多の時間に突き刺し、簡単な出来事を難しくするだけの、お偉いさん方に、告げたい
気持ちも余り無い。聞く耳持たれへん、阿呆ばかりなり。南無。いやF★★k off。ごめん少し言い過ぎた。
いや、一回黙らさんと、アカンで。アカン。
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