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2012年4月26日木曜日

拝啓。過ぎ去る奇蹟に告げる。

コーンスープの腕輪をはめて色眼鏡をつけてアーメンと唱える副作用を携える君は
高慢な直訴をループさせる避妊具の彼方で避難場所を探している
渾身の過激派たちはDecadenceの庭で磔にされボーリングをして遊んでいる
僕は光悦な私情に錯乱しながらチェイサーを二杯頼んで撲殺されるような怪訝な朝を駆け巡る
グルメな奴等は動物を殺すことに必死だ
上告されるべき存在は人間だと唱える前に解決策を練るアンダルシアに帰還する僕は
最後の微熱を抱えコンドルに乗り迫害されるウィルスたちを昇華させている

滅亡的な雌犬たちは商況の愚行と遊んでいる長逝などは要らないから
僕はキャンディや甘酸っぱい恋路の錯乱している鍵穴に梅毒持ちの瞬間接着剤を放ち
嘘の花言葉で埋め尽くされた愛に引っ越しするのだ
慈愛は酸素を無くし十三階段を登り境地には短いノミや大学闘争の果ての奇縁に境目を与え
暴力的な寝台車に乗りハネムーンは改廃している産業廃棄物の悪魔たちの姑息な真理に描く
ペンが欲しいとペンタゴンはユニセックスな惨状にグレッチやバルサミコ酢の感情に引き裂かれ
永久歯に詰まる墓石に会計士たちがたまり場を作るから僕は政変を求め
改革の夜明けのプロレタリア的な誘致に貧相な強度など無いだろうと説得を続ける

国籍不明の患部に筆算される無毒の夏祭りで拘束着に着替え悪趣味な病理に生きる人混みをかき分ける
分け隔てるのは自分自身の猜疑心が生み出す双子のキメラたちが誘致する季節に
僕は差別などはRiddleみたいなものだから物語の副作用にとどめを刺すような
淫靡な血統書付きのガンジスで営利目的な感情を洗う

道化師たちは超自然的な太陽と遊んでいるクロマニヨン人は博愛精神の名の下に精子を売っている
破戒的な自画像に呪詛を投げかけるダリは真実の鏡の前で太鼓腹を叩き続けている
性感帯を失った染色体異常の僕は立食パーティで自分のこめかみに銃口を突きつける
ハリケーンに乗る獣姦と性的和姦を繰り返す人類に与えるイデオロギーは自死を求める
僕は集約される雨滴に名残惜しい瞬間など無く暗くも無く歪む事も無い単なる乾電池みたいなものだ

宗教的依存者たちや狂騒的仕事人たちは階級制度をもう一度復元させようと必死で
高揚感を失った失格者たちと名付けられ首輪も無い不自由な極みに浸食する現代の抹殺する暗殺者に
よって感情売買される日々を露骨に提示する
無着色の並木道に抗争だけが降り注ぐ重縁に響く脳性の釘を打ち込む近影のJesusたちは
狭量の炊飯ジャーの中でビリビリとする四季を妄想的な修羅に変えるのだ
苦悩の意図を辿るだけの君に悔恨ばかりが襲うだろう好悪の先に見えるのは
心情を濾過した邂逅と偶然の人混み
ナショナリズムなんてものは最初から無く空洞化した事実に修復不可能な恋みたいな火傷を引き起こすだけだ

受理される根源は昨夜に絞殺される今は新しいリムジンに乗り俯瞰的な喜びに溢れている
憎悪だけを吐き出す掃除機に乗る終末論の魔女たちは
僕の魚籠に引っかかり成因を求める無限大の計算式に答えを探し
剥離する現状に唱える日々は不快だと僕に告げ
延々とつなぎ止めるだけの人生などは不必要なのだ
飽きたら散れと誰かは言うが飽きが来ないから誰も支離滅裂な幻覚を真実だと思っているのだろう
朗誦する空地で遊んだ思春期のディープキスの味や
厚遇される僕の愉快な人生や必然だけが襲う毎日や貧困を生み出すのは自分自身の異次元だ

悪影響は与えない蔑ろにしている実験台から抜け出すのだと
君の幸福論は金だけのモラルに緊縛されている
緊迫感の無い政府を見たら
この国の限界点なんてもう底をついている
完全主義な人生なんて面白くも無いさ
だけど僕は飲料水の中で時間を裁くような莫迦な真似はせずに
刹那を乗っ取り配偶される時折のロマンスだけに生きた心地を与え
返済されない心だけに愛情を貫き変換されない貴賤に踊らず
選民たちが描くシナリオは杜撰な掃き溜めの洪水を生み出したいだけなのだ
パンデミックを引き起こすまで時間はかからないだろう
老体を引き摺りながらも闘う戦士のように少しのセンチメンタリズムを持ち合わせ
落ち合う場所は七色に輝く重傷の星屑の端っこ

幸運だけが僕の命を守り続けた怪訝な日々を夢想すると言葉を堕としてくれた
塹壕に隠れる隠士から抜け出しダイナミックな下情に入り組む誠実な鬼のように
僕は裁断機に国際的な軋轢を淹れ
代償などは死んでも価値にならないから
火炎旋風のように人を巻き込んだりもせず撫でながら翡翠に溜まるGhettoたちの
内観に蹲る少年の心を引き出し
未遂の愛の形骸を踏んではピアノを弾くみたいに打ち込み続けるのだ
頭の中では数々のオーケストラが嘆き叫んでいる
移植される心は封緘されず
心無い常識人と謳う連中こそ疑うべきである
僕は悪人だ大悪人でもある
だからこそ公益に踊らずに少々の自覚を持ちながら
大衆に投げかける言葉の内心に錯乱するような飢餓している惨状を温めながら
無い今日を描くよりも
もっとも速い生き方を生きてしまったからってカラカラな訳でも無く
遣るべき事は未だたくさん有る用に見えるから
何となく風に乗りながら直感だけで生き長らえている。

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